四足歩行型のMSバクゥを後ろに控えながら、レセップスへの帰り道をひた走る一台のジープ。
そこに乗車するのは、〘砂漠の虎〙と呼ばれているアンドリュー・バルトフェルドとその部下達。
彼等はタッシルからの帰り道を実に優雅に移動していた。
「隊長、後方から接近する車両があります。6……えー、8、レジスタンスの戦闘車両のようです。」
バクゥのパイロットからそう通信が流れてくると、ダコスタは自ずとバルトフェルドを見やった。
その顔はなんとも言えない、悲しそうにも笑っているようにも見える。
そして、青みがかった沙漠の空を見上げると一言ポツリと言った。
「……やはり、死んだ方がマシなのかねえ?」
人の考えなんてわかるものじゃない、ただ狂行に出た人間の心理など解りたくも無いと、そう言うように。
……
「カガリ!アフメド!駄目だ戻れ!」
バギーの上でサイーブが叫んだ。しかし、アフメドはそれを笑い飛ばし馬鹿にするように言った。
「こないだバクゥを倒したのは誰だ、え?俺たちだろ!」
「今回、地下の仕掛けはない! 戻るんだ、アフメド!」
サイーブは己等の力を流石に弁えていた。
バクゥを打ち倒せたのは、用意周到に仕掛けをし練りに練った作戦があったからこそ実現出来た事であって、搦手無しの真正面からの戦闘など、端から考えていなかった。
正面からぶつかれば、蟻が象と戦う程に無謀な事だと知っているから。
「サイーブ! いつからあんたはそんな臆病者になったんだ!?」
サイーブを揶揄するように彼は言う。
臆病者程生き残れる。それを知らない若者は、勇み足ばかりが達者となる。
したがってこの時のアフメドは、口ばかり達者の素人だった。
それに同調するように、助手席のカガリも口を出す。
「仕掛けがなくとも、戦い方はいくらでもある!」
そう言って対戦車噴進弾発射機を片手に持ち上げる。
「そういうこと!」
というアフメド、彼等は勘違いしている。
無反動砲や携行対戦車兵器とは所詮は〘化学エネルギー弾〙である。
従って、想定通りの角度に当たらなければ被害を与えられず、ましてやMSという巨大な鎧に対して、コックピットの人員に対する被害を期待出来ないという状況では、それらの脅威度は遥かに低下する。
よって、これらに対しては弾薬庫を狙うなどの措置を取らなければならないが、機敏に3次元的に動く存在に人間が重い誘導装置を掲げて、それらをロック出来るか?と問われれば、無理なものだ。そういう点からも、彼等は無謀な自殺を行っているのだ。
そんなことすら知らずに、彼等のバギーは急加速しサイーブのそれを追い抜いていく。
砂丘を越えたところで、バクゥの機影とバギーを捕らえた。先行していた彼等はランチャーを肩に担ぎ上げて、のそのそと四本の足で歩くバクゥに向けて発射した。
弾頭は見事に命中し、命中箇所は爆炎に包まれる…、だがバクゥはそんなものもろともせずにギラリとその瞳を、彼等に向ける。
「ジープを追え!〘砂漠の虎〙を倒すんだ!」
そんなものを知らずに、彼等のランチャーは前を行く無防備なジープに向けられる。
と、先行するジープが進行方向を変えると、そのすぐ近くに砂柱が立ち上がる。ランチャーが逸れたのだ。
それでも追い縋るように徐々にその間合いを、詰めていき今度こそと言ったところでバクゥが身を呈してジープを守るように立ち塞がると、見事に顔面へと着弾する。
一瞬足を止めたバクゥの関節部へとめがけ、すかさず後部座席のキサカがバズーカを撃ちこみ、ほかの車両も一斉に砲撃する。その何発かが巨大な鉄の肢で炸裂し、たまらず鋼鉄の巨獣は膝を折った。
「やった!!」
しかし、喜びは束の間でありその後にあるのは絶望であった。
