砂上を進むその悠然な姿は鳴りを潜め、今や落城寸前の城のようにただ黒煙を上げながらも懸命に進むその姿は実に健気なものである。
レセップスの艦橋にて、それを指揮するダコスタはバルトフェルド隊の副長として、隊を纏めようと必死であった。
たった1隻の戦艦に戦力の過半を注ぎ、その尽くが討ち取られそれどころか、先陣を切って前線指揮のために出撃したバルトフェルドの安否すらわからないでいた。
しかし、戦況はあまりにも不利な状況であったが故に、彼は決断を迫られた。
退くかそれともこのまま戦い続けるか
戦い続けるのは簡単だ。この艦の乗組員を、その大半を犠牲にして討ち死にするだけなのだから。
だが、ダコスタはこの時非情なまでに、退く事を選んだ。
艦橋員にはそれを否定するものもいたが、彼はそれを退けた。彼は副長なのだ、時には残酷な結論を出さなければならない。
しかし、彼は残酷に成り切れるようなそんな人間ではなかった。彼はトロッコ問題で大を取る選択をしたが、小を切り捨てるのではなく、声をかけるという具合の罪滅ぼしをしたのだ。
「撤退後、数時間後に救助を開始します…。だから、皆耐えてください。」
お願い系の話し言葉になるが、ザフトには階級というものがないからこそ、反対されればそういう事になってしまう。
どうにも曖昧な組織図であり、その点問題だった。
だが、この時このバルトフェルド隊という一個の家族は、頭目が頭目である事から、皆一様に影響を受けていたと言える。
ダコスタの命令に、素直に答えたのだ。
さて、そうして彼等はAAから離れた距離まで移動し、戦闘直後に生還できた傷痍兵に対する医療行為が始まった。
コーディネイター、もしくはプラントという優秀な学者等から形成されていた集団であることから、適切な処置によって次々と分けられていく。
大半の負傷者はレセップスの乗員になっていたが、一部パイロットもいた。
その中にはイザーク・ジュールの姿もあった。
「この顔の傷だが…本当に治さなくて良いのかい?」
「この傷は、あの機体を落とすまで消すなど出来ない!それよりも、自分なんかよりも先に医療を受けさせるべき奴らがいるはずでしょう?」
歳上であるから、彼の言葉は少し棘はあるにせよ有り難い気持ちがあったのは確かだろう。
そうして、彼は顔の傷を治すことなく戦争に身を置くこととなっていく事だろう。
そうしているうちに、時間は経過していく。そして、件の救助時間がやってくるのだ。
時は少し戻り、戦闘場にはラゴゥの残骸が未だそこにあった。
照りつける太陽の中、その残骸の中で未だに息をしているか二人がいた。
バルトフェルドとアイシャだ。
彼等の最後はコックピットへのビームサーベルの串刺し、とでも言えるものだろう。
一瞬の出来事に、きっと認識すら難しかった筈だ。
だが、2人は奇跡的に生きていた、生きてはいたが……それは虫の息と言えるものだった。
「アイシャ……、君は…まだいるのか…?」
「ええ……、アンディ…まだ……ここにいるわ…。」
互いにコックピットの前と後ろに別れていたからこそ、そういう奇跡が起こったのだ。
フレイのコックピットへの的確な一撃は、二人の左腕を綺麗に蒸発させ、パイロットスーツが見事に皮膚と融合してしまっている。
互いに身動きの取りようの無い状況下で、意識を喪わないように懸命に声を掛け合い続けていた。
ダコスタの判断、それによって出来た空白の時間は永遠とも思えるほどに、二人に対して地獄を提供した。
死ぬことも出来ない、ジワジワとした激しい痛みと少しずつ上がっていく気温。
次第に失われていく体内の水分が、傷に障り惨たらしい痛みを与える。
数時間など保たないのではないか?そう思えるほどには、二人共消耗していた。
「アンディ……、もしも…帰ることが出来たら…式を挙げましょう?」
「ふふ、それは……名案だね。だけど……、そんな未来の話よりも今は君の事が心配だよ。僕の身体はコックピットに挟まって抜けないみたいでね…。君の方へは行けないみたいなんだ。」
実際にこの時の彼は、左脚と左腕が半ばから消滅しており確実に歩けない状況で、尚且つ右脚は機械に潰され出血は無いにせよ、粉砕骨折していた。
彼は幸運だったかもしれない、アイシャの状況を見ることが出来なかったことが。
彼女はその腹部を圧迫され、一部の内臓が破裂しており完全に内出血していた。
ショック死していないのが奇跡なほどで、彼女の唇は既に真っ青であった。だが、彼女はバルトフェルドに生きてほしかった。だから、励まそうとしたのだ。
