【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
体育館を離れ現在野外ステージ。
今行われているのはミスコンだ。
さすがに水着などは着用していないが、各々が最も自分を魅せられると理解している格好にて挑んでいる。
あたりからは怒号のような応援と、あるいは悲鳴のごとき嘆息が度々漏れる。舞台はすでに中盤どころか終盤に差し迫り、まもなく終了しようとしていた……。
『さァて次の挑戦者はなんとォ!! 頭脳明晰で運動神経抜群、その目を奪う金髪のうねりは皆様もよくご存知のことでしょう!! 我々文化祭実行委員イベント班も彼女の応募があったときは度肝を抜かれたァ! エントリナンバー八番、
ウワァァァァァァァァァァァァ!!!?
と観客たちのボルテージは最高潮に達する。
対照的に俺の表情からは温度が失われていった。
なにしてんだあいつ。
ほとんどゼロに近い可能性――つまり「なにかの間違いで同姓同名の生徒がこの学校には在籍していて、本当に神様が仕組んだとしか思えない偶然でその生徒は金髪である」という藁にすがろうと思ったが、悠々と歩いてきたやつが明らかにゾンビであったから、俺は諦めて全力でため息をつくに留まる。
本当になにしてんだあいつ。
「……あれ、草壁雪花さんですよね」
「まぁ俺達が集団幻覚を見てるんじゃなかったら」
「むしろ見ていたいですね」
「考えたくないもんな」
隣で座っていた逆瀬川美穂は、おそらく過去の因縁もあるのだろうが、思い切り顔をしかめて、ついでに肩を竦めていた。やはり昆虫のくせに感情表現が豊か。もしかすると自分よりもよほど。
誰がミスコンに参加していようが勝手だけれども、少なくともゾンビに関しては周りの迷惑にもなるし、参加したい気持ちをぐっと抑えて控えてほしかった。現に俺は先程まで上がっていたテンションが、急速に下がっていくのを感じている。
『じゃあまずは自己紹介からァ――!!』
反対にまわりは盛り上がっていく。
それを冷たく観察する二人。
舞台上の雪花と視線があった気がした。
ウインクまでされたから多分気のせいじゃない。
「うおっ、見た!? 俺にウインクしてくれたぜ!?」
「馬っ鹿ちげぇよ。俺にしてくれたんだよ」
「お前みたいなクソ童貞野郎に草壁雪花さんがしてくれるわけないだろ」
「ブーメランって知ってるか?」
後ろの席に座っている男子生徒達が言い合っている。
自分に大量破壊兵器じみたウインクが向けられたとは考えたくないから、彼らの発言を全面的に肯定しよう。
俺はそっと目を瞑った。
それからもミスコンは進行していき、やがて雪花の出番が終了したとき、今までの参加者とは比べ物にならない拍手が彼女を見送った。雪花の性格的に気持ちよくてしょうがないだろう。こちらはげんなりしているが。
そして雪花が最後の参加者だったのか、テンションが異常に高い実況をしていた文化祭実行委員の男子生徒が、今度は逆に異常なほど冷静に『これにてミスコンアルファの部は終了です。他にも皆様が楽しめる催し物が多数用意されておりますので、ぜひ遊んでいってください』と締めくくる。
ミスコンにはアルファとベータの二つの時間帯で開催され、最終的に得票数の多かった人物が優勝になるらしい。あの反応を見るに――屈辱的であるものの――雪花のアルファ部門における優勝はかたいだろう。
「……じゃあ、そういうことらしいから」
「……そうですね、行きましょうか」
俺と美穂は互いに目配せをし合った。
早急にこの場を離れよう。
なにか嫌な予感がしたのだ。
そして嫌な予感というのは――認めたくないほどに――当たってしまうもので、ミスコン用の衣装であろう衣服を身にまとったままで、草壁雪花がこちらまで歩いてきた。優勝候補が近づいてくるのだから当然ざわめきは広がる。
「ねぇ化野」
「…………呼んでるよ」
「えぇ私ですか!?」
俺は彼女と接したくなかったので、「化野」という呼びかけを隣の化け物に押し付けることにした。
化け物には化け物をぶつけるんだよ。
