身体が鉛のように重い…、胸部が圧迫されるような気がする。それに左半身だけが妙に動かないし、何かに拘束されているような気がする…。
そんな感想を抱いたキラは、ゆっくりと目を開けた。
アラームはまだ鳴っていない、しかし自然と目が開いてしまうのは、ここ最近のルーティンのせいなのだろうか?
動かない半身の方を見れば、赤い髪が見える。
そしてやっと思い出したのだ、昨日何があってこうなったのかと言うことを。
不思議と不快感はなく、寧ろ一線を越えてしまったことに対して
なにかしらの達成感を覚えていた。
「フレイ……フレイ…。」
そうやって囁やきかけるように彼女に問いかけると、
「う……うん?」
と身動ぎをするとその白磁のような双丘が目に留まる。下腹部に熱が籠もるのを感じてしまったが、もうそんな事を出来る時間ではない事を知っていて、なんとか劣情を抑えつつ目を覚ました彼女に言った。
「フレイ……、もう少しで皆が起き出すと思う。君が部屋にいないのが解ったら一大事だから、戻らないと…。」
「へぇ……あ…。そ、そうね。」
彼女は一瞬惚けると、ハッとして彼の横から立ち上がる。
急いで着替えをしていくと、髪を手で梳かしつつその姿を普段の者へと変えていく。
本来ならばここでシャワーを浴びるべきなのだが、ここでそれをしていては最悪の事態になりかねないと、判断したのだ。
そうして着替え終えると、再びキラの方へと向き直り髪を耳へとかけると、徐ろに彼へと口吻をした。
それは深い深いものであり、互いの舌が絡み合う。と、そこで再び熱に浮かれないよう2人は離れると、フレイは一目散に部屋を出ていった。
そして残ったのは、乱れ鮮血の着いたシーツとそれを見てどうしようかと、頭を抱えたキラの姿であった。
そして、そんな頭で廊下の方へと頭を出すと、そこには携行食料と常温に戻った1人分の飲料がおいてあった。
給仕の朝は早い、軍隊というものの中で誰が一番早く起きるかと言えば、彼等だろう。
他の軍人と違い表立って戦闘するということは少ない彼等だが、事朝昼晩の時間帯にあっては、どの部隊よりも忙しいと言える。
特に、休憩時間以外は基本的にその日の献立の下準備で、頭がいっぱいなのだ。
殆ど機械化されているとはいえ、AAのそれもやはりそう言うところがあり、正規の軍人が第八艦隊との合流後多少入ったとはいえ、その殆どが未だに整備員等であり食堂は少ない人数で回さなければならない。
そんなものの手伝いをしていたラクスは、昨日の夜のことで頭がいっぱいであった。
昨夜、キラが疲れた顔で帰ってきた事を見た彼女は、気を利かせて夜食を持っていったのだ…。
さて、宇宙船の船員室は比較的防音が優れている。
そして、船員室の内窓は内部の人間の操作によって、マジックミラーにすることも出来るが、あの時それは機能していなかった。
突然おっぱじまったと言うことだ。
そんな最中をみてしまったラクスは、どんな顔をして二人と会えば良いのか…、考えてしまう。
そんな事を考えながら、朝食の時間が来てしまった。
ゾロゾロと時間になると人が来る来る、その中に件の人物がいるのだから、そのアイドルとして培った営業スマイルを遺憾なく発揮した。
「おはようございます皆様。」
〘いつもニコニコ、あなたの為に〙等という言葉通りに、ラクス・クラインと言う仮面を被り目の前のキラを見る。
「………?」
キラはこれに若干の違和感を覚えた。そう、ラクスは少し怒っているように見えたのだ。
何故そう見えたのか、きっとこう思っていたからだ。
〘破廉恥な人達〙
ラクスの中で2人はそうなっていた。
と同時に、ラクスの心はどこかチクリと痛い思いをしていた。何故だろうか、それは本人でも分からない。
……
ワーワーキャーキャーと言う声が鳴り響く格納庫、そこにはキラとフレイを除いた少年組がいた。
さらにそこにカガリが加わるという、恐らく同年代であろう集団が出来上がっている。
キラよりも社交的なのか、既に彼等の輪の中にいる彼女はノリに乗ったように元気に振舞っていた。
「ヨシッ!次は……!うわっ!!………、負けた〜。」
と言う声とともに、出来上がったばかりのMSシミュレーターから出てくる。
「次は私にもやらせてください。」
と言うラクスの声まで聞こえてくる。いったいぜんたい何をやっているのか。それが気になったキラは、彼等に声を掛けた。
「皆なにやってるの?」
「あっ!キラ!見てよこの子、凄くない?」
ミリアリアがキラにそう言うと、彼はそのスコアを見て感心するように言った。
