【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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キャラの過積載

 蒲公英に雪が落ちている。俺は童心に従い一本摘んだ。しげしげとそれを眺め、蒼天に透かし、綿毛を飛ばすべく吹いた。果たして宙を舞う可能性の獣たちは、しかし突如として吹いた春風によって、無残に地面に叩きつけられてしまう。頭を捥がれた蟷螂のように、種子から伸びる毳毛(ぜいもう)が震えた。

 

 

「……子供っぽいんすね」

 

 

 ブランコを揺らしていた綾瀬が呟く。

 傍から見れば彼女のほうこそ子供っぽいと評されるべきだが(背丈的に)、この重たい空気にメスを入れてくれたのだから、茶々を入れるような真似はせず、おとなしく会話の発端に乗じた。

 

 

「あれって演技だったの?」

「あれ──って?」

「なんだろう、あの……失礼な態度」

 

 

 流石に女子──しかも年下相手に「メスガキ」なんて言葉は出せなかった。

 濁したような表現に、彼女は苦笑する。

 

 

「ああ、あのメスガキ風味のことっすか」

「言っちゃった」

「こう見えてわたし、オタク文化には精通してるっすよ」

「なんと」

 

 

 指を立てて胸を張る綾瀬。

 メスガキだったり優等生な保育士さんだったり愛され系の後輩だったり。

 全く忙しい奴である。

 時代が進めばキャラの過積載で処罰されよう。

 

 

「はぁ……まさか先輩に見られるとは思わなかったっす」

「忘れろって言うなら忘れるけど」

「それで忘れられるんだったら、世界にトラウマで悩む人は居ないでしょうね」

 

 

 ため息。

 本当に予想していなかった展開に巻き込まれてしまったようで、彼女は実に痛ましい表情をしていた。

 

 

「数日前とは態度が違うね」

「真っ当なところを目撃されて、今更メスガキされたいんすか? 変態に上限はないってことっすか」

「メスガキされる」

 

 

 斬新な動詞だ。

 しかし妙に腑に落ちる。

 将来辞書の編纂に携わる立場になったら、なんとか権限で捻じ込めないか尽力してみよう。

 

 

 綾瀬とは最悪の初対面だったと認識しているのだが、それにしては、現在の距離感はどうにも気安いものだった。

 あるいは人によっては身悶えるほどの経験をしてしまい、単純に意気消沈しているだけかもしれないけど。

 可能性としては後者のほうが高いか。

 なむあみだぶつ。

 

 

「……ああ、そういえば先輩」

「ん」

「先日はすみませんでした」

 

 

 ぺこり、と。

 綾瀬は軽く会釈した。

 いったい何事があって頭を下げられたか理解できなかったので、俺は首を傾げて、その理由を尋ねる。

 

 

「謝るようなことされたっけ」

「ほら、メスガキですよ」

「ああ」

「わたしも自覚してるっすから。あの態度が失礼だって」

 

 

 いや、あれはあれで面白かったから、全然気にしていないのだが。

 だって普通に抱腹絶倒だろう。

 容姿が餓鬼な化け物がお約束じみた振る舞いをするなんて。

 

 

「ところで、どうしてアレを?」

「ほら──わたしと雪花先輩、街を歩いたら十人中十二人くらいが振り返るほどの美貌を誇ってるじゃないっすか」

「うぅん」

「なんでそこで引っかかるんすか?」

「なんでもない。続けて」

 

 

 手を差し伸べて先を促す。

 まさか「貴方方のことが動く屍と地獄から這い出た醜悪な小人に見えるんです」なんて言えるはずもない。

 ゆえに俺は微妙な顔で口ごもり、綾瀬に違和感を抱かせてしまった。

 

 

 彼女は片眉を上げ、

 

 

「まぁいいっす。で、そんな美少女達ですから、近づいてくる男にはおしなべて下心が標準搭載されてるわけっす。そりゃあ警戒心も持ちます。持ちまくりっす。どれくらい持つかっていうと、初対面の男性に失礼な態度を取って、わたしらから遠ざけるくらいには」

「なるほど」

 

 

 下心を向けられた過去が綾瀬をメスガキにしてしまったということだ。

 敵役の悲しい過去が発覚したときみたいな感覚である。

 そこから導き出される結論が「メスガキになる」なのが不思議だけれど。

 まぁ世の中は広いんだし、そういうこともあるだろう。

 

 

 思い返してみれば、確かに雪花も初対面の時は当たりがきつかった。

 きっと綾瀬と似たような経験があったからに違いない。

 

 

 しかし合点がいかないのは、どうして現在、彼女は俺に対して、友好的とは言えないけれども、決して敵対的とも言えない距離を保っているのだろうか、ということである。

 男皆これ敵、という金科玉条を掲げているのであれば、たとえメスガキが欺瞞であったとしても、険悪な雰囲気を保っていなければならないのではないだろうか。

 

 

「でも──先輩は別っす」

「というと」

「わたしはエリート女の子なんで解るんす。この人はわたしに好意を持ってる、この人はわたしのことが好き、この人はわたしを愛してる……とか」

「へぇ」

「それで行くと、先輩はわたしのことを路傍の石と同等に捉えてるっす。まるで興味がない。動画鑑賞中に表示される広告みたいに、わたしのことをどうでもいい存在だと思ってるっす。なんだったら居なくなってほしいとすら」

「酷くない? 俺のイメージ」

 

 

 されど、否定はしきれなかった。

 何故なら彼女は餓鬼だから。

 怖気が走る化け物が目の前に居て、何処の誰が許容できるだろう。

 慣れはしたが、化生の類を求めたことはない。

 なのにどんどん増える。

 リボ払いの支払い残高のように、雪だるま式で。

 

 

「だから先輩にはメスガキしなくてもいいかなって。まぁ、一番の理由はまともなところを見られたからっすけど。流石に本性を知られた状態で、あんな振る舞いはできないっす」

「勉強になります」

 

 

 俺はブランコから立ち上がった。

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