美穂は驚いたように少し飛び跳ねていたが。
「……私が化野……つまり結婚……?」
「なに馬鹿なこと言ってるのよ」
「ちょっと雪花さんは黙っていてください。今いいところなんです」
「
俺は完全に耳を塞いでいたので彼女らがどんな話をしたか知らない。けれども、少なくとも愉快な話ではなかっただろう。二人の間に火花の幻覚を見たし。
ようやっと話が終了したか、雪花がこちらに視線を向けて、
「化野」
「ん」
「どうだった?」
「なにが」
「私の晴れ舞台よ」
ゾンビのくせに堂々とお日様の下に出てんじゃねぇよ、って思った。
なんて言ったら殺されると確信していたので、俺は
「似合ってたよ」
「そ、そう!? まぁぜんぜん嬉しくないけどね!?」
「じゃあなんで聞いたんですか……」
ぼそっと、美穂が毒を吐いた。
どうせ嬉しいんですよ、ツンデレですから。
などと追加もして。
「じゃあ私、これからも準備があるから」
「ああ行っといで……」
おそらく相当な無理というか強引にこちらまで来ていたのだろう、雪花は慌てたように舞台袖へと戻っていく。
「…………これもまたNTR、ですか。でも気持ちよくありません…………まさか、嫉妬……」
隣でブツブツと呟いているジガバチがいたが、俺はあまりにも彼女に恐怖を覚えていたから、再び耳を塞ぐことにした。
なにも聞いてないよ。
「曜君」
「ん」
「今度こそ行きましょうか……」
「うん」
なんらかの衝動と戦っていた彼女は、なんらかの形で自分の中の決着が付いたらしく、いっそ清々しいまでの笑顔で脚を差し出してくる。もはや化け物のエスコートに慣れてしまった自分は躊躇なく脚を取った。優しく引いて立ち上がる。
「どこに行きます……?」
「どこでも」
美穂の好きなところへ。
俺が決定権を彼女に放り投げると、困ったように触角が揺れた。
迷った脚がパンフレット上を滑っていく。
――まぁ、そんなこんなで。
色々あった文化祭は、終わりを迎えていくのであった。
雪花のライバルが登場したり、後夜祭だとかのイベントもあったが、それはまた別の話で。
◇
文化祭も終了して十月である。
俺は机に肘をついて窓の外を眺めている。
なにもセンチメンタルな気分になっているわけではない。
それよりもむしろ……。
「化野」
「ん」
「化野って辛いものは好き?」
「好き……だね」
その後の展開が見えてしまったので「嫌い」だと言おうかと思ったが、半年以上一緒に過ごしてきた仲だ。もはやゾンビと出かけるのも慣れてしまって、たとえ目の前で化け物をしていても普通に食事が取れるだろう。
一般的な男子高校生を自称するものとして少し逸般的かとも考えた。けれども、人間は慣れる生き物である。適応能力を鍛え上げてきたのが人間という種族だ。別に死体と食事くらい誰でもできるか、と考えを改めた。
「実は近くに新しいラーメン屋が出来たらしいのよ」
「へぇ」
「なんでも、ものすごい辛いラーメンを出すらしいわよ。一味唐辛子が『これでもか』ってくらい乗ってて、湯気を吸い込むだけで咳き込むくらいの」
話を聞く限りだいぶ辛そうなのだが、はたして自分が許容できるくらいの範疇に収まっているのだろうか。辛いものは特段苦手ではないものの、さすがに平均を逸脱するほどではない。辛さを売りにしている店なのであれば、もしかすると食べきれないということも……。
「俺はまぁ大丈夫……だと思うけど、雪花は?」
「誘ったのは私よ? 余裕に決まってるじゃない」
余裕綽々という様子である。
雪花は尊大に腕を組んで、窓に寄りかかっている。
隣の席に座っている彼女の姉――草壁菜々花は、いつも通りジャングルのようなお弁当を食べながら、こちらの話に耳を傾けていた。
菜々花に耳は存在しないが。
「菜々花は?」
「……ん、はい? なんでしょう」
「いや三人で昼食を取っててさ、一人だけ誘わないってのも」
雪花は俺達とは別のクラスで、かつ結構な距離があるのだが、こうやってときどき昼休みに襲ってくる。まぁその頻度を「ときどき」と表現していいものかは怪しいが。今日もゾンビが来るんじゃないかと、俺の心臓はいつもドキドキしている。
