誰かが…、泣いている。
誰が泣いているのだろうか、それに対する答えを彼は持っていない。ただ、違和感があるとすれば聞き覚えるのある声だと、そう言うものだと自分自身に直感した。
目を開けばその声の主がいる。
誰だろうか…見覚えがないその人が泣いているのだ。
何かを喋りながら、その人は泣いているの。何故だろうか、既視感があると彼は思いながら、その見知らぬ女性が優しく自分を抱き上げ、その手から誰かに渡そうとしていた。
――あなた……、そろそろ起きた方が良いわよ。
優しげな女性の声が響き渡り、彼は夢から引きずり出された。
「総員第一戦闘配備…、総員第一戦闘配備!MSパイロットはブリーフィングルームへ繰り返します。総員第一戦闘配備…」
彼、キラ・ヤマトは仮眠室から頭を擡げるとその声のあんないするままに、その場へと走っていった。
錯綜する艦内を、速く速くと思いながら突き進む
「何かあったんですか!」
彼が到着すると、そこにはフラガやフレイを始めとしたパイロットが勢揃いしており、皆パイロットスーツを身に纏っていた。
「キラ…、なんでパイロットスーツ着てないの?」
「え…?あ、ごめん」
「はぁ〜、ま良いんじゃねぇの?そのくらい弛んでいたってさ、どうせまだ領海を出るまで時間が掛かるんだ、慌てなくたって良いってことさ。」
フレイが咎めるのをフラガがやんわりとフォローするが、それを見てブリーフィングルームで説明を始めようとしていたナタルは、キッとキラを睨みつける。
「フラガ少佐、そうやって甘やかすから弛むのです。」
「そう、言ったてよ。どうせ、領海出るまで機体は出せないんだぜ?それに…、な?アルスター准尉。」
フラガが人を階級で呼ぶなど滅多な事ではないが、フレイの事を最近そう呼ぼうと心掛けているところに、何処か違和感を覚えている。
「はあ…、ヤマト准尉。さっさと席につけ。」
「は、はい」
何か感覚が狂うが、彼はその言葉に従い用意された場所へと着いた。
戦争で言うところの中立国から出立する場合、注意しなければならない事がある。
それは第一に、その国の国法によって変わってくるのだが、その国家の領海及び領空に対して武装の使用を禁止すると言ったところだ。
コレは、艦載機にも当てはめられ領空を出ない限りは領空を飛ぶことが出来ない。
領空とは領海の範囲上空を言う言葉であるから、それまで艦載機に依存している空母等は、其れ等を飛ばすことは出来ないのだ。
さて、MSは艦載機に当て嵌められるものであるから、即応する為にMSを発艦させるという行為はオーブ領海上の領空を侵犯する事となるため、発艦出来ないのだ。
さて、ここで問題になるのがAAの発進シークエンスであるのだ。カタパルトに依存しているために、それを行う際艦上に出るにはまずそこから出なければならないのだが、出る為には射出されなければならない。
構造上の欠陥であろう。
そもそも、中立国での発艦を想定した形状でないという完全に戦闘目的の艦艇であるという、弱点であった。
今回のブリーフィングはそんなものを踏まえて、どの機体を最優先で飛ばすのかというものだったが、オーブの領海法と照らし合わせつつザフトの攻撃予想位置の予測、というものを行おうともしていた。
「それではフラガ少佐、ザフトによる性急な攻撃は無いとそう判断した根拠はありますか?」
「根拠ねぇ…、勘…かな?」
「それではその意見は受け入れられません。アルスター准尉、貴官は何故フラガ少佐に同調したのか?」
理由をはぐらかすフラガの対処をだいたい覚えたナタルは、そう言って今度はフラガに同調したフレイへと話を振った。
「そう……、ですね。分別がある敵なら領海直ぐでの戦闘は行わない…、そう言う結論ですかね。
特に、オーブ軍は領海ギリギリまでエスコートする筈です。そうなったら、何かしらの機材のトラブルで魚雷が命中する場合もあります。
そうなったら、ザフトはオーブを敵に回さなければならないから…と、そういえばよろしいですか?」
「ほお、だからこそ直ぐには戦闘を始めないと。確かに一利あるな。だが、全く違うような見解をする指揮官ならどうだ?」
ナタルはそれに対して反論するように言うが、フレイはそれを受けてキラの方を向いた。
「キラが、その答えを知ってます。」
「ヤマト准尉が…?ヤマト准尉、どうしてか話してもらおうか。」
