【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない   作:音塚雪見

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恋人紹介の万魔殿②

 いくつになっても女は乙女などと言うが、どうやら苔に関してもその文句は通用するらしかった。

 彼女は面白げに俺や陽子を質問責めし、化け物同士の戦いは母親が勝利する。

 何度かそういうやり取りをしたあと、

 

 

「うち部屋に戻るわ」

「あら、まだ私は満足していませんが……」

「お客はんいるのにみっともないことせんといて!」

 

 

 陽子は勢いよく立ち上がった。

 俺の手を取って。

 そんなムーブをするものだから、苔は一目してわかるくらい喜色を漂わせる。植物のくせにずいぶんと器用なものだ。

 

 

 見当外れの感心をしつつ陽子の部屋へ連れて行かれる。

 先程もお邪魔させてもらったというのに、あの喧騒のあとだと不思議と印象が違うように思えた。

 

 

 座布団に座るよう促して、陽子はため息をつく。

 

 

「……かんにんえ」

「気にしてないよ」

「うちが気にするわぁ」

 

 

 本当に恥ずかしそうな吐息だった。

 もじもじと膝をこすり合わせて、上目遣いで――眼球なんて上等なものは付着していないから予想だが――首を傾げる。

 

 

「その、本気にせんといてな?」

「何が」

「おかんの……はしたない茶化し」

「大丈夫だよ。完全に理解してる」

「そらそれで何か納得行かへん……」

 

 

 簡潔に断言してやると、しかし彼女は指を伸ばしてきた。

 一体どんな目的なんだと考えていたら、軽く額を押される。

 

 

「このまま家におったら、おかんにおちょくられる(・・・・・・・)未来がありありと見えるさかい、バレへんように逃げて」

「そんな夜逃げみたいな」

「うちも曜くんとの蜜月の時を終わらすのんは口惜しいんやけど、仕方のあらへんことやさかい。だって曜くんに迷惑がかかってまうもん」

 

 

 陽子はそっと立ち上がり、まるで姫を起こしあげる騎士のように腕を差し出してきた。特に躊躇なく握る。

 むしろ彼女にとってはそっちのほうが意外だったのか、自分が始めた動きなのにあたふた(・・・・)と慌て始めた。

 

 

「ぷ、ぷれいぼーい」

「俺は純真無垢なことに定評があるんだけど」

「ほな、うちのピュアな心奪った責任取ってな」

「三百円くらいでいい?」

「示談金にしても少なすぎるで……」

 

 

 抜き足差し足忍び足。

 ひんやりとした廊下を密かに進む。

 俺はここの構造をよく理解していないから、腕を引いて先導してくれる陽子の存在はありがたかった。

 

 

 おかげで誰に遭うこともなく玄関までたどり着くことができ、ようやっと重たい荷物を下ろせたような気がする。

 

 

「助かった」

「うちのお家やのになんでこないに緊張せなあかんのやろ」

 

 

 陽子は不満げに肩を竦めた。

 

 

「今日はほんまにおおきに。ちょい――うん、ちょいけったいなこともあったけど、曜くんと過ごせて楽しかったわぁ」

「こちらこそ楽しかったよ」

 

 

 名残惜しさを感じつつ門をくぐる。

 いや待て。

 今、俺は名残惜しさを感じたのか?

 後ろ髪引かれる思いで敷居を跨いだのか?

 

 

 本当に化け物達に染まってしまったのだな、と悲しくなった。

 それなのに、どこか満足げな自分がいることが腹立たしい。

 人間は慣れる生き物である。

 だからといって一年くらいで、化け物と一緒に過ごしていても違和感を抱かない程度になってしまうとは、俺は悲しくなるくらいその特性が強いらしい。

 

 

 門前ではんなりと手を振っている陽子に、気恥ずかしさを感じながらも手を振り返す。まるで恋人のような行為だ。

 

 

