【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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テンプレラブコメです!
対戦よろしくお願いします!


1年
化野君の隣の人


 俺は入学する高校を間違えたことを確信した。

 原因は校門を入って正面にある大木、その下に鎮座する物体だ。

 じゅわじゅわと全体から吹き出す謎の液体。赤黒い見た目は明らかに常軌を逸している。

 

 

 どう考えても記念すべき入学式を控える今日に視認するものじゃない。

「あれ」を目にしてしまった不幸を周りの人と共有しようと見渡す。しかし彼ら彼女らはなんの疑問も抱いていないかのように歩いていた。

 もしかすると人間並みの大きさを誇る肉塊を見ても、精神が揺らがない強いタイプの学生なのかもしれない。

 

 

 かくいう俺はそこそこ精神が弱い方なので、滅茶苦茶帰りたいという気持ちがあった。けれども初日からサボるなんて真似はできない。

 唾を飲み込みながら歩みを進める。

 空を見上げていればいい。そうすれば「あれ」は視界に映らない。

 

 

 べちゃ。

 

 

「うーん」

 

 

 簡単に考えすぎていたらしい。

 いつから肉塊が動かないと錯覚していた?

 俺が制服越しに感じる柔らかい感触を無視しつつ、遥か天上を見上げる双眸を下げた。肉塊がいた。

 

 

「あっ、すいません!」

 

 

 おまけに喋った。

 今までコミュニケーションが可能な肉塊とは出会ったことがなかったのだが、実は成長すると話せるようになるのだろうか。

 大きさ的に人間ほどになると喋れるようになるとか。購入してきた肉は即座に料理してきたので、成長する過程を見たことがない。

 

 

「いえ、俺もあたりをよく見ていなかったので」

 

 

 空見上げてたし。

 

 

「ふふふ、じゃあお互い様ですね」

「そうですね」

 

 

 その肉塊の声は随分と可愛らしいものだった。

 よく例えで「鈴を鳴らしたような」という表現があるが、本当に目を瞑れば絶世の美少女が発話しているだろうと思わせる。

 しかし目を開けるとSAN値直葬が得意そうな肉塊。詐欺である。

 

 

「多分同じ一年生ですよね?」

「そうですね」

「わぁ。じゃあ奇遇ですし、一緒に入学式行きませんか?」

 

 

 何が奇遇かはわからないが、流れ的にいかなければいけないのだろうか。

 これを断ったりすると末代まで呪われるかもしれない。呪われそうな見た目してるし。

 よく見ると触手のようなものが至るところから生えていた。

 

 

 というか同じ一年生らしい。女子の制服には学年によって異なる色のリボンが巻かれているが、肉塊にはリボンどころか制服すらなかった。

 肉塊に人間の法律を適用できるなら、わいせつ物公然陳列で逮捕されそうだ。「これ」をわいせつ物と表現する強者がいるか知らんけど。

 

 

「……嫌、でしたか?」

 

 

 なるほど思わず頷いてしまいそうになる声を出しやがる。

 しかし肉塊だ。一応人間の範疇から逸脱していないつもりの俺は、肉塊の震えた声になどまったく影響されない。

 だから真っ直ぐにお断りの言葉を突きつけて、ついでに肉塊を入学させる学校にも退学届を突きつけたいところ。

 

 

「大丈夫ですよ」

「わぁ、ありがとうございます!」

 

 

 おや???

 俺は一体何を考えているのだろう。

 自分の口は脳内で考えていた「なんか一緒に過ごしてたら天国いけなくなりそうな見た目してるんで」という丁寧なお断りの言葉を無視し、空気に流される日本人のような言葉を吐いた。

 決してあたりから向けられる嫉妬の目ゆえではない。

 

 

 というか嫉妬の目? もしかして肉塊と会話する俺に向けられているのだろうか。

 十五年少々しか生きていないが、まさか肉塊と会話していて嫉妬される経験をするとは思わなかった。

 代わってほしいなら代わってやるから言ってくれ。

 

 

「行きましょう!」

 

 

 肉塊がどうやって移動するのか気になっていたが、どうやらナメクジのようにずるずると地面を這うようだ。全体から吹き出している謎の液体が地面に跡を残し、それこそ本当にナメクジのよう。

 およそ正常な精神を持っていたら直視できない光景であるので、俺はそっと空を見上げた。

 嫌味なくらい真っ青だった。多分俺の顔色も同じだろう。

 

 

