一台のジープが、イスラーム建築で言うところの霊廟を模した造りをした巨大な建物へと向かっていく。
そこには、多くの装甲車両が存在し傍にはライフルを携帯した警備兵がそこかしこに存在していた。
「さあ、どうぞ〜?」
「え?あの、そこまでして頂かなくても。」
とキラは遠慮がちに言うと、それに対して車両から降りたバルトフェルドはカガリを見ながら言った。
「いや〜、そんな格好で帰ったらなんて言われるかわからんでしょ?ほらほら、客人として丁重に迎えるよ。」
実際、カガリの髪はチリソース濡れであり、フレイはヨーグルトソースが服にベッタリと着いたままである。
だがそう言われたとして、果たして周囲に銃を所持した軍人ばかりという環境下で聞いたとして、それを簡単に受け入れられるだろうか?
これでは、拉致とあまり変わらない。
しかし、目の前の男はそれを別になんとも思っていないのだ。
「キラ…、あんまり言うのは良くないと思うけど、今更かも…。」
「え……、うん。」
フレイは現状を受け入れていた。寧ろ、受け入れるしか他がないと言うことを理解していた。
脳内で響く声が、そうさせているのかはたまた彼女の意志なのか。しかし、この判断を選択したのは彼女自身だ。
「ほっら、カガリも降りる。髪の毛ベチャベチャじゃない、そんな格好してたら髪に匂いが染み付いちゃうわよ?」
女の子なんだから、と後に続くように彼女の手を取る。
実際、髪も整えればサラサラで良いパーツを持っているのに、ガサツさがそれを打ち消してしまっているのだ。
「さて、お嬢様方には別の人物が対応するんだが…」
と、軽口を叩きながら宮殿のような建物へと入っていくと、直ぐに出迎えの女性が現れた。
「おかえりなさい、アンディ」
柔らかな黒髪を靡かせて、艷やかな唇が印象的な美しい女性が現れた。キラは一瞬その人に見惚れたが、直ぐに次の言葉で現実に引き戻された。
「ただいま、アイシャ」
そう言うと、バルトフェルドは彼女の腰へと手を回し、キスをする。 あぁ、男女の仲なのだなと察した。
そうしていると、アイシャと言う女性は彼の後ろに控えていた3人に向き直ると、そのスラッとした身体を更に際立たせる服を見せつけながら全員の顔をくまなく見た。
「この子たちね? アンディ」
暴れるのは無駄な抵抗だろうと、フレイとカガリはそっと肩に触れてくる手を受け入れた。
「どうにかしてやってくれ。チリソースとヨーグルトソース、それにお茶までかぶっちゃったんだ。」
「あらあら、ケバブね?――さ、いらっしゃい」
二人はその女性の指示に従って奥へと歩いていく。
途中カガリは嫌そうな顔をするが、それももう遅い。ここは敵の腹の中、どう対応しようとも敵の判断次第では翌朝死体となっているかもしれないのだ。
「汚れてしまった服はこっちに任せて頂戴?直ぐに洗って返すから…。それと危険なものは無いか、ちょっと検査もするわ。」
まずは手荷物検査から始まると、フレイのポシェットに違和感を覚えたのか、中に何が入っているのか聞いてくる。
この時、後ろめたい物があれば出すのを躊躇するだろうが、この時の彼女は躊躇することはなかった。
中からT字型の金属片が現れる。
一体何なのか、銃ではない。鈍器と出来る程の重量もない、持っていたとして、内部を圧迫するだけのものだ。
「これは…、何かしら?」
もしも、この物体のことを知っている者がいるとすれば、それはフレイの頭に響く声の主だろう。
しかし、それを知っているのはフレイ以外にいないのだ。それ故に、フレイは嘘を付く。
「……それは、パパの形見…です。」
本人が言っているのだから否定しようがない、何よりこんなもの誰がわかるものか。
しかし、それに思わぬ反応をする隣人がいた。
カガリは、それを聞いた途端にフレイを抱きしめるように近付いたのだ。
何をやっているのだろうか、そんな事をしたらチリソースの匂いが着いてしまうと、フレイは思っていたがカガリはそんなものお構いなしに、フレイの事を抱きしめる。
