どんよりとした空気が流れ、その場にいる全員がその事実に向き合おうとしていた。
AAの艦橋では、先の戦闘によって出来た損害を急ピッチで応急修復しようと各所が全力で回っていたが、それでもある事実がそれに待ったをかけるように横たわっていた。
いつかは必ず来るだろうと、誰かが必ず来るだろうそう思っていた。覚悟は出来ていた筈だった。
だが、蓋を開けてみればその事実に頭を垂れる他なかった。
キラヤマトの戦死。
正確に言えばMIA判定であるから、戦死とは違うものの半戦死状態であることは確定であり、IFFの消失からその事実上の戦死に信憑性が現れた。
そして、その事実を尤も受け入れたくない者達。
ヘリオポリスからこっち、AAでキラと共に乗り込んできた面々はその事に、拳を打ち付ける勢いであった。
そんな彼等と裏腹に、ラミアスはその事実を飲み込み前に進もうとしている。
艦長であるからと言う、そう言う理由が出来ていて良かったと思えるのだろう。ラミアスが仕事に忙殺されている間にも、心の整理をする時間が取れるのだ。諦めが付くという。
そして、ラミアス程の罪悪感は無いものの心配をしていたナタルは、遂に来てしまったこの時に胸中に押さえ込んでいた罪悪感が吹き出そうであった。
自分の能力不足、戦力不足を嘆きたかった。だが、嘆いたところでそれで終わりでは意味が無いと、仕事に邁進していた。
だが、このような空気を作っているものたちと違い、このAAで飄々としている者が3人存在していた。
一人はカタリナ。
元来、ナチュラルの為に作られた彼女としては、戦友…とは行かないまでも味方が死んでしまって残念だ。
と言う割り切った考えだけで終わり、その後は別に気にする素振りも見せない。何より、コーディネイターが死んだところで彼女にとっては痛くも痒くもないのだ。
残り2名の内一人は、フラガであった。
きっと声に出せば薄情者と罵られる事間違いない事を、彼は思っていた。
《これでキラ・ヤマトも少しは休めるんじゃないか?》
と、そんな言葉である。
傍から聞けば、コーディネイター蔑視からの物の見方で、あたかもキラが死んでせいせいするとか、そう言う物言いに聞こえるのだ。
だが、フラガとしては心外でありどちらかと言えば本心としてキラが生きている前提で、何処かで手当を受けているのではないか?と言う、勘が働いていた。
尤も、誰がそんな事を聞きたいとも言えない立場である以上、波風を立てさせないのが彼の最優先事項であった。
そして、最後の一人がフレイであった。
2人に対して、彼女には明確な指針というものがあった。
というのも、直感的にキラが死んでいない事を理解していたのだ。
勿論彼女の力だけではなく、あの鉄片の力もあるのだろうがそれでも確かに、キラの生命を感じ取っていたのだ。
だが、それを周囲がどう捉えるかと言えば主に3つに別れるだろう。
1つは、肉体を重ねる程にまで進展していた筈の相手を失ったにも関わらず、ケロリとした表情でいる彼女を不気味に感じ冷酷な人間であるかのように思うだろう。
もう1つは、ラミアスのようにフレイを心配する。
誰かを失う事を知っているからこそ、その感情を良く知っている彼女は、フレイが本当に壊れてしまったのかもしれないと、そう思っていた。
愛しい人間の事を、さも生きているかのように錯覚する。
それは間違いなく、精神を病んでいる人間のそれであったからだろう。
そして、最後の1つそれはフラガのような感想を抱く事だ。
フラガはなんとなくではあるが、フレイに同じ匂いを感じていた。親近感だとかそういうものに近いだろうが、それよりも遥かに何かしらの力の波動を感知していた。
それ故か、彼だけがフレイの言っている事が理解できていた。
勿論、誤解無く分かり合うと言うほどの段階ではないにせよ、互いに土足で踏み荒らさない程度にはわかるのだろう。
だからこそ、フラガはフレイがどう思われていようと無視しようと心掛けた。
男としてはそういうものはあまり良い気はしなかったが、彼のその判断は間違いなくフレイの精神的負担は少なくなるものだった。
少しの理解者がいるだけで、それだけ人の心とは軽くなるものだ。
……
ポツン……ポツン……ポツン……、何かしらが定期的に落ちる音がする。
そんな音が響き渡る中、一つの部屋に二人の影があった。
「おいおい、地球軍っていうのはこんなにも杜撰な管理なのかよ。水道くらい、きちんと閉めろよ。」
