ガチャガチャ、ガヤガヤという音が鳴り響く格納庫の中、整備士達は今日も自分の割り振られた仕事をこなしていく。
「お〜い、ちょっとこっち手伝ってくれないか!?」
「え?……はい、わかりました。」
と、青年は声を出して使用していたスパナを
カン!カラカラ!
という音とともに、地面にそれは落ちて行った。その場所は、格納庫の中でも一番下に位置するから、それ程大事にはいたらないが、もし上部でそんな事をしたら最後、ヘルメットをしていても金属ボルトならばそれを貫通する程になる。
「あ……、またやっちまったよ重力め……。」
宇宙ボケが治らない、それは何時の時代の宇宙でもそうなってしまうものだ。重力空間から、無重空間へそして再び重力空間へといった場合このような事になる。
治るのには暫しかかるだろう。
荷物を動かすにも一苦労、物の重さが脆に腕や足に負担を掛ける。しかし、それと同時に危険な作業は少なくなる。
重力と地面の摩擦抵抗によって、物体を固定する必要が無くなったりする。
勿論、急激な動きに対するベルトは必要だが、基本的な物は動かない。
「マードックさん、それでどうなんです?この子の間接…。」
「一応…、治りはした。治りはしたんだが…、予備パーツが不足してやがるからなぁ…。一部パーツの互換性がストライクと無いからな。」
MS用のキャットウォークの上にいながらそう話す二人の前には、装甲材を一部外したガンダムが立っている。
コックピット近くによりかかりながら、そんな業務的な会話をする。
「やっぱり、ストライクの方に部品とか優先されるんですよね。」
「まあ、量産はストライクの方になるだろうからな。ガンダムは言っちゃ悪いが、完全技術実証機だかんなぁ。」
ふ〜ん、と鼻で言うフレイは少し残念そうな顔をした。
『色々と考えながら操縦しないとな、俺が動かしたら最後だな。』
彼女にしか聞こえない声がそう話す。
彼女の身体を借りていた本人は、まるで悪気が無いようだ。そもそも、彼がいなければ彼女がMSを動かす事すら出来なかったのだから、そう文句も言えない。
「じゃあ、加減を考えないとならないわね。」
そう言う彼女の言葉に、マードックは彼女の操縦を思い出しながら、静かに頷いた。
同じ頃、キラもまたストライクの整備を手伝っていた。
大気圏への単独突入という難事を行ったにしては、ストライクの外観に支障もなく完全に駆動することを確認したかった整備士達が、彼にそのチェックを依頼したのだ。
そんな彼は、反対側に立ってマードックと話をしているフレイの事が気になって仕方が無かった。
起きて直ぐにトールから聞いた話から、フレイはキラの事を気遣ったのだろう事は容易に想像が付いたが、それにしても彼女の行動は露骨である。
あからさまに、サイを避けていたところを見た時は肝を冷やした。
サイからの視線が嫌という程に痛かったのだ。
「皆様〜、お夕飯が出来ましたわ〜。」
そんな余計な思考をしていると、和やかな声が艦内放送を通って聞こえてくる。
口調から声から、それがラクスである事を理解するのに必要な時間は、殆どかからなかった。
「なんで、ラクスが調理担当なんだろう。」
捕虜……、と言っていいのかわからないが、そんな民間協力者的な立ち位置となってしまっているラクスは、いつの間にか厨房が彼女のスペースになっていた。
烹炊員が不足しているAAならではの特別措置、働かざる者食うべからず。しかも、自分から志願したというのだ。
といえば聞こえは良いが、敵対国の民間人。それも、最高指導者の娘にそんな事をさせるなど前代未聞で、最悪毒殺されても文句は言えないのだが、大丈夫なのだろうか?この艦は。
何処からか、そんなあっけらかんとした声が聞こえてくる。
「マニュアルは見たけど、なかなか楽しそうな機体だねえ……。しかし、〘ストライカーパックもつけられます!〙って、俺は宅配便屋かあ?」
そんな声と〘ハハハ〙と言う笑い声が聞こえる、平和と言って良いのかわからない。そんな、非日常な日常が目の前に広がっている。
それでも力がある者が、力無き者を守るのは義務のようなものだからと、そう渋々納得しながらもキラは食事に行く為に、1度機体の電源をアイドリングに落とした。