実際、コーディネイターであるはずのラクスも入れて、一番スコアが高いのはカガリであり、次点でトールだった。
寧ろ、ラクスは下から数えたほうが早かっただろう。
「へぇ……、凄いね。」
キラは褒めたつもりでそう言った。
しかしカガリは、それを興味なさげなように聞こえたのか、キッと目を強めてヅカヅカとキラのそばへと近寄ってくる。
相変わらず行動派な彼女は、キラに詰め寄った。
「何だよ…、実際に動かしてるからって、上から目線か?」
「別に……、でもそれ回避のルーティンがあんまり良くないんだよね。」
そう言うと、キラは徐ろに彼等を掻き分けてコックピットシートに座り込む。
システムを立ち上げると、今度はキラ自らがその操縦を始めた。
みるみる内に新スコアが叩き出されていく、次第に周囲は冷めたように沈黙していく。
すると、キラは余裕の表れなのか操縦しながら口を開いた。
「これ、なんで駄目なのかわかる?」
「……なんで駄目なんだ?」
サイが全員の意見を代表してそう言うと、キラは満足そうに答えた。
「敵の動きを良く見てもらうとわかるんだけどさ、例えば僕がこうやって……、機体を動かすと…。」
あからさまな隙を作るキラの機体、敵はそれに吊られたように動き始める。
「で…、またこれとは少し違う動きをするんだけど……。」
そして、皆の疑問が確信に変わった。
「パターンがある…。」
最初にそれに気がついたのはトールだった、彼はなまじパイロット適性があると先日判明したばかりで、少し有頂天になってこのシミュレーターをやっていたが、だからこそキラの言う事が解ったのだ。
「そうなんだよ、だからこれで良いスコアを出したとして、実際に戦えるかって言われたら……、難しいと思うんだ。」
親切心で言ったつもりが、周囲を暗くするのを後押しした。
「それでも僕、出た瞬間に落とされたんだけど…」
とカズィはぼそりと言う。
「ま、まあ…、操縦に慣れるって意味ではいいと思うけど…。」
しかし、キラのこの判断は正しいと言える。楽観視したままに戦場に出たものは、大抵の場合真っ先に死ぬものだ。
「じゃあ……これ直せないのか?」
「う〜ん……、たぶん時間をかければ出来ると思うけど、僕にはそんな時間無いし……。」
実際問題、この艦にあるMSはたったの2機。
それでも、本来ならば最低でも4人パイロットがいなければならないのだが、生憎操縦出来るのはキラとフレイ以外にいない。
最低でも、スカイグラスパー2号機のパイロットに誰かがついてくれなければ、過労死してしまう可能性もある。
考えたところで始まる事でもない。
「じゃあ……僕たちで作ってみても良いのかな?」
「そうだよな…、キラばっかりに仕事振ってちゃ駄目だよな!」
彼等はまがりなりにも、ロボット工学を選考していたのだ。例え一人ではキラのそれに敵わなくとも、正解があるのならそれを創り出そうという熱意があった。
「よし!そうと決まれば、キラ!」
「な、なに?」
皆が彼を見る。キラはそれを見てどうしたら良いのか分からない。
「しっかり休めよ!!」
それは精一杯の優しさだったのだろう、それを聞いてキラは小さく笑った。
時を同じくして、フレイはガンダムのコックピットにいた。
他の人との接触をあえて絶ったと言う意味では、キラとはまったく逆の方向へと進んで行こうとする彼女は、一人そこにいた。
『皆集まっているけれど、いかなくて良かったのかい?』
「別に?集まりはいつでもできるもの、でもこれは今日しかできないでしょ?」
彼女はそう言うとコンソールを叩き、ガンダムのモニターを起動させるとそこには砂漠が、映し出される。
『なら何も言わないが…、まあ良いだろう。』
「それで、今日から訓練の内容を変えるのよね?」
モニターに映し出される映像は、その周辺の地理を映し出したそれとは若干違う。
しかし、同様の砂漠地帯と言う事に変わりはなかった。
「今日から、今まで君に教えていたものの応用を始める。まずは、今回の目標だがまずは機体を後ろに向けてくれ。」
振動もなく、モニター内の映像だけが動く。
すると映し出されたのはAAに似ているけれど、少し小振りにしたような戦艦が映り込む。
『君はあの戦艦の乗員として、あの艦を守らなければならない。しかし、目の前にいる敵はこの地形を利用して攻撃してくる。ちなみにだが、今回から敵の詳細なスペックや戦力を映さない。理由は分かるか?』
「戦場で適切な判断をする事によって、不測の事態を防ぐ事…よね?」
