【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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水着バラエティ⑦

「まぁたとえ偶然出会ったとしても、私というものがあるのに鼻の下を伸ばしてるのは捨て置けないよね」

「全然伸ばしてない。むしろ縮んでる」

「犯人はみんな同じことを言うんだよ」

 

 

 予想していたけど面倒くさい展開になった。 

 ぷりぷりと声を跳ねさせる岬。

 スクール水着が擦れる音が甲高い。

 いい加減狭苦しい更衣室に嫌気が差して、さりげなく脱出を図ったところ、目敏くそれを発見した彼女に止められた。肩に乗っかった吻を外す。

 

 

「いつまでも男女が二人、狭いところに居るのは問題だから」

「私はそれ以上の問題に直面してるんだよ。姿も知らぬ泥棒猫と、どうやって戦うかのイメージトレーニング中」

「俺がいる必要はないよね」

「曜と一緒だと脳の働きが当社比二百パーセント増するんだよ」

「だったら元々の能力が低すぎる」

 

 

 みょんみょんと岬は思考を回していた。

 妙な沈黙が更衣室を満たす。

 流石にそろそろ雪花の元へ行かないと違和感を抱かれそうなので、できる限り早急にここを後にしたいのだが。

 頭を掻いてため息をついた。

 

 

「岬」

「ん」

「あとで何でも言うこと聞くからさ、見逃してくれない?」

 

 

 人付き合いの少ない勘違いした男みたいな言葉を吐く。

 仕事柄そういった発言を受けるのは慣れているのか、しばらくの沈黙を挟み、岬は呆れたように声を漏らした。

 

 

「はぁ…………私を舐めてるの? 曜が何でも言うこと聞いてくれる? だから? その程度で簡単に誘導されるほど薄っぺらい女だと思ってるんだ」

「だよね」

「いってらっしゃい」

「おや」

「さっさと行きなよ。相手さんも困ってるんじゃないの?」

「二重人格としか思えない変わりようだ」

 

 

 自分の言っていることがとんでもない矛盾を孕んでいることに気づいているのかいないのか、おそらく気づいたうえで無視しているのだろうが、それにしても、清々しいほどの笑顔で──俺からは表情など認識できないけれど──送り出された。

 

 

「おっとっと」

 

 

 背中を押された力が強かったもので、たたらを踏む。

 振り返るとカーテンがぴりゃりと閉じられた。まるで「絶対に戻ってくるなよ」とでも言いたげな速さだった。

 

 

「……ふむ」

 

 

 まぁ窮地は脱したからいいか。

 開放感に胸を撫でおろす。

 本人が目の前に居た手前、口にはできなかったのだが、この世のものとは信じられない姿かたちをした化け物と三十センチほどの距離に居て、ずっと心臓がばくばくしていたのだ。映画だったら間違いなく捕食シーン。俺は趣味として映画鑑賞を標榜しているので、恐怖もひとしおである。

 

 

「さて」

 

 

 雪花を探そう。運よく更衣室から出てきたところは見つからなかったようだ。もしも見られていたら、即座に胸倉を掴まれていただろうから。

 店内を巡回したところ、俺の他には、クズに向けるような視線をした店員さんしか居なかった。きっと二股をかけるクズ男だと誤解されたのだろう。社会的地位が貶められていく音が聞こえた。悲しい。

 

 

 もしや雪花は怒って帰ってしまったのだろうか。

 申し訳ないと感じる気持ちと、面倒くさいと辟易する気持ちが去来する。

 

 

「ちょっと化野」

 

 

 しかし、そこに背後から声をかけられた。

 振り向くとゾンビが仁王立ちしている。

 左手には紙袋を提げており、水着屋のロゴが入っていることから、既に目的を果たしたことが判った。

 

 

「アンタ何してたのよ」

「……少し更衣室に」

「化野も水着買いたかったの? まぁもうすぐで夏休みだしね。高校生だったら友達とも海に行くでしょうし、当然か」

 

 

 ──ところで誰と海に行く予定なの?

 雪花は可愛らしく首を傾げた。

 もちろん「可愛らしく」というのは比喩表現だ。傍から見たら可愛らしい振る舞いだけれども、見た目という唯一の欠点で全てを台無しにしている。

 

 

「あー」

 

 

 視線を空中に彷徨わせた。

 勘違いしてくれているのは助かる。助かるのだが、別に誰かと海に行く予定はないし、それどころか誰かと遊ぶ予定すらないので、夏休みのスケジュールは真っ白なのだ。生まれたての赤子のように無垢。

 

 

 されど素直に告白するのも癪だし、予定がないことを伝えて「じゃあなんで更衣室に行ってたのよ」とか突っ込まれるのも避けたい。

 ゆえに俺は誤魔化しの笑みを浮かべて、この場を乗り切ろうとした。

 

 

「──ははーん」

「不思議な反応をするね」

「なるほど。そういうことね」

「まだ理解できてないから説明を要求してもいいかな」

「やーね、私に言わせるの? 案外、化野ってばSなタイプなのかしら」

 

 

 SAN値ピンチという意味でいえばSなタイプだが、おそらく彼女が意図しているのはそういうことではないのだろう。

 今にも物理的な意味で落ちそうな頬を緩めながら、にやにや──あるいはニタニタと擬音が聞こえてきそうな顔で、雪花は紙袋を揺らした。

 

 

「つ、ま、り……アンタは私と一緒に海に行きたいわけね」

「最初から最後まで理解できなかった。なんて?」

「誤魔化さなくたっていいわよ。私は寛大な女。童貞のへたくそなアプローチも、ひろーい心で受け止めたげる」

「はぁそっすか」

 

 

 一から十まで勘違いに塗れた回答を頂いた。

 訂正しようかと口を開いて、閉じる。

 面倒ごとには首を突っ込まないたちなのだ。勝手に納得してくれているならそれでいいじゃないか。

 俺はイコンに刻まれた聖母のように微笑んだ。

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