【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

135 / 138
餓鬼とのデート③

 店内の照明は落とされていて、昼間だというのに、どこか夕暮れの森のような雰囲気がある。壁に木々のイラストがあるのも影響しているかもしれない。天井からは柔らかな橙色のランプが吊るされ、壁際には、イラストの他に、太い枝や丸太を組んだ止まり木がいくつも据え付けられていた。

 

 

 そこに、ふくろうが留まっている。

 丸い目を大きく見開いたもの、羽毛を膨らませて眠そうにしているもの、首だけを回してこちらを観察するもの。種類も体格も千差万別で、掌に乗るくらいの大きさから、猫くらいの大きさの個体まで居た。

 

 

 店内にはコーヒーの香りに紛れて、僅かに鳥の臭いが漂っている。

 客席は木のテーブルが数組あるだけ。

 カフェというよりも、動物園の休憩スペースと表現したほうが想像が容易いかもしれない。

 

 

「はえ」

 

 

 驚いたような綾瀬の声。

 静かな店内の空気に呑まれてだろう、彼女は、それきり動かなくなった。

 餓鬼が目を丸くして、あるいは目を剝いて辺りを見渡しているのは、やはり見た目も相まって恐ろしい。

 

 

 ふくろうは猛禽類であり、夜の森で鳴くというイメージから、何か恐ろしい生物と思われている節があるが、少なくとも今回に限っては、ふくろうよりも遥かに恐ろしい生き物が同席しているので、むしろ愛玩性が勝るだろう。

 

 

 目を丸くするふくろう。

 目を丸くする餓鬼。

 字面だけ見ても、前者のほうが可愛らしいな。

 

 

「先輩」

「ん」

「凄いっすよ」

 

 

 具体的に何がどう凄いのかは喋らなかったが、わくわくと頬を上気させている年下の女の子に水を差すのも躊躇われて、俺は無言で頷いた。

 

 

 それにつけても、餓鬼を「年下の女の子」と形容できる俺は、やはり東西無敵の紳士なのではないだろうか。英国紳士でもこうはいくまい。おいおい世界最強紳士バトルトーナメントに参加表明しようか。極東の島国からやってきたダークホースとして、会場を沸かせて進ぜよう。

 

 

「変なこと考えてないですかあ?」

「別に」

「そうですかあ」

 

 

 さらりと流して店員に向かう。

 いくつか注意事項を聞くと、店内を自由に歩き回る許可を頂いた。

 

 

「おお……ふくろうが近いですよ……」

「撫でてみれば?」

「い、いいんですかねえ」

「そういうコンセプトのお店だからね」

「で、では──」

 

 

 止まり木でうつらうつらしていた一匹のふくろうに照準を合わせ、綾瀬は鉤爪みたいな指先をそーっと伸ばした。

 

 

「ぴええええええええええ!」

 

 

 めちゃくちゃ警戒された。

 先程まで昼寝をしていたとは信じられない俊敏性。

 即座に羽を広げ、双眸を怒らせ、くちばしを震わせる。

 

 

 至福のもふもふタイムを想像していたらしい綾瀬は、自らの手から必死に逃げ惑うふくろうを眺め、とてつもなく重たい溜息を吐き出した。重たすぎてそこにブラックホールでも形成されそうだ。太陽系の滅亡。

 

 

 背中の煤けている彼女を気遣って、俺はなるたけ柔らかい声を掛けた。

 

 

「ふくろうに恨みを抱かれる心当たりは?」

「あるわけないじゃないっすか……初対面っすよ……」

 

 

 悲しそうに肩を震わす餓鬼。

 まあ、この外見ならさもありなん。

 動物は鋭いって云うしな。

 

 

「わたし……実は昔から動物に嫌われるんすよ。犬とか猫とかの哺乳類ならまだしも、死にかけのアジに唾を吐かれたときには、世界を滅亡させようかどうか本気で悩みましたもん」

「死にかけのアジって唾吐くんだ」

「はい。ぺっ、て」

 

 

 それはもはや生命力に満ち溢れすぎじゃないだろうかと思うものの、綾瀬は本気で落ち込んでいるようだから、不要なツッコミは控えた。

 

 

 餓鬼を全力で警戒するふくろうに、俺はなんの気なしに手を伸ばす。

 同伴者がここまで嫌われていると、自分まで一緒の扱いを受けるのではないかと考えたからだ。

 

 

 ──しかし。

 

 

「せ、先輩」

「ん」

「めちゃくちゃ懐かれてるじゃないっすか」

「どうもね」

 

 

 ふくろうが掌に頭を擦りつけてくる。うるうると、濡れた瞳をこちらに向けてきながら。綾瀬の時とはまったく反対の反応だ。

 

 

「俺、昔から動物に好かれるんだよね。なぜか」

 

 

 やっぱり心の優しい人間を見抜いているんだろうか。

 化野くんは現代のイエス・キリストを標榜しているからな。化け物どもとの生活とかいう、ゴルゴダの丘で磔刑に処されるくらいの処遇を生き抜いているご褒美だろう。アーメン。

 

 

「う、羨ましい……」

 

 

 綾瀬は灼熱の砂漠みたいな声を漏らした。

 喉の奥で引っ掛かるような、低いざらりとした音。

 

 

「日頃の行ないかな」

「わたしだって悪くないんすけど」

「メスガキはどちらかというと悪いほうに分別されるんじゃない?」

「善行でしょう」

「善行かあ」

 

 

 善行だった。

 メスガキは善い行為。

 覚えておこう。

 

 

 いつまでも立ってふくろうたちと戯れているのも疲れるので、俺たちは椅子に腰を下ろし、お昼ご飯がてらに何か頼むことにした。

 動物カフェ、と銘打っているものの、やはり本質は動物ふれあい広場的なものなのか、メニューにはあまりこだわりを感じられない。カレーとか、メロンソーダとか、定番どころが無難に書いてあるだけだ。

 

 

 まあ別に山岡士郎みたいな文句を言うつもりもなく、適当に、腹の膨れそうなものを注文した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。