【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
問題が色々と解決した翌日。
俺はいつも通り教室の窓際最後列で、頬杖を突いて校庭を眺めていた。
なんだか気持ちが浮つく。ぼんやりとして集中力が低下しているような、そんな気分だ。
「化野さん化野さん」
肩を叩かれ、装着していたイヤホンを外す。
衝撃を感じた辺りに視線をやってみれば触手。
隣を見れば今日も元気な肉塊が鎮座していた。
「何」
「いやぁ……大丈夫かなって」
「どういうこと」
「普段のキリッとした表情がないというか……具体的に言うと、気の抜けた
地元の村の田んぼで、よく見かけた奴です! と菜々花は笑う。
まさか自分の顔を案山子呼ばわりされるとは思わなかった。
これは名誉棄損で訴えても勝てるのではないだろうか。
「失礼な」
「貶してるつもりはありませんよ!?」
「十人に訊いたら、十人が『馬鹿にしてる』と答えるだろうね」
「本当にそんな意図はなくてぇ……!!」
縋りつくように触手を絡めてくる菜々花。
止めてほしい。謎の液体が付着する。まぁ揮発性が高いから、付いたとしてもすぐに蒸発するだろうけど。
俺は抜群の反射神経を活かして触手をいなしつつ、彼女の質問に答えた。
「大丈夫だよ」
「え?」
「さっきの質問。心配してくれてたでしょ」
改めて言われると恥ずかしくなったのか、通常状態でも赤い——というよりも赤黒いのに、菜々花は更に赤くなってしまう。
ヘモグロビンが追加されたのかな?
「べ、別に心配したわけじゃ……」
「してくれなかったんだ」
「してましたよ!」
「してくれてたんだ」
「誘導尋問です! どっちを選んでも私が恥ずかしい思いをします!」
「そんなこと言われても」
ツンデレは彼女の妹の専売特許だろうに、彼女はぶんぶんと身体中から生えている触手を振るった。
事前知識がなければ気絶しそうな光景だ。
SAN値直葬不可避。
「……こほん。それはそれとして、大丈夫だったらよかったです」
わざとらしい咳ばらいをして、菜々花は声を高くする。
「鈴を鳴らしたような」という表現があるが、まさしく彼女の声は——化け物連中は例外なくそうなんだけど——可愛らしいものだ。
声に形があったとしたら、きっと小さくて、丸っこくて、煌くような光を宿しているだろう。
そう確信せざるを得ないほど、綺麗な声なのだ。
「なのに、これだもんなぁ」
「何がですか?」
「なんでもない」
声音がいいだけに、外見との落差が酷い。
高低差で風邪を引きそうだ。
会話が一段落ついたらしいので、俺は再び校庭に視線を戻し、どんよりとした感覚を息にして吐き出す。
慣れないイヤホンをまた装着すると——。
「そういえば」
「ん?」
「化野さんが何か聴いてるのも珍しいですね」
菜々花は興味津々です、みたいな目でこちらを見てきた。正真正銘の肉塊なので眼球なんて器官は存在していないけれど。「ない」のに「ある」っぽい振る舞いをするなど器用なものである。
「最近ハマってるアイドルがいてね」
「えっ!」
ぴょこんっ!
驚いた猫の尻尾のように、触手を伸ばす彼女。
「明日は雨でも……いいや、槍でも降るんですかね」
「俺のことなんだと思ってるの?」
「流行りに疎い朴念仁です」
「想像よりも強い言葉が返ってきた」
失敬な。俺は普通の男子高校生だ。世間ではタピオカミルクティーやら、フィレンツェみたいな名前の菓子が流行していることくらい知っている。マジ卍。
「誰の曲を聴いているんですか?」
「菜々花が紹介してくれたアイドル」
「まさか——西塔岬ちゃんですか!?」
「正解」
「布教に成功しました……!」
菜々花は感涙に咽ぶ。
そんな大げさな反応するほどか、と首を傾げたが、自分の好きなものを友達に紹介して、そいつがハマったら確かに嬉しいかもしれない。
「オタトークしましょうよ」
「推しはじめたのは最近だから、全然話題知らないぞ」
「大丈夫です。私が一から十まで教えてあげますからね」
やる気十分。
椅子をこちらに向けて、話す準備を整える肉塊。
「気合入りすぎじゃない?」
「雪花に薦めても、全然興味を示してくれなかったんです。あの日、涙したのは無駄じゃなかった!」
「大げさすぎる。箸が転がっただけで泣きそう」
「ではまず! ずばり化野さんにとって、西塔岬ちゃんとは!?」
熱心なファンは怖いものだ。
敏腕記者のごとく触手を口元に突きつけて、菜々花は全身から「楽しい」と言わんばかりの雰囲気を醸しだす。
正面から尋ねられて黙り込むほどコミュニケーション不全ではない俺は、しばらく宙に視線を彷徨わせて、ようやっと答えを見つけ出した。
「そうだな……西塔岬は……」
一瞬だけ口ごもる。
「——キラキラのアイドル様、ってところかな」
「素晴らしいですっ!」
「近い近い近い。殺されるかと思った」
「化野さんにはミサキニストの素質があります」
「何そのハルキストみたいのは」
「事実、似たようなものです」
菜々花は熱狂的ファンの姿勢を崩さず、いかに西塔岬が可愛らしいか、努力に努力を重ねて現在の立場に至っているか、等々
俺は頬杖を突いて、それを聞く。
「……化野さん?」
「何」
「泣いてるんですか?」
「違うよ」
少し眠くなっただけだ。
そう呟くと、菜々花は腑に落ちないように、しかし大人しく頷いた。
嘘は言っていない。
少し眠くなっただけだ。
でも、まもなく授業が始まる。
だから眠気は覚まさなくては。
——さようなら、十数日の夢。