【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

18 / 138
陸上競技で暴走したらアウトだよね

「朝だよお兄ちゃん」

「悪夢かな」

「何が?」

「いや、こっちの話」

 

 

 目を開いたら闇が目の前にいた。

 ついにお迎えがきたのかと思ったが、別に十五年少々しか生きていないし、寿命が来るには早すぎる。

 よく観察してみると妹だった。今日も変わらず化け物みたいな闇である。というか化け物か。家族を「化け物」と形容するのは心苦しいものがあるが、化け物である。

 

 

 悲しみに胸を痛めつつベッドから起き上がる。

 ずれた掛け布団の中は少し暑い。

 汗ばんだ肌から、だんだん夏に近づいていることを感じた。

 

 

「今日はね、残念ながら雨なんだ」

「最近ずっとそうじゃない?」

「梅雨だからね」

 

 

 さっきまで夢を見ていたような気がするのだが思い出せない。

 まぁ忘れるということは取り留めもないことなのだろう。

 俺は部屋から出ていく妹をぼんやりと目で追いながら、中学生の時に買ったために小さくなってきた寝間着を脱いで制服に着替えた。

 

 

 いつかのように階段から転がり落ちないよう、慎重に降りる。

 

 

「今日は雨だから春雨だよ」

「春というには季節が進みすぎてる気がするけど」

「暦の上では春だよ」

「夏だよ?」

 

 

『暦の上では』というフレーズは季節感を誤魔化せる万能の言葉ではない。壁にかけてあるカレンダーが陳述するのは本日の日付。六月の中旬が間もなく終わる。間違っても、春などという発言はまかり通らない。

 

 

 いいんだよ春雨を食べるときは春になるから。

 と理解しがたい説明を妹はした。

 ボディランゲージのつもりだろうか、触手らしきものが蠢いている。うにょうにょと菜箸(さいばし)で宙を掻く。

 

 

「いただきます」

「はい、どうぞ」

 

 

 俺は食卓に座って春雨を箸で掴んだ。

 おそらく笑っているのであろう妹を見て、ふと疑問。

 化け物仲間である菜々花や雪花が食事をしているところは観測したことがある。しかし、妹が何かを食べている姿を見たことがないのだ。

 もしかして食べられないのだろうか。

 

 

 考えてみれば菜々花やらは一応人間の範疇に居そうな生態をしているが、妹は完全に向こうの世界の住人だ。そもそも本来この世界に生まれ落ちていないのだから、果たして通常の生物と同じ活動が可能なのか疑問である。

 

 

「どうしたの?」

「……いや」

 

 

 何でもないよ、と呟いて春雨を口に放り込む。

 大量にかけられたラー油の風味が鼻を抜けていく。

 反射的にむせた。喉の奥の方がサハラ砂漠。

 

 

「大丈夫!?」

「まさか暗殺されかけるとは……」

「私、辛いの好きだから……」

「もの食べられるんだ?」

「うん」

 

 

 食べられるらしい。

 杞憂だった。

 コップに入った麦茶を胃の中に叩き込んで、俺はため息をつく。

 

 

「今度からは辛さ控えめで」

「わかった」

 

 

 本当に理解したのか怪しいくらい明るい返事だ。殺人未遂を起こしたとは思えない。

 彼女は機嫌良さそうに立ち上がると、「お弁当のから揚げにタバスコかける?」などと意味不明なことをのたまう。全力で止めた。

 

 

「美味しいのに……」

 

 

 と不思議そうに首を傾げる妹の姿が、やけに印象に残った。

 

 

 ◇

 

 

「暑いです……」

 

 

 先程の体育のせいだろうか。

 菜々花は肉塊の表面に血のような汗を流している。

 もはや汗血馬。一日に千里くらい走りそう。

 

 

「お疲れ様」

「化野さんは何をしていたんですか?」

「バレーボール」

「私はマラソンです……」

「うわぁ」

 

 

 一般的な男子高校生を自負している俺は激しい運動があまり好きではない。バレーボールとか(本気で競技に向き合わなければ)それほど疲れない運動だったらいいのだが、マラソンともなると問答無用で疲れさせてくるため、可能であればこの世界から消えてほしい。

 ペルシア戦争が起きなければ現代の俺達がマラソンをする必要はなかったのかもしれないのになぁ。

 

