巨大な人工物が、今当に地球へと移動している。
ゆっくりとと言う形容詞の下の話ではあるが、それは比較対象が宇宙船等の高速飛翔体と比較してと言ったものである。
実際、その落下速度は音速を有に超えており、それが地上に落ちたならば、どれ程の被害が出るのか。
全く予測不可能である。
その移動する巨大人工物である、ユニウスセブンはどんな因果で動いているのか、プラントでも地球でもその実際の原因の究明にはあまりにも時間が短過ぎた。
だが、現場を見る限りならば恐らくは人為的なものではないか?と言った具合の勘繰り合いしか出来ない。
そして、そんな事をしているよりかは破壊工作を行う事を最優先とするのが適切な判断であった。
月面より、地球衛星軌道付近にまで近づいていたドミニオンは、その異様な光景に絶句すると共に、ちょうど地球連合本部からの通信を受理したばかりであった。
ユニウスセブンの落着予想時刻、そして予想到達ポイントは太平洋上。
もし、これが落着した場合。
巨大な津波が発生し、オーブ等の島嶼国家は勿論のこと太平洋に面している国家は軒並み大打撃を受ける事は必至であり、その衝撃波は海を伝って大西洋まで有に到達するだろう。
翻ってこれそのものが落下する事を阻止しなければならない為に、地球連合は衛星軌道付近に存在する全艦艇に対して、これらの破壊措置命令を打診したのだ。
だが、この時運の悪い事にこの宙域に存在していた艦艇はドミニオンと、ザフトの艦艇ばかりであり地球連合の艦艇からの支援は考え辛い物となっていた。
「これより本艦は、地球落着コースに入っているユニウスセブン破壊命令を受諾し、落下阻止作戦を開始する。
第1種戦闘配備発令
MS部隊、並びに各部戦闘員は武装配置に付くように。
コレは演習ではない!」
急増足ドミニオンは、前大戦から知れ渡っているその船足で、現在破砕作業を行おうとしている、ザフト艦隊と合流を果たす為にその針路を取った。
艦内では、各部へと急ぐ乗組員が右往左往しながらもそれぞれの持場に着き、あるものは身体を震わせあるものは眼を、血走らせた。
それは、MS搭乗員もまた同じであった。
男女別に存在している更衣室にて、フレイと共にパイロットスーツの着用を行っていたライラ少尉候補生は、その身を震わせていた。
彼女の両親は太平洋方面のロサンゼルスに居を構えている。もし、これが落着すれば最悪の場合も想定された。
だからこそ、今非常にこの事を恐れた。
「は……、あの…怖く…無いんですか?」
「うん…?怖くないかですって?…、まあ怖いわよ。たぶん、戦闘が発生すると思うからね。見てみなさいよ、あんな大きなものがどう動くっていうの?」
別にどうとも思ってなさそうな返答が帰ってくると、ライラはフレイに突っかかった。
「何を呑気に…少佐…、貴女は失う者が無いからそんな事平然と言えるんじゃないんですか?」
「そんな事って、私は心配して言ってるのよ?それに、私だって色んな人が死ぬのは見たくないわ。」
ライラは、フレイに妙な親近感を覚えていた。
同じく上流階級の出であり、お嬢様であるという点もそうであるがもう一つそれはある。
ニュース映像が、ライラをそうさせているのだ。
彼女は、前大戦時最終局面を迎えた段階で地球連合に志願した。オーブ解放戦線ぐらいであろうか、軍民問わずこの戦争に対して一人の民として国を護ろうと、そう言う信念を持っていた。
そんな中、出会ったのだ。
自分の愛する者を全て失いながらも、釈然とした態度で戦闘を行い、皆を守ろうとする。自分と同じくらいの年齢のパイロット。
民衆に定着した、フレイの諱はメディアや政府が思っているよりも直接なものだった。ヴァルキュリアだなんだと銘打っていたものがいつの間にか、こうすり替わっていた。
〘赤銅のフレイヤ〙
北欧神話の豊穣の女神たるフレイヤのように、敵の血に染まりながらも、ただ敵に死を宣告する女神のようであると。
それは、今までコーディネイターに自尊心を挫かれていたナチュラルの希望の象徴であり、地球圏を代表する最も強く気高い存在。地球連合を陰ながら支えそれを見守る絶対に存在するもの。
それは、特に女性パイロットの間で皆の憧れとなっていた。
だが、現実をライラは見たのだ。
軍人としての規範を持たず、ただ自由奔放で尚且つ子供っぽいそんな彼女を見てしまったがために、幻想を抱いていた自分を恥じた。
まあ、面倒くさい所謂〘反転アンチ〙といったものだった。
「それに、今私たちが出来ることなんてたかが知れてる。それこそ、破砕作業を妨害してくるだろう相手を駆逐するくらいしか出来ない。
だから、今それ以上の心配をしても無意味だし何より、そんな気張っていても私達に出来ることなんてそんなに多くないもの。」
「わかってますよ!!でも…、」
フレイは事実だけを述べた。
勿論彼女にも後悔というものはある。それこそ、今回のこの物事が始まるよりも早く、自分が所持しているものを発掘出来ていればこんなもの押し返せるのではないか?
