【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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事ここに至りてラブコメに決す

「この世界に地獄はあるのか」と尋ねられたら、俺は迷わず答える。

 今まさに居る場所が地獄である、と。

 狭苦しい浴槽に高校生を二人詰めて、何を間違えたのか、背後に座っているのはいと恐ろしきゾンビ。

 俺の思考は(ゆだ)りかけていた。

 

 

     ◇

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 雪花の常識外れの誘いから数分。

 二人で一緒に風呂へ入るなど当然断ったのだが、一度切り出してしまった以上、矛を収めづらいのだろう。

 彼女は執拗に服の袖を引っ張った。

 引っ張りすぎて、布が伸びるのではないかと疑うほどに。

 

 

 押しに弱いで定評のある化野くんに、執念の誘いを断り切れるはずもなく。

 人間の女子相手だったら最後まで毅然と対応したであろうが、まぁ向こうは腐りかけの死体だし、別に同じお湯に浸かっても問題あるまい。

 この慢心こそが俺を絶命に至らしめる所以(ゆえん)だった。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 忘れがちだが、化け物連中は総じて声がいい。

 鈴を転がしたような、という形容が適切に思われるほどだ。

 瞼を閉じればそこに居るのは美少女。

 目を開けば子子孫孫まで語り継ぎ血を吐きのたうち回る化生の類。

 

 

 しかし、一緒にお風呂に入るとなると見た目のデメリットが消える。

 堂々とゾンビの裸体を見たいとか言い出す変態は存在しないから、当然俺は可能な限り視線を逸らしてシャワーを浴びた。

 

 

 気まずい沈黙を嫌ったのだろう、雪花は湯船に浸かりながら雑談をしてくれたのだが、これがなんとも悪い選択肢だった。

 まるで本当に美少女と時を共にしているようではないか。

 俺の強靭な精神が削れていく音が聞こえた。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 加えて雪花の態度だ。

 事ここに至って自分の行動を振り返る冷静さを取り戻したのか、普段と比べて過剰なほどに舌を回し、赤く染まった頬で会話をする。

 いやもちろん体温が上がったことで血流がよくなったのかもしれないけれど、とにかく、妙な雰囲気を纏っていることは確かだった。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 されど俺は冷静沈着、泰然自若、意気自如の権化である。

 足先まで洗い終えたので立ち上がり、腰に白いタオルを巻きつけ、やはり雪花に視線を向けないまま風呂場を出ていこうとして。

 

 

「……あら、湯船には入らない人なのかしら」

「揶揄いが好きなのはいいけどね。自分でも恥ずかしくなるくらいなら、端からそんなことを言わないほうがいいと思う」

 

 

 雪花は鼻先までお湯に浸かり、真っ赤になった頬や耳だけを露出して、心なしか潤んだ上目遣いを注いできた。

 表現のうえでは魅力的だが、忘れてはいけないのは彼女の容姿。

 たとえ見目麗しいラブコメヒロインのごとき仕草をしていても、動作主が腐りかけの死体であれば加点にはなら──。

 

 

 俺の思考は停止した。

 

 

「……化野。化野ったら」

「はっ」

 

 

 いったい何秒が経過したのか。

 突如として硬直した俺を心配したのか、雪花は眉を下げながら声をかけてくる。

 

 

「いや、問題ないよ」

「問題ない人間の動きじゃなかったわよ。こう、急に固まって。時間停止能力にでも目覚めたのかと思った」

 

 

 こちらの妙な所作に余裕を取り戻したのか、彼女は普段通りの皮肉な口調を取り戻して、風呂場を出ていこうとする俺に待ったをかけた。

 

 

「あら、湯船には入らない人なのかしら」

「愚者ってのは経験に学ぶらしいよ」

「私は賢者だから歴史に学ぶわ」

「学んでないみたいだけど」

 

 

 呼び止めるだけならいい。

 いや今の装備は軽微に過ぎるから、できるなら呼び止めずに退去を許してほしいものだけど。

 それだけなら百歩譲って容赦できるのだが、問題なのは、雪花が口だけでなく物理的な邪魔をしてきた──つまり俺の手首を握ってきたことである。

 

 

 シャワーの熱の残り、ではない。

 間違いなく、それよりもっと有機的な。

 例えるなら人の体温とかになるだろう。

 死冷に浸るべきゾンビのくせに。

 

 

「今のうちにアドバイスするけど」

「聞き入れないわよ」

「絶対に後悔するよ。『後で悔いる』と書いて『後悔』だってことは理解してる?」

「過去は振り返らないたちなの。私は今を生きる女」

「今を生きすぎてリスク管理もできなくなったか」

 

 

 俺の口調が荒くなったのも仕方あるまい。

 またもや「あれ」が視界に映ってしまったのだ。

 正常な男子高校生であれば精神を揺るがして当然。

 

 

「…………」

 

 

 ──お忘れかもしれないので、ここで振り返っておこう。

 化け物連中は総じて声がよく、外見にさえ目を瞑れば美少女そのものだ。

 ところが「美少女そのもの」を「純粋な美少女」に変換する方法がある。

 外法の類ではない。非常に簡単で建設的で効率的な方法だ。

 

 

 それは化け物を写真に収めること。

 さすれば近づくのも恐ろしい物の怪が、秀麗優美な美少女になる。

 

 

 吸血鬼が鏡に映らないとかいう話は誰もが知るところだが、要するに鏡や写真といった「物を映す」物には、なんらかの特殊な力が働いているのだろう。

 舞台をお風呂場に移し、物を映す物を考えてみると。

 例えば鏡。例えば水面。

 およそ反射と言われて思い浮かべるものが、豊富に揃っているのだ。

 

 

「…………」

 

 

 つまり何が言いたいのかというと。

 湯船に浸かったゾンビは、その水面にだけ注目すると、まさしく美少女が現れて見えるのだ。

 最悪の逆さ富士。

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