【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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水着バラエティ⑧

「じゃあ都合のいい日にでも誘うから準備しときなさいよ」

 

 

 雪花はそうして機嫌よさそうに去っていく。

 ぽつねんと取り残される俺。

 ……準備と言われても。

 覚えていられる自信がない。

 

 

 興味のないことや必要のないことはすぐに脳内から消去されるタイプなので、おそらくきっと間違いなく、今日の約束は忘れてしまうだろう。

 

 

 まぁ彼女も社交辞令で誘ってきたのかもしれないし、草壁雪花の評価を考慮すれば、むしろ社交辞令の可能性のほうが高いと推測される。覚えておく必要性は低いという結論に相成った。よって脳内ストレージから削除。

 

 

 二匹の化け物から命からがら生還したことで、安堵に息を漏らす。

 怪獣映画に登場するモブはこんな気分なのだろうな。自分の力では抵抗できない圧倒的暴力に、何とか抗おうと努力する彼らの姿が、今の俺には涙なしには語れなかった。

 

 

 あまりの清々しさに、このまま帰ってしまおうか、とすら思ったが、流石に岬を放置して帰宅するのは人の心がない。

 重たい足を引きずって店に戻る。何やら気分ルンルンなアイドル様が、自分で選んだらしい水着を会計に持っていっていた。背後に近づき様子を伺おうとすると、彼女は視界を吻で塞いでくる。

 

 

「ちょっと、なんで見ようとしてるの」

「一応マネージャーだし」

「アイドルも乙女だからね、プライバシーってものがあるんだよ」

「はぁ」

 

 

 プライバシーという概念を持ち合わせているのにもかかわらず、異性に水着を選ばせようとしていたのか。随分と柔軟性のあるものだ。

 

 

「後ろ向いてて」と促されたため岬らから視線を外し、店の外を歩く人々の観察に精を出す。

 暗くなってきたからだろう、デパートには家族連れの──それも身なりの整った、若干通俗的な表現をすれば小金持ちっぽい人々が、幸せそうな表情を浮かべながら歩いていた。

 

 

「買い終わったよ……何をしてたの?」

「人間観察」

「わぁ捻くれた人が趣味に挙げるものランキング堂々の第一位の奴じゃん」

「それは俺を『捻くれた人』と遠回しに言ってるの?」

「うん。曜ほど捻くれた人間、そうは居ないでしょ」

 

 

 確かにその可能性もある。捻くれていない人間では、見た目がおよそ正気とは思えない存在と付き合っていけないだろう。俺も今から斜に構えて、恐怖に慌てふためき尻もちをついたほうがいいか?

 

 

 情けない思案にふけつつ店を後にする。

 岬は機嫌よさそうに紙袋を抱きしめていた。

 鼻歌交じりに吻を揺らし、ふんふんと笑っている。

 

 

「ねぇ曜」

「ん」

「何でも言うこと聞いてくれるんだよね?」

「そんなこと言ったっけ」

「言ってたよ。何だったら録音してたから、確認する?」

「こわぁ」

 

 

 すかさず差し出されるスマホ。

 あの一瞬で録音していたというのか。アイドルなんて辞めて探偵か詐欺師にでもなったほうがいいぞ。

 俺は退路を塞がれたことに肩を竦めた。

 まぁ、自分から言いだしたことなのだから、大人しく諦めるほかないか。

 

 

「私ね、考えたんだ。曜にどんなお願いでも要求できるなら、やりたいことがたくさんあるからね」

「社会通念上よろしくないとされていることは不可だよ」

「大丈夫だって。私ってそんなに信用ない?」

「うん」

「ひどーい」

 

 

 今までの自分の行動をよくよく振り返ってほしいものだ。

 ぶーたれる彼女は放置して、先にエスカレーターを下りる。

 フードコートからいい匂いが漂ってきて、そろそろお腹も空いてきたし、夕食を取ることを提案しようとしたら、岬は俺の思考を読んだように首の辺りを横に振り、代わりにこんな提案をしてきた。

 

 

「お願いなんだけどさ……曜の家、また行ってもいい?」

 

 

 しばし考えて、答える。

 

 

「嫌だ」

「なんでー⁉」

 

 

 普通に嫌だろう。

 ヒモムシを家に上げるなんて。

 

 

     ◇

 

 

 不承不承ドアを開け、やたら楽しそうな岬を玄関に案内する。

 デパートでのお願いはもちろん断ったのだが、『でも何でも言うこと聞いてくれるんだよね?』とか『さっきの女について問い詰めてもいいんだよ』とか脅迫めいた発言を頂戴したので、渋々認めざるを得なかったのだ。

 見慣れた玄関に見慣れてはならないヒモムシが居る。

 俺はため息をつきたくなるのを我慢し、やっぱり我慢する必要もないかと思い直して、存分にため息をついた。

 

 

「あー! ため息ってねぇ!」

「不満でも?」

「こんな美少女アイドルな私と一緒に居て、むしろ何故不満なのか訊きたい」

「我儘な振る舞いかな」

「でも……嫌いじゃないでしょ?」

「うざ」

 

 

 自分が嫌われていないことを確信して尋ねてくるのだ、こやつ。

 回答は差し置いて靴を脱ぐ。

 にやにやとした雰囲気を纏いながら、岬も「お邪魔しまーす」と玄関に上がった。

 

 

「久しぶりだぁ」

「ところで、なんで家に来たかったの?」

「うーん……ちょっとした確認かな」

「確認?」

 

 

 はぐらかすような発言。

 意図を確かめようとすると、彼女は勝手知ったると言わんばかりに、リビングの扉を開け、キッチンに立っていた妹に声をかけた。

 

 

「へいへい妹ちゃーん! 今日も()んでるねぇ!」

「あっ岬さん。いらっしゃ──」

 

 

 空気が凍る。

 誰かが唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。

 ぎぎぎと触手を動かした妹は、「『やんでる』ってどういうこと?」と殊更に明るく問いかける。

 

 

「それは」

 

 

 岬は笑った。

 

 

「──妹ちゃんが真っ黒だ、って意味だよ」

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