【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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昼下がりの密約

 気になっていたことは聞き出せたし、会話も終わりという雰囲気。

 ゆえに俺はその場を後にしようとして、片手を上げる。

 

 

「それじゃあ──」

「待ってください」

 

 

 服の袖口を掴まれた。

 意気揚々と足を踏み出そうとしていたから、勢い余ってたたらを踏む。

 そして袖を摘まんでいた綾瀬もまた。

 

 

「お、っとっと」

 

 

 転びそうになる。

 転びそうになって、なんとか姿勢を整えた。

 一緒に巻き込みそうになった綾瀬を支えながら。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 それは、そう。

 一言で纏めるのであれば。

 限りなくお姫様抱っこに近い姿勢であった。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 不慮の事故とはいえ彼女は若干の男嫌い。

 顔と顔とが近づくこの体勢は望むところではなかろう。

 俺は紳士的に綾瀬を立ち上がらせ、

 

 

「ごめん」

 

 

 と浅く頭を下げた。

 すると彼女は慌てたように手を振る。

 

 

「か、顔上げてくださいっす。今のは誰が見てもわたしが悪かったっす。先輩に謝らせるようなことじゃ」

「そう? 了解」

 

 

 本人のお許しも得たことで、遠慮なく腰を元の位置に戻した。

 ところで綾瀬は何故袖を掴んできたのだろうか。

 やはり餓鬼としては目の前に(にんげん)が居たら逃したくない、とか思うのかしら。

 なんて不思議がっていると、彼女は辺りを見渡して、

 

 

「──その、約束してほしいっす」

「約束?」

「はい。密約とも言います。わたしはこれでも猫を被るのが上手くて、雪花先輩にも見破られていません。雪花先輩にとって、他のみんなにとって、わたしはメスガキなんです」

「随分愉快な自己分析だね」

「茶化さないでください」

「ごめんごめん」

 

 

 そりゃ「私はメスガキです」と言われて笑わないほうが無茶というものだが、当事者としては真剣なのか、餓鬼ゆえに小さく窪んだ双眸を引き締めて、声のトーンを僅かに下げてお願いしてきた。

 

 

 人を虐める趣味があるわけでもないので、一抹の興味関心を封印して頷く。

 

 

「──なので、先輩にはわたしの本性のことを秘密にしてほしいっす」

「合点承知の助」

「……本当に解ってます?」

「もちろんだとも。俺の口は岩のように固いよ」

「…………信用ならない」

 

 

 なんと。

 自分としては思慮深い認識であったのだが。

 それこそ──よほどの状況でない限り──他人が化け物に視えると告げたことはないし、以前有名アイドル様と関わったことも公言したことがない。

 拷問でもされない限り誰かの秘密を暴露するようなことはないと自負しているのだが、綾瀬は信用してくれなかったようだ。

 

 

 彼女は「む」と口を一文字に結んで、しかし呆れたように嘆息する。

 

 

「……ま、信じますよ。先輩個人をじゃなくて、雪花先輩が信頼する『化野曜』という人物を信用します」

「遠回りだね」

 

 

 あるいはそういうポーズか。

 いずれにせよ、此度の遭遇はこれにて終了だろう。

 

 

 大規模な食事会で自然に発生するような、集団の意識が一つに纏まるような、自ずから生まれ出る解散の空気。

 それが俺達の間に漂っていたから、さようならの一言で公園を去ろうとして。

 

 

 そこに。

 全く以て運の悪いことに。

 予想外の闖入者が現れた。

 

 

「あれ、化野──と綾瀬じゃない」

 

 

 鈴を転がしたような声。

 さりとて「ぬちゃり」と粘着質な音。

 ぎぎぎと振り返れば、やはり腐敗したニンゲンモドキ、草壁雪花がビニール袋を提げて立っていた。

 買い物帰りなのか、袋からは葱が覗いている。

 

 

「はぁ……化野」

「ん」

「アンタってばホント手が早いわねぇ」

「何を以てその結論に達したのか」

「まさか言い逃れする気? 無理でしょ。推定無罪の原則を掲げる裁判長だって、流石に現行犯には実刑判決を下すわよ」

 

 

 雪花は俺と綾瀬を交互に指差した。

 まるで秘密の逢瀬を暴いた探偵のように。

 

 

「私はアンタを信用しすぎてたみたい。まさか女の子だったら誰でもいいのかしら」

「何やら勘違いをしているようだ」

「勘違い? 学校もない休日に、人目を憚るようにこそこそと、人っ子一人居ない公園で密会をしているのが勘違いと。面白いわ。どんな言い訳を聞かせてくれるのか俄然楽しみになってきたわね」

 

 

 がすん、とベンチに腰を下ろす雪花。

 続けて? と視線だけで促してくる。

 さてさて、どう言い訳──もとい説明をしたものか。

 正直に話せば綾瀬を傷つけてしまうし、上手く誤魔化さねば俺の社会的地位が傷ついてしまう。

 

 

 突如として現れた二者択一。

 見つけ出せるか両天秤。

 俺は緊張に乾燥した唇を舐めた。

 

 

 ──すると。

 

 

「せ、せんぱぁい」

 

 

 甘えるように、雪花にしな垂れかかる綾瀬の姿があった。

 あらゆる文句を封殺するかのごとく、猛烈な勢いでゾンビに甘える餓鬼。

 世が世なら即座に陰陽師が召喚され得る光景であるが、自分以外には美少女と美少女とが過激なスキンシップをしている場面に映るのだろう。

 なんだか損をした気分である。

 

 

「わたし、せんぱいがわたしのこと放って曜先輩と仲良くしてるんじゃないかって心配で心配でぇ……」

「よしよし。そうだったのね。そうね、綾瀬は昔っから私に付きっきりだったもんね。化野に私が取られるかも、って心配だったのね」

「はぁい」

 

 

 随分とまぁ巧妙な口実を作るものだ。

 積み上げてきた経験がそうさせるのか、雪花は全く疑う様子がなかった。

 自分によく懐いた犬猫にするように、頭をわしゃわしゃ撫でる。

 

 

 それを眺めていた俺に気が付いたのだろう、雪花は何処か勝ち誇った雰囲気で、こちらに流し目を送ってきた。

 

 

「──羨ましい?」

「別に」

「なっ」

 

 

 どちらかというと今すぐに帰りたかった。

 何が悲しくて、腐乱臭香るリビングデッドと、がりがりで目玉ぎょろぎょろな餓鬼の絡みを見学せにゃならんのか。

 俺は心底悲しい気持ちだった。

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