【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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メスガ期

 廊下を歩いていると餓鬼に出会った。

 はたしてここはいつから地獄になったのだろう、と首を傾げてみると、そういえば入学式の時から阿鼻叫喚であったと決着した。

 ひとまず進路を変更して化け物から逃げ出そう。

 

 

「あっは。わたしを見るなり逃げ出すなんて……ざぁこ」

 

 

 蕪木(かぶらぎ)綾瀬(あやせ)はメスガキ状態らしい。

 いや雌餓鬼なのは常の事なのだが、精神的な。

 要するにメスガ期である。

 

 

 声をかけられてしまった以上、無視をしてこの場を去るのはどうにも印象が悪いので、俺は紳士的な挨拶を心がけて振り返った。

 

 

「それ恥ずかしくないの?」

「……ざぁこ」

 

 

 痛々しい呟きだった。

 自省のざぁこであった。

 あるいは辞世のざぁこであった。

 死に際に詠むのがざぁこなんて恥ずかしくて耐えられないな。

 

 

 おそらく綾瀬は人通りのある廊下でメスガキの皮を脱げないのだろう。自分で言ってて変な気分だ。なんだメスガキの皮って。

 

 

 憐れみの眼差しを向けると、彼女は気恥ずかしそうに頬を染めた。正面から顔を合わせることもできずにそっぽを向く。

 そんなに羞恥心を覚えるならメスガキなんてしなければいいのに。

 しかし、綾瀬にとっては己がメスガキであるのが重要なのだろう。

 重要メスガキ文化財。

 

 

 メスガキがメスガキしすぎてゲシュタルト崩壊を起こしそうになった頃、頬をいつもの土気色に戻した綾瀬が口を開く。

 

 

「……雪花先輩が呼んでますよぉ?」

「まだ続けるんだ」

「よ、ん、で、ま、す、よ!!」

 

 

 なかなか強情だ。

 自分の心よりもキャラ設定を貫くか。

 

 

 俺は武士道精神を果たした敵を眺めるような気持ちで、あっぱれと心の中で拍手を送った。

 もちろん綾瀬にはなんの反応もない。

 むしろ反応があったら怖い。

 餓鬼な見た目だけじゃなく、覚妖怪な特殊能力まで備わっていたら、白旗を挙げて降参するしかないだろう。

 

 

 ちなみに何に降参するのかは定かではない。

 まったくの不明である。

 

 

「それで、雪花はなんの用なの?」

「知らないでーす。実は知ってましたけどぉ、お兄さんが意地悪をするのでぇ、わたしも意地悪しちゃうことにしまーす」

「はあ」

 

 

 揶揄いすぎてしまったようだ。

 普段の俺は化け物共に振り回されることが多いから、こうやって弄れる相手が居るとやりすぎるきらいがあるらしい。

 

 

 頬をぽりぽりと掻いて嘆息する。

 まあ、雪花に限って変な要件ではないだろう。

 

 

「どこに行けばいい?」

「……うーん、そうですねぇ、どこにしましょうか」

「?」

「お兄さんは気にしなくてもいいでぇす」

 

 

 違和感を覚える発言に訝ると、「さぁさ付いてきてください」と綾瀬に手首を掴まれた。小さい掌と、鋭い爪が皮膚に突き刺さる。

 瞼を閉じて触覚と聴覚のみに頼ればラブコメっぽいシチュエーションだが、残念ながら前を行くのは押しも押されぬ餓鬼である。

 およそラブもコメも期待するべくもない。

 

 

「ここですよ」

 

 

 彼女に連れられ到着したのは人気(ひとけ)のない空き教室だった。

 昼休みの喧騒も遠く、静寂が満ちている。

 

 

 とても雪花が好みそうな場所ではない──逆にゾンビはこういうところに居そうだけれども、草壁雪花という特殊個体は賑やかな場所が好きなのだ──が、本当に待っているのだろうか。

 

 

 不審に思いつつ教室に入る。

 がちゃり。

 振り返ると、綾瀬が後ろ手に鍵を閉めていた。

 鍵のある教室なんて珍しいな。

 

 

「何をしてるの?」

「鍵を閉めたっす」

「まあ見れば分かるけど」

「意図は分かるっすか?」

「殺されるのかな」

「しないっすよそんなこと」

 

 

 メスガキの皮を脱いだ綾瀬は、こんな簡単な誘いに乗ってくれるなんて予想外にチョロいっすね、なんてデスゲームもののシリアルキラーみたいなことを言った。

 

 

「嘘の用事で騙したのは悪いと思っています」

「俺も人のことは言えないから気にしなくていいよ」

「……?」

 

 

 脳裏をジガバチの姿がよぎる。

 薄気味悪いので忘却の彼方に棄てた。

 

 

「わたしが先輩を呼んだワケ、分かるっすか?」

「まったく。告白でもされるのかな」

「百年早いっす」

 

 

 ぴしゃり。

 他の化け物たちだったらもう少し反応してくれるだろう冗談を抜かしても、彼女は表情を変えなかった。

 

 

「あの昼下がりの密約……そんなもので先輩を信用できるほど、わたしはお人よしじゃないっす」

「他の人に、君のメスガキムーブは演技なんですよって言わない約束?」

「……改めて言葉にされると恥ずかしいんでやめてください」

 

 

 改めて言葉にされて恥ずかしがるより前に、いい歳してメスガキみたいな言動をするほうが恥ずかしいと思うのだが。

 複雑怪奇な思考回路をしているのか、綾瀬は指を一本立てて唇に当てた。

 

 

「ということで嫌でも口を堅くする方法を思いついたっす」

「はあ」

「わたしのメスガキに匹敵する先輩の黒歴史をわたしも握ります」

「君のメスガキに匹敵する黒歴史なんてないけどね」

「メスガキメスガキ言わないでほしいっす。そろそろゲシュタルト崩壊してくるっす」

 

 

 そりゃあ君の考えたキャラ設定に文句を言ってもらいたいものだ。俺はあえてメスガキを連呼しているわけではない。目の前に雌餓鬼なメスガキが居るものだから、必要に迫られてメスガキという単語を羅列しているのだ。決してメスガキを使いたいからメスガキを多用しているわけではない。メスガキ。

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