カンカン照りの陽気は人の頭を緩くする。ぼ〜っとするような毎日が続くオーブの夏は、この数年で最も気温が低いはずである。
南半球の亜熱帯に位置するオーブは、基本この時期になると雨季と呼ばれる雨ばかりが降る。
だから、洗濯物もろくに干せないので乾燥機が普及している。
本来その様な姿こそがオーブの自然であった。だが、この日は違った。珍しくも晴れ渡る空、雨季であるにも関わらず連日雨が降ることはない…、異常気象が続いていたがその原因は明らかだった。
そんな連日の異常を、カガリは父親であるウズミの墓前に報告する。マスドライバー近くにある慰霊碑、隠されたように建立されたそこには、戦犯として死後連合によって烙印を押された人々が眠っている…。
オーブの細やかな、連合への抵抗の現れ。そんな象徴たる場所に、彼女は1人護衛も着けずに来ていた。
アスランはどうしたのか?と聞かれれば、彼女はこう答えるだろう。
彼はやるべき事を果たす為に帰った
と、
だが本心はこうだろう。
一人にしないでくれ、私にはお前が必要なんだ
と。
だが、彼女は一人だ。
最近忙しく、まともにキラとも話せていない。唯一の肉親であるはずの相手と、悩みを打ち明けられない日々が彼女の鬱屈を増やしていく…。
そんな彼女に暗い影が忍び寄るのは当然だったのだろう。
歳若いオーブ代表首長。神輿としては何も知らない軽いものの方が、担ぐ側は楽に決まっている。
その威光を存分に奮うには、彼女は幼すぎた。
もし、この状況をフレイが知ったのならきっとアスランを殴りに行くだろう。
何故彼女を一人にしたのかと、護ってやるのが務めではないのか?と。そして、自分の事を勘違いするのを辞めろと。
だが、そうはならなかった。
フレイは相変わらずアラスカに留められ、身動きが取れずドミニオンと共に足止めを食らっている。
カガリは傀儡へと身を落とそうとし、アスランは暴走する…。この状況を打破できるのは、たった一人だけとなっていた。
それは誰か?キラだ。
だが、キラは能動的に物事を解決しようとはしなかった。怖かったというものもある。戦争なんてごめんだと、だが皮肉にも彼の望んだ平和というものを打ち壊す者達が直ぐに現れる。
それは、キラとラクス二人が招き入れたのだ。
平和を望むばかりに、自らの価値を忘れた二人を襲わないと言う選択肢はこの時、誰の手にも無かった。
……
海の見える家のベランダに、男女が仲睦まじく並んでいた。互いに何かに黄昏ながら、海を眺めている。
自分達の身の上を確認するかのように、空を眺めているのだ。
風で荒んだ髪を整えながら、女。ラミアスは隣に佇む男、ムウに身を向ける。互いに失うものを失い、今ここに落ち着いている。
家族を増やそうとも考えていたが、如何せん自分達の身分が足枷となっていて、そうもいかなかった。
大西洋連邦からの亡命者、それも一隻の戦艦を手土産にしている大物だ。
もしバレでもしたら暗殺されるかもしれない。
そんな中で、子供を創れるか?と問われれば互いに不安があった。
「よっ!お二人さん、こんなところで黄昏ちゃって。どうだい?俺の特性珈琲でも飲まないかい?」
そんな空気を打ち消すように、その後ろから声がかかる。片目を潰されているものの、その肉体はまさに偉丈夫と呼ぶに相応しい。その姿も、一般人のそれではない。
「おいおい、アンドリュー。雰囲気ぶち壊しじゃないの。まあ、珈琲は頂くけどな。」
「おっと、それは悪かったね。」
ヘラヘラとしながらも、バルトフェルドはムウとラミアスに珈琲カップを手渡す。
毎日のようにブレンド比率を変える珈琲は、味の飽きさせない配慮がそこにはあった。趣味とも言えるが。
「お、今回はモカマタリが多いのかな?」
「ほぉ、舌が肥えたのかな?良くわかったじゃないか。」
毎日飲んでいるのだから当然だ…、とはならない。実際問題、珈琲の味を区別できる人間がどれ程いるだろうか?