「アンディ………、貴方と一緒に居れて良かったわ…。」
「おいおい、君らしくもないな……どうしたんだい?」
〘愛してる〙、それがアイシャの最後の言葉であった。バルトフェルドは声を掛け、彼女の声が二度と聞けない状況になった事を悟った。そして、共に逝けるのならばとそう思っていた。
だが、悲しいかな彼の身体は頑丈だった。
数分後、ダコスタ率いる救助隊が現れ彼を発見した時、彼は半ば絶望した。一緒に逝けなかった事を。
だが、同時に彼女が自分を護ってくれたのだと、まだ生きろと言っていたのだと、勝手に解釈した。
そうしなければ、やっていけなかったから。
彼の救出により、1時は落ちていたザフトの士気は再び上がる。だが、受けた損害はバカにならなかった。一度出来た綻びは、そこから広がっていった。
……
「〘明けの砂漠〙に」
サイーブの掲げた杯に答え、マリューも自分の杯を上げた。
「――勝ち取った未来に」
「――戦士達に」
それに声を合わすように杯を掲げたのは、今回の戦闘に横槍する形で参入した、ミハエル・ハルトマン南アフリカ連合軍少佐である。
彼が横槍したからこそ、レジスタンスもAAの損耗も想定よりも低い値で終えることが出来た。陽気な褐色の筆ヒゲおっさんである。
それをさほど気にもせずに、祝杯を始めたサイーブ達はその言葉に意外性を感じていた。
意外と熱いものがあるのだろう。それを聞いて周囲は静かに頷いた。
「じゃあ、まあ、そういうことで」
と、無意味に締めくくるフラガは空気を作るのを嫌ったのだろう。お通夜のような締めくくりは嫌なのだ。
そしてこれにナタルを含めた5人が杯を合わせ、ナタルが一口ぐっと飲んで、酒の強さにむせ返る。
それに対して、ラミアスはその杯の中に並々注がれた度数の高い蒸留酒を一息に飲み干す。
ナタルはそれを信じられないものをみるかのように、目を丸くした。
それを見ていたサイーブとミハエルは陽気に笑い、ここに祝杯が始まった。
そんな折を見て、フラガが口を開いた。
「……でも、まだ大変だな、あんたたちも〘虎〙を打ち破ったってったって、ザフト自体がここから消えるわけじゃない。やつらは鉱山が欲しいんだろ?すぐ、次が来るぜ」
そう、レジスタンス達はこの土地を守る為に立ち上がっているのだ。と言うことは、これからもザフトの猛攻に曝される事だろう。
「――そのときは、また戦う」
彼等の先祖がやってきたことと同じように、それを続けるだけだろう。
「戦い続けるさ、俺たちは。俺たちを虐げようとするヤツらとな……」
「――おっと、あんたらを一人にして戦うったぁ事はねぇよな。俺達ゃ戦うからよ、大船に乗ったつもりでいてくれや。」
ミハエルは、既に2杯飲み干し既に酔いが回り始めている。酒に弱いくせに、飲んでいるようだ。
「アンタ等も、同じようなもんだろ?」
「おうよ!故郷を取り戻すまでは、負けるわけには行かねぇからな!まあ?最後には敵同士になるかもしれねぇが、そん時は御手柔らかにな!!ガハハハ」
と、その太鼓腹を叩く。
こんなのがあんな奇襲をする程に度胸があるのだから、人というものは個性的だ。
「はッ!!望むところだ!」
目の前で軽く笑みをこぼしながら握手をしている誇り高き戦士たちを、マリューは尊敬のこもった目で見つめた。人々は様々な理由で戦うのだ。いつか夢見た戦いのない日を夢見て。
「父さん!」
そこへとヤルーが表せる。どうやら何か催し物をやるようだ。
「戦士を送る祈りをするって、長老が」
彼等はそれぞれに、様々な宗派の宗教の垣根を越えて、それぞれの方法で死者を弔う。
そこには敵も味方もない、ただ戦って死んだ者たちの平穏を祈ると言う一点のみがそこにはあった。
弔砲が谷間にとどろき、死者の名が呼び上げられる。岩山から返る木霊は、それに答えるように聴こえた。
……
そこから少し離れた岩山の陰で、少年たちは出された料理を舌鼓しながらも、疲れを癒していた。
「3人共…、良く無事で返ってきてくれた!!」
と言うのは、一番危険な方法で戦闘を行っていたカガリである。
お前が言うのかよ、と言うのが一同の見解であるがそんな中で一人、見知らぬ顔の少女がいた。
丹精な顔立ちに、何処か無愛想な反応を見せているその白髪の少女は、皆が話をしている間も、淡々と食事をしていた。
「おい!お前もこっちに来いよ!皆で食べたほうが楽しいだろ!!」
グイグイとくる彼女のそれは、まさしくガキ大将のそれだ。CEでも絶滅していない、物凄くレアな存在だ。