と、そう思ってしまうのだ。その身を犠牲にしても良いと、そう思っているのだがそれを成し得るには、その媒介する素材が絶望的に足りない……。
「だから、余計な事を考えているよりもまずは目の前のことに集中しなさい?変な事考えてると……、何も護れずに死ぬわよ。」
その言葉を言うと、ヘルメットを持ちながら彼女は部屋を後にする。そして、残されたライラはただ下を向き苦々しくも下唇を噛んでいた。
……
プラント新造戦艦ミネルバ艦橋内で、その事件は起こった。
「一体どういう了見でそういう事になったのかしら?」
艦長であるタリア・グラディスはまるで頭痛が起こっているかのように眉間に手を当て、その報告を聞いていた。
「ですから、議長命令ということです。高度で政治的な駆け引きがあったとしか…。」
頼りない顔をした黒服を着た副長である、アーサー・トラインはそう答えるもその言葉に対してタリアはより不服そうな顔をしていた。
「アーサー、それはわかってるわ。けどね、よりにもよってどうして私達にそれが回されなきゃならないのかって、そういう話をしたいのよ。」
「それは……。」
「私が説明する方が早いだろう。」
艦橋へと通ずる通路から、低く威厳のある声が響いて来る。長い黒髪をた靡かせながら現れるのは、現プラント最高評議長であるギルバート・デュランダルであった。
少し時間は遡る、ミネルバは本来この場に居るはずのない存在であった。
新造戦艦の就航式を執り行おうとしていた時、ちょうどミネルバに搭載予定であった新型のMSを何者かに奪取され、それを追跡しながらも戦闘に突入した。
ちょうどそれを観に来ていた議長が偶然にも乗り込み、様々ないざこざから戦闘後の応急処置の真っ只中であった。
そして不思議な事に、ユニウスセブンが百年の安定軌道から逸脱した事を確認した後、急ぎ破砕作業を支援しようという名目の下、移動中であったミネルバに全く別の報告が入ったのだ。
「どういう事ですか?地球連合の艦と合流せよというのは。」
「早い話、彼等も破砕作業に参加したいというところだよ。流石に無碍にも出来まい、彼等は自分達の家を護ろうとしているだけだ。ならば、それを汲み取るのも為政者としての務めだろう。
たとえそれが、嘗て啀み合った敵であったとしても今は戦時中ではないのだから。」
議長の言う事は尤もであった。だが、最大の問題は乗組員の精神的な部分である。
嘗て、と言ったが地球連合とプラントの間での戦争はまだまだ新しい出来事で、その中で死んでいった者達はプラントにも大勢存在する。
更に、その遺族もまたザフトに参加しているのだ。勿論乗員にそれがいないなどとは、微塵も思ってはいけない。
そう言った感情論も、艦内にはあるのだ。
「私は別に構いません、ですが艦内には…!」
「それを抑えてくれないだろうか?彼等もまた、愛する者の為に戦ったのだと、そうですな?アスハ代表。」
その後ろからは部外者であるはずの、カガリがいた。
彼女は、ミネルバを建造していたアーモリーワンの内情視察、そしてデュランダルとの秘密会談を行っていた際に、偶然巻き込まれた事でこのミネルバに乗艦する事となってしまったのだ。
そんな人物に、援護射撃を求めるのはあまりにも反則だろう。
「今は一人でも多くの人間の手をお借りしたい、嘗て我が国を地球連合が焼いたのは事実だ。だが、それでも今はその力も借りなければならないと、そう思っている。」
そう言われてしまえば、艦長に拒否権はない。人道的見地により、それを受けないという選択肢は消し飛んでしまうのだ。
「……、わかりました。ですが、もし本艦に危険が迫った場合は相応の対処をいたします。よろしいですね?」
「構わない、それに私は向こうの艦長もそれ程馬鹿な相手ではないとそう思っているからね。」
グラディスはその言葉を聞き、もう一度コンソールに映し出される相手艦を見つめる。
アークエンジェル級強襲機動特装艦2番艦ドミニオン。
