地球衛星軌道は、今当にスペースデブリのパレード状態であった。
破砕作業の副次効果、流石にアレを破壊しなければ核の冬が来るのでは?と言う段階の話から、仕方のない事ではあるのだが、しかしそれでもそこは瓦礫が飛び交い民間の宇宙機が入ったが最後、デブリの仲間入りするのは必至であった。
そんな中を、対デブリ用レーザーで掃除をしながら前に進んで行くのはドミニオン、彼女は船体各部に増設された其れ等の小型レーザーを駆使して小規模な、判別困難なデブリを掃討していた。
このレーザー、臨界半透膜と言う出処不明の技術であるが一説にはアルスターとアズラエルの関係会社からの技術というが、その出処はまた後にしよう。
さて、軍艦の役目として草創期の宇宙軍は専ら宇宙の掃除に従事していたが、コレは当に原点回帰とでも言える行為であった。勿論、ジャンク屋組合が来るまでの間と言う短時間ではあるが、これが本来の宇宙軍艦の仕事であった。
そして、それが終われば今度は地球への降下をしなければならない、フレイの安否が確認され連合からはジャンク屋到着までの衛星軌道清掃と、その後のアルスター少佐回収を任務として言い渡され、その後各被災地を回れと言うのが本部からの命令であった。
彼女から少し離れたところで光が点滅すると、それが信号であると、内部の通信主が判断し応対を始めた。
「これでやっと降下出来ますね、まったく。」
「文句は言うな、これも我々の仕事なのだからな。だが…、無事で良かった。地上の状況を除けば、嬉しがるべきだろうが…切り替えるしかあるまい。起きてしまったことはどうしようもないからな。
各員、降下準備!」
ドミニオンが地上への降下を始めようとすると、艦内の各部の者達は慌ただしく動き出す。
空中に浮いているものは直ちに固定し、落下する可能性のあるものは下に縛り付ける。
そうしなければ、重力に引き摺られたそれが凶器へと早変わりするのだから。
「フィールド展開準備完了、各部固定完了したとのことです。」
「これより、降下を開始する。乗員はシートベルトを着け、それぞれの場所へと身体を固定せよ。」
最後の念押しとしてナタルがそう言うと、ドミニオンはゆっくりと地上へと降りていく。
アークエンジェルでの地球降下の経験があるナタルと違い、多くの乗員が未経験の宇宙船による大気圏降下。
宇宙往還機と違い、船体強度は大気圏突入には本来耐えられないもの…そのため、アークエンジェルでは融除剤ジェルを使用した、ヒートシンクを応用した方法での大気圏突入を可能にしていたが、試験的にとある技術が使用されている。
所謂ブラックボックス
開示されていない技術を使用されたそれは、専用の技師が必要なものの大気圏突入時の熱を、何某かの物質で船体をバブル状に包む事で、船体と大気間の摩擦を無くし完全に遮断するというものだ。
技師等は皆口を揃えてこう呼んでいる。
エフェクト
いったい何の効果であろうか?それは操舵師であるナタル等には分かりようもないものだが、その効果は絶大でありジェルを用いた突入よりも遥かに安全なものと言えた。
「地球か…、どうなっているだろうか……」
とナタルは誰にも聞こえないように、小さく小さく言葉を紡いだ。
同じ頃、ドミニオンのパイロット控え室では新米パイロット達が、大気圏突入という行為に戦々恐々としていた。
だが、それを諌めるようにラウが彼等にこう告げた。
「バジルール中佐は大気圏突入経験が既にある、何より戦時中ザフトに襲撃されながらそれを行ってみせた。だから安心してくれたまえ。」
襲撃していた部隊のトップがそう言うのだから、その情報は正しいのだろう。だが、そんな事新米達にはわからない。そんな秘密だ。
「おい、ライラお前お嬢様の癖に怖くねぇのかよ」
「こんなんで怖がってたら、戦場なんて行けるわけないでしょ。」
そんな中、唯一実戦を経験していたライラは特に恐怖する素振りも見えない、彼女は一皮剥けたと言ったところだった。
そして、その態度は少し周囲から浮いていた。
……
メイリン・ホークは、プラントの一般家庭の出である。
彼女の家は特別に裕福と言えることもなく、どちらかと言えば中所得者層というものだった。だからか、買い物やそう言った類の行動は両親と共に行うことも珍しくなく、ブランド品というもの物には目がなかった。