……
「―どうかな? 噂の〘大天使〙の様子は」
上官の声に、赤外線スコープを覗き込んでいたマーチン・ダコスタは顔を上げた。
「はっ、依然何の動きもありません!」
振り仰いだ先には、長身の精悍な男の姿があった。砂地用の迷彩服で包んだ体躯は引き締まり、面長な顔は日に焼け、独特の野性味を漂わせている。
「地上はNジャマーの影響で電波状況が滅茶苦茶だからな。〘お姫様〙はいまだスヤスヤとお休みか……。」
誰がそんな状況にした!!等とこの男に言ったところで、きっと興味も無さそうに別の問答に話を逸らすだろう。
そんな雰囲気の男は呑気にそう言う。まるで緊張感が無いが、逆にそれが恐怖を助長するだろう。
そして、そんな男は手に持ったコーヒーカップを口につけると。
「っん!?」
と何かを閃いたかのように、言う。
「なにか!?」
異変でもあったのかと見守る彼の前で、上官は突然、満足そうに顔をほころばせた。
「いや、今回はモカマタリを五パーセント減らしてみたんだがね、こいつはいいな!」
全くこの人は、とそんな風に顔を渋くするダコスタ。
しかし、それとは裏腹にこの呑気そうな男の方針は既に決定していた。
作戦行動中とは思えないほど悠然とした態度で、コーヒーを飲みながら砂丘をするすると下っていく。
月の光を受けて、しんと白く光る砂丘の麓に、わだかまる影のように動かない巨大な機体とヘリコプターやバギー、そしてその周囲で動き回る男達の姿があった。
彼の姿に気づいた男達は、すばやく整列した。彼らの隊長が口を開く。
「では、これより地球連合軍新造艦AAに対する作戦を開始する!」
このちょっと変わり者のふざけたような男、彼の名はアンドリュー・バルトフェルド。
ザフト地上軍における屈指の名将。
人は彼をこう呼ぶ「砂漠の虎」と。
「目的は、敵艦及び搭載モビルスーツの戦力評価である!」
彼は慎重な男である。
敵の戦力分析を怠らず、まず敵を知る為に1つずつピースを嵌めるかのように、その行動を見る。
故に、その行動には決して意味が無いという事は無いのだ。
「倒してはいけないのでありますか?」
周囲の兵からは彼に対する評価は良好である。
それに対する疑問は、従うがその理由を聞きたいと言う事の現れである。
「まあ、あれはクルーゼ隊がついにしとめられず、ハルバートンの第八艦隊がその身を犠牲にしてまで地上に降ろした艦である。そのことを忘れるな。……一応な」
それ故に、捨て身を要求されていると兵は理解していても、誰も文句を言おうとしない。信頼関係というのは、こういうものなのだろうか。
「では、諸君の無事と健闘を祈る!」
そう言われるやいなや、兵は敬礼をする。この連帯感は、個人主義がまかり通っているザフトの中では珍しいものだろう。
「総員、搭乗!」
その号令と共に兵士たちが四方へ散った。おのおのが愛機のコックピットに収まると同時に、ダコスタが運転席に座る指揮車に、バルトフェルドも乗り込んだ。
「うーん、コーヒーが美味いと気分がいい」
瞬間、呑気そうに見えた男の瞳に、ちらりと物騒な光が見えた。
「さあ――戦争をしに行くぞ!」
静かな闘争を隠すその表情はまさに、獲物に喰らいつく虎のようだ。
……
「第二戦闘配備発令! 繰り返す、第二戦闘配備発令――」
夜間、やっと眠りにつけると言ったところで、当直の発したその号令によって、ラミアス以下就寝に付こうとしていた面々は飛び起きた。
艦橋へと向かうサイは、フレイとすれ違い衝突しそうになるが、フレイはそんな事気にもせず格納庫へと向かっていく。
少し嫌悪な雰囲気になってしまったがために、仲直りをしたかったサイは、まだ話をせずにいる。
その日の内にその関係を修復することは、難しいのだろう。
二人の行き先が違うという事もまた、それに拍車を掛ける。
ビリビリと響く爆発音、それは空気中を真っ直ぐに飛んてくる衝撃波である。
宇宙空間とは、また違った大気と言う伝導体のある地球上でのそれは、恐怖を助長するには充分な迫力がある。
