砂丘の上をまるで海のように掻き分けながら進む、陸上戦艦レセップスその艦長室へと一人の男が入っていく。
「ダコスタです、失礼します」
ノックをしてドアを開けると、凄まじい臭気がダコスタを包み込み、彼は思わず鼻を押さえた。コーヒーの香りは芳香というのだろうが、ここまでくると暴力としか感じられない。部屋の主は濃く立ち込めた香りにも動ぜず、コーヒーを竹べらでかき混ぜていた。
「う……隊長、換気しませんか?」
やっとのことで言うと、バルトフェルドは不審そうにダコスタを見やる。
「そんなことわざわざ言いに来たの?」
「いえっ、そういうわけでは……」
そんな事の為に来たわけがないでしょうにと、内心愚痴りながら報告をと口を開く。
コーヒーに熱中している彼に何を言っても、コーヒー中心になるだけなのだから。
「―出撃準備、完了しました」
「うん、いいね―今度のにはハワイコナを少し足してみたんだ」
言わないでもわかっていた事だが、この人は余りにも興味が無い事にはとことん興味が無いのか、と呆れる
「…………はあ」
堪らずそんな返事が出てしまうほどに。
ここで、コーヒー豆の話をしてはいけない、途轍もない長話が始まるからだ。
「うん……これもいい。ハワイコナはわずかでも充分にその存在を主張する。ぼくは好きだね、こういうの」
バルトフェルドは空になったコーヒーカップをテーブルに置いて、颯爽と艦長室を出ていく。
甲板上にはいつ出撃しても良いように、バクゥが三機と装甲車、そしてその前には兵士たちが整列し、彼らの指揮官を待っていた。バルトフェルドはあいかわらず、気負ったようでもなく口を開く。
「ではこれより、レジスタンス拠点に対する攻撃を行う!
―昨夜はおいたが過ぎた。悪い子にはキッチリおしおきをせんとな。」
その言葉の中には闘志など無い、平坦なまるで興味がない。そして何より、いたずらをして子供に対して躾を行う。
そんな程度の認識しかないのだろう。
しかし、その言葉を否定するものはここにはいない。何故ならば、彼等は知っているからだ。この男の強さを、その実力を誰もが認めているからだ。
「目標はタッシル!――総員搭乗!」
軍勢は動き出す。ただ、闘志無き聖戦が。
……
フレイは左腕を取り付けている最中のガンダムのコックピットに搭乗し、砂漠の接地圧データをプログラミングしていた。
あいも変わらず頭の中に響く声が、色々と教示しながらそれをやっている事に内心疲れていたが、段々とそれに慣れて行く自分に、満足感を覚えていた。
「はあ……、これでだいぶマシになったのよね?」
『あぁ、今のコイツならば砂漠はもちろんの事、泥底。果ては海中だって簡単に動かすことが出来る。
流石に専用機には負けると思うが、MSの性能の差が戦力の決定的な差じゃない事だってあるからな。』
性能の差とか言いながら、フレイはこの機体がザフトのMSに負けるだろうか?と、内心思っていた。
実際問題、ザフトの主力であるジンはG兵器に対して有効打を与えられる武装は限られているし、通常兵器でこの機体を落とせるものは、それこそ大量破壊兵器のようなものではないか?
そう思うことだった。
『この機体の長所、それを君は解っていないな。俺は他のG兵器との戦闘を念頭に言っているんだ。
良いかい?
