【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

14 / 138
暇と言えば暇だが、それほど暇ではない

「曜くんって暇なんですか?」

「悪意がある質問だな」

「まぁ、ちょっと」

「ちょっとあるんだ」

 

 

 聞き覚えのある会話だった。

 というか昨日した会話だった。

 

 

 月曜日になって学校が復活したので、昼休みに襲ってくるゾンビから逃れるために訪れた図書室。その奥でひっそりと読書をしていると、昨日と同じように向かいの席に座ってきた逆瀬川さんが質問をしてきた。

 今日は悪意があるようである。多分、悪意というより悪戯心だけど。

 

 

 彼女は意味ありげに『解けない恋の方程式』なる文庫本の背表紙を見せつけてくるが、ほとんどがピンクでところどころに緑が装丁されていることしか読み取れない。

 次に出してきたのが『不平等な社会』という本。明らかに図書室で気軽に読むには気位が高すぎるが、逆瀬川さんが――というより、ジガバチが読むには相応しい気がする。ジガバチに相応しい本って何だよ、などという感情は無視して。

 

 

「はぁ……」

「ため息をつくと幸せが逃げるらしいよ」

「幸せを捕まえるためにため息をついているんです」

「変わってるね」

 

 

 まるで物わかりの悪い部下を相手にしている課長のように、逆瀬川さんは額を押さえた。片手には『名前で呼んで』という文庫本。

 一体どれだけ本を持っているのだろうか。

 

 

「やっぱり世界って不平等じゃないですか」

「昼休みにする話題にしては重すぎない?」

「だから身近なものから解消していくべきだと思うんですよ」

「確かに」

「…………ね?」

「何が『ね?』なの?」

 

 

 はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜。

 

 

 図書室に響き渡るようなため息だった。

 もちろん比喩表現だが。

 それほどまでに深い感情が込められていそうなため息。

 俺には彼女が何に悩んでいるのか理解できなかった。

 ジガバチの悩みなんて人間には解消できないだろうけれども。餌となるイモムシやアオムシが見つからないという悩みだろうか。

 

 

「察しが悪い男の人ってどう思います?」

「一般論でいい?」

「曜くんの主観で」

「クズだね」

「そうですか」

 

 

 逆瀬川さんはクズを見るような視線を向けてくる。

 ますます意味がわからない。

 

 

「曜くん」

「何?」

「逆瀬川さん」

「……何」

「曜くん」

「…………な」

「逆瀬川さん」

「………………」

 

 

 続けて「曜くん」と続けようとしたところで、流石に察した俺は手で制す。

 逆瀬川さんはきょとんとした様子で――十中八九演技だろうが――首を傾げた。

 

 

「……えーと」

「何ですか?」

「…………」

「ふふ」

 

 

 正面切って発するとなると恥ずかしい。

 今まで名字で呼んでいただけになおさら。

 

 

 俺はしばし逡巡して天井を見上げるが、それすらも面白いようで、彼女は頬に手を添えてこちらを眺めている。まるでショーウィンドウのトランペットを物欲しげに見つめる黒人少年のように。

 誘導されているようで腹立たしいが、ここで反抗するのも格好悪い。据え膳食わぬは男の恥とも言うし、一息で言ってしまおう。

 この場合は据え膳の意味が変わってくる気がするが。

 

 

美穂(みほ)

「ふふ」

「…………」

「曜くん、何か言いました?」

「…………美穂」

「はい、何でしょう」

 

 

 逆瀬川美穂は実に楽しそうに、今まで提示してきた本を机の上に並べる。

『解けない恋の方程式』

『不平等な社会』

『名前で呼んで』

 一番最初の本の意味は本当に理解できないが、とりあえず二つ目と三つ目の本が示すのはそういうことだろう。

 実に腹立たしい。

 

 

「おや、どこへ行くんですか曜くん」

「トイレ」

「じゃあご一緒しましょうか」

「性別考えてくれる?」

 

 

 俺をおちょくるためだけに恥すら捨てるか。

 何が彼女を駆り立てるのだ。

 愉悦、あるいは悪戯心由来の悦喜(えっき)