砂丘の切れ間から次々と降り注ぐ数多のミサイルを、自立近接防空迎撃システム、イーゲルシュテルンがその限りある速射力で迎撃していく。
その音が響くたびに、どれ程近接にミサイルが近くあるのかを象徴するものだ。
キラはパイロットスーツに着替えつつ、この重力という空間に苛立ちを覚えていた。
無重力ならば一飛でコックピットへと乗り込めるのに、目の前のこの状況はあまり良いものではない。
そんな中でも彼は、慌ただしげにコックピットへと乗り込んだ。
「―砂丘の陰からの攻撃で、発射位置特定できません!!」
回線を開いて直ぐに、そんな言葉が飛び込んでくる。ブリッジも突然の奇襲によって、慌てているのだろう。そんなやり取りが聞こえてくる。
「第一戦闘配備発令! 機関始動!」
ラミアスが到着したのだろうか?いやこの声はナタルのもの、すぐさまにAAは機関を始動させて、その巨体が静かに振動する。
艦内にはそれを象徴する様に、大きく照明が点灯した。
「五時の方向に敵影三! ザフト戦闘ヘリ〝アジャイル〟と確認!」
「ミサイル接近っ!」
「機影ロスト!」
今のAAの状況は、さながら大人数の棺桶のようなものだ。
巨大なヒットボックスを狙ってくる敵に、無防備な姿を晒しているのだから、そうも言えよう。
「照明弾散布! 迎撃!」
ナタルの特徴的な声が聞こえてくると、その状況の切迫さが遥かに上がってくる。
キラの背筋には、冷や汗が流れた。
「ランチャーストライク、スタンバイ!」
フレイの機体は未だに調整中である。そんな中で戦えるのは、キラのストライクだけだ。
「ストライク!発進どうぞ!!」
リニアカタパルトが機体を勢いよく打ち出す。急速に近づいてくる地表にキラは一瞬とまどう。宇宙との勝手の違いに、そうなるのは当然であった。
着地の体勢が崩れ、よろけて膝をついたストライクの足元で、細かな砂がさらさらと流れ落ちる。
砂というものは、その実流体的な動作をする事のある固体の集合体である。
接地圧が分散し、人すら飲み込むこともある。そういう場所では、キャタピラか四足歩行こそが好ましい。
そんな中で、暗闇から薄っすらと光る眼光がストライク向かって急速に近付く。
「ストライク!敵接近、敵機5!TMF/A‐802、ザフト軍モビルスーツバクゥと確認!」
四足歩行のまるで狼のようなMS、人型のそれとは違った立体的な動きをして、ランチャーストライクへと近付いていく。
キラはそれらに対応しつつ、翻弄されていく。
そんなじれったい状況をただ見過ごすだけの人間が、パイロットをやるわけがない。
「おい!スカイグラスパーはまだ飛べないんだよな!!」
「しょうがないでしょ!入れたばかりなんだから!!」
焦りと緊張の中、そんな怒鳴り声も聞こえてくる。格納庫の中はてんやわんやだ。
「ナタルさん!!」
じれったいと、コックピットからブリッジへと通信を入れる。
「アルスター准尉、なんだ!!」
「ガンダム、カタパルトへ移動開始します!」
勝手に行動を開始したその機体に、艦長の代理として席に着いていたナタルは驚愕の表情を浮かべると共に、その真意を理解した。
「左腕がまだ無いが、行けるか!アルスター准尉!」
「キャノンがあれば砲撃支援出来ます!ストライクと違って、単体だとこっちの方が優秀なんで!!」
「フレイ!……無茶しないでね。」
コックピットの中から、コンソールに映り込むミリアリアが心配そうに彼女に声をかけた。
フレイはそれに少し笑いかけると、カタパルトから正面を向く。
「フレイ・アルスター…、行きます!!」
『接地圧の評定を、今修正することは難しい。だが、砂漠戦は……やった事があるからなんとか誘導しよう。』
フレイの頭にいつもの声が響き、目の前に出現した大地に隻腕のMSが現れる。
両肩に支援砲を抱え、見るからに近接戦闘向けではない装備をしつつ、砂地に慣れたように着地した。
右腕に、盾を装備して。
それを遠くから眺め見ているバルトフェルドは、その対応速度を見ながらも戦力分析を始めた。
「随分と、パイロットに優しくないな。いや、信頼しているのかもしれないね…。」
共に初見の相手である。
ストライクはアグニを細かく撃つ事によってバッテリー消費を抑えつつ、射点を1つにせず動き回る。