主天使の名を冠する、ザフトにとっては厄介この上ない存在である。
アークエンジェルと並び、危険視されたこの艦と遭遇した艦艇は、全艦が消息不明となっている。
それが意味する事は、この相手がどれ程の歴戦の艦であるかと言うことだろう。
勿論、今は練習艦となっている事などザフトの面々は知る由も無いことだが、そのネームバリューは凄まじいところがある。
そして、ザフトにとってMSパイロットにとって最悪の存在がいた場所でもある。
ナチュラルのパイロットでありながら、数多くの機体を撃墜した異質な存在。
〘血色の悪魔〙
と実しやかに囁かれている、フレイ・アルスターの乗艦でもあるのだ。
戦場で出会ったが最後、あのクルーゼですら
プロヴィデンスの最後の交戦データは、フリーダムとの戦闘に割って入った一機のMSが、三つ巴の戦いの後フリーダムを蹴落として、プロヴィデンスを戦闘不能にするまでの一連のものであった。
その反応速度は、データ上でしか残ってはいないが、まるで未来予知をしているかのように戦っていたという。
攻撃が掠りもしない、攻撃指示を出した頃には既に回避軌道に入っているなど、人間を超越した動きであったと言う。
ザフトでは、そんな噂が実しやかにあった。
無論そんな事を心から信じるものなどいないが、かと言って事実ではあるのだから軽いホラーである。
そんなものが現れたら、いったいどういう反応をするだろうか?
親類を殺されたものは、仇と思うか?それとも恐怖と捉えるか?人それぞれだろうから、コーディネイターも人である証左である。
だからだろうか?
ミネルバと合流する連合の艦艇が、存在するという話を聞いて不満を抱くものもいる。
勿論、それはパイロットであってもそうだった。
「なんで連合なんかと一緒にやらなきゃならないんだよ!!」
一人の少年パイロット、シン・アスカは心の底からそう叫んでいた。彼はオーブ出身である。
オーブ名称,オーブ防衛戦争の折、家族全員を連合の手によって殺された少年が、それを憎まない訳がないのだ。
「でも議長の命令よ、暴れたってしょうがないわよ。」
「それは…、わかってるけどさ!」
「シン、熱くなるのは構わないがもっと冷静になれ、俺だって我慢しているんだからな。」
シンは、珍しくも握り拳を強くしている友人であるレイ・ザ・バレルを見ると少し、気を取り戻した。
それを、珍しいものを見たかのように少女ルナマリア・ホークは、レイの過去に何があったのか気になる。
「俺の兄……は、血色の悪魔に殺されたかもしれない。だけど、今ここでそれを言ったところで何も始まらないからな。」
ただただ、怒りを抑えようとするレイの姿を2人は目に焼き付けようとした。そのあまりの痛々しい姿に、少しだけ哀れみを持って。
そんなミネルバ艦内で時間が過ぎていく、合流地点へと進む中ミネルバの艦橋では一つの通信が入っていた。
「こちら地球連合宇宙軍所属練習艦、ドミニオン。艦長のナタル・バジルール中佐です。我々の要請に応えて頂き、感謝します。」
「こちら、ミネルバ艦長のタリア・グラディスです。
これも我々の任務ですから、お礼はこちらにいる議長の方へ言って頂ければ幸いです。」
互いにあまり相手の事を良く思っていない、交戦国だったのだから当たり前だ。様子見で余所余所しい、だが事務的な手続きはさらりと行い、IFFの統合など、其れ等は速やかに進んでいく。
そんな中で、ドミニオン艦長であるナタルは彼等に対して一つの提言を言い渡した。
「今回の事件は人為的な操作の可能性が極めて濃厚と、我々は判断しています。
出来うる限り、実戦戦闘向けの装備をMS隊には施したほうが賢明であると、具申します。」
「これが人為的であるという根拠はあるのかしら?」
その言葉にナタルが言った言葉は、呆れたものであったがタリアはそれに内心同意した。
「勘です。」
実戦経験からくる、勘と言うものは馬鹿には出来ないものであるから。