【書籍化決定】ラブコメするのは良いがヒロインが化け物しかいない 作:音塚雪見
「私ってそんなに魅力ないかな……」
悲しげに吻を揺らしながら、彼女は「よよよ」と
魅力がないかと聞かれたら同意するしかないのだが、本人相手に伝えてしまうのはどうにもデリカシーがない。
ゆえに俺は微妙な反応を返した。
「刺さる人には刺さると思う」
「これでもアイドルやってたから、大勢に刺さると思ってたんだけどな」
「俺が例外なだけだから」
主に美少女と称される者が化け物に見えるという点において。
私は例外なんて認めたくない!
と嘆く岬を放置して、俺は妹に視線を向ける。
理由は台所の鍋。
火にかけられている味噌汁が沸騰して、ふたを押し上げていた。
「火、止めてこようか?」
「……あっ!」
妹は台所に駆け出す。
狙い通り面倒な話題がうやむやになった。
勝手のわからない岬はソファに座りながら立ち往生し、俺は自室に戻る権利を手に入れる。完璧だ。
「じゃあ俺はいったん部屋に行ってくるから」
「……私を一人にしないでほしいなぁ、なんて」
「妹がいるでしょ」
「あんまり親しくないから気まずいよ……!」
「俺とも会って数時間だぞ」
「曜はなんか安心できるからいいの!」
意味のわからないダブルスタンダードを発動して、岬はこちらの腕を掴んできた。
吻が微細に震えている。声にも涙が混じっているような。
さすがに目の前で迷子になった子供みたいな振る舞いをされると、見捨てるのも心が痛い。
現代のマザーテレサと名高い俺は、頭を掻きながらため息をついた。
「はあ……家出する勇気はあるのに、変なところで小心者なんだね」
「実は人見知りで」
「アイドルなんて知らない人と会う仕事じゃないの?」
「みんなを喜ばせるのがお仕事です」
岬は胸を張る。
辟易として逃げてきたはずなのに、どうやら誇りはあったようだ。
あるいは——。
そこまで考えたところで、妹の「ご飯出来たけど……岬さんも食べていきますか?」という問いが飛んできた。
岬は吻を胸のあたりで擦り合わせて、
「申し訳な——」
ぐうううううううう。
「腹の虫は食べたそうだけど」
「ち、違くて」
「現行犯なのに粘るね」
元より赤っぽい見た目をしている彼女であるが、さらに身体を赤くして恥ずかしがる。
やはり自認美少女的にはIMMC、もとい空腹期伝播性強収縮運動は恥ずかしいものなのだろうか。
生理現象なのだから照れくささを感じる必要はないと思うが、そこは乙女の矜持があるのだろう。
「さすがに喫茶店のポテトだけじゃ物足りないでしょ」
「私を大食いキャラにするつもり?」
「あれで足りるんだったら、少食キャラになるよ」
アイドルだから
数度のやり取りの末、ついに岬は「じゃあ……いただきます」と顔をうつむかせた。
妹は嬉しそうに触手を振る。
「私が人気アイドルに料理を振る舞う日が来るとはね。感慨深いよ」
引きこもり系化け物のくせして料理の腕が立つ彼女は、美味しそうな匂いを発するダイニングテーブルに座りながら、岬に箸を渡した。
「…………」
気まずそうに、しかしどこか楽しげな雰囲気を醸す岬。
食卓にヒモムシがいるのは非常に珍しい光景だろう。俺は手を合わせて内心ひとりごちた。
——化け物がいても普通に食事ができるんだから、俺もずいぶん成長したものだ。
成長というか侵食というか。
いずれにせよ口に出すのは憚られるので、味噌汁ごと思考を呑み干した。
◇
客人である岬をどこで寝かせるか。
一応同性である妹の部屋は、ベビーベッドしか存在しないため不可能だ。
かといって俺の部屋では、自分は間違いなく問題を起こさないものの、外聞がよろしくない。
以上の理由から岬にはリビングのソファで寝てもらうことになった。
それなりに大きいから、横になっても不便さは感じないはずであるが。
「人の家に押し入って、寝床まで要求するほど私は恥知らずじゃないよ」
「アイドルをこんなところで寝かすのもね」
「忘れてるかもしれないけど、私は家出中だよ? アイドルは休職です」
岬はお風呂に入ったことで熱を持った身体を冷ましながら、首を傾げて感謝を伝えてきた。
「ありがとね、こんな迷惑な客人によくしてくれて」
「……まあ、元気になるまではうちにいてもいいよ。両親はしばらく留守にするそうだし」
家出をするくらいなのだ。相当な苦悩が彼女を蝕んでいるのだろう。
普通の男子高校生にはアイドルの悩みなど想像もつかないが、せめて羽休めをできる場所くらいは提供してあげたい。
ずいぶんと肩入れしてしまっているな、と己を顧みつつ、岬に声をかける。
「何かあったら俺の部屋に来て。妹は……一度眠るとなかなか起きないんだ」
岬は真っ暗でないと眠れないようなので、リビングの電気を消して二階に上がる。
自分の部屋にたどり着いたとき、どうやらかなりの疲れが溜まっていたようで、吸い込まれるようにベットに飛び込んだ。
柔らかさが優しく体を包み込んでくれる……。
「…………」
すうーっと意識が遠くなるのを感じながら、俺は眠りに落ちた。
「曜、たすけて」
落ちたはずだったのだが。
耳に入ってきた震える声。
今日で何度も聞いたそれは、意識を覚醒させるのになんの不足もなかった。
「岬……?」
瞼を抉じ開けると、霞んだ視界と夜の闇に紛れて、岬がそこに立ち尽くしていた。