メンデルの一件からしばらく経った頃だろうか、戦況は未だ動かずに地球連合がその物量を何かしらに活かそうと動きを活発化させている頃。
フラガはふらふらと、覚束ない足取りで重力区画を歩いている。
いったいどう言うことであろうか、体調不良というものは当たり前のようにやってくる。
どうしても病原菌と言うものは存在するもので、宇宙船内でそんなものが存在するのなら、パンデミックになるだろう。
だが、彼の顔は別段変わったようなものでもなく寧ろ血の気は良い方だ。
つまりは風邪ではないと言うことだ。
「…ったく、何なんだよこの頭痛はよ!」
フラガがそう悪態を付くのは、つい数刻程に前から始まった頭痛によるものであった。
特にこういった事例は、前々からあった。
それこそ、大規模な戦闘が起こる前にはこんな事が起きていたものである。
だが、今回のそれは比べ物にならない程に嫌なものであった。
そして、そういうものを軽減しようと食堂へと至る道を進んでいたら、突如としてより強烈な悪寒が肉体を襲い、パッとその違和感が無くなった。
「はぁ?おいおい、なんなんだ?」
彼には検討もつかない、食堂へと向かっていた足どりも止まり再び就寝する為に来た道を戻る彼は、コレの正体など知りたくもなかった。
時を同じくして、フレイにも同様の兆候があった。
だが、フラガのそれとはまるで違う。
パニック発作のように彼女の心を切り刻むように、その声は響いている。
誰かの嘆きか、それとも悲しみか?そんな物が彼女を襲う。
そして、フラガが違和感を感じなくなった瞬間彼女は、ある現象を感じ取っていた。
言葉で表すのならそれは蒸発と沸騰であろう、人間の意志が恐怖と痛みの感情が突然爆発し、世界に霧散していく…。
強烈な精神の奔流に飲まれそうになっている彼女の直ぐ近くに、やはりパイロットスーツを来た一人の青年が立っていた。
連合のそれよりも洗練されている、より高度なものだ。
彼女はそれを敏感に感じ取っていた。そして、その日何が行われていたのか。軍事的に非常に重要な事でもある。
彼女等ドミニオン隊が予備艦隊と共に行動をしていると言うことは、何処かに主力がいなければならない。
予備艦隊は、あくまでも陽動を遂行するための戦力である。従って、本艦隊はとある場所で作戦を行っていた。
それは
ボアズ要塞攻略戦
であった。
そして、そこで何が使用されたのか?対要塞兵器として尤も効果のあるものといえば、何であろうか?
岩塊で形成された小惑星を掘削する程の攻撃力の有るもの、しかも周囲の味方の損害が少ないように威力を簡単に調整できるもの…
即ちこの日、彼または彼女が苦しめられた瞬間に核が使用された。
……
聞こえていた断末魔も掻き消え、辺りに木霊するのは静寂。だが、そんな事などどうでも良く一人悲しみに暮れている者がいる。
「…なんで…どうして…こんな事ができるの…?」
フレイは感受性が強すぎた。
それこそ、人の死を目に見ずとも知覚できる程度には強かった。だが、それがいけなかった。核兵器によって吹き飛ばされた人々の思念が拡散する一方で、彼女はそれを感じ続けていた。
コレがフラガ程度であれば良かったのだろうが、若かりし頃彼女のその増大する力を止めるものは誰もいない。
『人は同じ過ちを繰り返す…か…。フレイ、気を強く持つんだ。一人で抱え込んでしまっては、君は壊れてしまう。』
『我々もいるのだ、寧ろそれをこちらに流して欲しいと思っているのだがな?』
2人はこの強烈な感覚について良く知っている、寧ろそれの影響で心を壊し心神喪失状態、植物人間になった少年の事を知っていた。
一人は自らが宇宙へ上がる事を恐れていた事を後悔し、一人はそれを間近で見てしまったがために、その後の世界に絶望した。