業を煮やしたのか、キラは即興でストライクのデータを書き加え、その機動はみるみる改善していく。
対照的にガンダムは動きを止め、バクゥの攻撃に対して最小限のステップを使いながら、地盤の状態を見ながら戦闘するところを見るに、パイロットの性格が出ているのかと、そう思っている。
「対応が早いな、優秀なパイロット達だと言うところかな?では、次の段階に行こうか?」
バルトフェルドの号令が発せられる。挑戦者への様子見は、彼の特徴的な戦闘故に。
「南西より熱源接近っ! 艦砲です!」
ナタルに変わり、艦長席へと座ったラミアスは、直ぐ様それに対応した。
「離床っ! 緊急回避―!」
砂を高く巻き上げ、AAの巨体がゆっくりと浮かび上がる。
次の瞬間、AAの周辺に大きな爆発が連続して起こる。
「攻撃はどこから来た!?」
「な、南西二○キロの地点と推測」
ナタルはドスの効いた声でその行方を捜索しろという。
直ぐ様結論が出てくるが、その結果に渋い顔をした。
「本艦の攻撃装備では対応できません!」
トノムラからのその言葉に、そんな事は解っていると言いたげに現状の把握をした。
キラはそれに対応して、アグニを構えるもそれを阻止しようとするバクゥが躍り出る。
キラはストライク内に響くアラートを無視して、砲撃を迎撃すべくアグニを放つ。
と同時に、彼を狙っていたバクゥのうちの1機が内部から火を吹いて爆発する。
ウスノロい筈の二足型のMSが、バクゥを相手に片腕というハンデを背負いながら圧倒する姿は、夢のような出来事だ。
『敵は低姿勢だ。安定性の良いものだが、胴体が長い。予測射撃を心がければ、まぐれでも当たる!!』
「そこっ!!」
肩の支援砲からの砲撃が、バクゥを飲み込んでいく。
『動物の歩行を参考にするのは良いが、肉食獣の走り方はブレーキが効かないものだぞ!!』
フレイはその指示に従いながら、最低限の距離を取りつつ迎撃戦闘を継続していた。
空中での方向転換に難がある事を、看破しそれを対応する。
戦闘の風向きは止まり、それを実感するようにバルトフェルドは、一口コーヒーを口に含む。
相手は予想以上に善戦するものだ、特に2機のパイロットは優秀と判断した。
そろそろ頃合いだろうかと、そう思いつつMSを引き剥がしたAAをアジャイルによって襲撃させていると、とんでもない乱入者が現れた。
……
ランチャーストライクの弱点でもある、アグニのエネルギー効率の悪さによって、ストライクのエネルギー残量はレッドゾーンへと突入しようとしていた。
後一発、何か攻撃を喰らえば、PS装甲が落ちる。
フレイも敵の迎撃で手一杯であり、キラの事を気にする暇もない。
そうなれば最後、PS装甲は重りに成り果ててしまう。
現状への不安が現れると同時に、キラは自分が狙われていた事を察知する事が遅れてしまった。
「――しまった!!」
ロックオンアラートが鳴り響く、ストライクのイーゲルシュテルンが起動して、それを迎撃する。
と同時に、何処からともなく現れたミサイルが、アジャイルを撃墜した。
突然数台のバギーが現れたかと思えば、果敢にもバクゥへと攻撃を加えていく。
その内の1台が、ストライクの側へと駆け寄るとワイヤーケーブルを使って、接触回線を開いた。
「そこのモビルスーツパイロット! 死にたくなければこちらの指示に従え!」
女の声、それも若くハキハキとしたキラに聞き覚えがある声だった。
ワイヤーをアンテナとして使い、地図上に座標を表示してくる。
「そのポイントにトラップがある! バクゥをそこまでおびき寄せるんだ!」
キラはその言葉に嘘が無いと思いながら従った。
そして、予定ポイントまで到着すると、追い縋ったバクゥを大規模な爆発が包み、大地へと没していった。
それを遠目で見ていたバルトフェルドは興が醒めた。
「撤収する」
AAの戦力分析は出来た。そこから、各パイロットの特徴を見出す。粗削りであるが、厄介な相手であるという評価を胸中に残して。
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