この機体は他の機体を開発する為に、開発された試作機の試作機だ。
それ故に、他の機体ではいらないと判断された過剰なフレーム強度。
それを支える為の、長時間バッテリーが搭載されている。
各々の性能は、他の機体より低いが唯一単体での継戦能力は、この機体が上なんだ。
だから、君にはこの機体の長所を活かす戦い方を、俺は教えているつもりだ。』
だからこそ、OSの書き換えなんて学生がやって出来るのだろうかと思う事を、やらされているのだ。
勿論キラに任せば直ぐにやれるだろうけれど、これも勉強だと言うことだ。
『自分で調整するからこそ、癖がわかるわけさ。それだけで生存性に直結する。』
「だから、バーニアとかそういうのの細かい噴射とかも、セッティング出来るようにするのよね?」
『その通りだ。』
と、その声は満足気に言うと次の作業へと入ろうとしていた時
「ッング…?」
突如として、彼女の頭に痛みが奔った。いや、痛みと言うよりかは、光の波形。
何か良くない事が近くで起きている、そんな気がしていたのだ。
『気が付いたか?だが、そうだとして今の君に何か出来る訳じゃない。辛抱のときだな。』
彼女はその言葉に何も感じなかった。辛抱することでもない、他人がどうされているとして、親しい間柄じゃないからと自分に言い聞かせ。
ちょうど時を同じくして、外ではそれと同じ事で錯綜していた。
鋭い笛の音がキャンプに響いた。
どうやら警報の意味らしく、司令室からサイーブが飛び出し、ラミアス達もなにが起こったのかと後に続く。
警笛と言うのだから、重大な事が起きたと感じて。
「どうした!?」
見張り台にいた少年が、まだ高い声で叫び返す。
「空が……空が燃えてるっ!」
みなが、はっと息をのむ。火のないところに煙は立たない様に、何も無いところに火が立つわけもない。
「タッシルの方向だ!」
とたんにサイーブは取って返し、無線に駆け寄る。すでにそれを試していた男が、ノイズを吐き出すスピーカーを乱暴に殴りつけた。
「ダメだ!通じん!」
有事に際して何か手を打っていたようだが、彼等のその策の裏を掻いての襲撃にオロオロと錯綜する彼等。
そして、慌てて何も考えずにただ行こうとする血気盛んな者達も。
「待て! 慌てるんじゃない!」
「サイーブ、ほっとけっ言うのか!?」
「そうじゃない、半分は残れと言うんだ! 落ち着け! 別働隊がいるかもしれん!」
即応したい気持ちも解るが、冷静さを欠いている。所詮は民兵と言ったところだろうか。
そんな彼等を横目に、ラミアスは共にいたフラガに、こそりと声を掛ける。
「…どう思います?」
「う〜ん…、砂漠の虎は残虐非道ってのは、聞いたこと無いがなぁ。」
腕を組みながらそう返す彼には、緊迫感の欠片もない。
最悪の事態が起きている訳ではないと、この時フラガの脳裏には直感として何かを感じていた。
「じゃ、これはどういう……?」
「さあ? だって俺、知り合いじゃないしねえ。1度あって、話でもしてみりゃ人となりはわかりそうなもんだがね?」
飄々としている彼は、そう言うとAAに戻ろうとする。
「フラガ少佐?」
そんな言動をしたフラガに対して、ラミアスは驚く。
悠長な事を言っていても、彼は真艫な軍人なのだなぁとそう思っていた。
「俺が先行するさ、どうせ到着した頃には戦闘は終わっているだろうがな。」
「私たちにできるのはあくまで救援です! バギーでも医師と誰かを行かせますから!」
後ろ手に手を振りながら、彼は急ぐまでもなく、スカイグラスパーに乗り込もうとその場を後にした。
続々とバギー達が、地を這うように移動を開始する。目標地点は彼等の故郷〘タッシル〙
ラミアスはそれを見ながら急いで艦橋へと歩みを進めた。
それと共に、
「総員! ただちに帰投! 警戒態勢を取る!」
と号令をかけ、有事に備える事を優先した。
一人ベッドに横になり、浅い眠りの中に落ちていたキラは、疲れをとろうとしているところであった。
その時、艦内に警報が鳴り響き安眠は瞬く間に妨害された。
「――総員第2種警戒態勢、MSパイロットは速やかに搭乗を開始せよ、総員第2種警戒態勢……。」
そんな声とともに、キラは飛び起きた。
一人、眠りについていた彼は急いでパイロットスーツに着替えると、直ぐ様ストライクへと搭乗した。
コンソールを叩き、ブリッジにいるミリアリアとの通信を開始した。
「何がどうなってるの!?」
「私も今招集されたばかりだけど、なんか近くの町が攻撃されてるって話よ?」
まるで他人事だ。
それでもキラにとってそれは、受け入れ難いものだった。
誰のせいで流れているのだろうか?もしかして、自分達が来たからこんな事になってしまったのではないか?