 まぁ友達として付き合えるようになったとしても、異性的な好意を感じられるかどうかは、根本から異なる訳で。

 彼女らと恋人になる可能性は万に一つもない。

 天地がひっくり返ったとしてもありえない。

 

 

 俺は人間としてのプライドを再確認しながら、帰り道を歩いていったのであった。

 

 

     ◇

 

 

 三学期も終了を目前としており、教室にはそわそわとした空気が流れている。

 無理もない。高校生活最初の一年が終わろうとしているのだ。

 小学校の一年間というと非常に長かった気がするのだが、こうして高校の一年間を振り返ってみると、驚くほどに短い。

 

 

 あるいは濃密な時間を過ごしたせいだろうか。

 人生観が根底から覆されるような体験をしたから。

 

 

 隣の席に座る肉塊こと草壁菜々花は今日も元気に化け物をしていた。

 謎の触手をうにょうにょとさせて、謎の液体を撒き散らしている。

 今は友達と話していて、テンションでも上がったのだろう。謎の液体が飛んできた。無情にも制服に付着する。

 

 

「………………」

 

 

 いやまぁ、気化性が高いからいつの間にか蒸発はしているものの。

 一切気にすることがないか、と聞かれたら首を横に振らざるを得ない。

 だって蒸発してるだけで成分的なものは残るし。

 

 

 俺は頬杖をついて窓の外に視線をやった。

 この寒いのに体育をしている者のなかには半袖の挑戦者(チャレンジャー)もいる。きっと忘れたのだろう。哀れになるほど顔を真っ青にして、体を震わせていた。

 

 

 そして、こちらも青くなる存在が一人。

 一人というか下手すると一柱。

 

 

 ボロボロの体育着を身にまとい、堂々と腕を組んでいるゾンビが、まっすぐに俺へと視線を向けてきている。

 全力で逸らしたいが悲しいことに知り合いである。

 草壁雪花。隣の肉塊の妹。

 

 

 彼女は何かを伝えるように腕を動かしていた。

 しかし下手すぎるせいで全然わからない。

 

 

 俺は眉をひそめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の渾身のジェスチャーを無視するとはいい度胸してるじゃない」

「いやエジプトの壁画みたいな動きをされても」

 

 

 昼休みになり、雪花が不満げに教室へ乗り込んできた。

 窓枠にもたれかかりながらブツブツと呟いている。

 可愛さの一切感じられないゾンビに文句を言われるとは、一体俺は前世でどんな悪行三昧をしてきたのだろうか。

 

 

「まぁ完璧なボディーランゲージによって伝えたいことは理解できていると思うけど、一応口頭で言っておくわね。今日の放課後コーヒーを飲みに行きましょう」

「すごい。まったく想像もしてなかった」

 

 

 あの動きから「カフェに行こうぜ」なんて読み取れない。

 強いて言うなら〝おいら神話生物になれますぜ〟みたいな理解のできない意図くらいだ。動く死体だから否定はしきれないのである。

 

 

 隣で肉肉しい体をさらしている菜々花は、こちらの会話が気になっている様子だ。しかし声はかけてこない。

 数日前から彼女は何かを悩んでいるようなのだ。

 かといって繊細な出来事について思いを馳せている可能性も消せないので、尋ねる気も起きず、何について考えているのかは知らないが。

 

 

 雪花は金髪を背中に流し、

 

 

「放課後デートと認識してもらって差し支えないわ」

「俺は差し支えありまくりだから遠慮しとくね」

「それはお隣さんが引っ越しのお近づきに、って渡してきた蕎麦を拒否するようなものよ。円滑な人間関係を築くためにも認めておくのが無難ね」

「同じ言語を使ってるはずだよな? 微妙に会話が噛み合っていない気がする」

 

 

 どうにも強引だった。

 そんなにも行きたいのだろうか。

 

 

 まぁおしゃれなコーヒーショップに一人きりで行くのが怖いという気持ちもわかる。わかるけれども、動く死体なのだから、それくらいは軽々と達成してほしい。

 

 