ムウはそこの処教育を受けているのだから、きちんと種別を知れば自ずと答えを導き出せただけだ。
「それで何のようだ?ま、大方連合絡みの事なんだろ?」
「おお、大正解!いやぁ、今日は冴えてるな。良いことでもあったのか?」
「バルトフェルドさん、あまりプライベートの事は詮索しないでください。」
コレは失敬とバルトフェルドは謝ると、本題を切り出した。
曰く、オーブは連合と手を組む可能性が高いと言うものだった。折角独立を勝ち取ったと言うのに、再び牛後となる道を歩もうとしている。
それが、彼等にどう言う事であるのか考えるよりも単純だ。
亡命者を護る気など毛頭ないのだから。
「何かが起こった後に騒いだところでどうしようもないからな、取り敢えず出来ることはしようぜ?特にMS関係はどんだけやっても、悪い事は無いだろうしな。」
「私の方もクルーへは呼び掛けをしていますから、バルトフェルドさんはプラントの動向もお願いします。」
「そこは、任せなさいぃ〜。っと、ところでキラとラクスの件なんだがね?彼等も連れていくしか無いと、僕は思うんだよ。特にラクス嬢なんて、外交関係に響いてくるだろうしね。」
近場の家庭菜園で野菜を摘み取る彼女の姿を眺めながら、大人3人の会話は暗い話題を突き進んでいった。
そして、その夜事態は急変した。
何者か…いや、その集団がどういう組織の人間かは直ぐに理解出来るだろう。身のこなしは並のものではない、当然プロの反応だが些か詰めが甘い。
連合ならば、ブルーコスモス過激派ならば自爆覚悟で来る筈であるからそれは論外として、では誰がやったのかなど簡単な話であった。プラントがそれを差し向けた。それもこの様な手を下せる上の人間。そうなると自ずと一人の人物が現れる。
ギルバート・デュランダルだ。
最大の問題は、彼等の居場所をどうやってその者達が知るのかと言うところであるが、その出処はオーブ政府であった。
元々、ラクスはデュランダルに会談を申し込んでいた。
些細な事だ、自分の偽物を使うのならきちんと許可を取って欲しい、別に使われるのは問題ないがそれだけは護ってほしいと言う事を直接伝える為だ。
だが、それを見たオーブ関係者のロゴス派は丁度いいと言う具合に、場所をリークした。
デュランダルの任期は段々と差し迫ってきていた。当然、本物に生きていてもらうと不都合なデュランダルは、自分の任期の間に出来うる限り不安要素は取り除きたい。ならばいっその事殺ってしまうのが、一番短期的に楽な方法だ。幸いな事に自分はそのポストにあるが故に。
だが、この日は俄タイミングが悪かった。
ムウやラミアスを含めた、元軍人がこの日に限って彼等の家に集っていた。
元々孤児院であるから、そういった事も少なくはないがだとしてもタイミングが悪い事この上ない。
こういった強襲をする場合、相手が立て直す前に制圧するのが一番手っ取り早いが、それが不可能になった時点で逆転される。
直ぐに制圧出来ないとなると、第二の矢を番える。
事態は万全な筈だった。
「まさかMSまで持ってくるなんてね。」
孤児院の防空シェルターに身を潜めながら、キラは呟いた。その目の前には、外部映像を映すモニターがあった。
「本当は戦いたくなんて無い、けど…。」
選択の余地はない、今この場で戦える人間は数える程度しかいない。そして、その中で他のメンバーは対人戦をしているのだ。
「ラクス…、僕は僕の出来ることをやるんだ。だから、鍵を開けて欲しいんだ。」
「キラ……、もし乗れば後戻りは出来なくなりますよ?それでも…。」
ラクスとしてはキラに戦って欲しくはない、だが誰かがやらねばならない。
「僕は…、大切なものを護るために戦ってきたんだ。今度も、また同じ僕にとって大切なものなんだ。」
その瞳には決意が宿っていた。今出来ることを、家族を皆を護ると誓ったあの日と同じ様に、今度もまた自分が出来る最良の選択肢の為に。
鍵は開く、ラクスの皆の自由のために。
……
ギルバート・デュランダルは一人後悔していた。
いや、後悔というものには俄に語弊があるだろうが、その中に他人の命に関わるような事案への反省は、一切これに含まれない事はここに記しておく。
実際、彼が反省しているものは単にラクス・クライン暗殺の失敗と言う事態。
そして、彼女の囲う戦力量を見誤ったと言うところに集約されるのだ。
彼としては、ラクス・クラインと言う存在が邪魔で仕方がなかった。
