【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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肉塊とクリスマス①

 やはりクリスマスというのは恋人達の祭日である。本来はもっと宗教的な行事なのだが、ここ日本においては恋人のための日として扱われる。あるいは子供達が純粋な目でプレゼントを楽しみに待つ日。

 

 

 しかし俺は現在、そのどちらにも当てはまらない過ごし方をしてしまっており、今までの伝統を積み上げてきた先人達に申し訳無さを感じていた。

 

 

 申し訳無さの原因の九割以上を占めている草壁菜々花を眺めて、いくら目を凝らしても肉塊の見た目が変わらないことを――ずっと前から理解していたが――確信したので、やがて諦めて嘆息する。

 

 

 彼女は不思議そうに首を傾げた。もちろん人間じゃないから首なんて部位はない。ただ菜々花を人間に当てはめたら、おそらく「首」と表現されるパーツが存在するであろう位置を、童女のように傾げたのだ。

 

 

「化野さん」

「ん」

「寒いんですか?」

「なんで?」

「ずっとポケットに手を突っ込んでますし……」

 

 

 あぁ。きっとそれは化け物に対する精神的な拒否感だよ。

 とは言わなかった。

 言えなかった。

 

 

 俺は微妙な表情を作って、けれども一応は一緒に出かけているのだから、菜々花に失礼なので手を冷たい空気に晒した。一瞬にして指先から温度が奪われていく。先程まで彼女と手を繋いでいたから余計に。

 

 

「やっぱり手繋ぎましょうよ」

「防寒のためにすることじゃないからね」

「心から温まって……きゃっ」

「こっちはちょっと寒くなってきたよ」

 

 

 菜々花に呼び出されて集合した駅前。冬休みも盛りを迎えているから、生半可な寒さ対策では普通に貫通してきた。

 ゆえに自動販売機で買ったコーンポタージュに白い息をぶつけつつ、肩を震わせていたところに「ごめんなさい」とやってきた彼女。彼女は申し訳無さそうに触手を差し出してきて、そのまま手を繋いだ。

 

 

 あまりにも自然な出来事だったため、化け物スレイヤーとしての自負があった俺も雰囲気に流されてしまった。違和感に気付いたのは歩きだしてから。おや、別に手を繋ぐ必要はないのでは。

 

 

 そういうわけで適当な言い訳を作って触手から解放されたのだが、どういうことか彼女はしきりに再び手を繋ごうと提案してくる。

 その度に断っているのだけれども。

 悲しみを与えない程度に。

 

 

「私は悲しいです……」

「何が」

「菜々花ちゃんは優しいことで有名なので、目の前に寒そうに震えている純朴な少年がいたら、そっと手を握ってあげたくなるのです。しかし相手が拒むので、私は悲しいのです」

「あぁそう」

 

 

 俺は純朴でも少年でもないので、彼女の語る像には一切当てはまらない。ゆえに一ミリも気にすることなく歩を進める。進めたはずだった。

 

 

「…………」

「駄目……ですか?」

 

 

 腰のあたりに力なく垂れ下がっていた腕を引っ張られたせいで、警戒していなかった体は後ろに倒れそうになった。反射的に突いた足のおかげで転ぶことは回避する。しかし重心を崩すことまでは何ともできず、菜々花が軽く抱きしめてきた。

 

 

 寂しそうに呟いた彼女の声は、今にも宙に溶けてしまいそうだった。想像だにしていなかった事態に若干動揺する。

 

 

 けれども化け物共と付き合うようになってからは、想像の埒外な出来事に散々遭遇してきたので、驚異的な回復力で持ち直した。

 

 

「まぁ寒いからね。目的地まで」

「……! ふふ、ありがとうございます!」

「感謝ってのも変だけど」

 

 

 なるほど会話だけを切り取ればラブコメのようかもしれない。ぐじゅりと手のひらから伝わる気持ち悪さには目をそらして、俺は無言で歩き出した。

 

 

 しかし隣にいるのは肉塊だ。

 化け物だ。

 間違っても恋愛感情など抱けない存在だ。

 

 

 彼女らとラブコメをするなんて、絶対にあり得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも本日どうして一緒に集まることになったかというと、菜々花が買い物に行きたいと言い出したからだ。嫉妬もあるらしいが。

 

 

 普段からお世話になっている雪花に、クリスマスプレゼントを送りたいと。

 自分が家事もろもろに疎いことは自覚しているらしい。

 

 

 外の冷たい空気をたなびかせたまま、重たく開く自動ドアにじれったさを感じる。わずかに空いた隙間から温かな手が伸びてきた。それに引きずられるように足が前へ。

 

 

「うわぁ」

「クリスマス色全開だね」

「至る所に赤と白が……」

「これでもかってくらいケーキもあるし」

 

 

 駅前に建てられた大型ショッピングモールは、駅と直結しているという構造上天井が高い。吹き抜けの八階建て。人が大勢にて賑わっている。クリスマスというのは商売のうえで勝負の時期らしく、業種が何であれ注目を浴びるような工夫をこらしていた。

 

 

 マネキンがサンタクロースの衣装を――それにしては、ずいぶんとミニスカートであるが――纏っているのを横目で見つつ、菜々花が感心したように息を吐くのも無視をして、エスカレーターを登っていく。

 

 

「皆お洒落さんですねぇ」

「キラキラしてるね」

「私もキラキラになりたいです」

「あそこにあるよ」

 

 

 俺はクリスマスツリーを指差す。

 肉塊は首を傾げた。

 

 

「……? どういうことですか?」

「あの電灯を巻き付けてさ」

「物理的にキラキラしたい訳じゃないですよ!?」

「違うんだ」

 

 

 人間じゃないから感覚が自分と違うのかと思った。

 