 

「急に首を傾げてどうしたんですか」

「どうして戦争はなくならないのかと」

「重いですねぇ。昼休みに考えることですか?」

「考える程度にはくだらないかな」

 

 

 タオルを取り出して表面を拭き始めた彼女に言う。

 そのタオルが真っ白だったことも災いして、一瞬にして真っ赤になった。

 凄惨な殺人事件の現場のごとく。怖い。

 

 

 どかりと椅子に座り天上を見上げる。

 未だ六月の中頃といった季節。

 しかし窓の外からはジリジリとした日差しが差し込んでいた。

 おかげで汗が浮かんでくる。

 

 

「ふふふ、しかし私マラソンは得意なんですよ」

「そうなの」

「前に住んでいた村……鳥辺野(とりべの)村というのですが、実は『鳥辺野村の暴走機関車』と呼ばれていたのです。陸上競技はばっちこいですよ」

「それ脱線してない?」

 

 

 およそ陸上競技には似つかわしくない名前である。

 レーンとか余裕で超えてきそう。

 

 

 体育の授業が終わって昼休みに入ったためか教室には弛んだ空気が流れていた。椅子に座った菜々花もだらりと机に突っ伏し、「暑いですね」と恨めしそうに扇風機を眺める。流石にエアコンを付けるほどではないが、せめて扇風機くらいは。そう考えているのだろう。

 

 

 そういえば須佐美さんは無事に応援部に入部できただろうか。

 ふと数日前の記憶が蘇ってきた。

 

 

 あれから彼女とは会っていない。そもそも今になるまで学校内で出会っていなかったのだから、数日くらい音信不通になるのはおかしくない。むしろ自然だ。

 

 

「あれぇ、もしかして化野さん」

「何」

「女の子のこと考えてます?」

「何で」

「『女の勘』です」

 

 

 肉塊の分際で「女」などと自称しないで貰いたい。

 よっぽど俺はそう言おうと思ったが、クラスメイトの視線が痛かった。

 ゆえに黙りこくって机に突っ伏し、「化野さん化野さん」と絡んでくる菜々花のことを無視し続けた。肉塊に絡まれるなんて可哀想。

 

 

 ◇

 

 

「ほら、私って森ガールなことに定評があるじゃない」

「話だけは聞こうか」

「でもモダンガールも目指したいのよね」

「百年くらい前に戻れば?」

「ということでプリント倶楽部に行きましょう」

「話聞けよ」

 

 

 急に訳のわからないことを言い出した雪花が、完全にこちらの発言を無視して、おそらく目的地であろうゲームセンターの場所を探している。彼女とは結構な回数出かけているし、以前にゲームセンターには行ったのだから探す必要はないと思うのだが。

 

 

「プリント倶楽部……通称プリクラ」

「………………」

「女子高生といえばプリクラよね」

「………………」

「ついに私も都会系美少女の仲間入りよ」

「………………」

「ところでさっきから何してるの?」

「帰り支度」

「こんなに話してるのに!?」

 

 

 だって俺の話聞かないじゃん。

 無視する流れかなって。

 そういう感情をありありと込めた視線を向けると、雪花はつまらなそうに唇を尖らせた。

 

 

「私が誘ってるのよ」

「うん」

「じゃあ付いてきなさいよ」

「やだよ」

 

 

 どうしてゾンビと一緒に出かけなければならないのか。

 すでに形骸化しているような気がしないでもないが、俺はラブコメが送りたいのだ。間違っても化け物と学校生活を過ごしたいわけじゃない。

 

 

 思い切り眉を顰めてみると、雪花は強引にこちらの腕を掴む。

 反射的に隣の席に助けを求めた。

 しかし現実は非常である。菜々花はそこにいなかった。

 

 

 ドナドナドーナ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「贅沢をするのはよくないわ」

「この状況に対してその形容は正しくない」

「私という美少女を侍らせておいて、贅沢じゃないとでも?」

 

 

 そりゃゾンビだし。

 明らかに腐敗している皮膚には見慣れたが、好き好んで近づきたい見た目ではない。下手すると自分まで土の下に連れて行かれそうだ。

 

 

