艦橋に、先遣隊からの通信が入った。
非常に喜ばしい事である。その為か、艦長以下クルーの顔は若干綻んでいる。気をしっかり持ちなさいと、そう言うのは簡単であるが、こういう状況であるから致し方ない事でもある。
「本艦隊のランデブーポイントへの到着時刻は予定通り。合流後、AAは本艦の指揮下に入り、月本部との合流地点へ向かう。あとわずかだ。無事の到着を祈る。」
簡潔で素っ気無い内容であるが、戦時の無線傍受を侮ってはならない。
一度回線を開けば、自らの場所を示す闇夜の提灯であるのだ。
その事に念を入れていた、護衛艦モンゴメリの艦長であるコープマン大佐は気をかけていたが、若干1名その事を念頭に置けなかった人物がいた……。
フレイ・アルスターの父、ジョージ・アルスターである。
「大西洋連邦事務次官、ジョージ・アルスターだ。まずは民間人の救助に尽力してくれたことに礼を言いたい。」
さて、先程記した様に戦時下の無線と言うものは闇夜の提灯と言われるのは何故か…。
信号というものは指向性のあるものが殆どであり、発信先から角度をある程度設け、2方、3方と複数の箇所からそれを傍受した場合、発振角度を容易に計算できてしまうものだ。
それは通信の長さによって異なるが、今回のそれは非常に長過ぎたのだ。
大西洋連邦事務次官である、ジョージはその事を知らなかった…、いや無線傍受の危険性を知らなかった。
〘無知は罪〙そんな言葉があるが、当にこの時の彼はそれを体現していたと言えよう。
さて、この時のAAクルーの考えは色々とあるだろうが、無事に生きて到着出来たのだから、欲というものが芽生えるのも同然の帰結であった。
ラミアスは思い当たる。フレイの父のことは、サイたちから聞いていた。
こうしてあとから考えてみると、政府の重要人物の愛嬢を保護できた事は、今後の評価に少しは役立つだろう。キラのおかげだ。
これはラミアスに限ったことでは無い。
誰だってこうなる、寧ろそれが正常というものだ。
「あー、その、乗員名簿の中に、わが娘フレイ・アルスターの名があったのだが……できれば顔を見せてもらえると…。」
「パパ…。」
親バカここに極まれり、職権乱用甚だしく現在進行系で、艦隊を危機的状況に陥れている。
サッチャーだって似たような事をしたんだ、親とは得てしてそういうものなのだろう。
周囲からの白い目線に気がついていない。
「事務次官どの、合流すれば、すぐに会えますので…」
等と言うコープマンの言葉など知らぬ存ぜぬで、話を始めようとする始末だ。
「パパ、あんまり困らせないでね?じゃないと、口聞いてあげないわよ?」
さて、親バカがこんな事を言われたらどうなるか?
ショックを受けて頭を抱えるに違いない、特に眼の前にいる職権乱用野郎等良い例であろう。
そして、それに対してコープマンはザマァ見ろとでも言いたげな顔を、隠さずにAA側に送っていた。
「真艫な話をしようとも思っていたが、駄目なのだろう?」
「意味が判っていただけたなら、それだけでも良いです。
それに……、もはや手遅れでしょう。
ラミアス艦長、貴官等の奮闘は誠に称賛できるものだが、まだまだ安心できるものではない。
出来うる限り、こちらも対処しようと努力はするが、私としては嫌な予感がある。
だからこそ、頑張れよと言う言葉を送りたい。」
その言葉の意味が現実化するには、さほど時間を要することはなかった。
それでも、コープマンは許可を出したのだ。
大真面目に演説をするその危険性を知らない故に、コープマンはもはや諦めたような表情だった。
「現在地球では、中立国のヘリオポリスが破壊された事で、反コーディネイター意識が高まってきている。」
コーディネイターはただでさえ、目の上のたん瘤のように忌々しく思われているのだが、それに拍車が掛かっているのならどれ程苛烈なものとなるだろうか?