 どちらにせよ憤懣(ふんまん)やる方ない。

 

 

 立ち上がろうと引いた椅子を元の位置に戻して、逆瀬川さん――美穂の、虫の顔だというのに、不思議なくらい感情が読み取れる表情を眺めて、大きなため息をつく。

 どかりと少々荒っぽく座るのも無理はない。

 今週の当番であろう図書委員が迷惑そうにカウンターから視線をくれるが、文句を言うなら美穂に言ってくれ。多分俺は悪くない。

 

 

「知ってますか? 間もなく校外学習があるんですよ」

「知ってる」

「クラスごとに目的地を決めるので、おそらく私たちは違うところですけど」

「うん」

「同じところだったら嬉しいですね」

 

 

 別に。

 名前呼びをさせるために婉曲なイジメをしてくるジガバチと、何が悲しくて校外学習に行かなくてはならないのか。

 同じ行き先だったら最後、延々とからかわれる気がする。

 

 

 少し前まで大人しい文学少女だったはずなのに、一体何が彼女を変えてしまったのだろう。ジガバチは肉食動物だから、文学少女という草食動物の皮を捨てただけかもしれないが。

 

 

「ところで、せっかく私たちがポップを作ったのに、あんまり人が増えていないですね」

「そりゃ――」

 

 

 あんな三回見たら死にそうなポップがあっても、興味を持って入室しようとする人いないんじゃない? などという感想は、間違いなくからかいが反撃となって飛び出してくるので、喉の奥で飲み込んだ。

 

 

 それだというのに、どうにも美穂は読み取ってしまったようで。

 微笑を噛み殺しながら、両手で机に頬杖をついて、わかりやすく状況を愉しんでいた。俺は何も愉しくないのに。

 

 

 ◇

 

 

 今こうしてバスに揺られていると、毎日学校に通って学生として生活しているのが不思議なように感じられる。平日というのもあるかもしれないが。

 あと隣に肉塊が座っていることもある。現実感が有休を取っていた。

 

 

「化野さん」

「ん」

「私、実は乗り物酔いが酷くて」

 

 

 慣れてきたものの直視はしたくない外見なので、俺は窓のへりに肘をついて外を眺めていた。そこにかけられる鈴を転がしたような声。

 通話アプリで最上級の詐欺ができること間違いなしの他称美少女、草壁菜々花だ。彼女は赤々とした肉塊を青くして、こちらに触手を伸ばしてくる。

 

 

「なので席を変わってもらえないかな、と」

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 

 吐くという結果にだけ着目すれば、おそらく乗り物酔いよりも肉塊を認識してしまったショックの方が大きいと思うが、あいにく自分以外に菜々花を化け物だと認識できる人間を見たことがない。

 俺はまともな人付き合い——文字通りの「人付き合い」である——がしたいため、最近紳士的なムーブを心がけている。たとえ相手が肉塊であろうとも、紳士は優しく席を譲るのだ。

 

 

 先程まで菜々花が座っていた席に腰を下ろすと「にゅちゃり」と音。

 そっと目を瞑る。まぁ予想はしていたさ。

 揮発性が高いのだけが救いである。校外学習ということもあり、現在身に纏っているのは制服だから、汚れたら結構辛いところ。

 

 

「わぁ……これが東北ですか」

「あんまり景色変わらないね」

「そういうのは胸に秘めておくものですよ」

「そんなものかね」

「そんなものです」

 

 

 そんなものらしい。

 子供のように外を眺めていた菜々花に叱られてしまった。

 

 

 只今(ただいま)、高校生活も一か月を過ぎ初めての校外学習と相成っている。ところが、期待に胸を膨らませていたところに提示された行き先は、まさかの大学で。

 明らかにテンションが下がっている皆を眺めながら、担任は「このパンフレットに乗ってる大学の中から好きなのを選べよ」と早々に教室を出て行ってしまった。

 

 

 その中からせめて旅行気分を味わおうと、クラスメイト達は東北にある大学を選択したのだ。しかし初めて乗った新幹線の目的が大学見学とは、いまいち夢に欠けるというか。

 

