【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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水着バラエティ⑤

「ため息ってアンタね」

 

 

 雪花は不満そうだった。

 せっかく自分が勇気を出してマイクロビキニを着用したのに、それを求めた相手がつまらない反応をしたらそうなるだろう。

 しかし実際のところ、俺は彼女にツァーリ・ボンバを見せてくれなんてお願いしていないし、加えてバイオハザードにでも出演してそうなゾンビが限りなく布面積の小さい姿で現れたのだ。誰だってため息をつきたくなる。

 

 

「私の美貌にため息をつきたくなるのも理解できるけど、言葉が足りないのは減点ね。新たに完成した教会を褒めたたえる司祭のように美辞麗句を吐きなさい」

「意図変えられちゃった」

 

 

 作品の解釈を読者に委ねるというのは聞いたことがあるけど、面と向かってコミュニケーションをしているのにもかかわらず仕草の意図を変えられるとは、相互理解の難しさを教えられた気分だ。

 こんなくだらないことで教わりたくなかった。

 

 

「で感想は?」

「感想」

「別に何でもいいわよ。雪花様お可愛いですとか、雪花様の姿はお美しゅうございますとか」

「批判的な意見はないことが前提なんだ」

「私の美貌を前に批判なんて口にできるはずがないでしょう。いくら美術に興味がない人間でも、壮大で厳粛な宗教画を目にすれば、誰だって感嘆の息を漏らすしかないもの」

 

 

 自分のマイクロビキニ姿を壮大で厳粛な宗教画に例えるとは大層な自信である。

 客観的に描写すると滑稽そのもの。

 まず彼女はゾンビなのだ。それが殆ど衣類としての役割を放棄しているマイクロビキニを纏っていたら?

 恐怖を感じるとかは置いておいて、思わず失笑してしまうのも無理はない。

 

 

「はっ」

 

 

 ゆえに俺は鼻で笑ってしまった。

 ぐわりと胸倉を掴まんばかりの勢いで距離を詰めてきた雪花は、わなわな肩を震わせ、屈辱に腐乱臭を強めカーテンを閉める。

 幕一枚の向こうでしゅるりしゅるりと衣擦れ。

 いったい何事かと困惑していると、ネズミが一匹ようやく通れるかという隙間が開かれ、そこから朽ちた腕が伸ばされた。

 

 

「頭に来た」

「へぇ」

「アンタの好きな水着を持ってきなさい」

「どうして」

「童貞拗らせたアンタが素直に認めるまで、この私がファッションショーをしてあげるわ」

「遠慮しとく」

「引き金を引いたのは化野よ。もう誰にも止められないわ。私自身にもね。アンタはきちんと責任を取って私に着てほしい水着を持ってきなさい」

 

 

 生暖かい視線を感じた。

 振り返ると店員がにまにま頬を緩めている。

 若々しいカップルでも眺めている気分なのだろうか。

 実情は全く以てそんな優しいものではないのだが。

 

 

 俺は本日何度目か分からないため息をつき、突き返されたマイクロビキニを受け取って、代わりとなる水着を探すべく店内に繰り出した。

 面倒くさくて仕方がない。

 絶体絶命の場面は脱したけれど、未だ窮地であるのは変わりないのだ。

 自分にとっての最善策が、このまま店を出ることであるのは、明らかであった。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 普通に逃げ出しても構わないかしら。

 痛む頭を揉みながら嘆く。

 元あった場所にマイクロビキニを戻して──少し体温が残っていて気持ち悪かった。死体のくせに──水着の棚を眺めた。

 

 

「もうウェットスーツでも持っていこうかな」

 

 

 全身を覆い隠すそれを手に取り更衣室へ持っていく。

 無言で受け取った雪花は顔だけ出して、

 

 

「アンタねぇ」

「うん」

「いい加減素直になりなさい?」

「素直さの塊がそのウェットスーツなんだけど」

「偏屈さの塊じゃない。まさか着衣フェチだとでも言うつもり? 化野が露出の少ないほうが惹かれるってんなら私もやぶさかじゃないけど、嫌々選び出したのが顔に現れてるわ」

 

 

 そりゃあ可能ならゾンビの身体など露出が少ないほうがいいだろう。全人類が共感して頭を激しく振ってくれるはずだ。

 しかしは雪花には不評だったようで、ウェットスーツを突き返され、新たに水着を選ばねばならなくなった。

 

 

 店内をうろうろうろ。

 うろうろうろうろ。

 うろうろうろうろ。

 肩に手を置かれる。

 

 

「──曜?」

 

 

 いつの間にか岬が眠る更衣室の前に着てしまっていたようだ。

 吻が傷口にたかる蛆虫のように蠢いている。

 俺はそっと吻を外して、

 

 

「ん」

「水着……着られたんだけどさ、その、アレだね。私の高校ってプールの授業ないからさ、高校生がスクール水着ってのは……何というか、特殊というか」

「つまり」

「変態っぽいね」

 

 

 声は羞恥で染まっていた。

 僅かにカーテンが揺れる。

 

 

「でも……曜はこういうのが好きなんだもんね」

「前述の通り、別に好きじゃないぞ」

「彼女だったら我慢しなくちゃだよね」

「全てが違う。岬の発言は全て虚偽に基づいている」

 

 

 こちらの話は一切聞き入れてもらえなかった。

 シャッと幕が開かれると、伸びてきた吻に身体を掴まれる。

 予想だにしていなかった攻撃に体勢を崩され、たたらを踏むと、その隙を見逃さなった岬が更衣室に俺を引き入れた。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 狭苦しい更衣室に男女が二人。

 片方はスクール水着に包まれたヒモムシ。

 この世のものとは信じられない光景だ。

 姿見に呆然とした自分の顔が映る。

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