この船を守っているのも、コーディネイターであるのだが、それを知らない人にとっては、どう映るだろうか?という問いかけだった。
「だが、こうやって多くの者が無事に戻り…、そのために尽力を尽くしてくれたコーディネイターの少年もいると聞いた。
これは地球に住むコーディネイターたちにとっても、迫害や差別を抑えることのできる大きな要因となるだろう。」
親バカを下していなければ、どれ程立派な人物に見えただろうか。しかし、言うことは真艫である。
「アルスター事務次官殿は……ブルーコスモスだと聞きました。なのに何故彼らを庇うようなことを…。」
ブルーコスモス、出自は再構築戦争によって崩壊した自然環境を、再び元に戻そうとした環境保護団体。
だが、今となってはコーディネイター迫害の急先鋒とすら言える存在である。
そんなものに所属している人物が、コーディネイターの事を庇う…、おかしな事だろう。
それを、ナタルは聞いたのだ。
「何時の時代も極端な暴力ばかりが目立つものだ。」
そんな中でも、彼のように常に理念を重んじるものもいる。コーディネイターだからといって、悪い物ばかりではない。
だが、だからといって人の生まれ持ったものに、何かを加えるという事はその人に無理をさせている。
いずれそれが発端となり、全てが崩壊することは目に見えている。
そしてそれは、現在プラントでは大きな問題となっている事が、理事国内の出資者間では明らかになっていた。
「私はね、お嬢さん。地球が好きなんだ。そしてそこに住む人々も……。」
その言葉の何割が真実か、それは本人にしか判らない。
「そして私と同じように地球を愛し、そこを故郷と選んでくれた者ならば。
たとえコーディネイターだろうと、それこそエイリアンだとか、漫画に出てくるような宇宙怪獣だとかどんな者たちでも、私は歓迎するよ。」
空想の産物であろうとも、地球を愛する者を愛する。本来地球の保護とはそういうものではないだろうか?と、問うている。
「ですが! 我々はコーディネイターたちと戦争をしているのですよ!?」
「そう、私たちは戦争をしているのだよ。
彼にとっての戦争は、ザフトと連合という武装勢力同士の衝突であり、人種間戦争などではないと言うのだ。
「命とは、それを産み出す者にこそ責任が問われる……。
既にそこに存在する者たちには、何の罪も無い。私はそう思う。」
理想主義的であり、現実を見た者の見方。
歳をそれなりに経ているからこそ、そういう意味を見いだせているのか、それとも元来の性質なのだろうか?
だが、その言葉がナタルの反論に対する答えであった。
そんな、真面目にも不真面目にもどちらにも向いた無線を、遠くから観測していた者たちがいた。
……
AA捜索の任を負いつつも、ラクス・クライン捜索の任を主目的とした者たち。
ヴェサリウスが、AAよりも速く先遣艦隊を発見していた。
それは無線どうこう言う話ではなく、もはや規定事項なのだろう。見つかるのは必然だ。
なにせ、AAを捜索する為にあらゆる方面に無線を飛ばしたのだから。
ヴェサリウスには寄り添う様に、二隻のナスカ級がいた。
巨大な戦力が、それを見ていたのだ。
「地球軍の艦隊が、こんなところで何を……?」
単なる短波無線を、救難艇のそれと誤認するのはよくある事だ。それを追っていた偶然の事であったのだ。
アデスが口にした疑問に、レーダーパネルをのぞきこんでいたクルーゼが独り言のように応じた。
「〘足つき〙がアルテミスから月へ向かうとすれば、どうするかな?」
迷子を探すには迷子センターを頼るか、それとも捜索の艦隊を組むか…、である。
「では、補給……もしくは、出迎えの艦艇……と?」
「ラコーニとポルトの隊の合流が予定より遅れている。もし、あれが〘足つき〙に補給を運ぶ艦ならば……、このまま見過ごすわけにはいかない。」
戦力が少ない時に敵を叩くのは常套手段、そんなものが行われるのならやられる前に殺るのは、戦術の常套だ。
「ですが…、我々には別の任務が…。」
「我々は軍人だ。いくらラクス嬢捜索の任務があるとは言え、たった一人の少女のために、あれを見過ごすというわけにもいくまい。
……私も後世、歴史家に笑われたくないしな。彼らには、私から言っておこう。」
勝てる戦をしない軍人はいない、それも確実に勝てる時に勝たなければ、国力差が大きくある両軍にとって致命的な戦力比となるのは明らかで、この時のクルーゼの判断は正しい。
何より、彼にはラクス等どうでもよかったことが、良い方向へと運んだのだ。
「私も出る。各艦、にも戦闘詳報を打電せよ。」