フレイは自信有りげに言うと、そうだと返答が返ってくる。
それにしても、殺風景なものだ。
今までの集団戦だとか、遭遇戦とかそう言うものと違う。
『因みにだが、今回は機動ユニット固定だ。』
「まあ、動かしやすいから良いわ。」
そう話していると、敵が現れる。
その姿は、今までのシミュレーターのそれでは見たこともない、真っ青な機体に鬼のような角をしていて、若干ジンに似ているけれど、もっとどっしりとしたものだった。
『それでは始める。簡単にはやられないでくれよ?』
少年たちの創り出そうとしてるそれが、いま目の前で躍動していることを、フレイは知らない。
……
黒く濁り、冷めきったそれを排水口へと流すかのようにがぶ飲みすると、口いっぱいにその苦みが拡がり眠気を妨げる為の力を、彼女に与える。
代用コーヒーを口にしながら、艦橋で作業を続けるナタルの目には隈が出来ていた。
「中尉、少し眠ったほうが良いですよ?」
「トノムラ軍曹貴官こそ、寝ていないではないか!」
そりゃあ、慣れですからねと軽口を言うものの、2人は既に限界に達していた。
彼女等が何を行っているかと言えば、先日手に入れた味方の周波数への無線通信を試みていたのだ。
ラミアスより一任された彼女は直ぐ様にそれに取り掛かったものの、一向に成果が見えない。
それどころか、相手が存在しているのかすら分からないと来た。
「だんまりしちゃって……、本当にいるんですかね?友軍なんて。」
「いてほしいと、そう思っても別に損をするものでもない…、ただ我々が睡眠不足になるだけだからな。」
仕切り直しと言う感じに、2人はそんな会話を続けていく。
もし自分ならば、得体のしれないところから突然無線が入ればどうするだろうか?
と、ナタルは考えた。普通ならば警戒して、それに答えようとはしない。なら、相手に警戒されないようにするものは?
と、考えたところでふと何かを閃いた。
「ラクス・クラインは今何をしているか分かるか?」
「え?……大方食堂にでもいるんじゃないでしょうかね。」
「そうか」と、短く言うとナタルは徐ろに艦内放送をつけて、ラクスを呼び出した。
暫くすると、廊下から柔らかな声が聞こえてくる。
誰かと談笑しながら来ているのだろう、そしてそんな些細な事に苛つく自分がいる事に、もっと冷静になれとナタルは自分に言い聞かせた。
「あの、失礼します。どういったご要件ですか?」
首をコテンと横に倒しながら聞き返すラクスに、ナタルは一つ深呼吸をして言葉を選んだ。
「ここで…、歌を歌って欲しい。」
「歌……、ですか?でも、ここはそのような事をする場所ではないのでは無いですか?」
彼女の言葉は尤もだ、だがだからこそそれが必要なのだった。
「実はな、我々は友軍に連絡を取ろうとしているんだが向こうからハッキリとした返答が無いのが現状なのだ。
それでな、これを歌って欲しいんだ。」
そう言うと、ナタルはトノムラに目配せし音楽を流す。
聞いたこともない言語、それは英語が共通語となった中で忘れ去られてしまったものだった。だが、その土地の人々は必ず知っているだろう。
その歌は一周すると、今度は別の言語へと切り替わる。
「本当にこのような歌を、私が歌うのですか?」
「ああ、君は歌手なのだろう?出来ないだろうか?」
ラクスは暫く考える素振りをする、暫くそうして固まっていたが、ふと何かを思いついたのだろう。再びナタルの方を向いた。
「これを歌うのは良いのですが、艦内放送で流して頂いてもよろしいでしょうか?」
それはラクスなりの我儘であった。日頃、様々なことを見て勉強している彼女は、これもその一つだと皆に聞いてもらいたいと、そう思ったのだ。
「艦長の許可を取ろう。」
「ありがとうございます。3回ほど聴かせて頂きますわ。そうすれば、きっと歌えるようになります。」
彼女の歌に対する才能は本物だった。それ故に、完璧にそれを成そうとしたのだ。
そして、その日の夕方頃にはその歌が流れ始めた。
明日は大忙しになる。荷物の搬入に、目標地点への移動とそして始まるであろう戦闘等。
だが、その美しく透き通るような歌声が響き渡ると、そんな事を忘れられるような、そんな気がしてくるのだ。
そして、その歌は無線の向こう側にいる筈の誰かにも届くだろう。ナタルはそう願わずにはいられなかった。
因みに歌はアフリカ南部では非常に有名な讃美歌です。
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