無意識の内にテーブルの上にボトルを置こうとすると、フワリと重さを感じることも無くそれは天井へと登っていこうとする。
それをすかさず手に取り直し、吸着する場所へとそれを再び置き直す。
AAの食堂よりも比較的大きく、より居住性が上がったと言えるドミニオンのそこは、少なくない士官が出入りする。
そこで一人、飲料をのみながらフレイはボーっとしつつ先程行った模擬戦を思い出していた。
『彼等は強化人間の亜種のようなものだ、コーディネイター以上の反応速度に耐G性能、人体の基本的な性能を底上げした…と言ったものだろうな。』
『であるならば、限界もまた近いという事だ。』
頭の中で二人でそう言いながら、ああでもないこうでもないと言い合っている二人は、仲が良いのか悪いのか意見がピタリと会う事もたまにあって、その時は対立せずに話し合っている。
『限界が近いって…、それじゃあまるで。』
『寿命を削っているんだろうな、たぶん彼等はもう長くない。』
『人は万年経ったところでその根底は変わらないと言ったものだな。』
『貴方が人の事を言えるとは思わないがな。』
フレイは彼等と模擬戦をした。
確かに反応速度は悪く無く、カタリナよりも遥かに速い。キラにも優るとも劣らない程度には、彼等のそれは良好であると言えた。
だが、そんなものに対してフレイは余裕綽々と言った態度で完封した。
思考という枷、それを外した人間は所詮は獣と違いはなく、折角三位一体と言った具合の機体構成であるにも関わらず、彼等の連携は最低限のものであった。
それ故に、敢えて敵中に飛び込み射線を対角にする事によって、同士討ちを狙うのは簡単な事であった。
「初見ならまだしも、味方だからだけどあの連携もっとマシにならないのかしら?」
そうすればもっと強くなれる。それこそ、薬で強化されているらしい彼等は、薬を打たずともそれに近しい力はある筈で、それに盲目なまでに気が付かない研究者達は馬鹿なのだろうか?
『アレはマッドサイエンティストさ、自らに溺れて結果なんてどうでもいいのさ。』
3人の思考を持っている彼女は、直ぐに答えが飛んでくる。
二人は決して彼女に盲目的に自分たちを信じろとは言わない、そして思考の手助けはするがその選択権は彼女にあった。
「おい!こんなところで一人で食事か、寂しくしているではないか…。」
ボーっと、二人との会話をしていると不意に後ろから声を掛けられた。勿論、何となく誰かが来るようなそんな気はしていたのだが、その人物が見知った相手であるとは思わなかった。
周囲の士官達が敬礼をする相手、それは勿論この艦で最も偉い存在、要するに。
「あっ…、バジルールち…少佐。すいません。」
慌てることもなく、ゆっくりと慣れない敬礼をする。
手の角度も、指先のそれも軍人のようなそれではないフレイと言う元々民間人であった、正規の訓練を受けていない物のそれ。
それを見て、ナタルは口を若干綻ばせて各員に食事を続けるようにと言った。
「水臭いぞ、この艦で互いに顔見知りの相手は私とお前だけだ。それに、今は非番だからなそんな硬い口調は辞めてくれ、肩が凝る。」
そう言って疲れたような顔をする、美人な彼女の顔には明らかに苦労の影が映り込んでいた。
ゆったりと、フレイの横に座るとそそくさと消えていく士官達を尻目に、食事を始めた。
「この艦には慣れたか?」
「私は大丈夫、カタリナが副官やってくれてるからつまらない事しなくて良いし、分からないことは適度に教えてくれるし。ナタルさんこそ、慣れたの?随分と苦労してそうな感じするけど。」
フレイはそう聞き返すと、ナタルの顔を覗き込んだ。
「あぁ、そうだな。動かし方は分かる、問題は…お前たちがどれだけ優秀だったか改めて思い知らされたと言ったところだよ。」
「あぁ……なるほどそう言うことですか。確かに、皆若そうですしね。」
まだまだ周囲にいる食事をしている士官達の顔をよくよく見ると、全員が若い。
古参でも30に行くか行かないかと言ったところだ。だとすれば、比較的まともに動くはずの艦橋要員もまた、同じようにそう言う手合いが多いという事で…。
「今更ながらにラミアス艦長の気持ちがわかった気がするよ、あの時の私に会うことが出来るのならば殴ってやりたい程度には…。」
そう言う彼女の瞳には迷いがあった。
噂があるのだ、アラスカでの一件は大西洋連邦の自作自演なのではないかと、それは軍の公然の秘密のように蔓延している。
しかし、そんなものどうでもいいかのように、ただ盲目的に軍の命令に忠実にいようとする。
それに、疑問を持ってしまっているのだ。
「もし…、もしAAと戦闘状態になった場合、フレイ…お前はどうする?」
「私は……、私はやらなきゃ…ならないと思ってる。でも、本当は…やりたくない。」
彼女は戦士ではないのだ、昨日の味方が敵になっても顔見知りの女の子が敵になったとしても、心を通わせた人が敵になったとしても、銃口を向けて引き金を引けるようなそんな人間ではない。
どんなに強い戦士だとしても、迷いはある。
「それが普通だ、私も正直嫌だと思っている。
胸糞が悪いものだとすら感じるのに、自分ではそれを変えることができない。正直、ラミアス艦長達が羨ましいと…。」
正直な思いを話す、そういう相手がいるだけでどれだけ心が軽くなるものだろうか?
抱え込むだけでは、それは身を滅ぼすだけだろう。
「戦闘状態に入る前に、投降を呼びかける。協力してくれるか?」
そう言うナタルの瞳には、心からの願いが込められていた。