ニィっと、不適に笑う彼の顔を見る者達は誰もいなかった。
……
「レーダーに艦影三を補足! 護衛艦モントゴメリ、バーナード、ローです!」
糠喜びにならないようにと、今度こそ喜びに満ちたAAの艦内は一瞬にして凍りつく事となった。
レーダーに特異なノイズが確認され、それによって何が起こったのかを理解した。
「ジャマーです! エリア一帯、干渉を受けています!」
敵の目を暗ますために、行う行為はなんともわかりやすいものである。そしてそれが効果的ならば多様されるのは仕方の無いことだ。
一挙に静まり返った艦内は、当にお通夜のようであった。
それが何を意味するか、誰もがはっきりわかっていた。
先遣隊は、敵に見つかったのだ。
件の問題となっている先遣隊でも、遅ればせながら敵の事を確認していた。
「熱源接近!こんな事って……」
「どうした!はっきりせんか!」
コープマンの頭には血が一気に回り、その状況を一刻も早く把握しょうと努めた。
「は、はい! 敵戦力!シグー3!それに……こんな、ジン14!それに、X303イージス……。」
絶望に染まる顔をしながらも、そう言いながら報告をするオペレーターを一瞥し、コープマンはすぐさまに事態の重さを把握した。
そして、その事態に対する最大限の努力を己の役割とした。
「AAへ反転離脱を打電!――モビルアーマー発進急がせ!」
軍人として最も大切なことは、物事の順序をはっきりとさせること。即ちこの時の最優先事項は、AAの速やかなる離脱。
それさえ出来れば、連合の戦略的勝利でこの物語は終わるだろうと。
「何だと…、合流できねば、ここまで来た意味がないではないか!」
「あの艦が落とされるようなことになったら、もっと意味がないでしょう!?」
一方のAA側はと言えば。
AAと通信をしながらもそんな映像を見せられては、良い気ではない。
「モビルスーツを18機イージスもいる!?」
MAとMSのキルレシオは5∶1と言われるほどに、隔絶した戦力差がある。
そんな者が20機近く存在するのだから、もはや先遣隊の命は風前の灯火である。
「あのナスカ級は、それほどの大群を送ってよこしたと言うの?」
「モントゴメリより入電! 〘ランデブーは中止、AAはただちに反転離脱せよ!〙とのことです!」
そんな無線を聞いたラミアスにはどうしようと決断する必要があった。
と、同時にフレイが一目散に格納庫へと走りだす姿が目尻に映り込んだ。
もし、自分に戦う力があるのなら、恋人が死んでしまった時に、そんな力があったのなら、自分ならどうするだろうか…?
そんな、軍人に有るまじき思考。技術士官というそう言う立場だからこそ出てくる発想だろうか?
そして彼女は、うつむいていた顔を一転させ目に力を宿しながら前を見据えた。
「今から反転しても、逃げ切れるという保障もないわ。
それに、彼のような人物を失うわけにはいきません。
全艦第一戦闘配備!
AAは先遣隊援護に向かいます!」
多少なりとも可能性があるのなら、戦って勝てるという見込みがあるのなら、それに対して博打を打つこともあるだろう。
艦内に警報が張り響き、自室で寛いでいたキラはその音に大いに驚いた。
そして、急いで更衣室へと向かう。
途中、ちょうど食堂の前を通り過ぎようとした時、〘暇だから〙と言う理由で、中で手伝いをしていたラクスが、ばったりと出くわしたキラを、大きな目できょとんと見上げた。
「なんですの? 急ににぎやかに……」
「戦闘配備なんです。危険ですから、部屋に戻っていてください」
「せんとうはいび……って、まあ、戦いになるのですか?」
「そうです…ってか、もうなってます」
「――キラ様も、戦われるのですか?」
純粋無垢なその瞳が、それがどういう事か問いかけてくる。
キラは、それに対して言葉に詰まった。
「キラ、邪魔だから!アンタも危なくない場所に隠れてなさい!」
そう言いながら、フレイがそこを横切る。女子更衣室は、男子のそれとは別になっているからだ。
「フレイ様も戦われるのですか?」
キラは、その質問に対して。
「うん……、そう……だと思う…。だから…、僕も戦わなくちゃならないんだ。」
そう言うと、キラはラクスを置いて走り出す。
それは誰かの為に突き動かされているのだろう、彼は彼の為に戦いをするのではない。
目の前に女の子がいる、そしてその子は戦いたくもないのに戦っているのに、自分だけが逃げるのが嫌だったからだった。
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