【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
泣き叫ぶ菜々花を放置して辿り着いた教室。黒板に張り付けられた座席表を確認して、今年もまた窓際最後列という約束された勝利の席に腰を下ろした。隣に見たくない容姿のクラスメイトが座った。残念なことにそいつの名前を俺は知っている。
「あら隣なのね。運命って奴かしら」
「苗字が生んだ偶然だよ」
「じゃあ一緒にしてみる? アンタの『よ』と私の『ゆ』ではこっちのほうが早いから、私が最後尾になるわ」
苗字を奪ってくるタイプの怪異と化した雪花は、学園物のラブコメでヒロインがするような仕草で頬杖をつき、腐りかけの双眸を細めてこちらを眺めてきた。本当に振る舞いだけはヒロインの風格なんだよな。身体は風化しそうなボロ雑巾だけど。
ざわついていた教室に担任の先生が入ってきて、生徒各位は水を打ったように静かになった。揶揄いのオーラを纏っていた雪花もまた黙る。成績優秀な秀才殿はやはり授業でなくても態度が真面目なのである。その真面目さを俺とのコミュニケーションで発揮して、意図的な勘違いとかを封印してもらいたいものだ。
「はぁい静粛になってくれてありがとうねぇ。これが一年生だったら厳格な教師として今後の説明をするものだが、まぁ、必要ないだろ。お前達二年生だし。今日の予定はプリントを配布するから目を通すように。あと二週間後くらいに生徒会長選挙するから立候補したい奴は考えておけよ」
端的なホームルームを済ませ担任は教室を出ていく。数秒ほどして、静かにしていた反動か、クラスメイト達は爆発した。率先して一年のときの友達と会話に花を咲かせたり、身近な席の者に話しかけたりしている。
あいにく俺は親しい友達がクラスに居なかったもので、悲しさに涙ちょちょぎらせつつ、ミステリアスに窓の外に視線を放り投げた。
「ちょっと、ちょっと」
しかし不満げな声。
肩を掴まれ振り向かされると、眉を顰めたゾンビが自分を指差していた。
「何『おいらぼっちだから教室の外見てアンニュイな気分に浸っちゃうもんね~でも本当は隣の席の美少女と話すのが恥ずかしいだけなんだぁぶひひひひ』みたいな雰囲気出してるのよ」
「俺そんな雰囲気出してた?」
「意訳よ」
「〝意〟の要素が大きすぎない?」
将来通訳者になったら国際問題を引き起こしそうな解釈を垂れ流した雪花は、きりりと表情を引き締めて、威風堂々と宣言する。
「私──生徒会長になるわ」
「あっそう」
机に突っ伏して暗闇の世界へ。昨年とは違う個体だから高さが違う。そこに僅かな違和感を覚えつつも、まぁ狸寝入りには関係ないからいいかと矛を収め、ゆったりと瞼を閉じた。
「会話の最中に居眠りを始めるってどうなの?」
「あんまりにも眠たげなことを抜かすものだから、夢でも見てるのかと思った」
「寝言は寝て言いなさいよ。いや寝かせちゃ駄目か。起きなさい」
頭を叩かれ顔を上げる。雪花は頬を膨らませていた。腐りかけの部分が膨張すると破損してしまいそうだから、見ていてハラハラした。何らかのウイルスが蔓延してパニックでも起きやしないかしら。そうしたら第一被害者は哀れな化野君になってしまう。今からダイイングメッセージの準備でもしておこうか。
「これでも私は成績優秀なのよ。もちろんテストの点だけじゃなく、授業態度も最高ね。生徒会長として申し分ないわ」
「生徒会長の器には小さすぎるんじゃ──」
「は?」
「海よりも深く、山よりも高い志に感嘆しました」
「よろしい」
海よりも高く山よりも低い沸点にビビりつつ、俺は全力でおべっかを撒き散らす。
運のいいことに雪花は気をよくしたようで、数秒前までの不機嫌もまるでなかったかのように、上機嫌に高笑いしていた。お嬢様みたいに。
「それでなんでまた生徒会長なんかに」
「ほら、私ってば権力が自らの掌に収まってないと苛立つタイプじゃない」
「そんな独裁者の生まれ変わりみたいな発言に同意を求められても」
「まぁそれは冗談だけど、学校の運営に自分が携われるって素敵だと思うのよ。だから生徒会長を志すわ」
雪花は胸に手を置いて目を瞑った。葬式かな?
基本的に生徒会長は一年生の時点で生徒会役員を経験していなければ務まらないと思うのだが、そこのところ彼女はどう考えているのだろうか。
質問してみると、雪花は朗々と答えてくれた。
「馬鹿ね。生徒会役員しか生徒会長になれないわけじゃないわよ。役員になるくらい気概のある人間が会長を目指すってだけ。あくまでも選挙で選ばれるんだから、誰だって生徒会長に至れるわ」
「はぁなるほど」
一応の納得をして、俺は首を捻る。さて彼女の思惑は理解したが、はたして何故それをこのタイミングで自分に告げてきたのだろうか。選挙活動を手伝ってくれとでもお願いしてくるつもりなのだろうか。であれば否やはない。級友の目的を果たすために手を貸すくらいは朝飯前である。
とシャツの袖を捲ると、雪花は満面の笑みで言った。
「──だから、化野には生徒会役員に立候補してもらいたいの」
「は?」
「ありがとう。じゃあよろしく」
意味の分からない妄言を吐いて、晴れやかにゾンビは教室を出ていく。
取り残されたのは宇宙を背景に思考が停止した俺のみ。
秒針が数度頂点を指し示すくらい発言を噛み砕いても、やはりどうにも理解がしがたくて、俺はひたすらに困惑を折り重ねていた。