 

     ◇

 

 

 冬も盛りだというのに、スカートから生脚を晒している人の多いこと多いこと。想像するだけで寒さに震えてしまう。俺は隣の肉塊を横目で眺めて、違う意味で震えてしまった。まぁ菜々花よりはマシか……。

 

 

「どうしたんですか?」

「寒くないのかなぁって」

「こんなに重ね着してるのに!?」

 

 

 あ、重ね着してるんだ。

 パッと見ブロック肉だからさ。

 などとは言えなかった。

 

 

 俺はさりげなく話題をずらして、雪花に送るとかいうプレゼントについて質問する。一体何を送るのか。ゾンビと肉塊という姉妹だから、間違っても可愛いものなど似合わないだろうけれど。

 

 

「予定としてはですね」

「うん」

「アクセサリーとか」

「へぇ」

「もしくは石鹸ですね」

「石鹸?」

 

 

 除菌効果で死んでしまう可能性があるぞ。いや死体だから大丈夫か。聖水とか十字架とかだったら危なかった。クリスマスプレゼントに聖なるアイテムを送ってくるのは、だいぶ本格的である。

 

 

 どうやら目的の階にたどり着いたようで、エスカレーターから降りた菜々花についていく。彼女は頭の中にあるらしい地図とにらめっこしながら、傍から見ると当てもなく彷徨っていった。

 

 

 不思議なことに「とある予感」がしたものだから、俺はそれを見送ってみる。

 

 

 やはり盛大な祭りごとの日は人の数が増えるもので、ショッピンモールの中にはたくさんの人が歩いていた。値段がいくら掛かるのか予想もできない暖房が、彼ら彼女らを優しく包みこむ。香水らしき匂いがどこからともなく漂ってきた。

 

 

 小さい子供の声が響く。

 楽しそうに遠くなっていく。

 かすかに見えるあれは風船か。

 赤いそれが持ち主の気持ちを反映するかのように揺れて、ついに人並みに飲み込まれたところで――。

 

 

「おかえり」

「ただいまです……あれっ、化野さん隣にいなかったんですか!?」

「ちょっとね」

 

 

 結局目的のお店を発見できなかったのか、元いた場所――つまり俺が待っていた場所に戻ってきた菜々花が、驚きを全身で表現した。

 探索に夢中になりすぎて、こちらの不在にも気付かなかったらしい。

 

 

 普段から抜けているとは思っていたけれど、まさか方向音痴まで患っていようとは。家族として付き合っている雪花の苦労が偲ばれるというものだ。

 

 

「ここ、おかしいんですよ」

「何が」

「地図上にはしっかりと明記されているのに、その実、お店は存在しないんです。もしかすると資格がないと入れないタイプのお店なのかも……」

 

 

 ふぅん、と呟いて店の名前を聞く。

 最寄りの地図まで歩いていく。

 えーと、ここか。

 

 

「菜々花が歩いていった方向逆だよ」

「えぇっ!」

「人の流れに何も考えず乗るから」

 

 

 エレベーターで到着した場所はフロアのちょうど真ん中で、上から見れば楕円のような構造のここを、彼女は真反対に突き進んでしまったのだ。そりゃあ目的地など見つかろうはずもない。

 

 

 恥ずかしそうに触手で顔――のあたり――を隠す菜々花を眺めながら、俺は喉が渇いたので先程購入したボトルを口に含んで、そっと肩を竦める。

 

 

「お可愛いことで」

「うぅぅ……」

「喉乾かない? 飲み物買ったけど」

「すみません、いただきます……」

 

 

 ゆったりと差し出された触手にペットボトルを渡そうとしたところで、彼女が顔を伏せているせいで、なんと逆の手に持っていた方を掴まれてしまった。

 

 

「あ」

 

 

 落ち込んでいるために俺の反応にも気付かない。

 菜々花は器用にフタを開けると、そのまま「ぐぱり」と開いた口らしき部位に、それを傾けてしまう。

 

 

 化け物の捕食シーンを観察する趣味はないので、手持ち無沙汰になった左腕を使い、未開封のボトルを振った。

 

 

「ありがとうございます化野さん。いくらでしたか?」

「値段ねぇ……多分付けられないかな」

「どういうことですか?」

「中古品だから」

「中古……品……??」

 

 

 意味がわからないとでも言うように首を傾げる菜々花は、しばらく発言の内容について頭を悩ませ、やがて答えに行き着いたのか、平時より赤い体をさらに赤くする。振っていたペットボトルがヒントになったようだ。

 

 

「っか、か、か、かぁ……!?」

「カラスの真似?」

「違いますよぅ……!!」

 

 

 うわわわわ……私ったら、なんてはしたないことを……としゃがみ込んでしまったのであろう肉塊。これで相手が美少女であれば同じ反応をしたはずだ。しかし化け物である。俺は一切の動揺がなかった。飼い犬に顔を舐められたようなものだ。

 

 

 結局彼女がこちらの世界に戻ってくるのには三分ほどを要し、それ以降は顔を合わせようともしなくなった。

 

 

「菜々花?」

「はい……」

「どうして目をそらすの」

「わかってるくせに……」

「恥ずかしいんだ」

「言葉にしないでください!」

 

 

 一般的な男子高校生である自分にとって、肉塊の目だとか口だとかのパーツがどこに位置しているかなど、見た目からでは読み取れるはずもない。けれども、長くなってしまった付き合いによって大体は予想できる。それによると、菜々花はずっと向こうに視線をやっていた。

 

 

 だから俺はからかい混じりの口調で指摘してみたのだが、彼女は本当に恥ずかしそうな声を細い喉から通して、ついには降参ですとでも言うかのように、その触手をそっと手に絡めてきたのであった。

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