爆発のせいでジョイントを損傷した1機を除き、他の2機はどれほどの攻撃を受けてもビクともしない。
それどころか、誘導能力の限界からかそれが命中しない事すらある。
そして、逆にレジスタンス達を追い詰めようと、脚部のキャタピラを使って踏み潰そうともする。
堪らずバギーは散解するが、それに追随してそれらを踏み潰す。
「うわぁ〜!!」
彼等はもはやパニック状態だ。反撃しようにも、機動性も攻撃力も防御力もありとあらゆる全てが上回る敵に対して為すすべなく、狩られていく。一台、また一台と踏み潰されていく。
その姿は、まるでボールで遊ぶ犬のようだ。
「くそォっ!」
アフメドがハンドルを切り、別のバギーを追う三機目に迫った。その巨大な肢を掻い潜り、腹の下に入る。
これまで黙りこくっていたキサカが、唐突に叫んだ。
「――飛び降りろ!」
「―えっ?」
この時、アフメドは己に起きた状況が理解できなかった。
一瞬の出来事、巨大な前足が唸りを上げて蹴りだされ、アフメドがまだ乗っているバギーに叩きつけられる。金属同士のぶつかり合う鈍い音と同時に、バギーが木っ端のように跳ね飛ばされた。
カガリは間一髪、キサカに抱えられて脱出出来たのだ。
「アフメド……!」
原型を留めないバギー、高く宙を舞うように飛ばされる少年の姿がカガリの目に焼き付く。
「――アフメド!!」
叫んだところでもう遅い、彼は死ぬのだ。
そして、一旦駆け抜けていったバクゥが反転し、今度は生き残りを狩ろうと再び襲い掛かろうとすると、そこに緑色の1条の光が間に割って入った。
「クソッ!熱対流か!」
狙いは正確な筈だった。だが、現実は非情である。
熱を持ち始めた沙漠の砂が、熱を放射し始め空気を屈折させる為に、ビームに干渉してそれがあらぬ方向に進む。
それを読みながらやらなければならない、そんな苦悩がキラを包む。
一挙手一投足に注意をしながらも、ストライクはなんとかバクゥの挙動に付いていく。
バクゥはその対応を見逃さず、その動きに対応して行く。
今度は頭上から放たれたこれも緑色の光に一機貫かれ、内部で小規模な爆発を起こして倒れる。
カガリがはっと我に返り、空を見上げる。
高高度を悠々と飛行して空に飛行機雲を作りながら、空を飛行するものがあった。
「撤退だ、急げ!」
バルトフェルドは突如として声を張り上げ、行動中の全機へ命令する。
「たった2機ですよ!?」
ダコスタにとって、敵の戦力はMS1機に戦闘機1機。
バクゥ2機が直ぐに敗れる等、露程も感じていない。
先程の肢にレジスタンスの攻撃をくらい、動けなくなっていたカークウッドのバクゥが復調したらしい。キャタピラを回転させ、前肢を動かしてジョイント部に問題が無い事を確かめた後、のそりと立ち上がった。それを見て取ったバルトフェルドは無線を手にした。
「カークウッド、逃げるぞ!」
「はっ!?」
言うが早いか、カークウッドは機体を無意識の内に動かした。それが生死を分ける事になるなど、この時の彼に意識は無かっただろう。
機体の腹部があった場所が正確に穿たれ、地表に硝子地帯を形成する。
その間にも僚機がストライクの相手をするのを認識すると、
「撤退だと言っている。急げよ!!」
と言うバルトフェルドの言葉の意味を理解し、撤退を始める。
ストライクがそれを追おうとするが、ピタリと動きを止めてそこに釘付けとなったように動かなくなる。
それを見たバルトフェルドは、
「ふっ…面白い事をする輩がいるもんだね。」
と言いながらその姿を砂漠へと消した。
……
ぐるぐると、まるでハゲワシの如く上空を旋回するスカイグラスパーを見上げながら、カガリはポツリと、一言発した。
「どうして……。」
その言葉にあったのは、どう言う感情であろうか?