ザフトに入隊し、初めて貰った給料で初めてそういう物に触れた時なんとも言えない気持ちであった事だろう。
さて、そんな一般庶民である彼女が初めてであったセレブと言うものは、カガリ・ユラ・アスハであったりする。
勿論、直接会って長話をするような間柄になった訳でもなく、数秒顔を見た程度で、その関係はやはり他人であろう。
だが、だからこそそんな人物がいったいどんな生活をしているのか、スーツ姿を見ただけでその生地が何で出来ているのか、そういうのが気になった。
だが、そんなものを聞けるものでもないし、第一そんな親しくもない。
そんな彼女の目の前に現れたのは、もう一人のセレブであるフレイ・アルスターであった。
初めて言葉を交わしたセレブが彼女となるだろう。
アスランはどうなのかというが、ザラ家の資産は凍結されているし、何よりそんな感じの雰囲気ではなく寧ろ軍人としての彼の噂が多い。
対してフレイは表世界にも広く顔を出しながら、その外交の矢面に出てもスタイルとその服装は当に上流のそれであった。
そこで化粧品は何を使っているのかだとか、好きなメーカーだとかそういうのを根堀葉掘り聞きたかったのだが、案の定彼女等はカガリのいる部屋へと連れてこられた。
何故にそこへ集結させるのかと言えば、管理のしやすさを優先した措置と言うところだろう。
どう考えても、連帯のしようもない相手。連合とオーブにはそれなりの軋轢があるのだから。
さて、そんなギスギスとした雰囲気の場所でそんなものを聞けるのかと言えば、勿論聞けるはずもない。
メイリンは内心ガッカリとしつつも、それを懸命に表に出さないようにした。ここで露骨にガッカリしては、業務に戻されてしまうかもしれないからだ。
迎え合わせの椅子に座る2人、そしてカガリの隣に並び立つアスラン、場違いにもそれを監視しているメイリン……。
その光景はいようなものであった。
知らずの内に時が流れていくが、その経過時間は体感の数倍の遅さであろうか?
重苦しい空気の中、口火を切ったのはザフトの緑服を着せられているフレイであった。着の身着のままのフレイが、それを拝借したのだ。
「お久しぶりね、まさかこの艦に乗っているなんて…、なんて言うと思った?」
「……?どういう事だ、私がこの艦に乗っていることを知っていたのか?」
「更衣室でソイツとすれ違ったのよ、そりゃいるだろうなぁって思うでしょ?」
ソイツとは、アスランの事を言っている。勿論、アスランと彼女が面識がある事などメイリンは初耳であった、と同時に何やらアスランに敵意の様なものを向けているようにも思われた。扱いが損在なのである。
「それは…、そうだが…。」
「カガリ、アンタがここにいるのは別に何があったのかとかは聞かないけど、大方議長とでも秘密会談してたんでしょ?プラントに移住した元オーブの技師とかの扱いについてとか…?」
その言葉に口元を俄に強張らせるカガリは、あまりにもポーカーフェイスに向いていない。
誰でもその顔で、それが事実だとわかってしまうだろう。
それがわかったのか、椅子から立ち上がりカガリに近付きながらフレイは言う。
アスランがそれを静止しようとするが、カガリはそれを首を横に振り辞めさせた。
「ま、私には関係ない事ね。この話は無しにしましょうか、そ・れ・よ・り・も、メイリンさんこっちに来てちょうだい?」
未だに座っているカガリの近くにメイリンを呼ぶと…
「カガリ、この娘に髪の毛香がしてあげなさいよ。」
「…ハァ?おま、何言って。おい!人の話を!」
そう言って否定しようとするも、フレイはその顔をカガリの顔の横に移すと耳元に口を近づけて言った。
「議長には気を付けてアレを、信じちゃダメ」
その言葉にいったいどれ程の意味があるのだろうが、フレイは議長であるギルバートとの面識は無い。面識が無い筈であるが、どうしてそういうのか、カガリには訳が分からなかった。
だが、それを聞いた後カガリは柄にもなく芝居をうった。
「いい加減にしろ!!」
顔を真っ赤にさせてフレイを突き離すと、彼女は睨みつけるように鼻息を荒くさせる。
「あら、残念。トリートメント何使ってるのか気になっただけじゃないの、ま良いわ。」
