一日
コレは夢だ、そう自覚することのできる物事は案外あり得る話だと言う。目の前に広がる広大な宇宙空間には、自分の乗機としていたプロヴィデンスと、あの小娘が搭乗していた機体が戦闘を行っているのだから、そうなのだろう。
『どうしてそこまで自暴自棄に成れるの?貴方には、帰りを待っている人が!』
『私にはもう時間が無いのだよ、君たちと違い私には君達に当たり前に存在するそれが無いのだよ!!』
慟哭にも似た叫びを、彼女にぶつけるその姿は当に滑稽そのものだった。居るはずのない母親に、心の内をぶつける子供のように自らよりも歳下の少女にそんなものを言ったところで何になるのか。
『だからってその限られた時間の中でどうして抗おうとしないの?
絶望したから?そんなじゃない!!貴方は最初から無理だと決めつけているから、そんなんだから周りが見えないのよ!!』
その言葉は私を愚弄するかのように事実を突き付けた、裏切られた者が再び誰かを信じる事が難しいように、一度絶望したものが諦めを払拭するのは難しいのだが、目の前の小娘はそれを知らない。
だが、青臭くも
私の友人と自称するあのペテン師学者が私を診断したとき、既に可能性は潰えたと思っていた。
私はその事を鵜呑みにし絶望したのだ。それを聞いてなお、抗う気が無かったのだからこの運命があるのだと。
彼女はそれを知ってなお、私に踏み込んでくる。その無垢な心で私を導こうとする、自らの道へと。私の夢に出るあの褐色の女のように。
そう言う思念を飛ばしながらも、私と彼女はワルツを踊る。
プロヴィデンスが放ったドラグーンを、その光線を華麗な迄な動きで避け、射線に滑りこませるように入れたそれをサーベルで切り払って来る。
まるでこちらの手の内が完全に読まれているように、こちらも彼女の動きが視えている筈なのにだ。
戦い慣れている。
率直にそんな感想が出てくると、ふと彼女の後ろに影がある事が分かった。
恐らくは男だろう、二人組だ。
その二人が、彼女の肩に手を置き、そして操縦桿に伸びている手に重ねるようにもう一方の手を伸ばしてその手を握っている。
コックピットに迫ってくる機体を迎撃する為に、左腕のサーベルを振り払うと何ということだろうか、サーベル同士が干渉する。ビームとビームが干渉する等とは誰が予想出来ようか?
そうして鍔迫り合いをするが、異常事態が起こる。
核動力機であるプロヴィデンスが、バッテリー機である筈の目の前の機体にパワー負けしている。
よく見れば、機体から何やらエメラルド色の光が漏れ出しているコックピットの一角から。
それが機体に力を与えるように、プロヴィデンスは両腕を取り押さえられ、ドラグーンは機能を停止する。
そうすると、互いのコックピットが開き彼女がその身体を私に下す。そして、その手を延ばすのだ。
そして私は……
―――
目を覚ますと、ふかふかのベッドに横になっている。
目の前にはベッドの天秤が有り、いまでは見慣れたその景色を俺はなんの感慨も無く、見上げている。
部屋は広く、歴史ある建物であることが一目で分かるだろう。何よりそのような部屋が、まだまだ多くあるのだからこれぞ貴族の住まう場所といったところだ。ベルファストのすぐ近く、ヒルズボロは未だに健在だと言うことだ。
すぅ…すぅ…
と言う寝息が横から聞こえてくると、その方へと顔を向けた。
そこには赤髪のあの少女が、その産まれたままの姿を下し露になった双丘を上下にゆっくりと動かしている。
まさか、自分がこのような道に進もうとは誰が予想出来ようか?
俺はあのとき彼女の手を取った、それは単なる生存本能の為せる業なのだろう、俺はあのとき死ぬのが怖くなったのだ。
まだ生きたい、誰かに認められたいとそう願わずにいられなくなったのだと。
あのときの俺の思考は正直に言えば彼女に誘導されていたのだろうが、今こうしてここに居ることに俺は不愉快は感じていない。 むしろこうしている事に、俺は少し安堵している。
この女の目的は決して俺を愛していると言うものではない、寧ろ肉体関係になって尚、愛という物を感じることはない。
女が俺に背負わせているものは、所謂〘代償〙と言ったところだろうか?
