トントントントン……
そんな机の上を指で叩く音が響く…。
大画面の指令用モニターに映し出される、様々な報告を背景にしながら男は苛立たしげに、座っていた。
「なにぃ?…大西洋連邦外務次官の娘が乗船していただとぉ?」
男はそんな声をあからさまにあげると、受話器を持っている右手とは逆の手を使い、頭を押さえるようにそう言い放つ。
「ラミアス大尉それにフラガ大尉、どうしてそれを早くに報告しないのか!!」
男の正面にはAAから引き離された士官たちが並び立ち、その罵声を冷やな目をしながら聞いていた。
二人からすればなんのことやらと、そう言いたかったがここは正直に言った場合良くない事が起る。
それを感じとったのか、フラガが口を開いた。
「どうしてと言われましても、我々は直ぐにここに呼び出されています。
それに、乗船している民間人の説明をさせて頂けなかったのは、そちらの判断ではないでしょうか?」
フラガがこれを言えるのは、偏にこの目の前の基地司令であるガルシア。彼が、フラガと共に〘エンデュミオンクレーターで共に肩を並べて戦った〙という、戦友にも似たものを感じていたからだった。
「ああ………、はぁ。
貴艦は我々に何を望むのかな?」
ガルシアがそう言うと、ラミアス以下の士官達は驚きの表情をした。
対象的にフラガはその口元をニヤリと曲げ、喜ばしげに胸を張った。
「一刻も早く、補給を行いたいのです。我々は現在ザフトに追撃されております。
さもなくば、この基地にも被害が及ぶ可能性があります。」
「ほお、ザフトというのは先程からこの位置の周辺をウロウロしている連中の事かね?
だが、どれ程優秀だろうがこのアルテミスの傘の前ではお手上げのようだが……、君達に何か言い分があるのなら聞こうと思うが。」
ラミアスはここで少しの間考えた、その間にフラガが時間を稼ごうと話を膨らませている。
「ですが相手はクルーゼ隊です。貴方もエンデュミオンにいたのなら判るでしょう?奴は狡猾だ、何をしてくるか解ったものじゃない。」
「だとしてもだ、正面から攻撃したと手この傘を打ち破る方法は有るまい?」
暫くの沈黙が世界を包む、次に何を話そうかそう考え始めたガルシアの手前、ラミアスが口を開いた。
「gatx-202ならば、この傘を突破する事が可能です…。」
苦肉の策、軍事機密を喋るという事は極刑を意味するが、この時のアルテミスに対して有益な情報である。
更には友軍であるならば、情状酌量の余地はあると言うものだ。
「202…、それはどの様な性能をしているんだ?」
ガルシアは清々しいほどに、その話に興味を持った。
彼はユーラシアでのMS開発に手を回す人物である、そんな彼が興味を持たない訳が無かった。
他のクルーは、そのことに対して言って良い事ではない事を、ラミアスが話し始めるのを止める手立てが無かった。
「x202ブリッツは、ミラージュコロイドという完全ステルスモードを搭載した機体です。
詳細は省きますが、レーダーや目視に対しても同様に機能します。
もし、傘を閉じれば最悪の場合内部への侵入を許すことになりかねません。
ですが、傘の維持は無限に出来る訳ではない筈です。」
ガルシアはそれを聞くと徐ろに、手物の資料に目を通した。
「大西洋連邦技術士官か……、確かに貴官の経歴はその通りなのだろうな。
解った、信じてみよう。だが、そのかわりに我々に機体データを渡してもらいたい。」
「………、わかりました。背に腹は代えられません。ですが、その場合大西洋連邦外務次官から、ユーラシア連邦への直接的な非難声明が送られるかもしれませんが、それでも良いのでしたら。」
ガルシアはそれを聞き、苦虫を噛み潰したような顔をすると、次に落ち着き払って答えた。
「判った。機体データは諦めるとしよう、ただし我々にも相応の見返りは頂きたいものだな。なぁ、ラミアス大尉。」
ここが正念場であると、ラミアスは心得ていた。
もしここで不必要な程に情報を与えれば、それこそパワーバランスに響く。
だが、与えなければAA諸共接収される可能性もある。
全て、フレイ・アルスターという女がいるからこそ、そんな決断をせざる負えなかった。
……
「傘はレーザーも実体弾も通さない。まあ、向こうからも同じ事だがな」
