【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
遊園地デート。
言葉にすればなんと素晴らしい響きなのだろうか。ラブコメの波動を感じずにはいられない。
俺は両隣に鎮座する二人を見た。涙が出てきた。別に感動しているわけではない。むしろ逆だ。絶望していた。
「? どうしたのよ化野。急に目元を手で覆っちゃって」
「いや。つい運命って奴の意地悪さを呪いたくなってね」
「高校生にもなって中二病? そういうの早めに卒業しなさいよね」
ふん、と草壁雪花が鼻を鳴らす。
俺が涙をちょちょぎらせる原因が自身の見た目であるとは露知らず、美少女然とした振る舞いである。
いや──普通、そんな心配するわけないのだが。もしする奴が居たら、おそらく哲学に嵌っているだけだろう。
彼女が哲学に凝っているはずがないので、美少女の活け造りであった。
「きっと、わたしたちと遊園地に来られて感動してるんですよぉ。化野先輩、ツンデレさんですからぁ」
蕪木綾瀬がにやにやと語る。『にやにや』と表現するか『にたにた』と表現するか迷った。彼女の外見は紛うことなき餓鬼のそれであり、前者の描写では、魑魅魍魎感が薄いと思ったので。
「行きましょ、化野先輩」
こちらの腕を取って、綾瀬は駆ける。枯れ箒のような髪が風に舞った。ひとり取り残された雪花の「あっ!?」という声が背後から聞こえてきた。慌てて追いかけてくる気配。
雪花を信奉──の域まではいかないものの、決して間違いでもない──している綾瀬が実力行使に出るとは驚きだ。
思わず俺は目を丸くしてしまう。
「なんすか、その顔」
「まさか君が雪花の機嫌を損ねかねない行動に出るとは」
「これしきのことで気を悪くするほど器の小さな人じゃないっすよ、雪花先輩は。……違うっすよね?」
「途中からちょっと心配になってるじゃん」
綾瀬は鼻筋に皺を寄せた。
それを指摘すると、彼女は首をぶんぶん振る。
「不安になんか、なってないっす」
「ふうん。……ところで、どうしてまたこんな暴挙に?」
訊くと、綾瀬は小悪魔的に笑った。恐ろしく眼窩よりまろび出た眼球を二つ細めて、針のように尖った指先で口元を隠す。土気色の頬にわずかな朱が差し、
「──雪花先輩、揶揄うと面白いんすよ」
そう言った。見た目だけでなく、発言内容まで小悪魔的だった。小悪魔というよりも悪鬼羅刹の類だけれども。
俺は肩をすくめて、せめて巻き込まれなければいいな、と思う。
「雪花の反応を面白がるのもいいけど、こっちに飛び火させないでね。理不尽にとばっちりを受けるのは御免だよ」
「うーん、もう遅いんじゃないっすかねえ」
「は?」
ほら、と背後を指差す綾瀬。
その時点で嫌な予感がしていて、俺は振り返りたくなかった。
──しかし。
「化野……?」
地の底から這い出てきたのかと錯覚する声だった。肩に乗せられた手の甲は腐りきっており、およそ正常な人間のものではない。
ひとまず引き剥がそうとしてみたものの、やたらと力が込められているのか、まったく離れる様子がなかった。というか痛い。爪先が肩にめり込んでいる。
「雪花、淑女が男に軽々しく触れるのはよろしくないからさ」
お察しのとおり、声と手の主は雪花だった。揶揄い目的で綾瀬が置き去りにしてしまったせいで怒り心頭のゾンビである。
いつ炸裂するかも判らない爆弾を処理するような繊細な心地で、俺は彼女の怒りを宥めることに挑戦した。鎮まり給え。
「淑女が男に軽々しく触れるのはよろしくない、ねえ。アンタの隣、ていうか腕に引っ付いてるのは何かしら」
「虫だね」
「可愛い後輩ちゃんですよぉ!?」
「これは無視だね」
「別に上手いこと言ってませんからね!?」
