【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

19 / 138
化け物と一緒に相合い傘か、無しだな

 雪花とのプリクラを眺める。

 あれから何度も観察してみたが美少女であった。

 間違っても今にも腐り落ちそうなゾンビではない。

 

 

 自室の机にそれを置いて、まるで重大な研究をする科学者のように腕を組む。あまりに顰められた額は血流が滞っているのか少々痒い。痒みを解消するために額を揉んで、椅子の背もたれに体重をかけた。

 

 

「うーん」

 

 

 さて、妹の発言を思い返してみよう。

 

 

『ところでクラスメイトに肉塊がいるんだけどさ』

『うん』

『あれって人間なの? 俺の視界が変になってるだけ?』

『えっと、私の瘴気を吸うと異形の世界に近づいちゃうんだ。だから化け物が化け物らしく見えるようになるの。多分だけど、その人は普通に肉塊なんじゃないかな』

 

 

 あのときは普通に肉塊だったのか、つまり化け物だったのかと納得したのだが、妹を学校に連れて行ったときには菜々花を化け物だと認識できなかった。ゆえに化け物すらも「化け物」を「化け物」だと看破できないと判断したのだけれども。

 

 

 再びプリクラに目をくれる。

 相変わらずの美少女。

 

 

 自分の視界からは彼女らが化け物に見える。しかし、こうして機械を通して見てみると普通になるのだ。まぁはっきり言って俺のほうがおかしいんじゃないかと思ってきているのだが、果たして真実はどちらなのだろうか。

 

 

 さらに考えこもうとしたところで、頭蓋の奥の奥、何処からか冷たい感覚すらもが湧き上がってきて、意識が一瞬に薄くなった。

 

 

【――忘れるが良い、人の子よ。其方自身の為に】

 

 

「……………………?」

 

 

 …………はて。

 俺は一体何を考えていたのだろうか。

 

 

 自分が何をしようとしていたのか完全に思い出せなくなり――まるで頭を洗ったのか洗っていないのか思い出せなくなる、ルーティーン化された行動のように――しばし動きを止める。

 

 

 数秒前の記憶すらも忘れてしまうとは、高校生のくせして老化がずいぶんと早いらしい。呆けたようにポッカリと抜けた思考に思いを馳せながら、机の上においてあるプリクラを眺めて頬を掻く。

 

 

「うーん」

 

 

 俺がおかしいのか世界がおかしいのか。

  

 

 まぁ、どちらでもいいだろう。

 

 

 ◇

 

 

 雨が降っていた。

 数日前と同じく大雨だ。

 無防備に身を晒そうものなら病魔に蝕まれることが確約されそうである。俺は玄関で阿呆面をしながら天を眺めていた。

 

 

「おや、こら曜くん」

「こんにちは」

「奇遇やなぁ」

 

 

 突如現れた塵系女子高生の須佐美(すさみ)陽子(ようこ)さんは、見せびらかすように右手に持ったビニール傘を揺らすと、悪戯気な色を声に乗せて首を傾げる。

 

 

「あんたも不幸どすなぁ」

「……そうだね」

「こないな雨に降られるなんて」

 

 

 うちは風邪引きたないさかい、見て。ばっちり傘持ってきたわぁ。

 と言って彼女はビニール傘を開け閉めしていた。

 

 

「そう」

「ところで、うちって困っとる人がおったら見過ごせへん系の美少女やん」

「知らんけど」

「そやさかい、いつでも傘を貸せるように、おっきな傘使うてるんやで」

「それはすごい。是非困ってる人が居たら貸してあげて」

「わかったわぁ」

 

 

 須佐美さんは何も言わずに右手を差し出してくる。

 当然握りしめたままの傘も同時に。

 

 

 俺は彼女がどのような意図でその行為をしているのか理解していたが、善意を受け取ったが最後、あまりにも地獄のような光景が発生するのを見通していたので、まるで理解していないが如く黙りこくった。

 

 

「傘貸したるで」

「見たところ一本しかないね」

「おん」

「須佐美さんが濡れちゃうから」

「一緒に入るに決まってるやん」

 

 