悔しいと言う復讐の感情か?それとも、どうしてもっと早く一緒に来てくれなかったのか?と言う、八つ当たりめいたものか?
この時の彼女の感情は、ぐちゃぐちゃであっただろう。
「大丈夫ですか?」
ストライクがそう言いながら、生存者を探している。
それは、カガリの耳に入るとまるで嘲笑のように聞こえた。
被害妄想というものだろう、親しかった者たちが目の前で死んでいく。そんな状態をして、普通でいられるならソイツは異常者だ。
「なんで………、なんでもっと早く来てくれなかったんだ!結局戦うならなんで!!」
1人そういう姿は、痛々しい程にキラの心を突いた。
しかし、それと同時にキラにもう一人が声を掛けた。
「別に心配なんてする必要ないわ。所詮は自業自得よ?力が無いくせに、粋がって調子に乗った結果よ?
私達だって……、同じようなものだったじゃない?」
「でも…。」
そう言われてキラは宇宙での出来事を振り返る。
フレイのお父さんを見殺しにしてしまった事、目の前で少女が乗っていたシャトルを落とされた事…、皆自分の実力不足で起きた出来事だと。
「でも……。それでも、助けられるなら助けた方が良いんじゃない?」
「それで自分が死んじゃったら意味ないでしょ?私は、嫌よ?パパの仇を皆の仇を取るまで絶対に死ぬなんて。
その為には、どんな努力だってするだから…。」
そう言うフレイの言葉は、死者に足を引っ張られているようにキラには映った。
いずれ、死んでしまうのではないか?と、そう言う危うさがあった。
けれど、同時に彼女なら死なないのではないか?という、そう言う思いがあった。
バクゥを追撃しようとした時、彼女が言ったのだ。
「キラ!撃つな!」
と、はっきりとした声を聞いて、足を止めたのだ。
それが彼女の声なのは確かであったが、果たして彼女が本当に話したのだろうか?
それがどう言う、真意で言ったのかは解らないが、彼女は無駄な殺生をしないようにと、そういったのではないか?とキラは思っていた。
そう思いながら、彼は作業を淡々と進める。
カガリはその様子を見ながら、拳を強く握りしめ沸々と沸き上がる、吐き出しようの無い怒りを前に思い切り砂へと拳を振り下ろした。
上空から安全を確認し終えると、フレイのグラスパーが大地へと降り立つ。
既に生存者は一塊となり、救助を待っている状態だった。
フレイがコックピットから降りるなり、そこへとカガリが歩み寄る。
「長老が待ってるから、直ぐに帰ってきてね。」
たったそれだけ、それだけ吐き捨てて踵を返す。
その姿に、カガリは再び湧き上がった怒りをぶつけるように言い放つ。
「…………それだけかよ。」
「なに?」
血走った目をしながらも、肩で息を切りながらも周囲をぐるりと見渡すフレイを眼前にしながら、言葉を噤もうとする。
「皆……皆必死で戦った!!それなのに…それなのにお前はそれだけ言って!!ありがとうの一言くらい!!!!」
「ありがとう?なんで、お礼をしなくちゃならないのよ。アンタ達はただ自殺したかっただけじゃないの、お礼なんて言うわけないじゃない。
私、言ったわよね?身の程を弁えろって!!」
真正面から売り言葉に買い言葉だ。
フレイの肩は震えている。呆れているだけではない、怒っているのだ。
なんで、無駄に命を散らすのか。どうしてそんな行動を取るのか?まるで理解できないのだ。
互いにジリジリとした時間を過ごすが、その時は長くは続くことはなかった。
「二人共抑えて…、今は生きてる人の事だけ考えよう?」
と言う、キラの言葉によってそれは終わりを告げた。
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