「…、……、………、」
何処とも知れぬ場所で、少女は涙を流す。父が死んだと聞いた瞬間から、身のうちにあるものが乾いて行くような、そんな錯覚を覚えたのも束の間に自然と込み上げる物があった。
物心ついた頃から母という存在がいなかった彼女にとって、父親という存在は非常に大きなものだった。
母親との思い出は、殆どなくあるとすれば自らに指輪を託したこと。そして、「世界はあなたのもの、あなたは世界のもの」そんな言葉くらいなものだ。
正直言って、母親に対する執着というものはラクスにはなかった。だから、もう無い物に悲しみを覚える事は無かった。
だが父親は違う。
それは、彼女にとってかけがえのない大切な、失いたくないものだがそれが失われてしまった時、彼女の内にある何かが音を立てて崩れていくような、そんな気がした。
誰を憎めば良いのだろうか、彼女は誰かを憎むように育てられてきたわけではない。
憎まなければならない対象を与えられできたわけではない、誰も憎まず誰のせいでもないと、ただそう育てられてきたのだ。
だが、そんな彼女が大切なものを失った時初めて憎しみというものを覚えた。
だが、彼女のそれは非常に稚拙で抽象的であった。
憎む対象を選ぶことも出来ず、誰かを憎む事も出来ない。そんな子供が憎むべきは何か?
そう、世界を憎むのだ。
彼女は、憎んだ。この戦争を、このあまりにも無残な世界を。
だが、彼女はただ餌を待っているだけの池の鯉等では決してなかった。
シーゲルの教育の賜物だろう。
世界が自分の意思で動かないのならば、世界が間違っているのならば自分からそれを正すしか無いと、そう思う原動力がそこにはあった。
それ故に彼女は決意した。
もう迷わない、自分は立ち上がらなければならない。立ち上がって、この狂ってしまった世界を戦争を止め、道を敷き直さなければならないと。
幼いながらにそんな事を考えるしかない、この愚かな世界。
そんな彼女を止めようものなど、この世界には誰もいなかったのだ。
だからこそ彼女は立ち上がった彼女は、第一にすべき事を涙を拭い腫れた瞼を引き締め覚悟を決めた。
「お父様、私はやりますわ。だから見ていてください、必ず戦争を止めてみせます。だから、」
まずは父であるシーゲルの協力者たち、彼等を自らの協力者へとする為に各々と話をするべく、彼女は歩き始めた。
戦力は多くて困るものではない、彼女の知り得る相手として一番に終戦を考えていた人物を訪ねる為に。
……
ビクトリア宇宙港は今、戦争の転換点とでも言うべき出来事が起こっていた。
突然降って湧いたかのように、大量の連合軍の部隊が突如として海岸線に現れたからだ。
数日ほど前行われたジブラルタル基地への奇襲によって、ビクトリア守備隊がジブラルタルの守備へと引き抜かれた為に、戦力配置の建て直しを強いられていたところであり、この戦闘もまた現地のザフトにとっては手痛い奇襲となった。
既に戦闘の潮流は連合へと大幅に振れており、ザフトはもはや逃げ場無しという状況で、連合の戦略目標がどこにあるのかという物を計った。
そう、ビクトリア宇宙港という名であるがゆえに、ここにはマスドライバーがある。
そのマスドライバーを狙っての攻撃であるのなら、コレを壊してしまえば良いとそう判断した彼等は、急ぎマスドライバーを破壊する為に行動を開始した。
外部から破壊する為に、数少ない防衛戦力をマスドライバーへの破壊工作へと投入する事を決定しいざ行動を開始する。
と言ったタイミングで、マスドライバーに突如として連合の戦力が現れたのだ。
ザフトアフリカ部隊を恐怖のどん底に陥れた、あのガンダムタイプの双眼を持ち内羽根を展開して、太陽を背にその陽を悠々に浴びている姿は、神々しいに尽きる。
瞬く間に、ビームライフルの餌食になって行くMS隊。
そのガンダムの後ろからは、同じ連合のMSが現れては次々と陣地を制圧していく。
更に後ろからは、輸送用ヘリが強行着陸をして施設内へと歩兵を雪崩込ませていく。
戦場の後方と思われていたその場所は、いつの間にか前線へと様変わりし、マスドライバーの破壊をする為には制圧されたマスドライバー施設を奪還しなければならなくなっていた。
海と陸から挟撃されているザフトは、次第に戦線を維持出来ず建物内に立て籠もるしかなくなる。
それも、降伏勧告とそこから徹底した鎮圧行動によって次々と陣地が突破される。
民間人居住区にいた、ザフト協力者の民間人に対しては丁重な扱いがなされ、降伏者には無益な殺生をしない事を大音響マイクで方方に流された。
コレは宣伝戦に大いに使われたのは言うまでもない、ザフトは捕虜を取らないが連合は捕虜を取り、しかも丁重に扱う。
どちらの印象がいいのかは言うまでもない、オーブへの横暴な一撃も連合参加国の国民からしてみれば、今更日和見を行っている時点でオーブは信用に値していなかった事から、それ程世論を圧迫していないのだから、今回のコレは大々的に使われるだろう。
戦闘の大半は初日の奇襲によって、大体の陣地を失ったザフトは地下施設内での組織的抵抗を開始する。
その戦闘にMSの出番というものはなく、言ってしまえば消化試合だった。