「それは命令でしょうか?」
「命令って…、ねぇキラこの子はあのジンのパイロットなのよね?」
「うん、そうなんだけど…なんか無愛想でさどうしたのって聞いても、僕の質問には答えてくれなかったんだ。」
どうやら彼はキラに対して何かしらの行動原理が欠如しているようだ。いや、寧ろナチュラルに対しては命令を欲していた。
「一応はじめましてになるからさ、自己紹介してこうぜ?」
と、各々が彼に話し始める中、彼の順番が来た。
「タックネームは1st。本名はディフェクタム……、そう呼ばれていました。今は、カタリナ・ハルトマン…。そう呼ばれています。」
「エジプトの聖女の名前ね…、でもどうしてディフェクタムって呼ばれてたの?」
ヅケヅケとそう質問したのは、勿論フレイである。もはや隠し事もしないかのような彼女の態度は、この場の空気を若干悪くしている。
そして彼女は、フレイ・アルスターという少女の事をナチュラルと認識して、それを命令と受け取った。
「私は戦闘用コーディネイター、その失敗作の烙印を押された個体。それ故に、ディフェクタムと呼ばれていました。」
それを聞いた瞬間、フレイは何かを認識したのだろう。彼女の方へと近づき、思い切り顔をビンタした。
カタリナはそれを気にもせずに真正面から受けたのだ。
キラはそれを見て、目の前の少女がきちんと認識しているにも関わらず、避ける素振りもしなかった事に違和感を覚えた。
だが、周囲は一斉にフレイを非難しようとした。
「フレイ…!!やめろって!」
「これでなんとなく解ったわよ、ありがとう。ごめんね?」
「謝らなくても結構です。それが我々の役目ですから。」
カタリナは何食わぬ顔でそう言うと、食事を再開した。
「どういう事だよ!」
「戦闘用コーディネイターって言うのは、AA内での資料とかで説明されたでしょ?で、この子はたぶん…。戦争の為に作られた〘本当の意味での戦闘用コーディネイター〙よ。」
世の中の暗い部分を象徴するような人物が目の前にいる。それは非常に現実味の無いものだった。
「服従遺伝子はきちんと機能していますから、コーディネイターでなければ、友好的にできると思います。」
それに対してキラは納得が言った。話しかけても無視されるし、手を掴もうとすると祓われる。
ラクスもなにかやったのだろう、渋い顔をしていた。
「私……、お腹を殴られましたわ…。」
と言って腹部をさすっている。実際、ラクスは彼女に突然ハグをしようとしたのだが、防御反応なのだろう腹部を思い切り殴られたという。顔でなかったのは、捕虜に対する虐待の可能性を考慮しただけのようだ。
「ま、程々にしといてよね。これからよろしく。」
フレイは彼女に手を伸ばす。
カタリナはそれを不思議そうに見ながら、握手を返した。
「よろしくお願いします。あなたが、私の新しいマスターでよろしいですか?」
はぁ~、と言うため息が辺りを包んだ。
「ま、まあ気を取り直して行こう!」
というカガリの言葉が再び空気を戻していった。
そうやって夜が更けていき、キラはフレイに呼び出され部屋に戻る前に、岩陰に来ていた。
「どうしたのフレイ……?!」
キラがそこに行くと、フレイとサイがいた。
てっきりフレイしかいないものと思っていたキラは、それにビクリとした。
「フ…フレイどうしてキラが来るんだよ…。」
「今付き合ってる人、誰かって聞かれたからよ。良い加減私に執着して欲しく無かったから。」
サイは絶望したような表情でキラとフレイを見ると、信じたくないという表情でキラに声を掛けた。
「キラ…!嘘だよな!」
「………、ごめん…。」
サイは息を呑むとフレイに問い詰めた。
「別にサイが嫌いになったわけじゃないわ、けど私と貴方はもう吊り合わないってそう思っただけよ。」
「吊り合わない…?どうして?」
サイにはわからなかった。そうだろう、学生の身分で吊り合うとかそんなもの関係なかったのだから。
「もう、私とあなたでは価値観が違うの。貴方は私を守ってくれる?MSも操縦できない貴方が、キラは言ってくれたわ?守ってくれるって、一緒に戦ってくれるって。貴方にそれが出来るの?」
キラには目の前で起こっていることを認識する事が出来なかった。恋愛素人の彼は思考が止まってしまったのだ。
こんなところに居たくないのにと、そう思ってしまえる程に。
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