【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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これと仲良くするのか

「と、とりあえず」

 

 

 場の空気がこちらに流れるを嫌ったか、綾瀬は手を鳴らし、世界の平和を約束する一基の大砲のように指を立てる。

 

 

「曜さんは雪花先輩から離れてください」

「なかなか難しいことを言うね」

「──あ、やっぱり雪花先輩のこと好きなんですかぁ?」

「いや全く」

「あれ」

 

 

 梯子を外された、とでも言うように。

 彼女は目を丸くした。

 

 

「……それ、嘘ですよねぇ?」

「真実の口に手を突っ込んでもいいけど」

「ジョー・ブラッドレーみたいになるんじゃないですかぁ?」

「その時は君がアン女王役をやってくれるの?」

「ざぁこ、って嘲笑うだけですよぉ」

 

 

 けらけら、と嗜虐的に目を細める綾瀬。

 確かに声はなかなかそそるものがあるのだが、風貌がこの世の終わりみたいな咎人なので食指も動かない。

 険悪な関係になるのも面白くないので、ひとまず俺は彼女に問いかけてみることにした。

 

 

「ところで、どうして雪花と離れさせようとするの?」

「雪花先輩……すっごく可愛いじゃないですか」

「うーむ」

 

 

 議論の分かれるところじゃないか?

 そりゃあ広い世界に目を向ければ、今にも腐り落ちそうな死体に欲情する変態も居るかもしれない。

 ただ、殆どの人間は嫌悪の情を湧き起こすだろう。

 俺は類稀なる適応能力によってなんとか普通に接しているけど、流石に自分が少数派である自覚はある。

 

 

「頑なに雪花先輩が可愛らしいことを認めませんねぇ? やっぱり童貞臭いです。女の子を好きって言うのが、なんだか負けた気がして、貴方のちんけなプライドが許さないんですよねぇ?」

「広義の意味ではそうなるのかな」

 

 

 ゾンビを可愛いと表現する。

 なるほど、おっしゃる通りプライドが許さない。

 あるいはプライドというよりも常識が。

 

 

「なっさけなぁ~」

 

 

 綾瀬はくすくすと笑っていた。

 口元に手を当て、猫のごとく目を細めて。

 

 

 相手がこちらと仲良くしようという気概を一切見せないので、俺は雪花のオーダーを叶えられそうになかった。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 バタ臭く肩を竦めて嘆息する。

 ま、雪花には諦めてもらおう。

 人には人の乳酸菌、じゃなくて適した関係性があるのだ。

 俺と綾瀬はいがみ合うのが最適ということなのだろう。

 

 

 そうこうしていると五分が経過したのか、誰かが階段を上ってくる音が聞こえてきて、ひょっこりと腐乱死体が顔を出した。

 

 

「化野。綾瀬とは仲良くなれた?」

「いや──」

「もっちろんですよ雪花せんぱぁい! 竹馬の友さながらの仲良しさんですっ」

「それはそれで複雑ね……」

「じゃあ数年に一度会う何をしてるのか全然判らない親戚のおじさんくらいの仲良しさですっ」

「殆ど仲は進展しなかったようね」

 

 

 雪花は額に手を当てる。

 

 

「……ま、そんなもんか。当たり前よね。私と化野は初対面から親密だったけど、それは互いに運命の相手だったから起こり得たわけで」

「俺達って最初から仲良かったっけ?」

「あらそうよ。アンタついに昔のこと忘れはじめちゃったの?」

 

 

 そうか。俺達は初めから仲がよかったのか。

 菜々花に近づく悪い虫として散々威嚇されたのは記憶違いで、散々罵倒されながら肝試しじみたデートをしたのも勘違いか。

 若年性アルツハイマーの疑いがあって自分が怖くなってきた。

 

 

 雪花は「仕方ないわね」みたいな顔で嘆息し、綾瀬の手を取って踊り場を後にする。

 

 

「じゃ、私達は積もる話があるから。ここでさよならね」

「うん。また」

「曜先輩お元気で~!」

 

 

 器用なものだ。

 こちらを嫌っているのを見事に取り繕い、理想的な後輩然とした格好で以て、手を振って別れを告げてくる。

 

 

 俺はのさっと片手を上げ、彼女らが居なくなるまで踊り場に立ち尽くしていた。

 立ち尽くして、膝を折る。

 

 

「……どうしてこう、俺の周りには化け物しか現れないのかしら」

 

 

 やはり前世で何か罪でも犯したのだろうか。

 それも極大の罪だ。

 神の名を最上級に貶めたとかそういう罪を犯していないと与えられないほどの罰を、俺は若干十六歳にして与えられていた。

 この世の理不尽に憤って革命でも企てるぞ、終いには。

 

 

「ま、別にいいか」

 

 

 綾瀬は俺を嫌っているようだし、わざわざ自分から近づこうとも思わない。

 相手は餓鬼だし。

 であれば大して問題も起こるまい。

 学校は広いんだし、学年も違う。

 早々出会うこともないよ。

 

 

 ──と、それがフラグになったのだろうか。

 

 

 蕪木綾瀬との邂逅から数日。

 授業のない開放感に背筋を伸ばし、久々に本でも買いに行こうかと足を延ばしていた昼下がり。

 ポケットに放り込んだ財布を指先で確かめていると、何処からか、覚えのある声が聞こえてきてしまった。

 

 

「かぶらぎせんせーすきー!」

「えー? わたしも好きだよ~」

「きゃっきゃっ」

「うふふ~」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 途中から。

 鈴を鳴らしたような声の主と、児童のやり取りは止まってしまった。

 代わりに重たい沈黙が視線となって交わされる。

 ただし無言のコミュニケーションをしていたのは児童ではなく、残念なことに、誠に不幸ながら、俺と彼女(・・)であった。

 

 

 フェンス越し。

 建物の様子からして、幼稚園。

 エプロンを纏った蕪木綾瀬と見つめあう。

 

 

「──買い物楽しみだなぁ」

「いやいやいや! それで誤魔化せると⁉」

「いずこやらか声が。すわ天の導きか」

「無理筋過ぎる……!」

 

 

 メスガキ然とした雰囲気ではなく、それこそ優等生のような、透き通った声色で彼女は叫んだ。

 

 

「かぶらぎせんせー? なんだかこわいよー?」

「あっ、ごめんね? ちょっと先生の知り合いが居てね」

 

 

 きっと見てはいけないものを見てしまったのだろう。

 世界には知らなくていいこともある。

 俺はそっと微笑んで、この場を去ろうとした。

 

 

「──ちょっと」

 

 

 しかし。

 

 

「もうすぐで休憩時間っすから、その時まで、待っててくださいね……?」

 

 

 背後から投げられた制止の言葉。

 おそらく気のせいだろう、と通り過ぎることは可能。

 しかし生死に関わる可能性もあるので、俺は致し方がなく、思いっきりため息をついて、近くの公園で暇を潰すことにした。

 命は大事だからね。

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