【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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メスガキ

 彼の者、鬼にこそ似たりけれ。脚の爪、針のごとく尖りて、矮く小さき身を引きずり、歩むたびごとに廊を踏み鳴らす。肋の骨、皮の下に浮き出でて、枯れ葉の重なれるがごとし。

 げに、恐ろしきまなこ二つ、硝子の玉のやうに照りかがやき、枯箒のごとき髪の間より、ひそかにのぞきけり。身のありさま、釘のごとく細く見ゆれど、ただ腹ばかりは異にて、樽のごとく張りふくらみ、いとあさまし。

 今にも火を吹き出ださんとする気色、身に満ちみちて見ゆるを、思ふに、この者は六つの道のうち、飢ゑと渇きの苦しみを受くべきさだめに生まれ出でたる、あさましき化生にこそありけれ。

 

 

 要するに噂の人物は餓鬼だった。

 なんでだよ。

 

 

「…………」

 

 

 俺は困惑の表情を隠しきれず、人間の義務である学生服すら纏っていない地獄の使者を眺める。

 彼女──彼女なのか?──は後ろ手に指を絡め、挑発的な視線で以てこちらを見上げてきた。

 容姿が通常の人間であれば、いわゆる上目遣いと表現される格好であろう。

 

 

「んじゃ化野、紹介するわ。彼女は蕪木(かぶらぎ)綾瀬(あやせ)。私の中学の後輩で、雛鳥みたいに後ろを付いてきた可愛い可愛い一年生よ」

「もう、やだなぁ先輩。なんだかまるで、わたしが先輩のこと大好きみたいな言い草じゃないですかぁ」

「あら? 綾瀬ったら私のこと好きじゃないの?」

「言わせないでくださいよぅ。大好きですっ!」

「全く可愛い後輩め」

 

 

 俺はこのまま二人を放置して踊り場を去るか、人間らしく脳みその機能を停止して気絶するか悩んでいた。

 言葉のうえでは実に可愛らしき会話。

 距離感も絶妙で、仮に綾瀬とかいう化生が人間であれば、誰しもが好感を抱こうという名手である。

 

 

 しかし彼女の外見は人間とは比べ物にならない。

 もちろん悪い意味で。

 

 

 餓鬼とは仏教における六道輪廻がうち餓鬼道に生まれ出でた存在であり、餓鬼道に堕ちた者は、常に激しい飢えと渇きに苦しむ責務を負い、食べ物や飲み物を見つけても火に変わったり、腐り落ちたり、喉が針の穴ほどに細く呑み込めないなど苦痛に苛まれるのだ。

 

 

 風貌からして肉を貪っていそうだが、その実、物を食べることは許されない。

 ということで俺は、彼女を肉不貪(にくむさぼらず)益荒男(ますらお)と名付けることにした。

 今回もまた、俺は普通の人間と相まみえることはできなかったのである。

 悲しい。

 

 

「化野」

「ん」

「綾瀬の紹介は終わったから、次はアンタの番。まさか子供みたいに私に任せようとは思ってないわよね?」

「うーん、自己紹介をブッチしようかとは思ってたけど」

 

 

 肩を竦めて綾瀬に視線を合わせる。

 

 

「?」

 

 

 彼女もまた、困ったように肩を竦めて、そして頬を緩めた。

 なるほど異性に耐性がない男であれば、ころっと行ってしまってもおかしくない。

 

 

「俺の名前は化野曜。覚えなくていいよ。じゃ」

「ちょっと何帰ろうとしてんのよ」

「そういえば予定があることを思い出して」

「アンタのスケジュールにインクが刻まれてるわけないでしょ」

「失礼じゃない?」

 

 

 制服の袖口を掴まれて行動を制限されてしまった。

 獄卒こと雪花はばさっと金髪を翻し、

 

 

「まぁ可愛い女の子に照れる気持ちは解るけど」

「可愛い女の子、ね」

「何よその含みのある言い方」

「いや何、気にしないで。ちょっと反復したくなっただけだから」

「妙な趣味してるのね」

 

 

 ──とりあえず仲介者たる私が居たら会話も弾まないでしょ? 五分くらい席を外すから、二人で仲を深めなさい。

 

 

 なんて、「あとはお若いお二人で」と部屋を後にする両親のように、雪花は片手を上げて階段を下りていった。

 調整役が居なくなったことで、緊張感のある空気が漂う。

 主に綾瀬何某の見た目のせいで。

 

 

「──ったく」

 

 

 すると。

 

 

「ねぇお兄さん? わたしがこのうえなく可愛くて、目を合わせるのも恥ずかしいよーってのは理解できるんだけどさ、それじゃあ会話もままならんから、童貞臭い振る舞いは止めてこっち見てくれないかなぁ?」

 

 

 彼女は被っていた猫を投げ捨てた。

 見ると、嗜虐的な笑みを口元に浮かべている。

 

 

「それが本性?」

「本性っていうかぁ、本質? わたしさぁ、ほんのり男の人のことが好きじゃないんだよねぇ。好きじゃないっていうよりも、『舐めてる』ってほうが合ってるかもしれないけどさぁ」

 

 

 甘ったるい声だった。

 洋菓子を作るキッチンのように、嗅ぐだけで気持ち悪くなる空気を纏っている。

 語尾にハートマークでも付けているのかと疑ってしまうくらい、彼女は間延びした口調で笑った。

 

 

「お兄さんってば女の子と手も繋いだことないでしょ?」

「さて、どうかな」

「強がらなくてもいいって。お兄さんを見てればモテないのが丸わかり」

 

 

 確かに女の子──人間の女性と手を繋いだことはない。

 化け物相手だったら何度かあるか。

 まあ、あれをカウントするのはどうかと思うので、俺はおとなしくカップル的所作に乏しいことを告白した。

 

 

「ふふっ、だっさぁ。お兄さん──曜さん、だっけぇ? もう高校二年生にもなるのに、女の子と手も繋いだことないなんて……それってさぁ、雑魚って呼ばれても仕方ないんじゃなぁい? ざぁこ」

「ふむ」

 

 

 顎に手を添えて言葉を噛みしめる。

 萌え文化の文脈に沿って解釈すれば、彼女の言動は如何にも「それっぽい」属性によって構築されていた。

 他称美少女であり、体躯の丈から推察するに小柄。

 生意気な語彙選択に、年上を馬鹿にする精神性。

 ここに餓鬼という見た目を加えれば、蕪木綾瀬を指し示す言葉は一つに集約される。

 

 

 つまり──(メス)餓鬼(ガキ)

 昨今のヒロイン属性の一種として定着しており、彼の者を「わからせる」ことを望んだり、逆に敗北することを望む紳士淑女に信奉される存在。

 両極端な需要にコミットできることから最近幅を利かせているが、まさかこんなにもこてこての奴が現れるとは思わなかった。

 俺はいっそ清々しい気分になって、ぱちぱちと拍手する。

 

 

「……? どうしたんですかぁ、急に手なんて叩いちゃって?」

「いや、お手本のような人間だなと」

「お手本?」

 

 

 想定していた反応とは違ったのか、綾瀬は困惑したように口元を引きつらせた。

 がりがりで骨ばんだ顔に、歯牙の輪郭が浮かぶ。

 全く以て可愛いとは形容できない容姿であった。

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