【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

102 / 138
水着バラエティ⑥

「さ、流石に二人だと狭いね」

「なんで更衣室に二人で入ろうとしたのか」

「スクール水着恥ずかしかったんだもん。曜以外に見られたくなかった」

「そう」

 

 

 俺も見たくはなかった。

 抱き着かれているから視認できる範囲は小さくなっているけれど、それでも確かにポリエステルのつるつるとした感触が肌にある。

 光沢のある素材が姿見に反射して、彼女自身もぬてぬてと謎に光沢があるので、薄気味悪い相乗効果が期待された。

 

 

「それで……さ」

「うん」

「感想は?」

「感想ねぇ」

 

 

 少し離れて岬の全身を眺める。

 狭苦しい更衣室に二人きり。あるいは一人と一匹。陸上で生活できる巨大なヒモムシがなんの間違いかスクール水着を纏い、自分はラブコメヒロインであると誤解しているかのように、恥ずかしそうに吻を揺らしている。

 

 

 どうして化け物連中は俺に感想を求めてくるのだろうか。

 他の人に訊けば好個の講評を返してくれるだろうに、よりにもよって、人間の姿を認識できない俺に。

 もちろんこちらが「貴方方はSAN値直葬不可避なクリーチャーにしか見えないんですよ」など伝えていないのが原因なのだが、それにしたって、付き合っていても面白くない性格だと自負していた。

 ……ああ、だからこそ感想を訊いてくるのかもしれない。冷淡な人工知能と会話するようなものだ。余計な気を遣わず言葉を発する俺は、彼女たちにとって、姿見よりも若干情報量の多い回答をする存在。

 

 

 ようやく腑に落ちる答えを見つけて一安心する。

 じゃあ俺がするべきことは簡単だ。

 

 

「いいんじゃない」

「それは……可愛いってこと?」

「別に可愛くはないかな」

「可愛くなかったら何が『いい』の?」

「水着の光沢とか。輝いてるよ」

「私自身を語るんじゃなくて素材についての話⁉」

 

 

 とにかく彼女らが求めていそうな反応から外れた反応をすればいいのだ。さすれば退屈を覚えた化け物たちは興味を失って離れていくであろう。

 予想通り岬は不満げに吻を広げた。

「素直じゃないなぁ。まぁそこも曜の可愛いところだけど」とか何とか吐きながら、ぴとりとくっついてきて。

 何事?

 

 

「……抱き着く流れだった?」

「ほら、私お人形とかないと眠れないタイプだから」

「話が通じないなぁ」

「あと閉所恐怖症になってきた気がする」

「恐怖症ってそんな都合よく発症するものだったんだ」

「曜の都合のいい女になってもいいよ」

「だったら離して」

「曜が私にとって都合のいい男になってもらおうかな」

 

 

 厚顔無恥というか何というか、アイドル様ともなれば面の皮も厚くなるのか、年頃の淑女である自覚もなしに、本来抱くべき恥ずかし気とか葛藤とかを投げ捨てて、代わりに俺を抱いてきやがった。

 

 

 当然抵抗するが意外と力が強い。

 普段のトレーニングの賜物であろう。

 少しくらい運動して来ればよかった。

 

 

「抵抗しないでね」

「するよ」

「さもなければ──」

「さもなければ?」

「アイドルを休業します」

「核兵器を以て交渉するのやめない? 国際法に違反するよ」

「私がルールだから」

「横暴」

 

 

 冗談交じりの言葉ではあったが、アルバイトとはいえマネージャーという立場では、前科持ちの彼女を振り払うことなどできなかった。

 しばらく思う存分抱かせる。

 ごりごりと精神力が削れていく音が聞こえた。

 

 

 二分ほど経ってようやく満足したのか、岬の纏うスクール水着との間に空気が入り込む。

 背中に更衣室の壁が当たった。ヒモムシには視認できる大きさの目など存在していないはずなのに、何処か怪しげな視線で、こちらを眺めている。

 

 

「ねぇ、曜──」

 

 

 何かを言おうとしたその瞬間。

 ぺたぺたと足音が聞こえ、急激に嫌な予感が湧いてきた。

 

 

「化野ー? まだ水着見つからないのー?」

 

 

 さーっと血の気が引く。

 目の前のヒモムシが黙り込んだ。

 俺も黙り込んだ。

 黙り込まざるを得なかった。

 怖かった。

 沈黙が痛い。

 修羅場とはこれを現わすのだろう。

 身体が震えた。

 喉が引きつり、空気を引っ搔くような声が漏れる。

 

 

「曜」

「はい」

「外から曜を呼ぶ声が聞こえたね」

「はい」

「曜の靴は人知れず更衣室内に格納してたから、ここに居ることはバレなかったけど」

「何をしてるの?」

「更衣室に二人で入るなんて、店員さんに見つかったら怒られるかもしれないでしょ」

「確かに」

 

 

 衝動的なものでなく計画的な犯行だったようだ。より罪が重くなった。

 

 

「曜を呼んだ声。可愛かったね」

「そっすかね」

「そうだよ。可愛かったよ。私と並ぶくらい」

 

 

 絶対に「私よりも」と言わないところにプライドを感じた。

 容姿だけでなく声も商売道具だから重要なのだろう。

 できれば違う場面でこだわりを見せてほしかった。

 狭い空間で異性と二人きりにならないとか。

 

 

「向こうは曜を認識してた。つまり私に隠れて誰か──女と会ってたってことだよね。しかも水着屋で。破廉恥」

「一応弁明すると、店の前でたまたま遭っただけなんだ」

「だろうね。道中で誰かに連絡する素振りもなかったし」

「確認してたんだ」

 

 

 こわぁ。

 もしも狙って雪花を呼んでいたら、いったいどんな目に遭っていたのか。

 想像するだけで肝が冷えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。