『でも…、私は受け入れなきゃ駄目なんじゃないの?誰かが、背負わなきゃ…。』
『一人の人間が背負えるほど世界は小さくはない、寧ろ自らが背負わなければならないなど傲慢もいいところだ。
そう言うのは大人になってから言うものだ。』
『貴方も言うようになったな。』
茶化しあう二人の仲は決して悪くはないのだろうが、たまに反目しあっている。
それは互いの事を深く知りすぎているからこそ、そんな状態なのだろうが。
『彼女も来ているのだろう?』
『どうしてそう、特別視する?所詮は俺達と同じなのだから、来ていてもおかしくは無いだろう?』
彼女が誰を指し示しているのか、それをフレイは知らない。だが、決して悪い相手ではないのだとなんとなく思っていた。
同じ頃、ザフトではボアズで核兵器が使用されたという事を察知すると、蜂の巣をつついたような騒ぎが起き上がった。
そう、核兵器というのは血のバレンタインで使用された、プラントにとってのトラウマ兵器である。
ただでさえ被弾に弱いコロニー、自己修復機能を持っているプラントのそれとはいえその途轍も無い熱量に、耐えれるわけがない。プラントの民衆には未だ知られてはいないが、それを知った者達は恐怖した。たった一人を除いて。
「ジェネシスの完成は後どれ程かかる?」
「数日程かかりますが、試射ならば後二日ほど有れば確実にいける。」
現プラントの最高指導者であるパトリックは、技術者であるユーリ・アマルフィに対してその兵器の名を使って尋ねた。
そして、ユーリはそれに対して良好な現状を語り、必ず間に合うという念を押した。
「連合…、ナチュラル共は結局何処まで行っても野蛮でしかない。あんなものを使って何になるというのか…。」
「だが、我々も同様のものを持つ事になる。パトリック、良いか?コレは脅しの為の武器だ、決して殲滅戦に使うようなものじゃない。それだけは忘れないでほしい。」
息子を失った彼の悲しみの中でも、あくまでも人間であろうとするユーリは、最悪の決断をしないようにとパトリックに言いつけた。
「分かっている、だが………一度は使って見せなければ我々の力を知らなければ連中はどんどんと近づいてくるに違いない。」
強力な兵器程、人の考えの外にある。従って、人はそれを見ない限り信じないことの方が多い。
良く言う、百聞は一見に如かずの言葉通りどれ程言ったところでその光景を見ない限りは。
だからこそ一度は使うのだと、そう意気込んでいる。尤も、そんな事をしてまで果たして嬉しいものなのだろうか?
ユーリはそれを見て果たしてこの選択が本当に良いものか、ニコルが生きていれば自分を殴りに来るのではないかと、そう思っていた。
そんな状況を見て、ほくそ笑んでいるものがいる。
それはクルーゼに他ならない。
クルーゼはあの女、フレイの事を見返してやりたかった。
人の可能性だとか、優しさだとかそんなものを宣う彼女がその異様な光景に顔を歪める姿を想像していた。
この状況こそが、自分が望んだ事だと確信しつつも何処か何かの引っ掛かりを覚えた。
彼も力を持っている。NTと言うものがどういったものであろうか等、どうでも良かったが彼のその力もまたボアズでの核攻撃を感知していた。
苦痛など慣れっこである彼はそれを受けて、その苦痛を受け入れる程にタフであった。
だが、そんな彼は目元を仮面で隠し誰にも見られないようにしつつも、最近ある問題を抱えていた。
それは、睡眠不足である。
彼が眠りに就くと、何処からか褐色の少女が現れ彼の心の内にある事を確信づいて言ってくるのだ。
例えばそう、この状況になって彼女が放った言葉はこうだ。
『哀しい人、自らが望んでいること信じたい事を表に出せない哀れな人。』
彼が望んでいること、希望を持っていることとはなにか?