その言葉を聞いたキラは一瞬ビクリとしたが、いずれは話さなければならないことと、腹を括った。
「僕は……、自分は敵の指揮官。アスラン・ザラと知り合いです。それも、フレイやトールたちと違って…幼馴染です。」
「幼馴染…だと?」
1度目はヘリオポリスで2度目はアフリカで、そんな彼と出会ったという事にナタルは彼を咎めようとしたものの、少し考えそれを辞めた。
所詮は民間人上がりである。軍の規律を守らせるのは、最低限でも良い。
「だが、報連相はしっかりとしてもらいたかったな…。キラ・ヤマト、相手の指揮官がどういう思考をするのか具体的に話をしろ、対策を立てられるかも知れない。」
これで完全に、アスランを敵に回す。キラは胸中で覚悟を決めた。
……
拘禁と言うものは即ち、人をそこに縛り付ける行為であるのだが
それに該当する人物が、オーブにもいた。
「おい!開けろ!こんな事をして許されると…!キサカ!!」
「許されるも何も、貴方のお父上からのご命令です。」
カガリは、部屋から出る事を禁じられていた。
それはそうであろう、AA出港の前日と言ったところで彼女は屋敷から逃亡を図ったのだ。
結果は見るよりも明らかであるが、直情的な正義感を持っている彼女は暴走気味にAAへと乗り込もうとしたのだ。
だが、オーブとしてそれを認めるわけには行かない、父親であるウズミはそれを制止しているのだ。
「別れの挨拶くらい。」
「あなたは別れの挨拶と言って、着いていく可能性だってあるでしょう?だからこそ、駄目なのですよ。」
それを聞いて悔しげに彼女は拳を握り締めると、今度は瞳に涙を貯めていた。
女の武器である涙を使おうというのか?いや違う、単に悔しいだけである。
自分の無力感を、やっと出来た対等な友人が死地へと向かおうとしているにも関わらず、自分はこんなところにいるのだということが。
これでは、砂漠と何ら変わりないではないか。いや、寧ろ悪いのではないかと。
「なぜ……、なぜ私はこんな生まれをしたのだろうか…。」
オーブの氏族はそれぞれ養子を取る。
血筋の繋がらない子どもを育て、その子どもに家を継がせるという特殊な法則性を持っているのだ。
問題は、その子どもに自らの出自が解らないというところでもあるが…。
カガリ、彼女もその例に漏れずその特殊な家系を形作る一つのパーツとして組み込まれている。
普通に誰かを好きになる、等という事は家を継がなければならない関係上、そうは出来ない。
それは友人というものを作るのにも適応され故に、今彼女は苦痛感じていた。
だが、それを感じているのは彼女だけではない。彼女を育てた親であるウズミ自身もまた、同じ様な経験が無いとも限らないのだ。
彼は結婚は疎か、恋人もいない。あえてそれを作らないように生きてきた。
それは人として、一つの幸せの形を放棄しているのに同義であるが、それは彼にとってカガリを最後まで愛そうという、決心の現れでもあった。
そんな一人娘が泣いている。その事が分からない程に彼が薄情ではない。
寧ろ、彼程の子煩悩は中々にいないだろうが。
だからこそ、今心を鬼にしなければとそう思いながら、カガリを拘禁した。
「もし、覚悟があるのならばそのモニターをつければ良い。そうすれば、今彼等がどうなっているのかそれが判るはずだ。」
その言葉に従うように、カガリは部屋に置かれた大きなそれに目を向けて、スイッチを入れた。
……
涼し気な風が吹きすさぶ中、プラントでは物珍しく自然に日に焼けた腕をベッドの上で寝転びながら見上げると、自然と口角が緩む自分がいる事に、ラクスは気が付いた。
生まれて始めて降り立った地球という、プラントとはまるで違う大地に降り立った頃はワクワクとしていたが、時間が経つ程に地球という環境の融通の効かない存在に煩わしさを感じていた事に、いい思い出であったと正直に感じていた。
彼女がここプラントにある我が家へと帰り着いたのは、つい1週間ほど前の事。
到着した彼女を待っていたのは、外の実情を何も知らないプラントの報道陣であった。
地球で何があったのかだとか、拷問されたのかだとか、どんな生活を送っていたのか、根堀葉掘り聞いてくるものの長旅に疲れていた彼女はそれを制して言葉を一つの紡いだだけだ。
「皆様、心配おかけしました。ラクス・クライン、今ここに舞い戻ってまいりました。」
