【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
「──っていうことがあったんだよね」
学生の憩いの時間である昼休み。
屋上で呑気に日向ぼっこをしながら、俺はコロッケパンに齧り付いていた。
隣で小柄な弁当箱を突いていた
「自慢話?」
「そう聞こえた?」
「うちには『クリスマスなのに彼氏冷たいんだよ~』って愚痴風自慢するいけ好かへん女が被って見えたわ」
「やけに具体的だね」
恨みでもあるのだろうか。
最後の一口でコロッケパンを飲み込み、あとは陽子を待つばかり。
化け物な見た目のせいで忘れがちだが、彼女は華奢な女の子なのである。等身大の塵を「女の子」と表現するのは人間として──何より男の子としてのプライドが許さないが、残念なことに、この世界には未だ人間サイズの塵を正しく形容する言葉が存在していない。ゆえに俺は、
陽子は弁当箱のブロッコリーを端に寄せて、
「そやけど、あの雪花が生徒会長なぁ」
「意外?」
「ぴったりやん。恐怖の独裁政権を樹立する姿が目に浮かぶわ」
「だよね」
イメージは同じであるようだ。
歴史上の独裁者。
その末席に雪花が座っている幻影。
想像がつきすぎて、もはや現実に起こったことかのようだ。
右手を挙げる準備でもしようかしら、なんて考えていると、ブロッコリーを箸で摘まんだ陽子がそれを向けてきた。
「はい、あ~ん」
「正気でも失った?」
「ばっちり正気やで。失ったんは理性やな」
「早々に取り戻してほしい」
押し付けられる緑の爆弾。俺にとってそれは真に爆弾であった。
何故なら化け物に「あーん」をされる展開など、普通の人間にとってはおよそ耐えがたい苦痛であるから。
もしもおとなしく受け入れようものなら、一生心に残る消えない傷として、恋人との甘い時間であろうと思い出してしまう、謂わばトラウマになるだろう。
既に何度か経験しているという(直視したくない)事実からは目を逸らして、俺は陽子のブロッコリーを断固拒否した。
しかし彼女は頬を膨らませ、
「うちのブロッコリー食べるん……そないお嫌?」
「結果が嫌というより、過程が嫌かな」
「うちとの家庭なんて……けったいなプロポーズやわ。せやけど、その遠回しな告白でも、受け入れときますえ」
「戦争ってこうやって始まるのかな」
仮定の話をさもあったかのように、しかも陽子の勘違いなのに、まるで俺から告白したみたいな空気を作りやがる。
照れ照れと腰をくねらせ、そのくせブロッコリーは空中に鎮座。
心底食べたくないという気概が透けて見えた。
「そんなにブロッコリー嫌いなの?」
「恥ずかしゅう話やけど……その、もそもそした食感が舌に合わんいうか」
「あー。まあ好みが分かれるところかな」
野菜の王様とも呼ばれるブロッコリー。食物繊維はもちろん、鉄分や葉酸、ビタミン、カリウム、マグネシウムを摂取できるなど非常に栄養価の高い食品だ。筋トレを愛好する者らが食べている印象の通り、たんぱく質も野菜にしては含んでいる。
しかし陽子が言ったように、もそもそした食感が合わないという人も居る。俺はマヨネーズさえ付けてしまえば何でも食べられると思っている側なので、栄養価も高く腹にも溜まりやすいブロッコリーは重宝している。されど彼女はどうにも納得がいかないようで、こうして俺に食わせようとしているのであった。
「んじゃ貰う」
ぱくりと。
流石に陽子の箸に口を付けるわけにはいかないから。
ブロッコリーを指で摘まんで。
咀嚼した。
もっさもっさ。
もっさもっさ。
もっさもっさ。
森が口腔内で暴れまわる。
いいとこのお嬢さんである陽子は、あまり濃い味付けが好きでないようで、ブロッコリーも例に漏れず薄味だった。薄味というか、味がなかった。例えるならそこら辺の特徴のない雑草を食べた感じ。苦みもなければ甘みもない。ただ、草の塊を食べている感じ。
「これは苦手になるかもね」
「そやろ?」
からころと、下駄を転がしたように笑う陽子。
空になった弁当箱を閉じて、丁寧に巾着で包み込む。
「ところで……雪花の誘い、乗るん?」
「生徒会役員に立候補するって話? うーん、どうしようかな」
俺は部活もやっていないし、二年生にしては珍しくアルバイトもしていない。だから負担としては大きくないのだが、まず、生徒会が自分に合っているとも思えないのが問題だった。
事なかれ主義で世間の風潮に流され、一般人並みに責任感はあるが胸を張るほどでもない。誇れることと言ったら耐久力くらい。精神の。そんな俺が生徒会役員になるなど資格がないのではなかろうか。
と陽子に伝えると、彼女は可愛らしく首を傾げた。
「別に資格なんて必要あらへんやん。やりたかったらやる、くらいの気持ちでいけるで」
「そうなんですかね」
「そうなんです」
上下に振られる頭。
それに伴って落ちる塵。
人間らしさのない感情表現を眺めながら、俺は横になり、吸い込まれそうなほど青い青い空を見上げたのであった。