「ねぇ…、離れてくれない?」
「そうね…、離れないとシャワーも浴びれないわよ?」
呑気なものである。カガリからすれば、こんな反応をする奴がどうして形見を肌見放さず持っているのか、問いただしたかったが、そんな人の心に土足で入る程彼女はガサツではない。
寧ろ、フレイが可哀想になったのだ。
そんな女性陣とは裏腹に、キラはバルトフェルドの私室へと案内された。
「君は、コーヒーは飲むかな?」
「いえ…、あまり。でも、嫌いじゃ無いです。」
実際どう言うものなのか、キラはコーヒーを嗜む人ではないからか、それはわからない。
だが、カフェオレなどは美味しいと思っている。
「僕はコーヒーに一家言あってね」
「あの……、カフェオレとかくらいしか飲んだ事は…、無いんですけれど…。」
それに対して驚いたような顔をするが、直ぐに平静を取り戻して、自らブレンドしたそれをサイフォンを通して抽出しだす。
それと同時に、キラの言葉を聞いたのかカフェオレの準備も始めた。
無理強いさせる気はない、しかしカフェオレから始まるコーヒーの旅もあるだろう。
その程度しか考えていない。
その間にもキラは、辺りをキョロキョロと見回す。
数々の調度品が並べられ、フランス窓を思わせるそのガラス窓。あまりクドくない、そんな印象を部屋に持った。寧ろ落ち着いている。地球でも、ここまで色々な物が置かれている場所は、早々ないのでは?と、そう思っていると1つの調度品に目がいった。
それは、発見時大変大騒ぎになった物体。
人の可能性その先に見るもの、混沌の始まりとそう言われるもの。
Evidence01
通称クジラ石
と呼ばれている、歴史や宇宙開発の教科書に必ず表記されているものだ。
キラは勿論、実物を見たことがない。
「Evidence01、――実物を見たことは?」
そんなキラの事が気になったようで、コーヒーを抽出しながらバルトフェルドはそう問うた。
「いいえ、教科書くらいでしか見たことは…、ないです。」
それを聞くと、バルトフェルドはキラの前にカフェオレを置く。温かさを誇るように、湯気がそこから立ちのぼるとその香しさに鼻腔が反応し、脳に美味しい物だと判断させる。
「あの…、いただきます。」
と一口二口、口をつけるとそれをバルトフェルドはしみじみと眺めて訊いた。
「なんでこれを〘くじら石〙と言うのかねえ? これ、鯨に見える?」
「え?……そう言われても…。」
キラにそんな事を聞いたとしても、彼が困るばかりだ。そんなもの聞いたところで上等な思想家でもなければ、この問答に対して答えは出ないだろう。
だが、流石に虎と称される男である。大真面目にレプリカの翼部を指してこう言った。
「ここのこれ、どう見ても羽じゃない。ふつう鯨に羽はないだろ?」
「ええ、まあ……でも、よその星の生物ですから……。」
Evidence01――クジラ石と呼ばれるそれは、一般的にはこの地球上の生物ではなく、外宇宙から偶然もたらされた一種の外宇宙に存在する生命の証
そう言われている。
「そうじゃなくてさ、僕が言いたいのは、〘なんでこれが鯨なんだ〙ってことだよ。」
化石のレプリカを見ながら、大真面目にそう聞く姿はまるで大きな子供のようで好奇心に満ち溢れていた。
そんなバルトフェルドに、キラはその答えを提示する事が出来ない。
普段、キラはこういった物事に対しての関心が薄いタイプであった。興味の無いものにはとことん興味が無い、しかし女の子には目が行ってしまう。そんな平凡な学生だったのだから。
キラは、その問い掛けに四苦八苦する。
「じゃあ……、なんなら…良いんですか?」
「いや、まあなんならと言われても困るが……。
ところで、どう?コーヒーの方は。」
露骨に話を反らす、本当は変わった返答を期待していたのだから。
キラは一瞬苦いとしたものの、それほど不味いものでもない少しずつ舌が鈍化している現れだろう。
「あ、君にはまだわからんか?大人の味は…?」