 ゲームセンターの自動ドアをくぐると爆音が体を揺らした。

 少し驚いたのか雪花が腕に掴まってくる。

 感覚としては悪魔に捕まったようだ。

 執行猶予つくかな。

 

 

「直接言うのは恥ずかしいのよ、察しなさい」

「ごめん鈍感系だから」

「はっ倒すわよ」

 

 

 だって鈍感じゃないと化け物相手に普通に接することができないのだ。とは言わなかった。冗談の気配を纏う勢いで飛んできたチョップを甘んじて受ける。ぷちょりとした感触が額に。明らかに正常な感触でないのに、顔色一つ変えないのは我ながらすごい。

 

 

 様々な音が入り交じる空間に頭蓋の裏側が痒くなる。

 流石に雪花は腕から離れたが、わずかな逡巡のあと、そっと手を握ってきた。

 やめてくれないかな。

 

 

「……何よ」

「何でも」

 

 

 しかし「お前の手の感触気持ち悪いから離してくれない?」と草原を浮かぶ蒲公英(たんぽぽ)の綿のように、軽くオブラートな言葉を吐くことはなかった。応答に失敗すると死ぬかもしれないから。俺は配慮のできる紳士なのである。

 

 

 代わりに「プリクラの正式名称ってプリント倶楽部っていうんだ」、と詳しくないことを全面に押し出す発言をして、どれも同じに見える機種の前で悩んでいる彼女に声をかけた。

 

 

「何でもよくない?」

「よくない」

「変わらないでしょ」

「変わるの」

 

 

 ここはバチバチに盛ってみようかしら、いやでも、逆に盛らない韓国系っていうのもありね……と考え込んでいる雪花。

 ワンチャンこのまま帰れないかな。

 試そうとしたら手が固く繋がっていたので不可能だった。

 悲しい。

 

 

「これにしましょう」

 

 

 やがて大きな決断をしたという雰囲気を醸しながら、彼女は一台のプリクラに入っていく。一人、または男友達だけでは絶対に入れない領域だ。白を基調とした空間にきらびやかな女性の写真が踊っている。とてもではないが一人きりで侵入したくない。一応〝女友達〟と表現できないこともない雪花と一緒にいるのに、ここまでの居心地悪さを感じているのだから、それが自分一人となったら。

 

 

 機械の入口に垂らされた幕をくぐる。

 筐体の中は真っ白な壁に光が反射していた。

 思わず目を瞑る。

 

 

「人生4カットだから、とりあえず四枚撮るわよ」

「なんて?」

「人生4カットだから、とりあえず四枚撮るわよ」

「なるほど」

 

 

 理解できないことを理解した。

 プリクラの種類なんて知らない。

 男子高校生を舐めないで貰おうか。

 

 

 その後は雪花の指令に従って写真を撮った。意味のわからない格好をしたり、彼女が盛っている――フレームとか背景を変えているだけらしいが――姿を眺めていた。何が面白いのかわからないけど彼女はずいぶんと楽しそうである。

 

 

「はいこれ」

「どうも」

 

 

 作業が終わったらしい。

 雪花から渡されたものを見ると、長方形が四分割され、それぞれに先程の写真が載っている。なるほどこれが人生4カットか、と納得したところで――?

 

 

 すらりと伸びた金色の髪。

 勝ち気に釣り上がった眼尻からは強い意志を感じる。

 若干あげられた口角からは彼女がリラックスしていることが読み取れた。

 自分の学校の女子用制服、しかもリボンの色からするに同学年。

 紛うことなき美少女の姿だ。ところが、俺はこの女子に見覚えがない。

 

 

「誰これ?」

「誰って?」

「いや、俺の隣にいる人」

「どう見ても私でしょ」

 

 

 どう見ても私……?

 再びプリントされた写真と隣りにいる化け物とを見比べる。

 美少女。ゾンビ。

 美少女。ゾンビ。

 美少女。ゾンビ。

 

 

 うーん。

 

 

「いやぁ盛りすぎでしょ」

「韓国プリクラだから盛らないって言ってるでしょ!」

 

 

 だって全然違うじゃん。

 俺はそう言おうかなと考えながら、もしかすると他の人における草壁雪花の姿とはまさしくこれであり、今まで認識できなかった美少女の姿がやっと見られたのかもしれないと思った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。