【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
「…………」
捨てられていた子犬を拾ってきた子供は得てして親の「元いた場所に戻してきなさい」に反抗的なものだが、俺はむしろ素直に頷きたかった。
なぜなら拾ってきたのは人間。いやヒモムシ。
それも自ら手を差し伸べたわけではなく、手を強引に捕まれ引き込まれてしまったのだ。文句を言えば間違いなく勝てる状況。
おまけにアイドルなんて爆弾まで付加価値でありやがる。
俺は泣きたい気分だった。
しかし妹はこちらの状況を知らない。
闇の身体を怒らせ、下手な発言が飛び出そうものなら舌を引っこ抜いてやるぞ、など言わんばかりの構え。
彼女と出会って数か月経つが、ここまでキレているのは初めて見た。
「お邪魔しちゃったかな」
「そりゃそうだけど」
岬による苦笑交じりの問いに即答する。
お邪魔か、だって? イグザクトリー。
次のステージに進めないよう設置してある観葉植物くらい邪魔だ。
「……?」
追い打ちをかけようとしたところ、ふと違和感に苛まれる。
なんだ? 何かおかしいような。
けれども何が違和感なのかは、わからない。
「お兄ちゃん! ……ちょっとこっちに」
俺と岬とが軽快なやり取りをしていることに嫉妬したか、空気となった——闇は質量的に存在しないから、実質空気みたいなもの——妹が声を上げた。
「付いていったら、帰ってくるのは生首だけとかの展開?」
「私がそんなことするわけないでしょ」
どうだろう。
見た目的には大本命なのだが。
ぷりぷりと苛立つ闇なんて、ホラー作家にとっては垂涎の的だろう。よだれを垂らしすぎて、赤子のごとく
くだらないことを考えつつ妹に付いていく。
玄関の扉を閉め、一応リビングまで。
我慢しきれなくなったという様子で妹は爆発した。
「お兄ちゃん、いったい何をしたの!」
「何をって?」
「犯罪だよ! 今お兄ちゃんは取調室にいるの!」
「罪を犯した前提なのはやめてほしい」
「罪を犯さないとアイドルが隣にいる状況にはならないでしょ!」
闇の触手を伸ばしてぐわんぐわんと揺らされる。
気持ち悪くなりそうなので止めつつ、俺はひとまずの弁解をしてみた。
「向こうが付いてきたんだ。ストーカー被害を受けた」
「刑事責任なしを狙ってるの!?」
別に精神に問題があるわけではない。ただ一切の脚色なく事実を話しているだけだというのに。
こちらが悪い想定なのは変わらなさそうなため、攻める方向を変える。
「実はあの人アイドルじゃないんだ」
「無理があるよ!? 私ですら知ってるくらいなんだから!」
「でもアイドルがこんなところにいるわけないだろ?」
「……なんという説得力」
常識は、敵だ。
けれども今に限っては味方だった。
モンスターである妹を調伏し、バケモンマスターとして名を轟かせる日も近いかもしれない。
されど幸運というのは長続きしないもので、待たされるのに耐え切れなかったと思われる岬が、ついに玄関の扉を開けて「ごめんくださーい」と入ってきてしまった。
妹はとてとてとリビングを出て、こちらに視線を寄こす。
「……どう見てもアイドルじゃん! 西塔岬じゃん!」
「超人気アイドルの西塔岬でーす」
「本人だってそう言ってるよ!!」
「本人が言ってるだけだから……」
圧倒的不利な状況でも諦めなければ活路は開く。
なんて抵抗してみようと思ったが、普通に岬と結託した妹に敗北した。
俺は悪いことをした覚えがないのに、なぜか詰められている。
ついでに隣には岬が正座していた。彼女には脚がないので、一本の長い胴体を途中で折り曲げることによって、座るという偉業——あるいは異形——を成し遂げている。
「岬からも説明してくれ」
暫定加害者の証言だけでは信用されないから、暫定被害者の意見も奏上したところ、闇妹閣下はしばしの熟考の末に沙汰を下した。
「両者不問とする」
「ははーっ」
「ありがたき幸せ」
一通り地に額を擦り終えた後、
「でもどうしようか? 今日はお父さんたち帰ってこないんだって」
「きゃっ」
「どうしてクネクネしだしたのかは聞かないでおく」
「男の子はみんな狼なんだから……」
「聞かないって言ってんだろ」
岬が変なことを言いだした。
クネクネと吻を空中にさらけ出し、現代生け花みたいな様相をかもす。
ところで、
ふん【吻】動物の口またはその周辺から突出した管状構造、または突出しうる伸縮可能の構造。象の鼻の先端、昆虫の吸い型口器の類。口さき。くちびる。(『広辞苑 第六版』岩波書店)
を常に展開している岬は、いつもキス待ち顔をしていることになるのだろうか?
特段の深い意味合いはないが。
クネクネしている彼女を見ていたらふと思っただけだ。
「……違うか」
ヒモムシは吻を裏返して体内に収納できる。常に吻を出している岬は……おそらく会ってからこれまでの間、極度の緊張に襲われているのだろう。ヒモムシは捕食だけでなく、防御反応としても吻を使う。
幼い頃から大人に囲まれて暮らしてきたのであれば、こうして一人で過ごす時間は初めてのはず。緊張してしかるべきだ。
ゆえに彼女が変なことを言ったとしても、それは強がっているだけ。生暖かい視線を向けてあげようじゃないか。
「私はお邪魔虫だからね。家主に迷惑をかけるつもりはないよ。ということで曜の部屋で寝かせてもらうから」
「家主に迷惑かけるつもりはないんじゃないの?」
「曜は……迷惑?」
「うん」
即答する。
間髪も入れなかった。
吻に巻き付かれながら寝る趣味はない。