 視線を落とすと真っ赤だった。俺の顔色とは真逆である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前世の俺は随分と大罪を犯したらしい。

 

 

「隣の席なんて運命的ですね!」

「そうですね」

 

 

 ありえないだろ。

 何が何でも隣に目は向けないぞ、という強い意志を全身から発しつつ、やる気のなさそうな教師が板書するのを眺める。

 

 

 入学式が終わってクラス割が配られ、さぁ今朝のことは忘れて花の高校生活を送ろうとしたらこれだ。

 前世で神殺しとかやってない限り陥ることのない展開である。

 

 

 偶然というか必然というか、俺の席は窓際最後列だった。

 俺の名前は「化野(あだしの)(よう)」なので必然かもしれない。

 この学校では窓際の後ろから番号順で座ることになるようだ。

 

 

 しかしそうなるとこの肉塊、草壁(くさかべ)菜々花(ななか)が隣になるのも必然なのか。

 見た目に反して緑緑しやがって。肉貪(にくむさぼり)益荒男(ますらお)とかだったら絶対に隣になることはなかったのに。

 今からでも遅くないから改名してほしい。そして名は体を表すの反例を卒業してくれ。

 

 

「なぁなぁ」

 

 

 なんらかの用事で菜々花が席を立ったあと、前の席に座っていた男子が話しかけてきた。

 ちょうど机の上に出していたプリントを見ると伊藤(いとう)大将(ひろまさ)というらしい。

 彼は軽薄そうな雰囲気を隠そうとしないまま笑みを深める。

 

 

「あんな美少女が近くとか運よくね?」

「は?」

「なんだよ、もしかして草壁さんが可愛くないとか言うつもりか? 誰が見たって美少女なんだから、そんな中学生みたいな強がりやめろよ」

 

 

 あれは中学生だろうが小学生だろうが、年齢とか関係なく美少女などと形容しないと思うぞ。

 そう思った俺はそのまま言ってやろうと思ったが、どうにも様子がおかしい。

 

 

「ちなみに何処らへんが?」

「えっ、そうだなぁ…………やっぱり綺麗な金髪とか。シュッとした鼻筋もそうだし、ぷっくりした唇もいいし、銀河みたいな瞳もいいし!」

 

 

 一から十まで理解できなかった。

 肉塊には綺麗な金髪もシュッとした鼻筋もぷっくりした唇も銀河みたいな瞳もない。

 大将は菜々花が美少女であると確信しているようだ。彼の言う情報を信じるならば確かに美少女だろう。しかし俺には肉塊にしか見えないのである。

 

 

 俺がおかしいのか世界のほうがおかしいのか。

 菜々花が戻ってくるまで答えを出すことはできなかった。

 

 

 ◇

 

 

 草壁菜々花は美少女である。

 入学式から一週間が経過した現在でもそう騒がれている。

 いや、むしろ学校中に噂が広がっているから、さらに騒がれているかもしれない。

 

 

 蜂蜜を溶かしたように透き通る金髪は、何処か外国の血が入っている証拠らしい。彼女――と表現するのにいささか抵抗はあるが――に聞いてみるとイギリスの血が四分の一ほど流れているとか。

 外国産の肉ということだ。

 

 

 一週間情報収集をしてわかったのが、菜々花は俺以外からしてみれば本当の美少女らしいということ。

 今もひそひそと彼女を褒め称える声が聞こえてくる。

 寝た振りを敢行している教室内でだ。

 

 

「化野さん、お疲れですか?」

 

 

 鈴を転がしたような柔らかく透き通った声が耳に滑り込んできた。

 するりとそちらに目をやると、聴覚の感じた好感度を一瞬で無に帰すどころかマイナスにするおぞましき姿。

 高さ百六十センチにも至ろうかという肉塊である。

 

 

「……うん、少し」

 

 

 疲れている原因は九割くらい目の前の肉塊だ。

 俺はすぐにでも席替えをやってほしいのだが、どうやらこの学校は席替えがないようで。

 日々男子連中からやっかみの目を向けられている。

 

 

「あっ、もしかして遅くまでゲームでもしてたんですか? 化野さんはゲームが好きと自己紹介のときに言ってましたもんね」

「あぁ、うん、そうだよ」

 

 

 確かにゲームはやっていた。

 グロテスクなゾンビが出てくるのをひたすら殺すゲームだ。

 別に菜々花とはまったく関係ないが。

 ちなみにそのゲームを買ったのは入学式が終わった放課後。

 

 