「だから攻撃もしてこないってこと? 馬鹿みたいな話だな」
ディアッカが呆れて言うと、艦長のゼルマンがジロっと睨んだ。
アルテミスを睨む位置に停泊していたガモフの艦橋では、ゼルマン艦長とディアッカ、ニコル、イザークがブリーフィングの真っ最中だった。
ザフトというものは厳密な階級というものが存在せず、軍事組織としてはかなり異質なものである。
唯一あるとすれば、服の色合い。
緑<赤<黒<白
と言った区分分けと、艦長やMS隊隊長等の役職以外にそれを別ける物はない。
これは、基本的にプラントのコーディネイターという知的レベルの高い軍隊だけに、上官の命令に従うだけではなく、兵士達が現場で独自の判断を下す事が許されている。
尤も、その程度で独断専行が許されていては、軍隊としては成り立たないのだが……。
つまりは、〘高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応せよ〙を地で行く組織とも言える。
そんな中でも、クルーゼ隊というものは比較的優秀な者達が集められているのだから、その判断力は素晴らしい物がある。
尤も、戦闘時のそれは若気の至りだろうが。
そんな中でもニコルは一段と真剣な眼差しをしてる。
彼は、のべつ幕無く考える質の人間だ。計画的な行動を好む彼は、奇策を考えようとする。
そして、沈痛な会議を破ったのはやはり、彼の一言であった。
「傘は常に開いてるわけではないんですよね?」
「ああ、周辺に敵のいない時までは展開していない。
だが傘が閉じているところを狙って近づけば、こちらが衛星を射程に入れる前に察知され、展開されてしまうだろう。」
当たり前の事を聞くなと言わんばかりの話し方だったが、ニコルはその言葉に対して一つのアドバンテージを象徴する。
「僕の機体…ブリッツなら、上手くやれるかもしれません」
周囲の人間は彼の方へと顔を向けると、ニヤリと笑いその計画を実行しようとした。
しかし、それは傘が閉じた前提の話であり、もし敵が展開を続けた場合、その計画は頓挫する。
そして、アルテミス要塞は出来うる限り、傘の展開を延長しようとちゃくちゃくと準備を進めていた。
……
「急げッ!傘の展開時間は永続じゃないんだ、早くしないと敵の襲撃を受けると思ってどんどん運べ!!」
ユーラシアの士官がそう言いながら、AAに必要な弾薬類を運んでいく。
その中には食料が入っていない事が容易に確認出来、この要塞には持久戦が出来る分だけしか残っていない事を表していた。
「艦長!!本当にあの判断は…よろしかったのでしょうか…。」
「少尉…、あの程度しかやりようは無いわ。
この艦の運用データなんて安いものよ、それよりも早く月面に行かなければならないから、最低限の食料で行くことになるだろうけれど。」
彼女等は消費した汎用性のあるMAの部品や、弾薬類を都合して貰うために、AAのこの短い間でのMS運用データを担保に差し出した。
殆ど戦闘を行っていないものの、現在この短期間での運用実績がユーラシアであろうとも、連合へと渡ったと言うだけでそれなりの戦果と言えるものだった。
これでもしAAが月へと到着出来なくとも、少なくともMS戦闘の経過や戦力評価を判断することが出来るのだ。
「それよりも、早く搬入してしまいましょう。
急がなきゃ、アルテミスの傘も無尽蔵じゃないのよ。」
実際、いまアルテミス要塞は無理に無理を言わせて、傘を連続展開している。
本来原子炉を用いて駆動する為に、その展開時間は極めて長いものであったが、ニュートロンジャマー(以降NJ)の影響により、バッテリーによる展開も視野に入れなければならず、アルテミスの弱点とも言えた。
そして、もしそれが終われば。追撃部隊は必ずブリッツを使用して、要塞内部に侵入してくるという予測のもと、全てのクルーが全力で搬入作業を行い、それにはガンダムとストライクも駆り出されていた。
また、アルテミス所属である鹵獲したモビルジンもまたその作業に従事していた。
ジンのパイロットは、キラと似通った声をしており時折荒っぽい言葉でキラを罵倒しつつ、運搬を続けている。
傍目から見れば仲が悪いように見えて、実際仲は良くないのだろうが、息だけはぴったりであった。