妖艶にそういう姿は、傍から見れば嘘偽り無い様にも見える。カガリのように、素直で嘘も付き辛い性格とは違い、道化として周囲に魅せるのは彼女の得意な事だろう。
自分の良い面、魅せたい面を出すのは学生の頃からの彼女の得意分野であったから。
そして、その姿を見たメイリンは少し背筋がゾッとした。
そう、今まで見ていた姿とその姿がまるで違う、所謂バイセクシャルなのだろうか?特殊な性癖を包み隠さないその姿に、顔を赤らめながらもその毒牙が自分に向いかねない事に、戦々恐々とした。
そして、ナチュラルの上の方の人間にはそんな特殊性癖があるのかと、あらぬ誤解を持った。
フレイはその事に何の感慨も無く、それならば其れでいいと放置することを決め、再びカガリから離れて対面する椅子へと腰を掛けると、今度は真面目な話を始めた。
「…、被害…少ないと良いわね。」
「…ああ、こんな時に代表である私がいないなど本当はあってはならないんだ。悔しいよ。」
自ら何も出来なかった事を自覚しているのか、素直にそういうしか無い。
それはフレイにしてもアスランにしても同じ事で、結局のところ人は弱い生き物であるということだ。
「有事が置きたのはもうどうしようもない、これからが踏ん張り処よ?私の方でもなんとかしてみせるけど…、最悪の場合も想定してなさい。」
「それって…、まさかこんな状況でそんな事!」
フレイは首を横に振る、人間は人口が半分に消し飛んでも。
人口が1割に消し飛んでも、戦争を辞めることが出来ないような、そんな種族であることを彼女はデータで確認していた…。そしてそれが、この時代の人間にも当てはまるのなら、絶望的な事実だろう。
そして、そんな重苦しい話をメイリンは只々聞いているしか無く、早くここからいなくなりたいとそう思うのであった。
……
無重力ボケと言う言葉がある。
それは、宇宙空間で仕事をしている際ものをその空間に静止するものとばかり思ってしまい、地上に降りているにも関わらず道具を空間に置いて落としてしまう事だ。
当然、ミネルバの内部でもその様な事象が起こっていた。
コレは無意識の業であり、意識していても何処かで抜けてしまって落としてしまう。その為に、格納庫ではこの日カランカランと物が落ちる音が絶えなかった。
勿論重量物は最低限のセーフティをかけているから問題はないが、それでも劇的に其れ等を改善するのは難しい事だった。
そんな状態の中、整備兵たる者達は連合のMSストライクの簡易整備に取り掛かっていた。
整備と言っても、バッテリーの充電やら推進剤の補填やらが主だったものだが、1つ気がかりな物があった。
それは、OSの調整である。
「お〜い、ヨウランこっち来てくれよ。」
髪の毛の一部が変色している、ヴィーノと言う少年が彼の知り合いで友人であるヨウランと言う浅黒い少年に話しかけた。
「うん?どうしたんだよ、まさか手間取ってるとかそういうのか?ま、連合のだし仕方ないっちゃしか無いけどさ。」
「いや、そうじゃなくてさ見ろよこれ。」
彼等はストライクが特定秘密ではない、一般的に使用されているナチュラル用MS用OSで動いていると思っていたのだろうが、実際はかなり特殊な代物である。
座席は勿論のこと、そのコックピットの仕様は明らかに別であった。
所謂全天周モニターと言う代物で、そこには特徴的なシートが置かれている。殆ど固定されていない様なものだが、その様式は連合のそれともザフトのそれとも全く違っていた。
つまり、マニュアル通りに其れ等を整備しようなど出来るものではなかったのだ。
「うわ…、こっちはお前とは別の問題だけどさ、間接駆動系がさバグなのかなんなのか分からないけど、リミッターが解除されてるんだ。わけ分かんねぇよ。」
機体のリミッターと言うものは、パイロット保護の観点から機体に取り付けられるものだ。即ち、機体の反応が早すぎればそれに振り回され最悪の場合、高負荷Gによって人体に悪影響を及ぼす。それを保護する為のものでもあるのだが…、このストライクにはそれが一切行われていなかった。
そして2人の脳内では、同じ様な感想で満ちた。
本当にコイツのパイロットは、ナチュラルなのだろうか?と。