彼はラウ・ル・クルーゼとも親睦があり、何より嘗てメンデルで研究員をしていた人物なのだから、ユーレン・ヒビキに関する事案も知っている。
そして、ラクス・クラインと言う存在がどういう生まれを辿っているのかと言うことも。
実際問題、ラクスのカリスマ性は異常なものだ。
一言口を開けば、多くの
それが、クラインと言う血のせいだと言う者も多いだろうが、実際そんな力をシーゲルが持ち得ていたかと言えばNOだろう。
ならば、その力の源は何なのかと言ったところだが…デュランダルは半信半疑であったが、実際にそれを眼にする事案があったのだから、それを恐れた。
だが、それにしても短絡的と言わざる終えない。
話し合いで解決出来るのであれば解決すれば良い、だがそれをしたくないのは不確定要素を嫌う研究者としての悪い癖だったのだろう。無意識にせよ、それが出てしまっていると言うことだ。
さて、そんな彼の選択肢の中で更にもう一つの不確定要素であるアスラン・ザラと言う存在がいるが、自らの目の届くところに置くことに成功したのだから、その点には彼は満足していた。
後は如何にして本物のラクスを殺すかと言うところになるが、暗殺が失敗したもののこれによってどう彼女が動くのか、それは計算として出ては来ない。
ここからは、彼女と彼との心理戦となる。
尤も、それは杞憂であってラクスは積極的にデュランダルを攻撃しようとは思ってもいない。
何より、武力の少ない彼女は情報収集から始めるのだが、デュランダルはラクスを過大評価していた。
偶然が重なった事によって、虚像は実像よりも大きくなる。
……
アラスカは豪雪に見舞われていた。
元々アラスカの積雪はそれほど多くはないが、やはりこれも影響の一つなのだろう。
そんな中、ドミニオンの格納庫では一悶着起きていた。
「おいおいこれもかよ、まるでチューインガムみたいになっちまってる。」
何の話をしているのかといえば、MSに使用されているオイルの話である。
元々宇宙空間及び、地上の平均的な気温に下される事を前提にされている為、寒冷地に対応出来なくなっているのだ。
特に冷帯から寒帯と呼ばれる地域の冬は非常に寒く、海風の少ない場所はそれは最たるもので、エンジンオイルが凍り付く。なんてことも珍しいことでは無い。
気温の低下とともにより寒くなったこの地域は、その影響が諸に出ていたのだ。
「外部に出してたのは使わないで、艦内に置かれてるやつは使えると思うから。後で基地から融通してもらわないとね。」
フレイはパイロットとして機体の調整をしつつ、不慣れな彼等にそう言った。
実際、彼等は未だにこの環境に慣れていない。
外を見れば、必死に巨大な何かを建造しているのが目に映ることだろう。
それだけではない、横たわるMSはお世辞にも似ているようには見えないが、それでも遠方から見ればその輪郭は本物よりも本物らしい。
せっせと造っている物は、所謂ダミー。
基地の戦力を増強していると、そう見せるためだけの物。
カメラやレーダー技術の発展によって消えていく定めとなっていたものだが、何処の誰かはしらないが技術を二次大戦クラスにまで落としてくれた親切な人々がいるのだ。
ノウハウの蓄積が大いにある連合ならではの欺瞞工作を、この時このアラスカ基地は行っていた。
別段、そう言う司令は無いにせよやってならないということもない。
早いとこ、ここを攻撃して来いと言わんばかりに戦力が集中しているように見える。
余りにも大きな釣り針、だが残念な事にその大きな釣り針を釣り針と知らずに近づく者達がいる。
宇宙空間から偵察する者達にとって、この基地がどう映るのかと言えば前述の通り、連合の大戦力が集結しているように見える。
だが、警戒用装置が故障でもしているのか全く動いていない。そう、見えるのだ。
今こそが好機、そう思わせた時点でこの作戦は9割方成功しているというもの。
片方から見えると言うことは逆も然り、宇宙を監視する装置が基地に無いわけがない。
余りにも大規模なダミーのせいで、それが基地の本体だと思われていないだけなのだ。
更に、雪のおかげで宇宙からは更に見え辛い事だろう。
そして、待ちわびた結果がアラスカ基地に転がり込んでくる。
まずは第1波、水陸両用MSによる強襲から始まる。ザフトによる第二次アラスカ攻略作戦が始まったのだ。
誤字、感想、評価等よろしくお願いします。