虫呼ばわりされた綾瀬が抗議してくる。されど無視。荒ぶる御霊が顕現してしまったのは彼女のせいなのだ。矢面に立って盾となってくれるならともかく、俺の影に隠れている綾瀬を庇う義務などなかった。
「まさか可愛がってる後輩に裏切られるとは思わなかったわ」
「心中お察しします」
「化野がこんなにケダモノだったのも予想外だったわね」
「ケダモノ? 御冗談を」
『これ』に欲情する変態だと勘違いされているのは誠に遺憾である。
俺はリアル志向の餓鬼を見下ろした。餓鬼道から抜け出してきた化け物、もとい綾瀬は不思議そうに首を傾げる。いや首を傾げられても。やたらと瞳がきらきらしているのも腹立たしいところだ。
「綾瀬は小動物系の女の子だから、アンタが血迷ってしまう気持ちも理解できないではないわ」
「当人である俺は理解できてないよ」
「でも、それとこれは話が別よ。三人でデートに来てるのに、私だけを置いていくなんていい度胸してるじゃない」
「まず『それ』と『これ』を説明してから責め立ててほしいな」
冤罪で起訴された人ってこんな気持ちなのだろうか。俺は憤懣やる方ない心地になった。この世界は間違っている。何が間違っているかというと、具体的にはデートの相手の外見。
「ほわぁ……思ってたよりキレてるっすね」
俺の影に隠れる綾瀬は、そんな気の抜けた感想を漏らした。感想なんてどうでもいいからさっさと出てきてくれないだろうか。雪花の圧力が刻一刻と増している。このままだと圧し潰されてもおかしくない。その前に防波堤を持ち出せるかどうかが生死を分けよう。
「まず今回の件は蕪木綾瀬被告の独断専行であり、俺は一切の関与をしていないどころか巻き込まれた被害者である。よって、無罪が妥当だと思われる」
「元はといえば化野と綾瀬が出会わなければ起きなかった事だから、アンタにも罪の一端があるんじゃないかしら。よって有罪よ」
「不遡及の原則ってない感じ?」
雪花はあまりに冷酷に判決を告げた。この場合に不遡及の原則が適用されるかは微妙だが、とりあえず言ってみたところ、まったく酌量されなかった。こちら側に弁護人って居ないのだろうか。東京裁判もびっくりな不当具合である。
「まま、先輩方。せっかく遊園地に来てるんですから、そうピリピリしないで楽しみましょうよぉ」
「君が諸悪の根源なんだけどね」
「あやせわかんな~い」
「愛嬌だけで全て乗り切れると思うなよ」
側頭部に拳を当て、斜め上を向き、ぺろりと舌を出す綾瀬。端的に言って非常に腹の立つ表情だった。これが人間の──それも美少女であれば矛を収めてしまうくらいの可愛らしさなのだろうが、あいにく餓鬼だ。雌餓鬼だ。火に油を注ぐのと同義である。
俺は綾瀬の鼻頭にデコピンを食らわせた。
「あいたっ」
「……ま、これで成敗ってことで」
「はあ。仕方ないわね」
雪花は腕を組んでため息をつく。腐りかけの金髪を掻き上げて、きょろきょろと辺りを見渡し、やがて一か所を指差した。
「じゃあアレに乗りましょう。決着の証に」
「……観覧車?」
「振り分けは私と化野、別のゴンドラに綾瀬って配置でいいかしら」
「それは俗にイジメと呼ばれる行為だと思うよ」
「やぁね。カップル水入らずの時間に後輩を混ぜるなんて、それこそイジメと取られてもおかしくないわ。綾瀬が可哀想じゃない」
「俺と雪花は付き合ってもいないから問題ないんじゃないかな」
何を言っているのだろうこのゾンビは。ついに脳みそまで腐敗が進んでしまったのだろうか。お焼香でもしとく?
俺が白眼視すると、雪花は「冗談よ」と鼻を鳴らす。
「とにかく、観覧車のりましょ。私けっこう好きなのよ、あれ」
「別にいいけど……綾瀬は?」
「わたしも高所恐怖症とかないのでぇ、だいじょぶです!」
そんなこんなで、俺たちは観覧車に乗ることになった。
次回からは番外編になると思います。
いつ投稿できるかは判りませんが。