【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
自分に水着の良し悪しなど分からない。
けれども眼前でわなわなと震えるゾンビの姿を見れば、少なくとも彼女にとってこの水着がよろしくないのだろうということは容易に理解できた。
何気なく棚に戻そうとする。
「待ちなさい」
雪花に止められた。
無理やり水着を奪い胸に抱いた彼女は、少しばかり逡巡した後、血色の悪すぎる頬を僅かに染め視線を向けてくる。
まるでラブコメのヒロインのような所業。
相貌が人間だったら惚れていたかもしれない。
「アンタは……その、私にこれを着てほしいのよね?」
「別に」
「今更恥ずかしがらなくていいわよ」
「本当に着てほしいわけじゃない。むしろ着てほしくない。全国水着協会の会員に石を投げられてしまう」
「何よその協会」
雪花が胸に抱くそれは、一般的にマイクロビキニと呼ばれる代物だった。
グラマラスな美女が纏っていようものなら、男連中の目を釘付けにすること間違いなしである。
されど目の前に
マイクロビキニを纏ったゾンビなんて
何とか彼女の蛮行を食い止めようとするが、すっかりその気になってしまったのか止まる気配がない。
「恥ずかしいからって隠すことないわよ。化野だって男子高校生だったってコトね。私は理解のある女子高生よ。アンタの欲に塗れた願望を叶えてあげる」
とか勘違いしたシェンロンみたいなことを抜かしている。
世界の危機。
終わってしまうのか──と絶望していると、先程まで店内に響いていた岬の声が途絶え、店員との話が一区切りついたことが分かった。
不味い。何が不味いってこの状況が不味い。西塔岬なんて面倒くさい女子の筆頭みたいな存在だ。辞書で「面倒」という言葉を引いたら一番最初の用例で出てくる。知らない女子と親し気に話していれば、全力でうざったい絡み方をしてくることは明白であった。
「……? 何よ化野」
岬にバレる前に雪花を何処かへやらねばならない。
しかし店の外に出そうとしても間に合わないし、彼女も変な頑固さを発揮して、素直に移動してくれないだろう。
ということで無理やり更衣室に押し込む。
「ちょっ⁉ いくら私のマイクロビキニ姿が見たいからって、強引な手段を使うのは望ましくないわよ!」とか何とか云っていたが、全く耳に入らぬ振りをして、ゾンビを仕舞うことに成功した。
すかさず自分から岬のほうへ歩を進め、更衣室の反対に誘導する。
「曜」
「ん」
「話し声が聞こえたような気がするんだけど」
「気のせいだよ」
「気のせいか」
「うん」
騙しやすくて助かった。
魔のマイクロビキニコーナーから遠く距離を保ち、人気アイドル様が仕事をするための水着を選ぶ。
「ねぇ、スクール水着しかないけど」
「マイクロビキニの反対だとそうなるか」
棚には最大まで露出が抑えられる水着が陳列されていた。
つまり授業で使うあれである。
岬は吻をうにょうにょとくねらせながら、
「……もしかして、私にこれ着てほしいの?」
「違う違う違う」
「──えっち」
「耳ってものが付いていないのかね」
化け物は声がいい。
例に漏れず岬も聴覚だけに頼れば美少女そのもので、俺が盲目であればどれだけ幸せだったか。運命を恨んで仕方がなかった。
まぁその場合も触覚は普通に働いているから、やたらと声はいいものの肌触りが終わっている謎の生物と関わることになったのだろうが。
「しょうがないなぁ」
「変態性癖を受け入れる理解のある彼女ちゃん面しないで?」
「彼女だって。キャッ」
「腹立つなぁ」
腰の辺りをくねらせる岬。
さもこちらが彼女にスクール水着の着用を求めているとでも言いたいようだ。
名誉棄損で訴訟することも視野にある。
彼女は嬉々としてスクール水着を吻に取り、たまたま近くにあった更衣室へ姿を消した。取り敢えず訪れるのは危機として、ひとまずゾンビとヒモムシの邂逅とかいう即死トラップは回避できた。未だ同じ店内に滞在しているから可能性がゼロパーセントになったわけではないけれど。何か大罪でも犯しましたかね。
ポケットに手を突っ込み嘆息する。
まるで二股しているクズ男のようではないか?
振り回されているのはこっちなんだが。
ワンチャン食い物にされるかも。物理的に。
「……はぁ」
そうこうしていると雪花が入っていった更衣室のカーテンが揺れた。どうやら着替え終わってしまったようだ。額を押さえて向かう。頭痛で頭が痛い。割れそうだ。逃げ出しても許されるかしら。
「あ、化野……居る?」
「居るよ」
「着替えたんだけど……ちょっと、これ……露出が多すぎないかしら」
「マイクロビキニだからね」
「何その冷静な言い草。アンタが私に着させたのよ」
「不可抗力だった」
「でも……せっかく着替えたんだし、見せないと化野も残念がるわよね。分かったわ……覚悟を決めて見せたげる」
「別にそのまま服着てもらって構わないよ」
腐り落ちそうな肢体が露わになっているなんて、想像しただけで吐きそうになった。採算度外視のZ級映画でもこんな酷い展開にはしない。
「…………」
「…………」
ゆらゆらと揺れるカーテン。
僅かに隙間が開き、奥から恥ずかしげな雪花の顔が現れる。
未だ露出された死体は幕の向こう側だ。
一生出てこないでほしい。
「え、えい……っ!」
しかし願いは聞き遂げられなかった。
呆気なくカーテンは全て開き切り、殆ど局部しか隠していないマイクロビキニと、それに纏わりつく腐りかけの身体が披露される。
俺はどのような感想を口にすべきか躊躇って、最も好個なため息をついたのであった。