なお、互いの顔を知らず名すら名乗り合う暇もなく、二人は仕事を終えるとさっさと自分の方へと戻っていく。
数刻の内に全てが完了し、AAは速やかに発進しようと、クルーを載せアルテミスを出港しようとする。
それと同時に、アルテミスは展開していた傘の限界時間に到達した。
「これより本艦は宇宙軍本部月面プトレマイオス基地へと出港する。
我々に支援を行って頂いた、アルテミス基地の方々へ敬意を評す。帽振れ。」
港口へと近付くAA、護衛として既にストライクとガンダムは警戒態勢となり、モビルジンも近辺への即応態勢で待機している。
緩やかな速度でゲートまで進むと、そこから一気に加速を始めた。
と同時に、アラートが鳴り響いた。
「―――下方より熱源!」
AAの柔らかい腹を狙った的確な攻撃が、そこへと殺到する。ビームを用いないMSに携行出来るだけの、それなりに巨大な実弾兵器。
その距離はもはや回避不能な至近、割って入るのはストライクだった。
ストライクはその堅牢な装甲でAAの眼前に立ち、攻撃を諸に食らうが、PS装甲がそれを阻む。
この時のキラの根性は、後にも先にも金輪際出てこないのではないかと思われる程に、キマったものだった。
「待っていましたが、失敗ですか。」
長時間潜伏していたのはブリッツ、バッテリーの大凡半数を使った事によって、継続戦闘を避ける為に直ぐ様回避行動を取りつつ、撤退を始める。
ミラージュコロイドを使用して潜伏しているために、レーダーやセンサーには引っかかるものではないが、それでも危険すぎる。
「イーゲルシュテルン起動、対MS戦闘用意。」
一瞬遅れて対空戦闘を始めるAA、これはしょうが無い行動である。基地内部でそんな事をすれば、内部の損害は馬鹿にならない。一刻も早く脱出する事こそ、この時のAAに求められていたことだった。
……
ニコルが駆るブリッツは、熱センサーの感知できるレベル以下のほんとうに少ない燃料噴射の下、ガモフへと帰投を果たした。
その動きは、まるでアポロ計画当時の宇宙飛行士のように、非常に不安定で、不確実なものであったが彼は無事であった。
「………、失敗しました……。申し訳ありません。」
「いやいや、ニコルお前すげぇよ。そんだけ度胸あるんなら、次もまたあるって。」
ディアッカはそう励ますがニコルはそれでも凹む。
自分から言い出したことで、それで失敗するならいざ知らず、あまりにも無謀な物であったことに、投機的な行動は金輪際止めようと思う程だった。
「はじめから上手くいく筈がありませんでした。
アレは地球連合が開発したものです、ですからすぐに要塞側にブリッツの存在を周知させるのは当たり前です。僕ならそうしますから……、侮っていたのかもしれません。」
「それでも貴様は帰ってきた。自分が言っていたことを実行してなお、それを果たそうとして。
アスランにも見習わせてやりたいものだな。」
アハハと、乾いた笑いを上げる。
そして、次こそはと気持ちを入れ替えた。
しかし、この行為によってガモフはAAの追撃迄の距離を相当稼がれた事になり、その距離を詰めるためにそれ相応の代償である燃料を使うことになる。
だがそれが、良い方向へと進んで行くとはこの時の彼等は想像もしなかった。
一方、弾薬の補給を受けたAAは食糧問題に付いて目処が立たずにいた。
弾は充分にあるが、食い物はアルテミスからの補給を受ける事が出来なかった。
要塞であるから、それ相応の長期戦を想定した蓄えが有るが、それはそれである。
いざという時に要塞の役目を果たせなければ意味がないのだから、都合よく余分に食料がある訳では無い。
これが要塞ではなく、港であったのなら話は別で有るがそういうものではなかったのだ。
「ねぇ、今日はこれだけなの?」
パイロットという物は、他の兵士よりもそれなりに優遇されて食料を分配されるものだ。
勿論それは男女関係ないのだが、このときのAAはそれなりに逼迫していた。
「しょうがないだろう?アルテミスにも食料は無いんだから。」
何より避難民が多くいるAAは、たった1日で二桁三桁の食糧が消費されていくのだから溜まらない。
どんなに戦闘能力が高くとも、彼等はそちら側から限界が近付いていた。
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