【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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2年1学期
はじめまして肉塊ガール


 校門をくぐって空を見上げる。雲一つない。快晴だ。

 花曇りの多かった春休みが終わり、新たに学期が始まったことを言外に主張しているようで、今日という日に相応しい天気である。

 

 

 視線を下げれば、校門の正面に植わった桜の大木、その木陰に赤黒い物体が鎮座していた。本日が入学式な新入生も多いだろうに、彼らを歓迎するには凄惨に過ぎる見た目だ。学園ラブコメを期待してきた学生の心を折る最終兵器。

 今日も今日とて憎々しい──もとい肉肉しい身体を晒す彼女(・・)は、かつては肉貪(にくむさぼり)益荒男(ますらお)の名をほしいままにしていた、等身大の肉塊こと草壁(くさかべ)菜々花(ななか)だった。

 

 

 彼女は木の下で静かに佇んでいる。

 俺と目を合わせるのを拒むように、地面を見つめながら。

 

 

「…………」

 

 

 頬を掻いて歩みを進める。脳裏をよぎるのは春休みのこと。衝撃的過ぎて今でも夢だったんじゃないかと疑ってしまうくらい、激動の日々だった。

 

 

 残り数歩ほどの距離になって、ようやく菜々花はこちらの存在に気がついたようだ。ひっそりと顔──らしき部位──を上げ、遠慮しがちに触手を振る。

 

 

 何を話すか迷っていたのだろう。十数秒沈黙が続いた。俺たちの間を春風が通り過ぎ、髪が空気に巻かれて飛びすさぶ。

 やがて吐き出された言葉は、躊躇に塗れていたものの、いつかの流れをそのまま焼き直したようで、俺たちの関係に落ちていた影を少し取り除いてくれた。

 

 

「……多分同じ二年生ですよね?」

「……そうだね」

「わぁ。じゃあ奇遇ですし、一緒に始業式行きませんか?」

 

 

 三学期までの距離感ではなかった。横並びに歩いてはいるものの、かつてのように袖と袖とが触れ合うような距離ではない。大きく一歩踏み込まなければ、影も踏めないような距離だった。

 

 

 それもそうだろう。菜々花は自分が肉塊であることを自覚してしまった。そして俺がそれを認識できてしまうことを知ってしまった。

 まだ彼女の中で整理がついていないのだろう。俺は関わる相手が化け物な程度では全く動揺しない。慣れたから。しかし菜々花は違う。相手を思いやる気持ちがあって、肉塊である自分が近づけばどう思うかを想像する共感力があって、自然と距離は空いてしまう。

 己の見た目を飲み込めるまでの時間が、俺たちの間を隔てているのだ。

 

 

 ──なーんて格好つけた言い訳をしているものの。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 ぎこちない雰囲気を演出しているのは菜々花だけではない。俺もまた、真正面から視線を合わせられずにいた。

 

 

 だって思い返してみてほしい。春休みの終盤、菜々花が自分が肉塊であることを自覚してからのこと。あの時は無我夢中で行動していたけど、よくよく考えてみると、随分とまぁ格好いい(笑)言動だったじゃないか。恥ずかしくて仕方がない。

 

 

 普通に今日休もうかと思ったくらいだ。化け物共と接するうちに鋼のメンタルを手に入れたと勘違いしていたが、俺もまだまだ豆腐ちゃんらしい。

 

 

 体育館での始業式では、未だ新しいクラスが発表されていないために、菜々花と隣に座らされてしまった。逃げ出したい衝動に苛まれながら何とか一時間少々耐えきったが。

 菜々花は我慢強い俺に感謝してほしい。もしも忍耐力が備わっていなければ、即座にSAN値を欠いたうえ除霊を試みていただろう。

 現代の安倍晴明とは俺のことよ。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 体育館を後にし、新しい教室分けが張り出される掲示板まで向かう。

 普段であればうるさいほどに騒ぐ菜々花は、しかし静かに俯きながら、それとなくこちらとの距離を保って歩いていた。

 

 

「あの……化野さん」

「ん」

 

 

 ぽつりと鈴が鳴る。

 俺は足を止め振り返った。

 

 

「えっと……その……」

 

 

 百六十センチはあろうかという肉塊がもじもじする姿は壮観だ。あるいは叫喚かもしれない。阿鼻叫喚。地獄絵図とはまさにこのこと。ガウタマ・シッダールタもびっくり。

 

 

 全身から縦横無尽に生える触手が不安定に揺れ、体表を謎の粘液が包み込み、春の麗らかな光を悍ましく反射する。移動方法はナメクジよろしく地面を這いずり回り、ゴキブリを想起させるその姿は生理的な嫌悪感を呼び起こす。冷静に考えてよく俺こんなのと普通に付き合えるな。人間の適応力って凄い。

 

 