大人の味、要するに味覚の劣化というがキラは、こんな会話が嫌いでは無かった。
「――まあ……楽しくもやっかいな存在だよねぇ、これも」
「やっかい――ですか?」
何が厄介なのか、キラは分かりもしないがバルトフェルドにはそう思えている。そして、これこそがこの戦争の根幹にあるものであるとも。
「そりゃあそうでしょ。こんなもの見つけちゃったから、希望――っていうか、可能性を信じるようになっちゃったわけだし……。
〘人は、まだ……もっと先まで行ける〙――とね。」
それを聞いて、キラは何を思うのか。可能性という獣を飼い慣らすことが出来ない人類の、その道筋を憂うにはこの少年はまだ若すぎる。
ひかえめなノックの音に、キラは振り向いた。ドアが開き、アイシャが入ってくる。
後ろにいたフレイが、キラに急いで近寄ろうとしたところに、カガリにぎゅっと腕をつかまれ呆れた顔で振り向いた。
「――こういうところだけは女らしいのね」
「だ、〘だけ〙はよけいだ!!」
アイシャが笑って、彼女を前に押し出すと、キラはぽかんと口を開けた。
今まで意識してこなかった、しかしこの現実を見れば嫌でもわかる。その整った髪質は、その人物の事をよく表す。
カガリは髪を結い、薄く化粧を施されたうえに、裾の長いドレスに身を包んでいた。日焼けの跡が尾を引くが、それでもまるで別人のようだ。
一方で、フレイも同じように裾の長いドレスを着ていたが、上半身にピッタリ吸い付くタイプの所為か体のラインがはっきりとわかる。
それにこの形のドレスは背中が丸見えのはずだ。髪はポニーテールにしていて、動くたびにふりふりと揺れるのがまた可愛らしい。
互いの長所を全開にしたような姿に、キラは見惚れた。
「女の……子…?」
「は……!?」
キラは、思わず呟くがカガリはそれ聞いてムカついたのだろう。フレイは呆れ顔で、溜息をつく。とことん、女心のわからない朴念仁であると。
「二人共……、凄く似合ってる。」
当然でしょと堂々としているフレイに対してムカついた態度から一変して恥ずかしがるカガリ。そのギャップは埋め難い。
「何かお話をしていたの?アンディ」
「ああ、ちょっとしたね。」
二人は2、3会話をするとアイシャは部屋を出ていく。まるでバルトフェルドが彼等と話がしたいと、そういうように。
「さて、この部屋は少しこの人数では手狭かな?と、二人共良く似合っているね、まるでそういう姿が板についているようだな。」
「フンッ!そんな事どうでも良いだろう?」
「……。」
バルトフェルドには目の前の三人のうち、二人の事が気がかりだった。
この街に到着してから、彼等の集団を監視させていたのだ。
何故、彼等だけ行動させているのか、怪しまれないように年少者ばかりを集めた集団だ。逆に目立ってしまう。
だからこそ、それに興味を持った彼は接触を試みたのだ。
「それで?こんな事をして何になるんだ?毎度おなじみのお遊びか?」
「ドレスを選んだのはアイシャだし…、毎度のお遊びとは?」
そう聞いてくるカガリに対する返答は、形式的なもので内実フレイとキラにばかり目が行く。
この2人が、今回の目標だろうと。
カガリがタッシルの事を切り出すとその返答に棘が入る。
「君も死んだほうがマシな口かね?」
あきれているのだろうが、カガリが返答に怒り出す。ふざけているのかと。
「そっちの君はどうかな?MSのパイロット君?」
その問いかけに、動揺を表す2人。対してフレイはそれを他人事のように見ていた。
『フレイ、彼は何かに希望を見出したいのかもな。』
〘希望〙…何を言っているのか解らないが、何となく彼の言葉には合点がいった。何故かは解らないが。
彼女の頭の中にそんな言葉が走る。相変わらずポシェットを身に着けている彼女は、この景観を呆然とし見ていなかった。
『少し、話をさせてもらっても良いかい?本当なら君に聞いてもらいたいんだが…、少々話は複雑かもしれない。』
「……、わかったわ。」
フレイが人目を憚らずに、そう口に出す。