 

「えぇと、バスで一時間でしたっけ」

「うん」

 

 

 新幹線から降りてバスに乗り換え。

 何の因果か菜々花の横に割り振られてしまったので、こうして校外学習の道中を肉塊と一緒に過ごしている。

 

 

 周りから向けられる嫉妬の目には慣れたものだが、相変わらず腑に落ちない。どうして肉塊と過ごして嫉妬されねばならないのか。その理論で行くと精肉店の人は超絶ハーレムを築いていることになるぞ。

 しかも他の人にヒロインを分けてやるモテっぷり。君達もヒロインと出会いたいのなら、精肉店に行って「鶏むね肉を百五十グラムで」とか言えばいいじゃん。

 

 

「……少し暇じゃないですか?」

 

 

 流石に外を眺めるのにも飽きたか、菜々花がこちらを向いてきた。

 正直な話、肉塊の正面だとか後ろとか判別がつかないので、割と適当に考えているけど。

 

 

「暇だね」

「ちょっとしたゲームをやりましょう」

「どんな?」

古今(ここん)東西(とうざい)魑魅魍魎(ちみもうりょう)です」

「古今東西魑魅魍魎」

 

 

 またニッチなところを。

 ニッチ過ぎて字面が必殺技みたいになっている。

 

 

 古今東西ゲームは有名だが、お題に魑魅魍魎を使用するのは初めてだ。やはり化け物代表として自信があるのだろうか。

 菜々花は「それじゃあ私から行きますよ」と肉塊を一本立てる。ちょうど人間が人差し指を立てるように。 

 

 

「えぇと……おばけ!」

「肉塊」

「えぇ……? …………猫又!」

「ゾンビ」

「…………人狼!」

「ジガバチ」

「それは魑魅魍魎なんですか?」

 

 

 魑魅魍魎だろう。

 むしろそれ以外にどう表現する。

 

 

 彼女は納得がいかないような表情だった(顔ないけど)。

 しかし目の前に化け物の見本市みたいな存在がいるからなぁ。

 菜々花を化け物と形容しないならば、ジガバチも同様に化け物ではなくなるが、およそまともな感性を持っていれば、肉塊を化け物と表現しないことはない。

 

 

「…………ジガバチは禁止です」

「何で?」

「だって普通に、そこら辺にいるじゃないですか」

「確かに普通にいるけども」

 

 

 隣の教室とかに。

 

 

 悲しいことに化け物の括りから外されてしまったジガバチこと、逆瀬川美穂の姿を頭の中に投射する。どこからどう見ても化け物。百人に街頭インタビューをしたら八十九人くらいが「いやこれは化け物ですね」と答えるだろう。

 ところが菜々花いわくジガバチは化け物ではないそうなので、美穂は残念ながらノーマルヒューマン扱いとなります。おめでとう。

 

 

 そういえば美穂とトークアプリで話すようになったのだが、彼女のネット上での話し方が現実とは乖離しすぎていた、という事件があった。

 一例は、

 

 

『曜くんぉはょぅ』

『おはよう』

『今日ゎぃぃ天気だネ☆』

『そっすね』

『大学見学楽しみ笑笑笑(はあと)』

 

 

 みたいな。

 怖い。

 もしかして違う人が操作してるんじゃないの? あるいは二重人格。

 初めてこんなのが送られてきたときには、本当に気でも狂ったのかと心配になった。ハリガネムシあたりにでも寄生されたんじゃないかと。

 

 

「とにかくジガバチは禁止です」と憤る菜々花に頷き、その後も古今東西魑魅魍魎を続けていると、やがて風景が長閑なものから都市部のそれへと変わっていく。

 バスの最前列に座っていた担任が立ち上がり、荷物の準備をするよう声をかけた。

 

 

「楽しみですね、化野さん」

「うーん、まぁ、そうだね」

 

 

 仮に大学見学だったとしても、隣にいるのが美少女だったら楽しめたんだろうが。

 誰が肉塊と連れ添って楽しめるというのか。俺は悲しい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。