 決まってたかぁ。

 悲痛な慟哭を抑えて眉間を摘む。

 現在も変わらず彼女は傘を差し出していた。

 

 

 かなりの時間を雨宿りして過ごしていたから、生徒の数は結構減ってきたもののゼロではない。玄関を出ていく彼らは迷惑そうな顔をしている。まるでバカップルでも見るような。間違いでしかないんだけど。

 

 

「……須佐美さんって駅まで行く?」

「実は近所やねん」

 

 

 行くなら反対方向だから、という断りの文句は喉を出る前に封殺された。俺はしばし視線を宙で彷徨わせて、

 

 

「申し訳ないから」

「遠慮せんでいいさかい」

「ほら、付き合っても居ない男女がね?」

「うちは気にしいひんよ?」

 

 

 気にしてくれ。

 頼むから。

 

 

 あまりに無敵な塵を前に絶望していた。

 何を言っても相合い傘をする方向に持っていかれる気がする。

 たちが悪いのが、美穂のように意識してからかっているのではなく、純粋な善意であろうことだ。

 わずかに悪戯の気配も混じっているが。

 

 

「………………」

「うちとの相合い傘なんて地上波初放送やで」

「まだ早いよ」

「映画公開から二年くらい経ってるさかい」

「それは頃合いかぁ」

 

 

 頃合いだった。

 逃げられない。

 

 

 慣れてきたとはいえ化け物と近づくのなんて御免被りたいのだが、ここまで善意を全面に押し出されて、それで断るなど紳士な自分にはできなかった。流されやすいとも言う。

 

 

 結局、俺は――おそらく――にこにこと口角を緩めている彼女の差し出してくる傘に、躊躇しながらもお邪魔させてもらった。どうやら須佐美さんの言っていたことは正しかったらしく、仮にも男子高校生と女子高校生が場所を同じくしているというのに、窮屈な感じはしない。

 

 

「ラブコメの一幕みたいとちがう?」

「違う」

 

 

 ころころと喉を鳴らしながら彼女は言った。

 化け物と相合い傘をしていることを「ラブコメ」と絶対に表現したくなかったので、それに対して即答する。

 

 

 けれども須佐美さんは、やはり笑って。

 何とも言えない空気感を漂わせながら、俺達は帰路についたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うちの趣味知っとる?」

「知らない」

「せやったら教えたる。恋愛ドラマやらを見ることなんや」

「へぇ」

「今の状況ってほんまそれやんな」

 

 

 若干雨脚は弱まり、先程までのバケツを引っくり返したようなという表現がまさしく当てはまりそうなものではなく、覚悟を決めれば傘などがなくても大丈夫、くらいの強さになっていた。

 

 

 須佐美さんの言う通り相合い傘と言えば恋愛系のシチュエーションが思い浮かぶが、残念なことに相手は化け物である。いくら言動が可愛らしくても、仮に正体が本当に美少女なのだとしても、恋愛には発展しない。

 

 

 ゆえに俺は彼女の発言にノーを叩きつける。

 しかし須佐美さんはからころ(・・・・)と喉を鳴らした。

 制服のリボンが音を立てて布地の上を滑る。

 

 

「曜くんってほんま頑なやんな」

「忍耐強いことには定評があるんだ」

「尊敬するわぁ。うちは風見鶏みたいで……」

 

 

 風見鶏は風に吹かれて向きを変えるが、彼女の場合は風に吹かれたら最後吹き飛ばされそうである。なので比喩表現としては真逆だと思う。ただ此処に鎮座するのは風見鶏よりも流されやすい――元々は『風見鶏』という単語はプラスの意味で用いられていたらしいが――者こと化野曜。決して思ったことをそのまま口に出さない。

 

 

 そんなことを考えていたなど悟らせないように、繊細に隠して口を開く。

 

 

「ところでさ」

「おん」

「傘くらい俺が持つよ」

「ええの? ほならお願いするなぁ」

 

 

 学校を出てからずっと彼女が傘を持っていた。

 所有権の宿るところを思えば当たり前なのだが、外部からの視点及びそれに付随する印象のことを思えば、およそ推奨される状態ではないだろう。

 そのため傘の領有権を主張する。

 須佐美さんは「おおきに」と言いながら傘を渡してきた。

 