バルトフェルドも、キラもカガリも、突然そんな事を口走ったフレイに目を向けざるおえなかった。
そして、同時にバルトフェルドの目の色が変わった。
「死んだほうがマシ、そんな考えをしていた奴らはあの時あの場所には何処にもいなかった。ただ、誰かの為に戦いたいと、そう思う者達がいただけだ。」
「ほう……、解離性同一症。産まれてこの方色々な人間を見てきたが、こういう事例は初めてだな。
君の名はなんというのかな?」
バルトフェルドの好機の対象がキラからフレイに変わる。
「――気になっていたのだよ。ストライクとそうされている機体が砂漠戦で見せた動きは、砂漠戦を経験したことがない。まるで素人のようなものだった。
途中から動きが瞬時に良くなった時は、途轍もない対応力だと感心したものさ。
だが、もう1機その機体のパイロットは砂漠の状態を熟知していたね。
的確に機体を制御下においていたわけだ、まるでプロフェッショナルのように。」
その後に続く言葉は、それは君なのだろう?と言いたげな物言いだ。
そして、キラはそれを庇おうと口を開こうとするとフレイはその前に口を切り出す。
「そうさ、俺がそのパイロット……、と言いたいが。俺の操縦ではあの機体はもう保たない。あの動きはフレイの動きで間違いはないさ。俺は、彼女に戦い方を教えただけだ。」
「なるほどな、だとすればそこの少年はストライクのパイロットで間違いは無さそうだな。」
バルトフェルドとしては、ここまで話してくれる事に感謝しかない。相手がどういう存在であるのか、ある程度理解出来れば対策もし易いというものだ。
尤も多重人格というものは、通常ストレス性のものが大半であるが、果たしてこれはいったいどういう出会いなのか?バルトフェルドは、判断しかねた。
「君は彼女を守る為の人格として出てきたというのなら、さしずめ〘ハイド〙とでも言えば良いのかな?」
「だが、主導権を勝手に奪うような事は俺はしないがな。」
ある程度の教養があるものの、どういう存在かわかるものでもない。願わくば、もっと話す時間さえあればと彼はこれを惜しんだ。
「フレイ……、どうして…?」
キラはそんな状態になるまで彼女が戦っていたという誤解をし、自らの自惚とも思えるほどの使命感を胸に秘めた。
「僕から見た君は、非常に異質な存在だからなんと評価すれば良いか。そこの少年、君から見て彼はどう見える?」
「か……れ?どうしてフレイが…!」
「そりゃあ、あんな口調の女性はそうそういないだろ?なら、彼としていたほうが、わかりやすいだろう?」
キラはそれを聞いてフレイを見る。その姿は堂々としていて、バルトフェルドを前にしても一切臆することはない、寧ろこの空間の中でも寛いでいるのだろう。
キラとは対照的に出されたコーヒーを、なんの臆することもなく飲んでいる。視線が集中しているにも関わらず。
「どちらでも良いだろ?だけど、フレイはフレイだ!!こんな奴は彼女じゃない!!」
何の心境の変化か、カガリはそう言い放つ。フレイと出会って直ぐの頃とは打って変わって、いったい何が彼女をそうさせたのか?
「君の価値観としてはそうだろうが……、本人からしたらどう思っているのかな?」
「別に気にはしないさ、気持ちが悪いだろうな。
それで?何から話そうか?」
と、その時だ。誰かが部屋のドアをノックする。
アイシャであれば、先程何処かへと出ていった。では、この音の主は誰か?
キラとカガリは身体を強張らせる一方、バルトフェルドより〘ハイド〙と呼ばれた存在は、気にも止めない。
「お、入ってくれ。」
「失礼します!隊長、訓練内容のレポートを提出しにまいりました!」
と真面目そうな声が響き、入って来た黒髪の青年を見てキラは目を見開く。
「……アス……ラン…?」
「……キ……ラ……?だと?」
そして、二人は見つめあい互いに硬直した。
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