それは無自覚にも、フレイにNJCのデータを流したところから現れている。
フレイにデータを渡したのは、機体から一部を切り離しそれを意図的に彼女に発見させたところからも彼の意志であったことは確かである。
だが、問題として彼は本当にそれをして人類が潰し合うことを望んでいたかといえば違っていた。
上手いことに使ってくれることを願いつつ、自分の寿命の短さに世界のことなどどうでも良いような感覚をしながらも、何処かで願っていたのだ。人類が正しい道にそれを使用してくれる事を。
そんな事を指摘された彼は当に安眠を妨害するこの少女に、非常に不愉快な思いをしていた。
だが、不思議な事に不快感はあまりなく寧ろ腑に落ちてしまった自分に腹が立つ程に。
……
3隻同盟の耳にボアズが核攻撃を受けた事が入るのは、そう遅いことではなかった。
というのも、連合、ザフト両軍の内部には彼等の為に資源を供給する所謂獅子身中の虫がいたのである。
もちろん其れ等は主流派とは言い難い者達であるが、それでもそれなりの政治的な力を持っている。
勿論、プラントにおけるクライン派は未だに潜伏を続けているが、寧ろ民衆の間にはこの戦争に対する疑問も生まれてきてはいた。
戦争も末期であり、地上からの食料供給が止まると流石にプラント内部でも食料の統制が始まったのだ。
そのため、其れ等の統制等を経験したことの無い者達はそれは荒れる。
そう言った者達がクライン派を匿うのだから、それこそザラ派の目は届かない。
連合に関して言えば、プラントの宗主国時代から利益を享受されてきた者達は、今回の核攻撃に対する方法をプラント本国での使用を徹底的に否定する文言が出てきており、そう言った者達からの支援もあった。
そんな中、短い時間の間にたった3隻で構成された彼等のそれは戦争への介入を心に決めていた。
このまま行った場合、戦争は最悪の結末を迎える可能性があったからだ。
「コレがジェネシス、その設計図です。」
クサナギに集められた各艦の幹部、そのうちラミアスは別件で外している為に、フラガが出席した。
その席でラクスが提出したのは、父シーゲルに託されたとある巨大建造物のデータであった。
「γ線兵器か…、厄介なものだな。地球に打ち込めば大変な事になるかも知れない。」
その中で一番にこの兵器の厄介さを理解したのは、オーブのキサカであった。
大佐である彼は所謂エリート、それも王族の護衛に任命される程の男である。様々な物に精通していた。
正直に言おう。
高々核分裂兵器によって生成されたγ線が地球表面を焼くほどの火力を出すことはない。
最大の問題は、オゾンの破壊による紫外線の広範囲に当たる長期的な生物災害だろう。
そんな事が起こればどうなるか、考えたくもない。
「撃たれる前に破壊しなければなりません、父はコレを人類の未来の為にとそう言っていました。ですが、こんな事のために使われる為に建造していた訳では無いのです。
お願いします…、私に力をお貸しください。」
少女が父を代弁してそう話す姿は、こんな少女に未来を背負わせなければならないという、そんな残念な現実があった。
ラクスがそんな話をしている間、ラミアスは私用…だが寧ろ尤も重要な事を行っていた。
それは、実際に戦場で戦う者たちに対して敵機の情報を少しでもというそう言う意志からだった。
特に彼女の思考の中にあったのは、フレイが搭乗していた機体。フラガの戦闘データから抽出された其れ等を下に、大凡の機体データを表すと不可解な物が浮かび上がった。
パワーウェイトは、ストライクのそれとそれ程違いはない。
寧ろ、フリーダム等と比べれば瞬間的なパワーは低いものだろう。だが問題はそこではなかった。
継戦能力、それが異様なまでに高いのだ。
バッテリー機ならば節約しつつ戦わなければならないが、その機体は然程それに気を回していたようには見えない。
それがフラガとの戦闘で如実に表れていたのは、ビーム兵装だった。
ストライクが慎重に撃つのに対して、その機体はそれを見越したのか次々と発砲してくる。
勿論、ストライクの被弾は無いが4対1の状況でそれでもパワーを落とさない秘密を。
連合が核兵器を使用したのならば、あの機体もNJCを使用しているのか?
だが、その瞬発的な力はフリーダムに及ばないだとすれば、その答えは自ずと現れてきた。
「PSを採用していない?絶対的な防御を捨てていったい……、でもそう…一度も被弾していないのならそれも考えるのかしら。」
PSを採用していないのならその分のエネルギーを、継戦能力に付与出来る、だがそれでも割に合わない。
だとするならば、何かしらの発電方法が必要であって彼女はそれを導き出した。
フレイが選んでいた戦闘場所は、太陽光が届きやすい場所である。と言うことは、つまり機体全体が太陽光発電システムであるということだ。
兵器がそんなもので良いのだろうか?
AAのような軍艦であるならまだ良い、だがそんなもの被弾しやすいMSにやったところで…。
だが、フレイの動きはそれを実現可能にしているのなら、太陽光が届きうる場所であれば、フリーダムに勝るとも劣らない継戦能力を持っている事になる。
それ故に、フリーダムが勝てるのは瞬間火力ラミアスはそう結論付けた。