「人も疎らみたいですから、僕らの管理だって本当なら2人を別々の離れた場所に置かれなきゃおかしいですし、たぶんその方が管理しやすいってことなんだと思いますけど。」
AAとの戦闘の結果、多大な犠牲を払って得られたのはストライクの撃墜と言う、あまりにも矮小な結果であった。
それだけではない、彼等は捕虜になってしまうという失態を演じることになってしまった。
勿論、彼等も全力で戦闘をしていたが数的有利を溶かす、戦術単位で強力な2機をアレだけの戦力で足止め出来ていただけでも御の字なのだ。
だったらこの損害の帳尻が取れるのかと言われれば、取れるものではないのだが…。
「飯も不味いしよ、ナチュラルってのはこんなのばっか食ってるのか?」
「オーブではそうでもなかったですよ、それにしても味気ないですが。」
ラクス・クラインがプラントに戻った為に、AAの艦内食のレパートリーは少し減った。
人手が減ったというところもあるが、元来勉強家であったのだろう彼女は、その類稀な腕を捌き料理をしていたのだと。
いなくなって初めて知ったと言ったところだろうか。
それ故に、味がもとに戻るまで暫くかかるかも知れない。
そんなどうでも良い会話をしている2人は、扉の直ぐ側に誰かが立っている事を理解し、無意識に身体に力が入る。
手錠をしているし、手掴みで食べられるものだけよこされる、それで拘束を解くことは出来ないが、かと言って何かがあれば抵抗する事を忘れてはならない。
扉から現れたのは、一組の男女であった。それもニコルはこの二人を見たことがある。
それどころか、一緒に食事をして更にショッピングにまで付き合ったのだから、そんな存在を忘れるわけがない。
「よお、久しぶり。ニコル、だっけか。」
「お久しぶりですね、ケーニヒさん。」
トールの後ろに一緒に来ていたミリアリアは、その後ろに隠れるように銃を握っている。
最低限、この距離なら何かあれば一人くらいは殺せるだろう。その為の一組なのだ。
まあ、この場合は最低でも6人ほど欲しいところであるが、人員の少ない場所である。多めに見て欲しい。
「ケーニヒさんなんて、そっけないな。で、そっちの彼はディアッカだっけ?」
ディアッカは驚いた、しかし直ぐにそれを理解して努めて冷静にその文言を無視する。
拷問などが始まる時、親しく話してくる人間がいることがある。
所謂良い刑事と悪い刑事というものだろう。
つまり、目の前のトールの事を良い刑事だとそう思ったようだった。
「ま、いっか…。どう、この船は。」
「悪くは無いですね、ただ一つ注文をするならもっといい食事が欲しいところですが。」
トールは非常に落ち着いたように話しているが、実際の彼の胸中はどうなのだろうか。
「なあ、どうして戦争なんて起こるんだろうな。」
「どうして…、ですか。僕にもわかりません、ただ憎しみ合うと言うことはその一端になる事は分かります。」
トールの瞳は震えていた、目の前にいるのは自分の友を親友とも思っていたキラを殺したやつ、その仲間だ。
今、目の前でこいつらを殺してしまえばキラにとって良い弔いになるんじゃないか?
そんな所謂敵討ちなんてものを考えているが、理性がそれを邪魔をする。
例え目の前のニコルを殺したところで、キラは帰ってこない。
それどころか、益々自分は止まらなくなってしまうのではないか?
こんなところに来たのも、そう言う理由が無かったわけではないのだから。
「そうか…。まあ、そうだよな。憎しみ合ってるだけじゃ、変われるものも変わらないもんな…。
だけどさ、悔しいってそう思うのは悪いことじゃないんじゃないかって、そう思うんだけど。」
「……、分かっていますよ。僕らは、それだけの事をしましたし。」
「おいおい、聞いてりゃなんだよそれはさ。一方的な決めつけはナチュラルの特権かよ。」
良い感じに進んでいた彼等の間に、ディアッカが割り込んだ。それは絶妙に嫌なタイミングであった。
彼はどちらかと言えば、急進派寄りの人間である。それ故に、事あるごとにナチュラルの悪口を言ったりするのだが、この時もその癖が出ていただけで、悪気があった訳ではなかったが気が立っていたトールの尾を踏んだ。
「…、ナチュラルの特権…か。そうだよ、だけどな…。だけどな!キラはお前のような奴とだって戦いたく無かったんだ!僕らの日常を壊して、多く人の家族を殺して!