 

「ますますラブコメの一幕っぽいなぁ」

「実は俺、箸より重いもの持ったことないんだよね」

「深窓の令嬢みたいやん」

「だから傘が重くて重くて……」

「ここが頑張りどこやな」

 

 

 クソ、間違えた。

 確かに言われてみれば、男女が連れ添って一つ傘の下に入っていて、しかも男子のほうが傘を持っていれば数え役満だ。

 百人中千人くらいが「あぁ、これはラブコメですね」と読み取るだろう。

 ラブコメじゃないのに。

 

 

 あちらは善意で傘を貸してくれたのだから、こちらも善意でもって返そうとしたら、まんまとラブコメじみたシチュエーションになってしまった。

 

 

「がんばれ、がんばれ、やら言うとく? ポンポン付けて。今やったら語尾にハートマークもサービスしとくで」

「遠慮しとく」

 

 

 そんな地獄絵図をこの世に顕現させたくない。

 この世すべての悪みたいなものではないだろうか。

 直視したらSAN値直葬である。

 

 

 どうやら須佐美さんの家は俺の家と方向は同じなのだが、少々距離があちらのほうが長いらしい。ゆえに家の前に着いたとき、「ここが曜くんのお家なんやぁ。知らへんかったなぁ」とこぼしていた。一生知らないでほしかったものだ。たちの悪いストーカーよりも恐ろしい存在に住所バレしてしまった。

 

 

 雨に濡れた門扉に手をかけて、じゃあさようなら。

 感謝の言葉を吐いて玄関に入ろうとする。

 そのとき。

 

 

「曜くん、風邪引かんといてな」

「引かないよ。そのために傘貸してもらったんだから」

「そやけどその肩」

 

 

 そう言って、須佐美さんは俺の左肩――つまりビショビショになって地肌までが透けている肩を指さした。

 

 

「うちが濡れへんように、ちょい傘から飛び出しとったやん」

「いやまぁ常識として」

 

 

 移動式の雨宿りに相席させてもらって、その上、大家を追い出すなど。

 借家栄えて母屋倒れるではないけれども。

 

 

「しかもずっと車道側に立っとったやん」

「うーん」

「そやさかい改めて言うなぁ」

 

 

 おおきに。

 

 

 ころころと傘を揺らした彼女は頭を下げた。あまりの純粋さというか「まとも」な感性に、俺はぐらりと来てしまった。多分自分よりも人間的だと思う。

 

 

 須佐美さんはどんどん遠くなっていく。

 時たまに振り返って、控えめに手も振ったりして。

 化け物であることに目を瞑れば実にラブコメをしているものだ。

 目を瞑るには光が強すぎる欠点であるが。

 

 

「はぁ……」

 

 

 疲労をため息に込めて吐き出す。

 何だかどっと疲れた。

 

 

 ◇

 

 

「いやー、流石だな化野」

「何が?」

「新しく女子を引っ掛けたんだろ?」

 

 

 はぁ……とため息をつく。

 前の席に座る伊藤(いとう)大将(ひろまさ)は口角をあげた。

 

 

「聞いたところによると雅な美少女だとか」

「確かに(いにしえ)風ではあるよね」

 

 

 焼骨的な意味で。

 

 

 もはや何度かした会話なので続けたくなかったのだが、彼は止める気などないようで、舞台上の俳優のように朗朗と口を開く。

 

 

「あの……何ていうんだろうな、日本人形だとかこけしみたいに可愛らしく切りそろえられたやつ」

「尼削ぎ?」

「それ。とにかくこぢんまりとしてて可愛いよな」

 

 

 こぢんまり。

 漢字にすると故人まり。

 嘘だけど。

 

 

「はんなりとした京言葉だし気立てもいい」

「まぁそれはね」

「おまけに美少女とくれば言う事無しよ」

 

 

 最後の最後で大問題が出てきたな。

 言う事ありまくりである。

 

 

 俺は男泣きに泣きながら、ただ静かに天井を見上げたのであった。

 神様仏様。種族が人間な異性と出会わせてください。

 それだけが私の望みです。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。