【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
流石に外に出てまで手を繋いでいるわけにもいかない。頭に馬鹿が付くタイプのカップルでもないんだし。
二人で並んで歩き、先導しようと思ったら、雪花は「結構よ」なんて断って、むしろ先を歩きはじめた。
「俺の家知ってるの?」
「あら、前にアンタの家の前で会ったじゃない」
「……そういえば」
登校するときに丁度、運の悪いことに出くわしてしまったことがあったな。あれはまさしく不運だった。「会った」ではなく「遭遇した」という表現が適切だと思われる不幸だった。
「失礼なこと考えてない?」
「考えてない」
「そ。ならいいわ」
つーんと澄ました顔。
そのくせ俺達の間の距離は短い。
手を少し横に出したら触れ合ってしまうほどの距離で、彼女は歩いている。
「──ね」
「うん?」
その時、今までの雑談とは違う調子の声で話しかけてきた。
首を傾げてこちらの状況を伺うような上目遣い。
ゾンビがするには勿体ないくらいの可愛らしい仕草だ。
「綾瀬のこと、嫌わないであげて。ほらあの子ちょっとつっけんどんな態度じゃない。でも悪気はないのよ。無理して演じてるっていうか──本人は自覚してないんでしょうけど。本当はいい子なの」
本人は自覚していないだろう、という予想は全くの大外れなのだが、それを告げるのは綾瀬にも雪花にもいい影響を与えないので、俺は優しく微笑んだ。
「分かってるよ」
「ほんとに? あの化野が?」
「〝あの〟ってのはどういう意味?」
「鈍感で唐変木で朴念仁であの化野が」
「予想以上の棘。泣いちゃった」
子供の喧嘩だと思っていたら戦車が出てきたみたいな衝撃だ。
眦に指を添えて雫を掬い取る。
「ま、でも化野が勘違いしてないならよかったわ」
きっと雪花が家まで送ると言い出したのは、それを言い含めるためだったのだろう。
安心したように頬を綻ばせ、数歩先を歩いていく。
──と。
突如として、バケツをひっくり返したような雨が降ってきた。
「きゃあああああああ⁉」
「天候の変化が著しい」
「なんで平然としてるのよ⁉ そこのコンビニに入りましょう!」
平然としていられる理由は、化け物と関わることによって動揺することが少なくなったから、あるいは動揺できなくなるほど精神が摩耗したから、という答えになるのだが、もちろん彼女にそんなことが言えるはずもなかった。
無言のまま腕を引かれる。
自動ドアを駆け抜け、雑誌コーナーの前で窓の外を眺めた。
「これ……止みそうにないわね……」
「濡れるの覚悟で走ろうにも、雨の勢いが凄すぎる」
「濡れるのついでに明日の風邪も覚悟しないとでしょうね」
「天気予報は──少なくとも三時間くらいは降ってるって」
スマホで今後の天気を確認すると、薄々なんとなく感じていたものの、無意識に考えようないようにしていた残酷な事実が。
雪花は肩を落として、
「ビニール傘でも買わないと駄目かしら──って」
「残るは最後の一本だね」
入口横にぶら下げられたビニール傘。普段は何本も在庫があるが、やはりこの雨では品薄になるのだろう、スーツ姿の男性が購入していったことで、一本だけが残されていた。
「あれを買ったとしても相合傘が約束されるわけだけど」
「私は別にいいわよ?」
「俺も別に問題ない」
「じゃあ買いましょう」
「なんか前向きじゃない?」
「そう? 気のせいでしょ」
一本のビニール傘を割り勘して、コンビニの軒下で広げる。
「……案外小さいわね」
「まぁ、利便性を重視してるんだろうから」
「二人で入れないんじゃないの?」
俺がハンドルを握ると、雪花が肩を寄せてきた。
しかし透明な屋根は全てを守り切ってくれない。
勇気を出して軒下から出れば冷たさが肩を濡らす。
「もうほんと雨なんて嫌いだわ」
「随分と荒れてるね」
「当たり前よ。こんなにびしょびしょなんだから」
雪花は酷く憔悴したようにため息をついた。その呼気は青い。いくら春とはいえども、ここまでの大雨では、辺りから熱は奪われる。雨に打たれたことで低下した体温を示すように、彼女は身震いした。
「ここまで来ると、傘なんて差してて意味があるのか疑問に思うわね」
「ないよりはマシだよ」
「マシってだけでしょ。全然助かってる感じがしないもの」
雪花の服は透けていた。しかし恥じらいも浮かべずに、頬には怒りと数本の髪の毛が張り付いている。辟易した表情で、雫を滴らせるスカートを摘まんで、彼女はより一層寄りかかってきた。
「靴もぐちょぐちょだし」
「替えの靴下とか」
「ちょっと外出するだけだったのに、あるはずないでしょ」
「だよね」
「こんなことなら折り畳み傘でも装備してくるんだったわ」
雨の勢いは凄い。
どれほど凄いかというと、強風も相まって、殆ど横殴りに降るくらい。
「もう駄目ね。傘なんてポーズ。差してても差してなくても大して変わらないわ」
諦めたように彼女は水溜まりを踏みつけた。
ぺしゃん、と水が跳ねる。
しかしそれ以上の水が横から飛んできていた。
「…………」
己の濡れた身体を見下ろす。
ここまで来たら、自分も躊躇を捨てたほうが身のためかもしれない。
「もういいや」
俺は水溜まりを踏み抜いた。何か禁忌でも犯したような心地がして、雨に塞いでいた気持ちが少し晴れる。例えるならば車通りの少ない深夜の赤信号を無視して渡るような。罪悪感と興奮が入り混じった、繊細な気分だった。
もう傘なんてあってないようなものなのに、何故か雪花はますます肩を寄せてきて、もはやくっ付いているどころではなく、「密着している」と表現したほうが適切なほど近い。
「やっぱ一つの傘じゃ駄目ね。心もとないにも程があるわ」
彼女は欝々とした眼差しに羞恥の欠片を混ぜて、口元に若干のほころびを見せた。
「そうだね」
「ええ」
それきり、雪花は何も喋らなかった。
俺も何も喋らなかった。
ただ、お互いに肩ごしの体温だけを感じていた。
それだけだった。