「ちゃんと寝ないと体に悪いんですよ」

「わかってる。今日は寝るから」

 

 

 ゾンビを百体ほどキルしたら。

 

 

 もちろんそんなことを言うはずもなく、俺は殊勝な態度で頷いてみせる。

 菜々花は満足したようで「よかったです」と音符が付きそうなトーンで笑った。肉塊には口が付いていないため予想だが。

 

 

 どうして俺にだけ彼女が肉塊に見えるかはわからない。

 もしかすると自分の脳だとかに異常が生じているのかも。

 

 

 とりとめもないことを頬杖をつきながら考えていると、教室の後ろの扉が勢いよく開く。

 

 

「お姉ちゃんいる!?」

「あれ、雪花(ゆな)?」

 

 

 俺はそっと両目を手で押さえて天を仰いだ。

 

 

「え、あれ草壁さんの妹?」

「凄い可愛い……」

「流石姉妹だね」

「でも私達一年生だし、なんでこの学校に?」

 

 

 教室内の喧騒がより一層大きくなった。

 きっと皆は菜々花の血を強く感じさせる美少女でも目にしているのだろう。

 ちらっとだが俺も目にしてしまった。確かに彼女との血の繋がりを感じさせる。

 

 

 もはや何も見るまいと固く閉じきったまぶた。

 それを開いたのは声をかけてきた菜々花だった。

 

 

「化野さん化野さん」

「…………何」

「紹介します、妹の草壁雪花です」

 

 

 あぁ、紹介されたらそちらを見なければなるまい。

 本当に嫌だけど。できれば一生関わらずに生きていきたかったけど。

 

 

「…………どうも、化野曜です」

「ふんっ、こいつがお姉ちゃんにひっつく悪い虫? ぱっとしない男ね」

「ちょっと雪花!」

 

 

 開口一番に罵倒された。

 しかし俺は何も感じることがない。

 教室中から嫉妬や好奇心のこもった視線を感じるが、それすらもどうでもよく思えた。

 

 

「ごめんなさい、化野さん。雪花は口が少し悪くて……」

 

 

 菜々花は随分と申し訳無さそうに言う。

 まぁ口は悪いんだろうな。見た目通りだ。

 

 

「何よ、本当のこと言っただけじゃない」

「…………………………はぁ」

「なんで今ため息ついたの!? 言ってみなさいよ!」

 

 

 あーあー近寄るんじゃありません。腐臭が付いちゃうでしょ。

 滅茶苦茶嫌そうな顔をしながら、胸ぐらをつかむ勢いで近寄ってくる雪花を遠ざける。しかし勢いが凄くて無意味だった。

 

 

 姉が姉なら、妹も妹だな。

 

 

 頭をよぎるのは一週間前に菜々花に授けた改名案。

 姉とは違いきちんと着ているボロボロの制服からは今にも腐り落ちそうな手足が伸びる。

 肉塊と比べれば遥かに人間らしいが、とても人間と表現できる見た目じゃない。

 下手をすると眼窩から眼球が落ちそうだ。彼女――と形容するのに非常に抵抗を感じるが――との距離からして、そうなると眼球は俺の制服に付着する。

 

 

「はぁ…………」

 

 

 頭が痛い。

 

 

 草壁菜々花の妹、草壁雪花はゾンビだった。

 それもラブコメに出てくる可愛らしいゾンビじゃない。

 バイオハザードとかで普通に襲ってくるタイプのゾンビだった。

 

 

 彼女にこそ肉貪(にくむさぼり)益荒男(ますらお)の名が相応しい。

 名前からして雪女だったらまだ許容できた。今度こそ人間が登場してくれると期待していたが、雪女だったらまだよかったんだ。

 なんでゾンビなんだよ。雪花って滅茶苦茶可愛らしい娘じゃないと名前負けするだろ。ゾンビだったらギャップ萌え狙えるかもって? ねぇよ。

 

 

「雪花と私は双子なんですよ。でも私のほうが生まれた順番が早かったから、お姉ちゃんなのです」

「あぁ、そう」

 

 

 こうなってくると彼女らを生んだ母親の見た目が気になってきたな。

 頭の中で魑魅魍魎が不思議な踊りをし始める。母親候補だ。

 だいだらぼっち、河童、一寸法師、羅生門のババア……あと鵺とか。

 一周回って普通の人間かも。ねぇよ。

 

 

 俺はあまりにも信じがたい現実を目の当たりにして、そのように現実逃避をしていた。

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