気まずさに話を投げかけたところ――気まずさ百パーセントではなく、なにかの間違いでゾンビが食欲を爆発させたとしても、真横に肉塊が置いてあったら、そちらに飛びつくだろうという情けない判断のもとで――菜々花は苦笑した。
「ごめんなさい、お誘いはありがたいんですけど……」
私はお肉とかが苦手ですから。
と彼女は触手で弁当箱の中身を見せてくる。
やはり緑が過ぎる。
地球温暖化を食い止められそう。
「じゃあそういうわけだから」
昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いているのを背後に受けながら、ゾンビのくせに様になっている、髪を払う仕草をして雪花は教室を出ていく。今にも腐り落ちそうな金髪が、しかし根強く彼女のあとを追う。
「ふぅ……」
放課後の予約が入れられてしまった。
さて、今更逃げられないが。
「あはは……ごめんなさい?」
「別に菜々花が謝ることじゃないし」
友達とご飯食べに行くだけだからね。
と俺は机に頬を当てて、ため息をついたのであった。
慣れたとはいえ化け物と一緒にラーメン屋かぁ。
「まずいわ」
「……一応聞いておくけど、なにが」
「まさか味だと思う? 辛さよ」
汗をダクダクにかいた雪花が、紙エプロンを小刻みに震わせながら水を呷る。舌の上に残る辛味――それと一味唐辛子の塊を飲み込んで、彼女はコップを程よい強さで机に叩きつけた。
「まぁカウンター席で、目の前に店の人がいるのに、味に対して〝不味い〟なんて形容しないと思うけどさ」
「きっと美味しいんだとは思うわ」
「ずいぶんと漠然としてるね」
「だって味がわからないんだもの」
雪花はため息をつく。
「調子に乗ってたわ」
「だから注意書きを守れと……」
俺は半眼を彼女に向ける。
さすがの雪花も反省しているようだ。
肩を落として「ちびちび」と麺をすすっていく。
ナメクジのような速度で。
この店は食券式なのだが、その横に『当店で一番辛いラーメンは慣れている人でないと完食できない可能性が高いです。ご注意下さい』と書いてあったのだ。それを雪花は華麗にスルーして、一番辛い商品を頼んだ。そしてこの様。
「……いやね、違うのよ」
「言い訳だけは聞こうか」
「辛いカップ麺を結構食べてて」
「うん」
「だから大丈夫……かな、って……」
続ける度に声が小さくなっていく。
ついでに肩も小さくなっていく。
麺をすする動きはついに止まった。
人道なんてまったく知らなそうな見た目をしているのに、そのくせ意外と「料理を残してはいけない」などの礼儀は守る。
一味唐辛子が大量に乗っていて、あまりにも粉が多すぎて汁がほとんど吸われているラーメンを、再び攻略に挑戦する雪花。けれども辛そうだ。こぼれ落ちそうな双眸からは涙が一筋こぼれ落ちている。
「……はぁ」
俺は一つ嘆息して、
「雪花」
「……なぁに?」
「辛いもの食べたくなっちゃってさ」
自分が今まで食べていたラーメンを指差す。
比較的赤くない、一般的なものだ。
「もしよかったら交換してくれない?」
「……いいの?」
「俺が頼んでることだから。食べかけでよかったら、だけど」
「………………ごめん、ありがとう」
らしくもなくシュンとしている雪花は、しかしほのかに口元に笑みを浮かべて、器を交換してくる。見ていられなくて交換したのだが、こうして目の前に鎮座されると、本当に辛そうだ。食べられるかな。
――と、まぁ。
俺はなんとかラーメンを食べきって、どうやらそれを眺めていたらしい店主さんに「男見せたな坊主!」とサムズアップを頂いて、あまりにも恥ずかしい思いをしたものだから急いで店を出た。
すっかり元気を取り戻した雪花に腕を引かれながら、帰路につく。
「化野!」
「ん」
いまだに痛む舌と唇に意識をやっていると、満面の笑みを浮かべた彼女がこちらに振り返ってきた。
「やっぱり、私あんたのことが――」
【――――――――――】
ここで俺の意識は暗く染まった。