カチカチカチカチ
蹄鉄の音が、路面に鳴り響く。
南太平洋に位置するオーブは、所謂冬から春になるあたりかだが残念な事にオーブは赤道に近い為に、暦の上でしかその春を実感することはできないだろう。
ただ、確かに太陽の傾きは夏よりもある為にその路面上の気温は夏よりかは低いだろう。さらに言えば、周囲は海である為に気温はそれ程上がることはなく、ヒートアイランド現象とは無縁の土地だ。
そんな国の中、ある一つの島の路面を馬が2頭前後に並んで進んでいく、その上には二人の女性が騎乗していて周囲数百m半径にはその2頭を中心に黒い車列が存在し、警護していた。その車列には2つの国旗が翻っていることから、それが国賓である事を示している。
尤もその周囲にいる人々は一時的に退去されているのだから、オーブの国民感情としては、良いものではない。
特に、無茶な要求をした相手国の要人に対して等は。
一人は赤髪の少女ではあるが、その服装に派手さは無い。所謂キュロットと言う乗馬ズボンに、薄手のジャケットを羽織る。
所謂Mノッチというものだが、彼女の趣味なのだろうか?その色はグレーにシャツは若干のピンクである。
対して、金髪の少女が駆るその姿は何処となく、着せられていると言ったところか?オーブ謹製の赤紫色のジャケットに、これまたキュロットである。
勿論、制服であるのだからキチンとしたものだろう。だが、二人の立場はそれで良く分かるだろう。
方や個人的な範疇を入れた余裕の表れであって、方やガチガチに政治色である。
二人の距離は付かず離れずと言ったところだが、この関係を理解できるものは政治に詳しい者達だけだろう。
「……、まさか本当に来るなんて思いもしなかった…。」
2人はそれなりの時間沈黙の中、只々前に進んでいた。
その沈黙を破ったのは金髪の少女、歳17にしてオーブ代表首長の座に座る者、カガリ・ユラ・アスハであった。
「政治向きの仕事もしてるのよ、だいたいお互いにこの歳の人間使うなら、こうやって使われるものじゃない?」
余裕綽々と言った雰囲気でそう返答するのは、歳16にして大西洋連邦アルスター公を継ぐ者であるフレイ・アルスターである。
今回、互いの対談が組まれた最大の要因としては、大西洋連邦ひいては連合からのオーブへのお誘いと、近い年齢を通して親近感を抱かせる所謂パフォーマンスの意味合いが強かった。
流石にAAに二人が搭乗していた、等と言う事は便宜上国際問題としてカガリの父であるウズミが握り潰しているからこそ、そんな事実は存在していない事とされていた事から、大西洋連邦には勿論のことオーブの一部の国民を除いて知るものはいない。
ただ、お互いに父親を亡くしたと言う似たような境遇。
身内もなく、ただ一人だけ生き残ってしまったと言う孤立感は似ているのではないかと言う、同族意識を狙っての事もあった。
互いに首長と公爵と言う、時代錯誤な階級を所持する者であるがその性質は大夫異なる。
オーブの氏族は、その特殊な成り立ちからか自らの血筋ではなく、養子を取りその者を後継者とする。
対して、アルスター公は王族と同じようにその血筋を重んじられる。
つまり、方や古臭い風習。方や新しい統治者の形と言ったものだろう。
「近い年齢ならお互いに本音を言い合える…、そう言う事だろうとは思っていたが、こうもあからさまにやられると正直に馬鹿にされていると、そう勘ぐってしまうが?」
カガリにとって、フレイが本当に政治の場に現れるかというものは現実的なものではなかった。
弱い立場の相手を抑えつけるなら、武力で恫喝するのではないか?とそう思っていたからだ。
「今のオーブに、そんな事する必要すらないってそう言う判断よ。確かに馬鹿にしてるわね、けど…それを受け入れたのは貴女よ?」
「は?…私がいつ受け入れた!!だいたい、お前こそこんな事に参加してまで、本当にお前はあのフレイなのか?
