【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

122 / 138
氷解

 開かれた扉。

 目に飛び込んでくるのは極々一般的な内装。

 間違ってもコズミックホラーな聖遺物が置かれもいなければ、これぞ死体という亡骸の山が積もってもいない。

 

 

「お邪魔します」

 

 

 俺は玄関で靴を脱ぎ、雪花が用意してくれたスリッパを履いた。

 綿の感触が温かいもこもこの奴である。

 彼女の足元に視線を落とすと、雪花は風化寸前の襤褸衣に足を突っ込んでいた。

 爪先には無数の穴。

 飛びだすはインソール。

 およそ普通の住宅に似つかわしくない装備だ。

 

 

「……? やけに見てくるわね、私のことを」

「何せ初めてのお家だからね。見慣れない物ばかり。そこに見慣れた者が居るなら自然と視線が誘導される」

「どうだか。そんなこと言って、私の美貌を堪能したいだけじゃないの?」

 

 

 それだけはない。

 という言葉を我慢するだけの度量が自分にはあった。

 化野君は英国紳士も敬礼を抑えきれない紳士なのである。

 

 

 何を勘違いしたのか自慢げに微笑んで、雪花はリビングに足を踏み入れた。

 

 

「お姉ちゃん、ただいま」

「あ、雪花。おかえり──」

 

 

 そして。

 ソファでだらしなく溶けていた菜々花と。

 ばっちり視線が合った。

 まぁ彼女に眼球という優れた器官はないので、気分の問題だが。

 

 

「あ、化野さんんん……⁉」

「言い忘れてたわ。丁度そこで会ってね、鍋パーティーに誘ったの」

「連絡する選択肢はなかったのかなぁ⁉」

「連絡しないほうが面白いと思ったもの」

「お姉ちゃんを虐めてそんなに楽しいかな⁉ め、メイクしなきゃ──って、必要もないか」

 

 

 すん、と落ち着く。

 自分が肉塊であることを思い出したのだろう。

 それにしても己の身体が人間のそれと異なるのに、よくもまぁ今まで通りの生活ができるものだ。

 本人的はなんらかの感覚が働いているのだろうか。

 視力を失った者が聴力や嗅覚などで世界を知るように。

 

 

「急に落ち着かないでよ。こっちが落ち着かなくなるわ」

 

 

 机にレジ袋を置いてため息をつく雪花。

 台所に向かって、

 

 

「じゃあ鍋の準備するわ。お腹の具合は?」

「このためにお昼を抜いたからね」

「オーケー。人数も増えたし食べきれないくらい用意するわ。まぁ残ったら化野が頑張ってくれるでしょ。男の子だし」

 

 

 棚からエプロンを取り出して装備する。

 次々に鍋などを支度し始める彼女。

 実に手慣れた様子だった。

 雪花は家事全般得意だと聞いたことがあるし──実際、今の彼女とは育った環境が違うが、根っこの部分が同じである妹がうちで家事をしてくれているし──普段から手伝いをしているのだろう。

 

 

「五分くらいキッチンで作業するから、そっち行くまで暇潰してて」

 

 

 そう言って、包丁の音が聞こえてきた。

 とんとんとん。

 とんとんとん。

 思わず眠たくなるような、規則的な音だった。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 しかし話せと言われても。

 俺は菜々花に眼差しを向ける。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 ふい、と。

 どちらからともいえず、視線は切れた。

 壁にかかるカレンダーに注視する。

 別にそれが気になったわけでもなく、ただ、菜々花と目を合わせているのが気恥ずかしくなっただけだ。

 眼球が存在しない肉塊と目を合わせる、ってのも変な表現だが。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 重たい沈黙が流れる。

 時間が流れる。

 淀みのない湖面のように、静かに波紋が広がって。

 触手を持ち上げた菜々花が端を発した。

 

 

「……化野さん」

「……ん」

「こうして会うのは、久しぶり……ですね」

「……そうだね」

「…………」

「…………」

 

 

 重い。

 会話が続かない。

 以前の俺達は、いったいどうやって喋っていたんだっけ?

 

 

 長らく会っていなかった家族の呼び方を忘れてしまったみたいに、全く滑らかでない不自然な対話だった。

 

 

 とん、とん、とん。

 かち、かち、かち。

 とん、とん、とん。

 かち、かち、かち。

 

 

 ……ぷっ。

 

 

「ふっ、ふふふふふ」

 

 

 菜々花が肩らしき部位を震わせる。

 ソファに居住まいを正し、

 

 

「こうして緊張してるの──なんだか、変な感じですね」

「うん」

「凄い秘密を共有してる私達なのに……こんな距離を取ってるのも、変な話です」

 

 

 呟いて。

 彼女は触手を俺の腕に絡めてきた。

 絡めて、ぐいと引っ張る。

 必然、ソファに倒れ込んでしまう。

 

 

「……雪花に見られたら騒ぐんじゃない」

「大丈夫ですよ。多分」

 

 

 一言で纏めると、俺は菜々花を押し倒す格好になっていた。

 ソファに手をついて肉塊を見下ろす。

 なるほど、相手が美少女であればドキドキのシチュエーション。

 

 

「興奮しますか?」

「すると思う?」

「しないと思います。私、お肉の塊ですから」

 

 

 苦笑して、彼女は触手を背中に回してくる。

 人間で例えると丁度抱きしめられているような。

 

 

「──本当に、嫌がらないんですね」

「その証明は村で済ませたと思ってたけど」

「……そうですね」

 

 

 ありがとうございます。

 小さな囁き。

 二人の間に漂っていた薄い氷が溶けた。

 そんな気がした。

 

 

 ──そこに。

 

 

「あ、あ、アンタら……!」

 

 

 鍋を持ったゾンビが肩を震わせる。

 今にも爆発しそうな自分を抑えているかのように。

 穏やかに具材の入った鍋を机に置き、

 

 

「私に作業させて、自分達は楽しくイチャコラ……⁉」

「ゆ、雪花。勘違いだよ。私達はイチャコラなんて……」

「鏡を見たことがないのかしら⁉ 人の家のソファで抱き合うなんて……破廉恥、欲望の塊、若さだけが取り柄!」

 

 

 悲鳴じみた叫びだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。