【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
祝日が明け、月曜日に生徒会選挙がおこなわれた。
立候補者の一人は我らが草壁雪花で、他にめぼしい対抗馬も居なかったから、水が高いところから低いところに流れるように、民意は成績優秀者かつ他称美少女の彼女に集まった。
つまり恐怖の独裁政権樹立である。
俺もさりげなく立候補していたが、残念なことに、あるいは幸運なことに、無事生徒会役員に内定してしまった。
「やればできるじゃない」
「民意の暴走って感じかな」
「収まるところに収まったのよ」
雪花は鼻を鳴らす。
彼女が座る椅子はなかなか重厚な革製で、歴史を感じさせる机には、生徒会長と刻まれたプレートが置いてあった。
まさか自分が役員になるとは予想外だったが、人生何が起こるか分からないものである。
「ふふふ……」
「じゃあ、俺は教室に戻るから」
「二人っきりね」
「話聞いてた?」
仮にこの状況が二人きりだったのだとしても、今から俺は生徒会室を後にするのだから、特段の意味はないと思うのだが。
「嫌ね、昼休みはまだ二十分あるじゃない」
「昼休み中は生徒会室に居なければならない、っていう拘束……もとい校則はないからね」
「この学校の生徒会長は私よ。つまり私こそが校則。私の言葉に逆らうことは決して許されないと知りなさい」
「光速の権力暴走。びっくりした、歴史の教科書かと思った」
教科書の記述の数行でもかなりの時間が経過しているはずなのに、こと草壁雪花に関しては、素でそのスピード感に生きている。
であれば数分後には革命でも起きていそうなものだが、革命の火種になりそうな民衆の存在、つまり俺以外の実在が認められないので、恭順にこうべを垂れなければならないらしい。
「そもそも、私から逃げられると思って?」
雪花はするするとにじり寄ってくると、俺の座る椅子の背もたれに掌を置き、蛇のように首筋に指先を這わせてきた。
なるほど魔女のような振る舞いだ。
これで彼女の容貌が美少女であれば言うことはない。
現実は動く死体なので口をつぐもう。
「冗談は顔だけにしてね」という紳士的な断り文句を飲み込んで、俺は優しく雪花の手を取った。
「二人きりで居られるのは光栄だけどね、約束があるんだ」
「あら、誰とかしら」
「君のお姉さん」
「お姉ちゃんか……」
はあ、と彼女はため息をつく。
どうやらダル絡みを諦めたようで、つかつか元の席に戻っていった。
「私は重い女じゃないから許してあげるわ」
「恐悦至極」
草壁雪花は基本的に横暴で我儘で覇道を往く王様だが、そんな彼女に対するワイルドカードが、雪花の姉こと草壁菜々花──
普段はしおらしい態度を見せない雪花に菜々花の名前を出すと、ほとんど確実に折れてくれるのだ。
確率としては大体三十パーセントってところだろうか。
俺は生徒会室を後にし、目的地である図書室に足を運んだ。
「……あ、曜くん」
「や」
そこには
菜々花との約束は方便で、実際に待ち合わせをしていたのは美穂だったのである。
「悪い男ですね」
「考えてること口に出てた?」
「いいえ。でも、先程は生徒会室に居たのでしょう? だとすると嘘をつかないと脱出できないでしょうから」
名探偵ジガバチ。
彼女は可愛らしく首を傾げた。
「今年も同じ図書委員ですね」
「うん」
「よろしくお願いします」
カウンターの裏に回り、パイプ椅子を引っ張り出してくる。
美穂の隣に腰を下ろすと、ゆるやかな小川のような、静かで邪魔の入らない時間が過ぎはじめた。
「相変わらず利用客が来ないね」
「品揃えはいいんですが」
「ポップとかの施策も意味なかったか」
去年、俺たちが図書室の利用者を増やすために描いたポップは、陽射しに晒されて焼けている。
なぜか美穂の創り出したバケモン──三回目撃したら死にそうなそれは、まるでさっき完成したみたいに真っ白だが。
やはり呪いとか、そういう特殊な力が働いているのだろうか。
「今年も描きますか?」
「いや……むしろ逆効果になりそうだから」
「どういう意味ですか?」
「俺の画力が美穂の脚を引っ張りそう」
「なら仕方がないですね」
あのポップを見た友達が全員褒めてくれるんですよ。もしかしたら才能があるのかもしれません。
と美穂は自信ありげに胸部を張る。
間違いなくその賛美はお世辞だけれども、心の底から嬉しそうにしている彼女に現実を突きつけるのは、良心が痛んで不可能であった。
代わりに地母神のごとき微笑を浮かべる。
「曜くんが作画崩壊しました」
「笑顔のこと『作画崩壊』って形容するの勘弁してくれない?」
「すみません。似合ってないので」
ぴょこりぴょこりと動く触覚。
鏡の前で笑顔の練習をしたのはまったくの無駄だったようだ。
俺は時間を無為に過ごしたことに嘆息する。
「…………」
「…………」
図書室は静寂に浸る。
水底に揺蕩う藻のように、ゆらゆらと形を変えながら。
──きーんこーんかーんこーん。
「昼休み、終わっちゃいましたね」
「うん」
「二人っきりのこの時間も、終わっちゃいますね」
「うん」
ぱたんと文庫本を閉じた美穂が囁く。
数秒ほど沈黙した彼女は、何事か思いついたようで、顎をかさかさ擦り合わせると本から栞を引き抜いた。
「どうぞ」
「これは?」
「栞です」
「見れば判るけど……」
解らないのは意図だ。
どうして急に栞を渡してきたのだろうか。
「ここのところ、曜くんと会える時間が少なくなってますから」
確かに近頃の俺は予定が埋まってしまっていて、一年の時とは違い、美穂と一緒に遊ぶことができないでいた。
美穂はすっと距離を詰めてくる。
俺の肩に脚を置き、耳元に顎を寄せて。
「──ですから、この栞を見ていつも私を思い出してくださいね?」