私達と一緒に、AAで過ごしたアイツなのか?」
彼女が言っている事は1年程前の出来事、人というものはそこまで急激に変われるものなのだろうか?と、そう言う非難であり現実を受け入れたくないと言う叫びでもあろう。
「私は別に変わってないわよ、ただ護るべき対象がアンタ達から自国民に変わっただけ…、判るでしょ?アンタだって、変わったって言われたらどう思うの?
理念を曲げない為に、じゃじゃ馬みたいに世界中見て回ろうとしたアンタは、今じゃ籠の中の鳥じゃない。」
言えば言い返される。
それは必然であり、当然であった。今、カガリを取り巻く状況は正直言って良いものではなかった。
ユニウス条約によって連合からの再独立と言う物が与えられたものの、結局は敗戦国。
勝者に逆らうにしても、今のオーブにはそれが出来るだけの力も無かった。
「……!わかってるさ…、わかってる。けどな、今私が反抗したところで、国民はどうなる…。それだけじゃない、キラだって何をされるか分からないんだぞ!」
二人の声はNJのお陰で遠方からの盗聴器も使えない為に、口の動きを判読するしか無い。
だからこそ言い合いになるのだから、皮肉なものだ。
「だったら…、尚更毅然としてなさいよ!そうやってうだうだしてたら、また呑まれるわよ?」
二人が会話を続けている間も、馬はただ進んでいく。その進む先は、オーブ共同墓地。
戦災被害者、及び戦死者を弔うために出来上がった場所であった。
2人はその入り口に馬を停め、その場から中心へと進んでいった。
その場所は、人の行き来が少ない場所に建てられ、街の喧騒から遠いところにある。海の見える、美しい場所だ。
だが、忘れ去られることは無いだろう何故ならそこは一際目立つのだ。
半円状に創られたまるでドームのようなその場所のちょうど中心には、石碑が置かれている。
「綺麗な場所になるでしょうね…。」
「……、形ばかりの慰霊碑だ。こんな物を創っても死んだ人間は生き返らない。」
沈痛な面持ちのカガリとは対象的に、フレイは柔らかな笑みを浮かべながらその石碑の前で片膝を立て、手を合わせて祈る。
「でも、形すら残せないよりは遥かにマシよ。」
父親の死後肉体すら存在しない墓を知っている彼女はそう言った。
祈りを終えて立ちながらそう言うフレイと、それに対峙するカガリの間には幾分か距離があった。
それが今の彼女達の距離感となってしまっているのか、互いに理解していた。
どうしようもない、この距離を詰めることは外交問題でもあると。だが、フレイはあえてそれを踏み越えカガリに抱きついた。
「…は?、ちょ、お前!」
「静かに話を聞いて」
その言葉を聞こうと、カガリはその芝居に乗ることにした。尤も、そんな事が得意なものではない。ぎこちないが、女の子同士がハグしている様子を見て周囲は混乱するだろう。
それは別にどうでも良い。
「皆に伝えて欲しいの、私はもうそこには戻れないけど、精一杯頑張るからって。たぶんこうやって会える機会はそんなに無いだろうから。
だからカガリも頑張って、周りに流されないように。私も頑張って周りを変えられるように頑張るから。」
フレイは既に後戻り出来ない、彼女の立場は今や大西洋連邦には大きな物であった。
何より、
そして、その結果を彼女が望んでいたから…。
「おまえ…」
それだけ言うと2人は離れ、困惑するカガリと対象的に微笑むフレイと言う、そのなんとも言えない光景を周囲に見せていた。
この姿は勿論望遠レンズを通して、オーブはもちろんのこと大西洋連邦でも報道されていたが、オーブ国民のこれに対する高い関心度に対して、大西洋連邦の国民は殆ど関心なく互いの国家の違いを見せつけていた。
……
それをカメラ越しに眺める一人の少年、いや青年がいた。
彼はキーボードを叩きながら、隣に置かれた義手や義足のプログラミングをしながら、その画面を眺めていた。
その部屋はそれなりの広さではあるものの、周囲に置かれている機器類によって圧迫されており、日常生活を送るような場所ではなく寧ろ、工場のような雰囲気すらあった。
一瞬手を止め食い入るように見入るようだが、二人が抱き合うのを見ると何処となく眉を潜め、やるせない感情を抱きつつも無力な己を感じていた。