その間にも着々と揚陸集積されていく物資、その手慣れた動きと来たらザフトのそれとは雲泥の差というものだ。
手に入れた橋頭堡を如何に迅速に自軍に固定化するか、それが戦闘において重要なことであるということだ。
そうしている内に、MSの役目というものも無くなって行く。
敵の抵抗が辞めば、自ずとパイロットの休息のためにとすかさずそれをフォローすることが出来るかどうかが、組織力の目安となる。
「今回は、誰も被害受けてないみたいね。」
「はい、多少の被弾あれど行動に支障ありませんから、被害は実質的には0です。」
フレイ達マスドライバー降下部隊は、その役目を終えて補給拠点へとその足を向けやっと戦場から離れた。
焼け爛れた大地を歩くその姿は、当に兵士のそれであろうか?年齢に似つかわしくもないその姿は、周囲の兵士からは嘲笑の的になっている。
所謂、毛も生え揃えていないような餓鬼が戦場に出てくるなとか言う、そんなものだろう。
彼女の戦績を見れば口を閉ざすが、内心を見透かされているとも知らずに、彼等は話さずともその本心を露わにしている。
だが、それも1時の事であり一人の権力者の存在だけで、その空気は一変した。
「おやおやここにいらしたんですねぇ、探しましたよ…。」
幾人ものボディガードを伴って、つい数刻ほど前まで戦場であったところにアズラエルが姿を現したのだ。
フレイと対面するようにそこに立ち、フレイは見上げるように睨みつける。
「何の用?民間人のあんたが、こんなところに来るのは違法な事じゃなくて?」
「まあまあ、硬いことは言わずに。ここには用事があって来たんですよ、ちょうど君らと同じ様なパイロットを連れてきた、と言ったところです。」
彼の目配せをする方向には、顔色の悪い色とりどりの髪色をしたガラの悪い三人組がいた。
それがMSのパイロットなのだと、フレイにはすぐに理解できたがそれに呼応するように言葉が走った。
『強化人間か…、いつの時代も人は同じ過ちを繰り返す…か…。』
『強化人間…?それって』
その言葉の意味を理解するのはすぐの事だった、彼等の後ろからは団体となって白衣の者達が現れたのだ。
どう見ても戦場の光景ではない、寧ろ病院のそれである。
「貴女に紹介しますよ、彼等はブルーコスモスが誇る生態CPUの方々です。皆さん、彼女が唯一の存在証明ですよ。」
そう言われて、フレイの背筋に寒気が走った。
と同時に、学者たちの目は間違いなくフレイのそれを見て、喜色の悪い笑みを浮かべた。
その間に割って入るように、カタリナが前に躍り出る。
「君は確か…あぁ。そうですか、まあ良いでしょう所詮遺伝子操作なんて宛にしていませんので…。」
そう言うと、アズラエルは彼等に向けて手をひらひらと動かすとパイロット達は何処へと行ってしまった。
「さてと、まあ本題を言いましょうか。貴女には僕と一緒に宇宙に上がってもらいます。拒否権は、勿論ありませんよ?」
そう言い残すと、アズラエルも研究者連中の元へと歩き出した。
……
肉親というものがどれほど心の拠り所になるものか、それが分かるのは失ってからだろう。
目の前で唯一の肉親だと思っていた者が、自らの生命を投げ売ってでも護ろうとした物を、背負う事など出来るだろうか?
16歳の小娘が背負うにはあまりにも重い、国という物の存在意義に対する答えを出すには性急すぎるものだろう。
戦争によって、国が滅ぶ一歩手前になったとはいえ自分は生き残ってしまっているのだから、それを背負わなければならないというその現実に押しつぶされそうだった。
「キラ…、私はどうすれば良いと思う?」
「カガリ……、僕が何かを言ってどうかなるなんてことは分からないけれど、カガリがどうしたいかって事にもよると思うよ。」
つい数日前までは、男友達と言う形で話し合っていた相手が今や血の繋がった姉弟である。
奇妙な運命の繋がりが、二人を結んでいたのは不幸中の幸いとでも言うべきことだろう。
寄り添うように肩を寄せ合い、寒い宇宙をコレでもかと見せつけるように寄り合うのは、血筋を持っている同志ならば当たり前の光景であったが、それを訝しむ者もいた。
二人を陰ながら見守るのはアスラン……、だけではない。
AAの運営スタッフであるヘリオポリスからの志願組も、その事実を知らされてからと言うもの、失った物を取り戻そうとする二人を危険な物を見るようにしていた。
針の筵であるオーブ代表首長という席に座るその資格を持った者、その安否があるのだから仕方の無いことだ。
いつどこからやられるかわかったものではない、それどころか味方が何処にいるかも知れない現状、オーブを出たAAと組み上げられたクサナギには、連合全軍を相手に戦えるほどの戦力は無かった。
「キラ君の負担は増える一方ね…、せめてフレイさんとナタルがいてくれれば…。」
ラミアスもまた、現状を憂いていた。
これから進む道も、誰かを頼る事も出来ないこの死地を重い物を背負わなければならない。
それこそ、自由意志の下何の命令も無い中でのそれなのだから、彼女の負担は計り知れなかった。
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