その言葉だけで、視聴率は上がったことだろうにと内心悪態をつき、さっさと休みたいと彼女は思っていた。
そして、報道陣を掻き分けて今ここにいるのだと。
「皆様…、大丈夫でしょうか…。」
彼女は、AAに残してきた友人達のことを心配していた。
自分はのうのうと、こんなにも平和なところにいて彼等は戦争を戦っているのだ。
だが、彼等は敵である筈の連合の人間。それを擁護しようものなら父親であるシーゲルが攻撃されるだろうことは、彼女にも分かっていた。
だからこそ、ボロが出ないようにと報道陣達の前から姿を消しているのだが、その報道の内容が酷いものだった。
憶測ばかりが飛び交い、まるで自分が酷い拷問を受けて傷心しているとでも言うかのように、哀れみを向けて来たりと現実を知らない白痴が無責任にもそう言うのだ。
それに腹が立つものの、それを擁護しようもない自分の無力感に、苛まれた。
「ラクス!ラクス!いるのだろう、こっちに来てくれないか!」
珍しくも彼女を呼ぶ声が聞こえた。
父親であるシーゲルが彼女の事を呼んでいるのだ、いったい何なのだろうか?そんなに性急な事があるのだろうか?
そんな疑問を抱えながら、彼女は父の下へと出向いた。
「お父様、どうされました?」
「あぁ、ラクス。いやなに、少し顔をとそう思っただけだ。長い間、お前には苦労を掛けさせたからな。」
苦労等どうということも無いと、そう思いながらそれを飲み込む。
「どうだったかね…、ナチュラルの地球軍の人達は。」
「どう…?と、申されましても。」
本心を言おうか?それとも、作り話をしたほうが良いか父親の望んでいる選択はどれなのだろうと思ったが、なんとなく本心を話したほうが良いような気がした。
「…、優しい方々でした。プラントの…敵国の人間である私に対して良く接してくれたと…、そう思います。
色々とお話しもしましたし、プラントでは私に色々と気を使って接してくださらないのに、あそこでは私の事を」
「もう良い、もう良い。なんとなくだが、お前が不自由していた訳では無いと言うことが良くわかった…。
友人が出来たのか?」
シーゲルはそれに対して、少し喜んでいたかのように思えた。何故なら、その口元が少し綻んでいたからだ。
「はい…、ご友人が出来ました。」
「そうか…、そうか。よかったな、お前に友人か1度目あってみたいものだな。」
だが、この時シーゲルは同時に思い至った。
軍艦の中で出来た友人など、その生命は吹けば飛ぶようなものであるということを。
決して、戦場を知っているという訳では無い彼であるが、それくらいの事簡単に導き出せた。
「だが、辛い事になるぞ。もしもの場合、分かっているな?」
「…、はい。ですが、戦争というものはどうしてこうも続いてしまうのでしょうか。
あんなにもわかり合えることが出来るというのに、私達はわかり合えることが出来るというのに、どうして…。」
それは叫びにならない叫びであった。
プラントと言う小さな鳥籠の中に納められた、この特殊な環境に置かれたコーディネイター達にとって、戦争というのは外の出来事で他人事のようである。
そして、籠の中の鳥は現実というものに見向きする事も無くなり、自分達の想像しやすい方にと傾倒していくものである。それは先導者に操られる者達のように、右へならえと言うように。
「すまない…、我々は良かれと思っていたのだ。そして、我々は自らに驕りを持っていたのだ。交渉も簡単なものだと、そう思っていたのだ。
だが、蓋を開ければこうなってしまっていた。
どちらが悪いのか、連合も自らの財産を焼き払うほどの気兼ねを持っていたはずもないのだ。
全ては、双方の過ちから始まりそこから憎しみが広がっていく。」
シーゲルは、内心思っていたのだ。
この戦争が始まるきっかけは、多くの何かしらの小さなものから波紋が広がっていたのではないかと。
誰かの思惑がそこにはあったのではないか?と。
こんな戦争をしていったい誰が得をするのか?プラントのコーディネイターは勿論のこと、理事国ですらそんな利益など無いというのに、誰かが全ての元凶ではないか?
だが、シーゲルにはその人物に心当たりは無かった。
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