「これから、どうなっていくんだろうか…。」
そう口を開くと画面から目を離し、自分なりに出来ることだけに集中しようと、再び作業を始めるとその直ぐ後に扉を叩く音が響いた。
「キラ、入りますよ?」
「うん、大丈夫入っていいよ。」
透き通るような声に振り向くこともなく返事を返すと、扉が開いていく。ピンク髪の少女が現れ、その手には確かにお盆と飲み物そして、おにぎりが置いてある。
「食事も取らずに作業するのは効率が悪いですわよ?」
「え?…うん、そうだね。ありがとう、ラクス。」
心配しているのだろうか、ラクスはキラに優しげに諭すとキラが着けていた画面へと目を移す。
それを少し見るとその瞳を、罪悪感が流れては消えていく。
彼女は、自分の立場というものを自覚していた。そして、同時に現実を忌避していた。
戦争によって疲弊してしまったキラを支える為に、地球のオーブへと身を寄せようとそう心に決めたとき
〘自分に縋るようなプラントにいたくはない〙
と言う感情が無かったというわけではなかった。
勝手気ままに決断し、自らの父親を殺した相手を完全に赦すような事が出来るほど、彼女は聖人ではない。勿論、殺意というものも確かに有るだろう。だが、彼女は病的に心が綻ぶほどその心を闇に落とす事は出来なかった。生来の彼女の優しさ、そして両親の愛を知っているが故に。
ならばとキラを支えているが、件のキラは何処となく色を失ったかのように無気力であった。
戦争に身を投じその集結起因した英雄の姿とは思えぬ程に、彼はその生というものに頓着しなかった。
趣味であるクラッキングとプログラミングを駆使して、機械工学と其れ等の応用により、戦争によって腕や足を欠損した人達に、格安で義手義足を提供する。
それが今の彼の仕事であった、罪滅ぼしとも言うべきか?護れなかった人々に対しての。
しかし、無料で其れ等を提供すると言うことはしなかった。それは、彼のそれを受け取った人々からの心からの願いでもあったからだ。
ただでさえ、身体の一部を失ったのだから人の維持という自尊心を抉ることをしないで欲しいと言う事でもあった。
最低限の報酬を受け取って、オーダーメイドで義手義足を作る日々。それらに没頭している間は、戦争のことは忘れられる。いや、戦争の事を心に刻みつけているのかもしれない。
確かにそこにあった、あの日々を失った友人を忘れないように。
手を止め、食事を終えて一息入れていると、ふとキラは口を開いた。
「僕は表側に出なくて良いのかな…。」
心からの疑問であった。自分は戦争に深くまで関わった人間なのに、政治や表向きの仕事はカガリばかりに負担を掛けている。
唯一の兄妹である彼女に、そんな負担が重なっていくのが心苦しかった。
「ですが、それはカガリ様の気持ちを蔑ろにする事になります。それに……、キラは充分に戦ったと私はそう思います。」
それに対するラクスの言葉は、キラにとっては甘い蜜のようであった。
表に出なくても良い、ただ自分の殻に籠もっても良いと言うその囁きに耳を傾ける日々が続いている。
そして、ラクスは無意識の内にキラに戦って欲しく無いと共に、表側に出たくないという一種の恐怖に駆られていた。
彼女の影響力が有れば、プラントも上手く纏まるに違いない。
だが、今出ていって担ぎ上げられることに嫌気がさしていた。
だから2人は寄り添い合うのだ、互いに互いの傷を舐め合うように。
ただ、世捨て人同然に過ごしている二人にとって幸いであったことは、その選択肢が結果的に正しい物であった。
ということだろうか、このときプラントではもう一人のラクスが表舞台に姿を現していたのだ。
それに、この時のラクスは気がついていなかった。
それを知るのはもう少しあとの事になるだろう。
ただ、2人は争いの渦から逃れる事は出来ない。
その血の定めは、刻まれた運命は刻々とその足を二人に近づけていた。
いや、二人だけではない。選ばれた、運命を背負ってしまった少年少女達に忍び寄るその足跡は、少しずつ。
だが、確実に忍び寄っていくのだから……。
もう一話位、幕間かなぁ?