 自らに秘められた力に驚きつつ菜々花の言葉を待った。彼女はたっぷり時間を取って、口にすべき文言を探しているようだった。「あの……」とか「その……」とか意味のない声が吐き出され、

 

 

「やっぱり、私と一緒に居るのは……嫌、ですか?」

「その心は?」

「えっ?」

「そんな質問してくるなんて、何か心当たりでもあるのかなと思ったんだけど」

「こ、心当たりって……」

 

 

 ぺしゃりぺしゃりと自分の身体を指す菜々花。

 

 

「原寸大の肉塊が目の前に居て、嫌じゃない人を探すほうが難しくないですか?」

「困った。反論できない」

「私から言い出しておいてなんですけど……そこは格好よく否定してほしかったです」

 

 

 菜々花はぺしゃりぺしゃりと悲しんでいた。

 風船を空に放った子供のように。

 

 

「こんなことを言って信じてもらえるか分からないけど」

「はい」

「別に菜々花が肉塊だろうと関係ないよ」

「信じられないです」

「やっぱり?」

「はい」

 

 

 思い込みを正すのは非常に難しい。それが明らかに間違ったものであればともかく、外見が宇宙的恐怖そのものな肉塊という正当性を秘めていれば、なおさら難しいだろう。

 

 

 俺は彼女の勘違いを簡潔に否定する方法を考え、やがて過去何度か試した作戦に行きつき、しばしの躊躇の末、実行に移そうとした。

 

 

「お姉ちゃん! ……と化野。どうしたのこんなところで。もう教室は発表されてるわよ? 見に行かないの?」

 

 

 そのとき、背後から訝しげな声をかけられた。

 聞き覚えのありすぎるそれに振り向く。

 案の定ゾンビが立っていた。

 

 

「今行こうとしてたんだ。ね?」

「え? ……あっはい」

 

 

 広げていた腕を格納して歩き出す。菜々花は唐突に動き出した事態についていけていないようで、気まずげな空気もとりあえず、俺の後を追ってきた。もちろん放置された形のリアルゾンビも共に。

 

 

 菜々花は自分のことを肉塊だと認識できるようになってしまったが、どうやら他の化け物連中のことは普通に人間として捉えているようで、姉妹間──実際は双子なのだが──に不要な亀裂は入っていないようだった。

 俺もわざわざ「貴女の妹さんは今にも腐り落ちそうな動く死体ですよ」なんて言伝する必要もないから、その事実はそっと胸に仕舞いこむばかり。

 つまるところ彼女は、この世界に存在する化け物は己ただ一人という見解を持っているのだ。

 

 

「化野」

「ん」

「アンタ最近、お姉ちゃんと何かあった?」

 

 

 こそこそと、菜々花に聞こえないように囁いてくる雪花。

 眼前に腐敗おびただしい肌が迫ってくるものだから、俺は喉の奥底から湧き上がる悲鳴をぐっと飲み込んで、代わりに菩薩もかくやという笑顔を作りあげた。

 

 

「別に」

「絶対嘘。最近のお姉ちゃんやたらとため息つくし、スマホで化野の写真を眺めては『なんで私だけ~』とか嘆いてるもの」

「そういう時期じゃない。反抗期的な」

「そんな発達段階が存在するとしたら、エリクソン先生もびっくりでしょうね」

 

 

 げしげしと脛を蹴りつけてくる。

 これは傷害罪で起訴できるのではないか。

 判決。死刑。

 まぁもう死んでるようなものだけど。

 

 

 沈鬱な雰囲気は事情を知らないリビングデッドにより破壊され、菜々花と俺との間に漂っていた気まずさはわずかに解消された。相変わらず視線は合わないけれども(そもそも前提として彼女に目なんて装備されていないが)。

 

 

 後は時間が解決してくれるだろうと無責任に願いつつ、俺達はついに運命の教室発表が打ち込まれた掲示板の前に辿り着いた。

 無意識に一年生の欄を見ていたが、そういえば既に二年生。全然自意識が伴わない。何だったらまだ中学生の気分である。時間の流れが怖い。不老不死になりたい。

 

 

 二年生の欄に視線を移し、一組……二組……と名前を確認していく。

 ついに「化野曜」を発見したところで、隣から悲喜こもごもの悲鳴が聞こえてきた。発話主は雪花だ。更に隣では菜々花が先程の沈鬱さなど目ではないくらいの暗さを纏っている。

 

 

「あ、あ、化野!」

「うん」

「私達同じクラスよ!」

「見た」

「でもお姉ちゃん別のクラス!」

「なんで私だけぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 

 

 壮観だった。

 等身大の肉塊が溶けていた。

 地面にでろーんと転がりながら、涙を楚々と流している。

 

 

 俺は周りから迷惑そうな、かつ興味本位な眼差しを頂戴し、居心地の悪さから嘆息したのち、頬を掻いたのであった。

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