俺の出自と自らの父親を殺した、仇と言う側面とを合わせた結果なのだろう。
実に許容しがたいものだが、この女の思考を完全に理解出来るという物は皮肉以外の何物でもない。
「う…うん?おはよう…」
「ああ、おはよう。」
朝になれば、こうして何の気も無しに挨拶が帰って来ると言うものがどれほど不可解なことか…。
結局、今ここにいる事すら良い事なのかそれとも悪しき事なのか分からない。
ただ、良い事があるのだとすれば俺がここにいれば、遠回しに〘レイ〙の為になるだろう事だけだ。
――
暫く微睡むと、俺は足早に着替えていく。
その服装は至ってシンプルな、連合兵のもの。襟首にある階級章は大尉…、未だに信じられないがこうしているだけで奇跡なのだが、軍人をやらされている。
隣では軍人とは思えない、なんとものんびりとした態度で着替えている彼女がいる。
正式な軍人としての教育の無い彼女に、その理屈は届かないのだろう。
そうこうしている内に、部屋にノック音が響く。
「失礼いたします。フレイ様、ならびにラウ様。朝食の準備が出来ました。」
「…あら?もうそんな時間なの、わかったわ直ぐ行くから。」
と言いつつも、まだまだセットが終わらないのだからこの女は世話が焼ける。
「及びくだされば着付けは我々がやりますのに、そのようにお一人で…。」
「別に良いでしょ、それよりもラウは先に行っててよ。」
何故が文句を言われる。シャワーを浴びるのはどうやら食事の後にするようだ。
広い宮殿の中を歩いて一つの部屋に移動する、そこには長テーブルと簡素な朝食が並んでいる。
大きなソーセージにベイクドポテト、そして黄色が眩しいとろとろのスクランブルエッグ。
銀のトーストラックに並べられた薄手のトーストに、クリスタルのグラスに注がれたレモン水に紅茶、それにマーマレードと思しきジャムが入ったガラスの器。
所謂イングリッシュ・ブレックファストと言うものだろう。本来ならばベイクドトマトだろうが、ここはアイルランドの北部でもあるのだから間違いではないのだろう。
俺は居候の身でありながらも、充てがわれている扉から見て一番奥の左側、暖炉を背にすると右側に座らせられている。
暫くすると、彼女が現れ暖炉の前の席に座り暖炉を背に左側に、お抱えの牧師とその子供が列席し、使用人達もそれぞれ席に座っていく。
配膳係と言うものは無いのだろう、この家ではこうやって全員が朝食を摂るのが昔からの習わしだという。
そうしていると、この家の主たる彼女が手を前で組み神への祈りを始めた。昔からの宗教というものの行事、神など生まれてこの方信じた事は無いが、そういった物を護っている事は感心している。
祈りが終わると食事が始まるのだ。
そして、それが終わると彼女の今日の予定が執事から確認を兼ねて発せられる。
軍人としての仕事よりも、どちらかと言えば権力者としての仕事を優先しつつ、訓練を上手く組み込んでいる。
そして、その後に俺の予定が聞かされていくのだ。
――
白衣を身に纏った医者のような連中と、様々な機材が置かれた場所で俺は患者服を着込んでCTを撮られている。
俺の体細胞や骨密度、内臓をくまなく調べ上げて行くその姿は当に医者なのだが、ここにいる連中の素性を知ればこれが人体実験の類だということが分かるだろう。
「ふむ…、次はこの薬の適合試験を行う。」
嬉しそうに俺の目の前に座ると、モルモットを見るような目で俺を値踏みしている。
彼等は、連合の言うブーステッドマン。そのプロジェクトの元構成員である事を、俺は理解している。
戦争終結後、その危険性から研究を停止させられアズラエルの手から零れ落ちた彼等が行き着いた先は、フレイ・アルスターが新しく設立した〘アルスター財団〙と言った場所であった。
振興財団である事から、まだまだ財源は少ないが遺伝子治療と言う本来のコーディネイター技術や、体細胞に対する化学療法と言った良い方向への資金の流れを作るためのものらしい。
そうして雇い上げられた彼等が、俺の体細胞の研究をしている…。