彼の疑問は尽きる事がない。
「フラガ少佐がさっき発進したから、偵察データを下にストライクも現地に行ってもらうみたい。」
「フラガさんが?でもMSはストライク1機なの?」
「悪かったわね、私の機体はまだ腕がくっついてないのよ。」
別に文句なんて言ってないのに、と顔に出していたがヘルメットのバイザー越しではそんな顔わかるはずも無い。
「兎に角、ストライクは発進位置に動いてください。」
「了解しました。」
格納庫から運ばれる間に、チラリと固定されているガンダムに目を向ける。そこには、不服そうな顔をしたフレイの姿があった。
……
タッシルの街は火の海であった。
それはもう、燃えていない場所を探す方が楽な程に、そして燃えていない箇所があるという事は、ソレは意図的に用意された場所だと言うことを示していた。
「隊長!」
タッシル内の偵察を行っていたダコスタが戻り、助手席に乗り込むと、目を閉じて待っていたバルトフェルドは片目を開ける。
「……終わったか?」
「はい!」
「双方の人的被害は?」
「は?」
抵抗するものもいないのに、そんな事で被害を出していたのなら、ソレはもはや笑い話に他ならない。
〘コテージ作戦〙でもあるまいし、味方を誤射するような者はここにはいない。
「ある訳ないですよ、反撃も来ないんですから。」
「俺は双方の、と言ったぞ?」
また、理由のわからないことをと、ダコスタは内心思いながら。
「……そりゃまあ、街の連中の中には、転んだだの火傷しただのってのはあるでしょうが…。」
と言って言葉を濁した。
結局のところ、バルトフェルドは〘気分の悪い〙事はしない主義なのだと、この時ダコスタは思っていた。
現に、先の戦闘ではそれなりの犠牲者を出したにも関わらず、敵の本拠地の1つである街を攻撃し、あくまで民間人の犠牲者は出していない。
要するに、戦争は軍人がやるべき事であってそれ以外の人間が犠牲となるのは、〘余り良い事ではない〙とバルトフェルドが認識している事の現れだと、そう信じた。
例えそれが、街の1つや2つを焼いたとしても、民間人にはあくまでも手は出さないと。
そんな事を平気でやろうとする人なのだと。
「では引き上げる。ぐずぐずしてるとダンナ方が帰ってくるぞ」
その言葉にダコスタは呆気にとられた。
戦う相手限定ならば戦闘するのではないか?と。
「それを待って討つんじゃないんですか?」
「おいおい、それじゃ卑怯だろ!? ダコスタ君、僕がやつらをおびき出そうと思って街を焼いたと思ってるの?」
自分が思っていた想像とはもう少し斜め上の解答に、ダコスタは天を見上げた。
「ここでの目的は達した! 帰投する!」
バルトフェルドは指示を出し、ダコスタはそれを各機に伝えた。
やっぱりこの上官の行動を読むことは、自分には不可能だ――と思いながら。
……
AAの艦橋では、フラガから来る連絡を今か今かと待ち望んでいたラミアスの姿があった。
決して、身内と認定したわけではない。だが、一宿一飯の恩がある以上、放っておくのも忍びないのだ。
「こちらフラガ機、AA聞こえるか?」
そんな無線が届けられた。
どうやらNJの濃度はそれ程濃くはないようだ。
一切の電波障害が無いと言う訳にはいかないが、それでも通信可能領域である事には
変わりなかった。
「こちらAA、そちらの様子はどうなの?」
フラガはその言葉を汲み取り、周囲の状況を克明に記憶していく。その惨状は当に地獄絵図。
普通であれば、生存者の確認は絶望的であるのだが、彼は余りにも大きな違和感を見つけてしまった。
「ああ、こちらフラガ生存者を発見した。発見したんだが…、ちょっと予想外だったな。」
「それは良かった」と言いかけたラミアスに対して、フラガは軽口でそんな事を言った。
「ほとんどの住人が無事なんじゃないかって、そう思えるような違和感さえ無けりゃあな。」
彼から送られてくるノイズ混じりの映像には、その姿が克明に描かれる。
1つの場所により集まり、肩で互いを支え合っている住民達がいる。
「敵は!?」
「見ればわかると思うが、これがいるように見えるか?」
轟々と鳴り響く炎の中を、動く巨大な影はその一切が無い。
センサー類に反応すらない。
「やれやれだな…、全くもって。」
「それはどう言う事でしょうか?」
フラガがそう言葉を漏らすのを、彼女は聞き逃しはしなかった。
「いやさ、〘砂漠の虎〙にとってレジスタンスは眼中に無いってことさ。そりゃみなさんお気の毒にってね。」
フラガはそう軽口を叩きながら一方で、この状況を楽観視していた自分を、内心叱咤した。
砂漠の虎が、どれ程やり辛い相手であろうか?
クルーゼのようなのべつ幕なく考えるような相手ではない。
自分の趣味趣向を大切にするような、そんなやり辛い、相手であると直感した。
独自の美学で動くものなど、芸術家くらいで充分だとそう思いながら。
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