【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
そうこうしているうちに鍋の中にも余裕が出来始め、終いにはもやしの破片が浮くばかりとなった。
「ん、化野お腹の調子は?」
「まぁ……いけないことはないかな」
「お姉ちゃんは?」
「私はギブ……」
肉塊は苦しそうに唸る。
胃袋がそこにあるのか、頂点から底辺に直線を引き、それを二等分した辺りに触手を添える菜々花。
野菜ばかりを食していたはずだが、それだけで満腹になるとは実に燃費のいい身体をしている。
「せっかく豆乳鍋の素とか買ってきたのに……ま、次の機会に使えばいいか。その時は化野もリベンジしに来なさいよね。私の作る〆ラーメンは美味しいって、家族でも評判なんだから」
雪花はため息をついて鍋を片付けはじめた。
何か手伝おう、と立ち上がると制止を食らう。
「客人に手伝わせるわけにはいかないわ」
「施されるばかりってのも」
「じゃあお礼として何処か遊びに行きましょうよ」
「それくらいだったら──」
「ちょっと待ったぁ!」
軽く頷こうとしたところで。
視界の中に荒ぶる肉塊が飛び込んできた。
さっきまでダルそうに転がっていたのに。
「菜々花?」
「聞き捨てならないよ雪花。ええ? 何を首尾よく化野さんを遊びに誘おうとしてるのかな……⁉」
「だって私が鍋の準備したんだもの。それくらいのご褒美があっても、誰も怒りやしないわ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
草壁姉妹のディベート力は圧倒的に雪花に軍配が上がると聞いていたが、前評判に違わず、あっさり敗北する菜々花。
悔しそうな声を漏らすばかりで、続け様の反論を繰り出そうともしない。
言外の敗北宣言だ。白旗。
「た、確かに……私は妹に鍋パーティーの発案から買い出しから準備まで任せっきりのダメダメお姉ちゃん……」
自分で言ってて悲しくなってきました……。
と彼女は涙らしき謎の液体を流す。
「わ、分かった……化野さんと遊びに行ってもいいです……」
「そ。ありがと」
「俺の意見って尊重されない感じ?」
「さっき同意しかけてたじゃない」
「それはそうなんだけどさ」
こうも商品的に扱われると、なんかこう、プライド的なものが刺激されて断りたくなるというか。
面倒な男の子仕草を発揮しそうになって、俺は額を押さえた。
「じゃあいいわ。ひとまず、今日は解散にしましょう。私は化野を送ってくるから、お姉ちゃんは洗い物とかお願いね」
「え」
「行きましょう化野」
「ちょ、ちょ、ちょ……!」
がしり。
ゾンビに絡みつく肉塊。
「洗い物は別にいいんだけど、なんで化野さんを送ろうとしてるの⁉」
「家に誘った者の責務よ。帰るまでが遠足って云うでしょ。客人を無事に家に届けてこそ、鍋パーティーは完結するの」
「聞いたことないよそんな理論……!」
「初めて言ったもの」
澄まし顔でのたまう雪花。
話の本筋とは全く関係ないのだが、ただでさえ生気を感じられない──というか存在しない死骸である彼女が感情を抑えた顔になると、まさしく死体がこの場に現れたようで、根源的恐怖を覚えてしまう。本能によるものだろうか。
「そ、そんなのが通用するなら、別に私が化野さんを送ってってもいいじゃん」
「もしかして何も作業しないつもり?」
「うぐ」
「やーねお代官様ったら。休日に寝っ転がってればご飯が準備されるんだもの。ついでに愛しの王子様まで遊びに来て、ソファで抱き合っちゃって。挙句の果てには帰宅デート? 羨ましいったらありゃしない。こういうのを穀潰しって云うのかしら。それとも
「うぐぐぐぐぐ」
完敗であった。
言い返す余地のないほどの大敗であった。
菜々花は膝をつき(膝なんてないが)、敗北に打ちひしがれる。
「わ、分かった……化野さんを送ってきてもいいです……」
「そ。ありがと」
「別に一人で帰れるんだけど。俺の意見って尊重されない感じ?」
「この流れを無視して一人で帰るの? 帰れるの?」
「ずるいなぁ諸悪の根源が」
頬をぽりぽり掻く。
自分は全然悪くないはずなのに、一人で草壁邸を後にしたら、罪悪感を感じてしまいそうだ。
知将雪花と褒めたたえるべきか。
それとも厭らしい計略家と貶すべきか。
どっちにせよ一人では帰れそうにもないので、俺は思い切りため息をついて、雪花に手を差し出した。
「ではエスコートをお願いします。雪花嬢」
「あら、出来る殿方は淑女に手を引かれるのがお好みなのかしら。……でも、まぁいいわ。
なんて笑って。
彼女は俺の手を握る。
「別に家まで送るのに手を握る必要はないよね⁉ しかも『ぎゅーっ」って! 力が強すぎて化野さんの指先が真っ白になってるじゃん‼」
「あら、抱き合う必要なんてないのにソファで抱き合ってたのは何処の誰かしら。全く盛りのついた犬って嫌よね」
「──負けましたぁ」
駒台に掌を翳す棋士のように項垂れる菜々花。
即落ち二コマ。
スピーディーな展開が癖になってきた。
「王子様とお姫様の逢瀬を邪魔する不届き者も成敗したし、外に出ましょうか」
「不届き者……私が……王子様とお姫様……雪花と化野さんが……私は孤独……私は敗北者……」
「あれいいの? 放置してて」
「雑草みたいなものよ。放っておけば復活するわ」
「実の姉を雑草扱いか」
ぴしゃりと即答して、俺達はリビングを後にした。
背後からはすすり泣くような声だけが響きつづけていた。
ずっと、ずっと。
なんだかホラー映画みたいだな。