ギルバート以上の学者などそうそういないのだが、彼らにはギルには無い物がある。
夥しい数の死体の上で積み重なった、人体の薬物に対する反応現象、その実測データだ。
そんな副作用ですら意にもかえしていない実験をやって来た彼等のデータは想像よりも膨大なものだ。
所詮は一企業でしかなかったメンデルと、国家事業であるブーステッドマン、どちらが金を賭けられるかと言えば後者であろう。
そんな彼等のそれは、俺に寿命という祝福を与えている。
ギルバートは細胞学の権威とは言えるが、それは細胞の特異性と言った観点からのものであり、薬剤からというものは彼の本業ではない。
今私が服用している薬剤は、細胞の置換を意図的に早める薬剤だ。ギルバートとは全く逆のアプローチ、彼のそれは俺の寿命を持たせるために、人と同じ老化速度にする為のものであった。
だが今のコレは、赤ん坊のそれと細胞を同様にするためのものだ。
つまり細胞の幾つかを幹細胞化させる。リスクの高いものだが、人体実験を繰り返していた者達だそれ相応の結果は持っていた。
今現在、発作と言う発作が出ていないのが証拠だろう。
尤も、薬剤を定期接種しなければならないのは変わらないが、それでも今までのそれとは雲泥の差だろうか?
「まったく…、こんな事しか出来ないのならば戦争になど協力しなければ良かった。」
端からそう言う言葉が聞こえてくるが、その言葉を気にするほど俺は純粋ではなかった。
だが、ここにいる連中は同情のしようがない悪党共だ、愚かにも後天的に俺と同じような者達を創り出そうとするような、そんなものたちだ。
実に愉快極まりない、ザマァ見ろとでも言っておこう。
「アズラエル氏も国の力には勝てないという事か、全く持って窮屈な世の中だ。私のやりたい事は、もっと人の犠牲が必要なのだがな。」
それでも心折れること無くそれを行おうとするのだから、人の業と言うものは、あくまでも深いと言うことだろう。
――
その後に待っているのは、所謂訓練教官としての日々だろうか?アルスター家に居候している身であり、ベルファスト周辺限りに配属されているのは、まあやはりその家の力なのだろう。
俺の名にあるフラガと言う家名のお陰で居候をしているのだ。
隠し子とされ、結局はムウの後釜に収まるようだがその資産は雀の涙程もない。
ムウのその方向への才能の無さ故に。
そんなある日、アルスターの娘である彼女とともに帰路についていると、ふと彼女の襟首の階級章に目が行った。
なんとも十代にして少佐、佐官と言うなりたくてもなれない者もいると言う中間管理職である。
「ほお、君が佐官か。何を積んだ?」
「積んでなんか無いわよ、首輪よ首輪。それと宣伝広報で、ヤキンで大活躍したんだからって方便で、お飾り佐官なんて言われるわよきっと。」
グチグチと話し始めると止まらない、そんな話題を振らなければと後悔している。
暫くすると、その言葉が止まる。
「ねぇ、アンタ今楽しい?」
「楽しいと?まあ、充実はしているなおかげさまで今なお生きている。」
「そっ、なら良いわ。」
この奇妙な関係はいつまで続くのだろうか、それを知るにはまだまだ先の話になるのだろうな。
思案している俺を見る運転手、カタリナと言う女は俺を未だに警戒している。
俺のことをラウ・ル・クルーゼと知っている数少ない人間だ。それも仕方ないだろう。
「そろそろアンタにも見せなくちゃならないものが有るの。」
「それは私を信用したということかな?」
どうして他人を信用出来るのか、この女ならばそれもまた分かるからだろうが。
周囲の人間には奇異の目で見られるだろう、特に運転手の女にはな。
「そうよ、でも他言無用だから。アンタにも護って貰いたいの……、アンタにもその資格は有るだろうから。」
仰々しいまでの緊張感をフレイは放っている、戦場で見た時のそれと寸分違わず。やはりこの娘は、間違いなくあのときのパイロットなのだと、改めて実感する。
そうして我々はゆっくりと進む、彼女と共に向かう先そこに何があるのかとそれを知っている者は、数少ない者達だと心して。