【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
綾瀬は幼稚園の昼休み中に抜け出してきていたこともあり、俺達に断って公園を後にしたのだが、何故か雪花は未だベンチに座ったまま、こちらに流し目を送っている。
「…………」
「…………」
いったい何を目的にしているのか分からない。
しかしどうにも解読しなければ帰れない様子。
女心と秋の空とは云うが、やはりゾンビということもあって、精神まで腐り落ちているから、変化が著しいのだろうか。
「月が綺麗ですね」
「言うに事欠いてそれ? アンタの貧弱な異性経験で捻りだした言葉なのかもしれないけど、人によっては最悪の選択肢よ。まず今は真昼間だし」
「ジャブで勝負を決めにかかろうと思って」
「化野がその気なら、私も勝負を決めにかかってもいいんだけど──」
ま、お姉ちゃんに申し訳ないわよね。
と何故か菜々花を話題にして肩を竦めた。
理由は全くの不明である。
化け物の心情は難しいものだ。
「私が何を考えてるか化野に察してほしかったんだけど、アンタには困難だったようね」
「うん」
「素直に認められて結構。捻くれた言動は殆どの場合マイナスポイントにしかならないけど、化野のそういう妙な素直さに関しては、唯一プラスになり得るわよ」
「へぇ」
雪花の話も右から左。馬耳東風。
俺の意識はすっかり本に移っていた。
元より本日の外出は本を買いに行くため。
なんか彼女との会話にも終わりが見えてきたし、解散次第本屋に赴くぞ、とうきうきした心持ちだったのである。
けれどもそう上手くは行かないもの。
腐りかけた指で以て自分の持つレジ袋を指し、雪花はとんでもない爆弾を投げつけてきた。
「今日、私の家で鍋パーティーするの。化野も来る?」
「──ふむ」
まさかの御呼ばれ。
化け物の巣窟、万魔殿、伏魔殿への招待状。
全く予想外の発言だったため、俺の思考は停止してしまった。
顎に手を添えて見た目だけ取り繕う。
「ほら、急に男が訪れたら親御さんも迷惑だろうから」
「安心して。今日のパーティーは私とお姉ちゃんだけで執りおこなうわ。それにお母さん達には化野のこと教えてあるから、たとえ家に居たとしても問題ない」
「それはよかった」
一部聞き逃してはならない説明があったような気がしないでもないが、ひとまず置いておいて、続けて訴えかけた。
「しかしだね、女生徒らの家に単身潜り込むのは、倭男児の矜持に触るわけで」
「アンタ倭男児だったの?」
「言ってみただけだけど」
「でしょうね」
鎧袖一触。
既に彼女の中では俺が鍋パーティーとやらに参加することが確定事項なのか、決まりきった文言を述べるように、淡々と詰めてくる。
けれども俺が辞退したがっているのは、何も化け物らが主催するパーティーゆえではない。
その程度だったらなんの問題もない。
何故なら慣れ切っているから。
仮に一瞥しただけで吐き気を催すような不快感の塊を前にしても、とりあえず食事くらいは支障なくおこなえよう。
俺が真に気にしているのは、微妙な関係になっている菜々花である。
春休みの件以降──彼女との間にあまり会話はなかった。
まぁ仲違いしたわけでもないし、一緒に遊ぶくらいは差し支えなかろうが、皆が楽しむべきパーティーを阻害するのも気が引ける。
よって俺は雪花の誘いに乗りがたかったのだ。
「何を懸念してるか知らないけどね、ひとまずお姉ちゃんだったら、化野と喋りたがってるから問題ないわよ」
「え」
「もしかしてバレてないつもりだったの?」
ふん、と雪花は鼻を鳴らす。
「普段あれだけ話してる化野達が、クラスが変わったとはいえ、会釈の一つくらいで済ませる異常が分からないわけないでしょ。私の観察眼を舐めないでよね」
葱の頭が覗くレジ袋を持ち上げ、彼女は立ち上がった。
釣られて俺もベンチから腰を上げる。
「いい? アンタは妙なところを気にするから話がこじれてるけど、お姉ちゃんは化野のことがす──こほん。とにかく、うだうだやってるのは面倒くさいから、何も気にせずうちに来なさい」
リビングで「メールを……いやでも……化野さぁん……うぅ……」とか呻いてるの聞くに堪えないのよ。
と雪花はため息をついた。
「それに私もアンタと話したかったし」
「へぇ」
「生徒会役員の件、忘れてないでしょうね」
「……もちろん」
「おかしな間があったわね。ま、私は優しいから許してあげるけど」
彼女の後を付いていく。
それなりに長い付き合いをしているが、草壁家にお邪魔するのは初めてだ。
何故か実家には足を踏み入れたことがあるけど。
順序が逆では?
公園から十分少々、雑談しながら歩いていると。
一軒家の前で雪花が立ち止まり、
「ここよ」
「ここが──」
見上げる。
何処にでもあるような一軒家だ。
軒下に人間の死体がぶら下げられてもいなければ、冥府への入り口が舗装されているわけでもない。
強いて言えば西洋チックな外観が印象だけど、それも近代風のデザインですと説明されれば腑に落ちる程度。
つまり、化け物の家として「それらしい」見た目ではなかった。
「……なんか落胆してない?」
「気のせいだよ」
魔王城みたいな表構えを期待していなかったと言ったら噓になる。
まあ、しかし、そりゃあ当たり前なのだ。
化け物は普通に人間として暮らしているのだし、我々は普通ではありません、と喧伝するような家に住んでいれば、すぐにデビルハンターやら何やらが襲い掛かってくるだろう。
俺は肩を竦めて、玄関に手を伸ばす雪花の元に歩いていった。
「いらっしゃいませ──うちに来た男子は化野が初めてよ」