【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
「ところでえ、今日の行き先はどこなんですかあ?」
「決まってないって言ったら怒るかな」
「怒りはしないっすけど、軽蔑はするっす」
すん……と落ち着いた綾瀬。
思わず砂糖みたいな口調も剥がれ落ちたようだ。
「え、マジっすか」
「マジだね」
「デートなのに行き先が未定……?」
「未定みてえ」
「次くだらない冗談口にしたら、二度と通りを歩けない顔にしてやるっすよ」
人間相手のやり取りであれば取るに足らない軽口なのだが、これが泣く子も裸足で逃げ出す狂気の餓鬼ともなれば、根拠のない宣言にも重みが生じ、まるで鎌か何かを首元にあてがわれた気分である。
俺は無言で両手を上げることで白旗とし、今後は──少なくとも今日のデートをしている間は──彼女の機嫌を損ねる冗談を言わないことを約束した。
「先輩、そんなだから恋人が出来ないんすよ」
「出会いの一つでもあれば頑張る気になるんだけどね」
「もしかして雪花先輩とかを出会いとしてカウントしてないんすか?」
実に鋭い指摘だ。
まったくそのとおり。
動く死体は出会い足り得ない。
「まあ先輩みたいなパッとしない人が雪花先輩を物にできるわけもないっすけど」
「挑戦しようとも思わないしね」
「それは言い訳じゃないっすか?」
心の底からの本音である。
しかし綾瀬は俺のことをモテないくせに行動しようとしない意志薄弱人間(事実)だと定義してしまったようで、馬鹿にしたような視線を向けてきた。
もし彼女が外聞どおり美少女であったならば、そういう状況に興奮を覚えるとか、とにかく需要は存在しただろう。
けれども餓鬼。
されど餓鬼。
悲しきことに相手は地獄から蘇った(事実無根)餓鬼であり、とてもそこに需要が発生することはなかった。
「──まあ、それはさておき。行き先が決まってないのはいただけないっすね。向かう先が分からないと、動きようがないっすから」
監視人な雪花に聞こえないようにするためだろう、声を潜めて、綾瀬はこそこそ距離を詰めてくる。
「どこに行くっすか」
「恋人らしい場所」
「どこっすか」
「俺に言われても」
動物園とか水族館とかじゃないだろうか。
それくらいの、小学生でも思いつくアイデアしかないが。
「確かに悪くないかもしれないっすけど、相手はあの草壁雪花先輩っすよ。脳死で考えたような行き先じゃあ、満足しない予感がするっす」
「奇を衒って墓場とか」
「奇を衒いすぎでしょう」
そうか? と俺は首を傾げる。
案外満足してくれる気がするけどな。見た目的に。
里帰りみたいなもんだ。
されどデートには一家言あるらしい綾瀬は納得してくれず、快刀乱麻、代わりの提案をしてきた。
「──動物カフェとかどうっすか」
「おお。キラキラしてる」
「キラキラの欠片もない感想ありがとうございます。……これなら、かのエキセントリック恋愛マエストロ草壁雪花先輩にも、ご称嘆いただけるはずっす」
聞いたことのない称号を枕にする綾瀬。
エキセントリック恋愛マエストロ。
それって誉め言葉なのか?
「どうやら二つ隣の駅近くにあるみたいっすね」
綾瀬がスマホの検索結果を見せてくる。
なるほど、距離の問題もなし。完璧である。
「じゃあ動物カフェに行こうか」
「了解っす」
──あ。
と綾瀬は脚を止め、
「女の子の提案に頷くばかりの受け身だなんてえ、雑魚って呼ばれても仕方がないよねえ」
くすりくすり。
嗜虐的に目を細め、口元を掌で覆った笑顔。
完成度の高いメスガキ仕草だった。
「まだやる? そのノリ」
「ノリって言わないでください。一応アイデンティティなんすから」
「それは失礼した」
だが、これ以上続くと危ないかもしれない。
俺の内なる冷笑系が首をもたげている。
封印された右腕に苦しむ邪気眼の方々の気持ちが、今ようやく理解できた気がした。
◇
電車に乗ること数十分、歩くこと五分少々で、俺たちはついに動物カフェに到着した。商店街のはずれに位置し、シャッターの多い通りにそぐわぬ盛況ぶりである。古い二階建ての建物で、看板も目立たぬ味のあるそれなのに、大きな窓から覗ける店内は、若い女性たちで賑わっていた。
店の前には木製のベンチが一つ設置され、その上に、ちょこんとフクロウの置物が座っている。陶器製なのに迫るような出来栄えだ。
「ここがふくろうカフェですかあ」
建物を見上げ呟く綾瀬。
可愛らしいふくろうのイラストと、悍ましい餓鬼のシルエットが、身の毛もよだつコントラストを形成している。
俺は入り口のガラス戸と、その横の立て看板に視線を眺めた。
『ほんじつのふくろうたち』というポップな文字の下に写真が貼ってあり、加えて個性だとかの説明が書いてある。
男が入るのを躊躇してしまう空気だ。
「行きますよお先輩」
「いってらっしゃい」
「ここまで来て抵抗しますかあ?」
「動物カフェなる場所に足を運んだことはなかったんだけど、いざ入ろうとなると、ずいぶん世界が違うように思われたから」
「意味の分からないことを言わないでください」
ぐいぐい、と腕を引っ張られる。
鈴の付いた扉を開くと、店内から「ほう、ほう」と鳴き声が聞こえた。相当数のふくろうが居るだろうに、臭いはほとんどない。掃除が行き届いている。
「さ、観念してくださいねえ」
そうして、俺たちはふくろうカフェに入店した。