そして、キラも殺したお前等を…!!
僕は……、殺してやりたい。」
「トール…。」
そんな彼の言葉を聞いて、ミリアリアはその傍らに寄り添う。見せつけているのだろうか、だが実際彼女がいるからこそ彼はニコルやディアッカに手を出そうとしなかった。
もしもいなかったのなら、きっと殺っていたに違いない。
「わかってるよミリィ…、せいぜい楽しんでくれよ。艦内食をさ、飢えさせたりはしないよ。せっかく…、ある生命なんだからさ…。」
トールはそう言うと部屋を出ていった。
急に激昂したトールに、ディアッカは生きた心地がしなかったが、彼も一人の少年である。
物事を一方向しか見てこなかった彼は、自分自身が誰かから恨まれるなんてことは経験してこなかった。
彼はそれに戸惑いを覚えながらも、今生きている自分の事を知るに値する情報を知ろうと心に決めた。
……
白衣を着込む者達が、其れ等残骸の周囲に群がりながら計算機と睨みっ子していた。
だが、どれほどそれをやろうともその答えが出てくるようなことは無い。
何故なら、彼等の方程式には致命的にその存在が欠如しているのだ。
どれほど設計を取り込もうとも、革新的なそれがなければそれはガラクタと同じであり、動くこともなければ光を灯すことすら無い。
「どうですか?進捗は。」
金髪の男、アズラエルは最近ここに良く顔を出す。
気になっているのだろう、古代の遺跡とでも言えるものが目の前にあって、熱くならない男はいない。
ロマンの塊とすら言えるだろうが、それよりも彼はその中から実用的な技術があるか知りたいという、投資家として当たり前の考えを持っていた。
「発動機に関して言えばさっぱりです。同じ形に組み上げても動きませんし、本当にこれが動いていたのか…。
ただ、駆動系ですが非常に為になるものもありましたよ。」
そうして目の前に出されたのは、とある機体の駆動系であった。
「技術的には突出したものはありませんが、重機を造るのには役に立つのではないかと…。戦争用の道具ではありませんね。」
「これは使えるんですか、早速テストしてみましょう。こちらで手配しておきます。」
古びた緑の機体は、その半壊した腕部を緻密に組み上げられていた。
「レプリカ品を何台か作りたいものですね。実機の運用データ等も欲しいところです。
たぶんですが、バッテリーに変えれば動くと思いますし。」
誰も聞いてもいないことをペラペラと喋り続ける。
きっとこの仕事が天職過ぎで、ハイになっているのだろう。
「それじゃあ、また何かあれば連絡お願いしますよ、僕もこの事業には前向きに見ていますので、ではお願いしますよ。」
「ええ!期待していてください。」
そうしてそこを去る彼の顔は、張り付いた営業スマイルから一転疲れたサラリーマンの顔となる。
次に移動する場所を、手帳に記しているのだ。
「まったく…NJというものは本当に厄介ですね。こうして、自分の脚で行きたくもない場所にいかなければならないなんて、本当に…。」
悪態をつきながらも、彼は次の場所へと足を伸ばす。
全ては、愛する妻と娘。そして、蒼き清浄なる世界の為に。
コーディネイター等に負けるような事など、あってはならない。特に、プラントを強奪した犯罪者共など保っての他である。
同族にすら手を出す、あんな節操無しに負けるような事など決してあってはならない。
アズラエルにとって、コーディネイターは使える道具である。優秀であるなら徴用し、それなりの地位を与えそれを上手く使ってもらう。
そうしていれば、何れにせよ自分達にとっては奴隷として良い具合に動いてくれる。
それに、地球在住のコーディネイターは連合側に付くものも多い。
だからこそ、今日も彼は行脚する。
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