 結局決定してしまった放課後の予定を思いながら授業を乗り切った。

 クラスメイトが楽しそうに友達と帰っている。

 しかし俺はこれからギリギリ腐乱してない死体と――本人曰く――放課後デートだ。まったく心が弾まなかった。

 

 

 のろのろと下駄箱に向かう。

 すでに雪花が壁に背を預けて待っていた。

 

 

「おまたせ、待った?」

「今来たところよ」

 

 

 彼女はすんと澄ました表情で歩き出し、俺は静かについていく。

 すると周りから嫉妬めいた視線を頂戴しているのに気付いた。

 ……すっかり忘れていたが、そういえば化け物連中は他人からすれば美少女なのであった。

 

 

 気まずさを乗り越えて校門をも超える。

 雪花は駅の方向へ舵を切った。

 

 

「化野はおしゃれで有名な喫茶店チェーンに足を運んだことがあるかしら」

「ないね」

「だと思ったわ。一人で行ったら追い出されそうな雰囲気だもの」

「どうして急に罵倒されたの?」

「私と一緒にいるのに全然動揺していないからよ。腹立つじゃない。一方的にドキドキしてるなんて」

「ドキドキはしてるけどね」

 

 

 無論マイナスの意味で。

 だが彼女は変な意味に捉えたようだ。

 

 

「……ふ、ふぅん? 何よ、あんたもドキドキしてるのね」

「そりゃあ一般的な男子高校生だったら」

「――へ、へぇ」

 

 

 いや、一般的な男子高校生に限らないか。

 普通の人間ならばドキドキする。

 今にも食い殺されそうな見た目をしたクリーチャーが真横にいたら。

 

 

 不思議なことに道中の会話はそれきりだった。

 俺は自分から話題を出すほどコミュニケーションを好んでいるわけではないし――別に嫌いではないが――、雪花はなぜかうつむいている。

 

 

 運のいいことに地面を眺めている彼女が誰かに当たるということもなく、有名喫茶店チェーンにたどり着くことができた。

 雪花は雰囲気を仕切り直すように咳払いをする。

 

 

「……ん、んん! さぁ目的地に到着したわ。化野のお手並みを拝見させてもらおうかしら。私は後ろからついていくわよ」

「え? 何、そういう感じなの」

「だって戸惑ってるあんたを助けたほうが好印象じゃない」

「意図を話したら台無しだよ」

 

 

 これが〝女心〟というやつなのだろうか。

 だとしたら一生理解出来なさそうだ。

 

 

 特に臆することもなく店内に入る。

 

 

「……ふむ、メニューの意味がわからん」

「あらあらあらあら。仕方がないわね、私が教えてあげる」

「腹立たしいなぁ」

 

 

 注文をしてみようとメニューを眺めてみたら、脳が理解を拒むほど横文字が踊っていた。

 明らかに注文者を混乱させようとしている気がする。

 それ以外にカタカナを増やしまくる必要性がない。

 

 

 結局、俺は白旗を上げた。

 コーヒーに特段の好みがあるわけでもないし、注文もすべて雪花にしてもらう。

 ニヤニヤと向けられる笑みがウザったい。

 

 

 店員さんに商品を頼んでいる雪花の背中を、不満を解消させるためにつんつん(・・・・)してみた。

 

 

「ダークモカチップフラペチーノのトール――でっ!? ……ん、私は抹茶クリームフラペチーノの――」

 

 

 思い切り睨みつけられる。

 さすがに終わりにしておくか。

 俺は両手をあげて降参宣言をした。

 

 

 渡されたトレーの上にはクリームやら茶色い粉やらがかかった甘そうな飲み物。雪花は全身からキラキラとした喜びを出し始める。

 

 

 適当な席に座ると、ストローを咥える前に彼女は言った。

 

 

「……その、ああいうの(・・・・・)はよくないと思うわ」

「ごめん」

「どうしてもしたいっていうなら、人目のないところでね?」

「もうしないよ」

 

 

 雪花は黙って強い眼差しを向けてきた。

 どうして?

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